本ができました。「英国メディア史」です。
本がやっと、できました。「英国メディア史」(中央公論新社・選書)。「中公選書」の創刊となります。数冊まとめて出すシリーズで、今回は5冊。私の本はその1冊になります。10日から書店に並ぶ予定です。
自分で手に持ってみた感じは、400ページを超えるため、やや厚い+重いかも。ですので、是非、ゆったりしたところで、じっくり読んでみてください(まずは書店で買うに足るかどうか、確かめてみてくださいーー恐縮ですが、お値段がはりますのでーー1900円+税金!!)。昔の話はすっとばし、現在に近いところからお読みになってもいいかもしれないです。
英国のメディアの歴史(新聞がいつから発行されたか、BBCがどうやってできたかなど、マードックの話もありますーールパート・マードックの父が、著名なジャーナリストで、オーストラリアでは非常に高い評価を受けている人物だったことを、この本を書くことで、初めて知りました・・・)と、英国の歴史の流れとの2本立てです。
昔から現在まで英国メディアの歴史をたどってみての感想は、英国のメディアは「たくましいなあ・・・」ということ。ちょっとやそっとでは揺らがないし、あくどい手を使って取材をしたりもするんだけど、権力の監視というか、調査報道もそれなりにやっている、と。このタフさは、肉を食べているからなのか(!?)――まあ、それは半分冗談としても、どうもいつも、「権力者対それに抵抗・反抗する人」という構図ができる。そして、なんだか、いつも闘っている。
そして、こんなタフなメディアがある英国の国民というか、英国に住んでいる人もタフだなあ・・・と。多分、英国人(+住んでいる人)は、上からの統治が非常にしにくい人たちなんじゃなかろうか、と思う。「いいから、こっちの言うことを黙って聞きなさい」って言われても、聞かないと思う。(「黙ってこっちの言うことを・・」という人も少ないけれど。)
それで、最終的には、「自分が判断する」ということ。何しろ、右から左、あるいはそれにおさまらないもろもろの見方があって、みんなが好き勝手にそれぞれの思いを主張しているので、自分でどれが正しいかを決めないといけない。あることが正しいかどうかっていうことは、原則、自分が「正しい」と思えば、「正しい」ということになる、と。ほかの人が別のことを「正しい」と思っていたって、別に構わないのである。人それぞれ、違うのだからー。自分で答えを見つけないといけない。
―感銘を受けた人
昔、「サンデー・タイムズ」に、ハロルド・エバンズという編集長がいたのだけど(マードックに追い出された)、この人は本当に熱血漢の編集長で、エピソードをたどるうちに、感動してしまった。職場でもそうだけど、チームを引っ張る人が熱いと、チームも良い仕事をする、という感じ。
もう1人、オックスフォード大学の教授でDiarmaid MacCullochという人がいるのだけど、この人は、キリスト教の歴史に関する本を何冊か、出した人。BBCでキリスト教の歴史に関わる番組も作った。私は夢中になってBBCのテレビを見ていたのだけど、歴史について書くこと・勉強することは、昔の人がどんな風に生きていたのか、「想像力を使うことだ」とインタビューに答えていたのが印象深かった。書いている間、何度もこれを思い出した(ほかにもいろいろ、感銘した点があるのだが、この教授のキリスト教の歴史に興味のある方は以下などでー。http://www.bbc.co.uk/programmes/b00nrtr8 )
―意外かもしれないエピソード
現在のBBCを作ったのは初代ディレクター・ジェネラルのリース卿なのだが、この人には、実は私生活に「ある秘密」があった・・・という話も。そしてこの秘密は意外なところに、堂々と出ていたー。
などなど。どうぞよろしくお願いいたします!(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)
***本には以下の訂正があります。
*360ページ、10行目、「そんな機会が訪れたのが2010年春である」ではなく、「そんな機会が訪れたのが2009年春である」。
*362ページ、7行目、「紆余曲折の後、2010年1月に」ではなく、「紆余曲折の後、2009年1月に」の間違いです。




mT / 11.11.15 10:41 PM
「英国メディア史」、おめでとうございます。
英国のこの手のものは日本文献では少ないのではないですか。歴史とか学問とかからは敬遠されがちなメディアです。それは見えにくい不確実な現実のせいでもあり、庶民の匂いがまだ消え去らない未加工の現象を扱っているからなのではないかとも思われます。
またメディアは目先のことしか問題にしてないといわれがちですが、これも必ずしもあたってないのではないかと思うようになりました。
現実を鋭く見つめるメディアの関心が社会の過去の歴史と未来の創造に深く関係しているわけで、つまり「史」は現実を土台とすることではじめて未来を遠望するだけではなく、過去をも決めることができるということです。
メディアの存在とは、私にとってはまさにこの現代からの「史」の創造と破壊にかかわっていることだと思えるのです。