【福島・東西しらかわ農協の挑戦】(下)これは協同組合としての挑戦です

東西しらかわ農協の鈴木昭雄組合長へのインタビューの最後。この事態を受けて、農協は地域の協同組合として何が出来るか、何をしなければいけないのか、について質問した。「今のこの事態について、私は農協の挑戦だと思っています。農協もまた地域の一員です。地域ということも踏まえ、農協にどれだけのことができるかを追求したい。そうした思いで、あらゆることに対応していきたいと考えています」という言葉が返ってきた。(聞き手:大野和興)

ー内部留保を吐き出しても

そうはいっても私どもは民間団体ですから、いくら赤字を出してもいいということにはなりません。その場合、総合農協ということが大きな強みとなります。農産物の販売など経済事業で支障が出ても、金融・共済で事業は継続できるという強みがあるのです。もちろん組合員の理解を得ることが前提になりますが、内部留保を取り崩してもこの難局を乗り切ることは許されるのではないか、と考えています。

生産者である組合員農家についていいますと、つくったものを評価して買っていただけるかどうか、それで生活が成り立つかどうか、ということにつきます。その部分で農協がどれだけのことができるかが問われているのです。2011年産米は、昨年産米と比べて私ども農協は相当高く買いいれています。生産者も、農協は高く我々からは買ってくれているという認識をもってくれています。来年の作付けについても、土壌検査を含め、農協の取り組みを評価してくれていると思います。

こういう騒ぎがある前は、まさに農協不要論があふれていました。国の農業政策でも、例えば戸別所得補償政策の実施にあたっても、農協の力は借りないという世界でした。しかしこれについては、やってみてやはり農協に入ってもらわなければやれないということで、かなりの軌道修正もあった。そしてここに来て、農協の機能が見直されていると感じます。

農協は農業協同組合であると同時に、地域協同組合でもあるのです。今回の事態の中で、地域全体の安定に相当寄与しているのではないかと思うのです。例えば私どもはガソリンとか灯油の無料配布を公共機関や緊急性のある医療機関、獣医師に行いました。食料も一万三〇〇〇食くらい提供しました。スーパーにも食べるものがなくなった時の話です。こういう地域貢献活動は、誰に頼まれたわけでもなく、組合の責任においてやったことです。被災の大きい浜通りに地域には、何トンのレベルでコメを運んだりもしています。

震災・原発事故とは離れますが、いま政府が進めようとしているTPP(環太平洋経済連携協定)は、こうした地域に根差した協同組合としての農協、そこに依拠して営農・生活を営んでいる組合員農家に重大な打撃を与えると思います。特に被災地にとっては、地域経済と農林漁業再生の道が閉ざされるほどの影響を与えるでしょう。先ほど総合農協の強みということを申し上げましたが、協同組合金融も相互の助け合いの共済もアメリカンスタンダードに合わせて協同をいう側面を取り払ってしまおうということでしょう。さらにそれぞれの国の経済的環境も歴史も文化も無視して、国家が持つ同然の権利である関税自主権もなくしてしまおうということですから、国家の体をなさないことになってしまいます。

ー時代は変わり目に

最後にこの国の農業と協同組合の在り方について簡単に申し上げて私の話を終わります。農業について六次産業化をめざせという意見があり、政府の政策にも取り入れられています。一次産業・二次産業・三次産業を掛けると六だから六次産業というのですが、それらをすべてを農業に取り込めという考え方です。

しかし農業は、他とはまったく別の種類の仕事です。それは再生可能で、自然循環型なのです。そのことを繰り返すことによって、何万年、何十万年の人類の歴史が続いてきました。産業革命以降、人間はさまざまのぜいたく、欲望を満たすため、資源の枯渇を前提にして、地球上のあらゆる物質を利用してきました。その行き着いたところが、今回の原発事故なのではないでしょうか。我々の農業、漁業、林業は、土の力と光合成によって成長する植物を利用し、食べる、それを食べる動物を利用する、まさに自然の循環と、その上に成り立つ食物連鎖の上に成立しているのが農業というなりわいです。このことを続ける限り、私たちの生活は未来永劫続くのです。

それに対して現実は、できるだけ働かないで、うまいものを食って、長生きして、しかも貯金通帳のゼロの数を増やしたい。そのことに幸せを感じるという価値観で覆われています。こういうことを言う政党が政権を取る時代です。大震災と原発事故を経験した今も、時代は、私どもが考える自然循環、再生可能な自然エネルギーに基づく持続的なくらしのシステムではなく、一方通行の成長と大量生産・大量消費の経済システムの方に向かっていると思います。

私自身は震災に遭遇する前から、効率と経済成長一辺倒で来た経済や社会の仕組み方は限界にきたと考えていました。その限界を乗り越える思想は何かとずっと考えていたのですが、それはこれまでの仕組みとは別のものだと思います。それが協同組合の原点なのではないか、市場原理主義を乗り越えるのは協同組合システムではないかというのが私の到達した結論でした。二〇一二年はたまたま国際協同組合年です。市場原理主義、あるいはグローバリゼーションから脱皮するためには、協同組合運動が最も有効だと私は考えています。

ー原発への無知を反省している

ー原発についても同じように考えています。人が安全だというから、私も安全だと思ってていました。全く無知でした。いったん事故を起こしたら、収束するにもその方法すら見つからない。こういう馬鹿なことを人類は進めてきたのかと暗澹たる思いです。大丈夫な理由だけを並べて、リスクについて議論することすらタブーとされてきた。我々の知能のあさはかさを自らに言い聞かせているところです。     私を含め社会全体が実態をまず知ることから始めないといけないと痛感しています。ここでも協同組合の原点、協同の思想に立ち返って社会の在り方を問い直す作業の必要性を感じます。

最後になりましたが、私どもは原発事故と放射能の怖さと直接対峙しながら、安全なものをつくり、消費者の皆さんにお届けしようと日夜努力しています。どうか福島を見捨てることなく、お力をお貸しください。それでも消費者としては、出ないほうがいいわけですから、5ベクレルでも10ベクレルでもだめだということになってしまう。限りなくゼロに向けて、という方向をめざしてやっていくつもりです。(日刊ベリタより)

 

 

Comments





Get Adobe Flash playerPlugin by wpburn.com wordpress themes