映画「フロストxニクソン」②フロストの経歴と評価

09.02.27 by   カテゴリー : レビュー

映画「フロストxニクソン」の英国人司会者デービッド・フロストは1939年4月、ケント州に生まれた。父はメソジスト教会の牧師だった。成績優秀な児童が進む「グラマー・スクール」で勉強し、ケンブリッジ大学(専攻英語)へ。

大学時代に学生新聞や文学雑誌を編集し、「フットライツ」演劇集団でも中心的な存在となる。ケンブリッジ大のフットライツは1960年代以降、英国で盛んになったコメディ・風刺ブームを担う人材を数多く生み出した。モンティ・パイソンのジョン・クリーズ、米国でも活躍する俳優のヒュー・ローリー、女優のエマ・トンプソンなどがほんの一例だ。後にBBCの理事長となるジョン・バートもフットライツの仲間だった。(バートは映画「フロストxニクソン」にも出てくる。)

時事風刺番組「ザット・ワズ・ザ・ウイーク・ザット・ワズ」(1962年―1963年)の司会者となり、フロストは1960年代の英国の風刺番組ブームの火付け役となった。同番組は米国版も制作されている。別の風刺番組「フロスト・レポート」(1966年)も大人気となった。これは視聴者をスタジオに入れて収録した、英国で初めての時事番組だった。「ロンドン・ウィークエンド・テレビジョン」(LWT)や 「TVam」といったテレビ局の立ち上げもフロストとその仲間たちの手になるものだった。

クイズ番組の司会者や著名人のインタビューで知られるフロストは、1964年以降の英国の全首相(最後はブレア元首相)の単独インタビューを行っている。

私生活では喜劇俳優故ピーター・セラーズの最後の妻となったリン・フレデリックとの結婚後、ノーフォーク卿の娘と再婚。現在、自分自身が押しも押されぬ超有名人の一人となった。

―マードックと一戦?

LWTでフロストがインタビューした人物の一人に、オーストラリア出身のメディア王ルパート・マードックがいた。ジェローム・タッチルの書いたマードックの自伝「ルパート・マードック」によれば、フロストはマードックを攻撃するようなインタビューを行った。きっかけは、「プロフューマ事件」だ。1960年代半ば、ジョン・プロフューマという当時の英国防大臣が、ロシアのスパイとの間で、図らずも愛人を「共有」していたことが発覚した。プロフューマは辞任し、世間から一切姿を消して、ボランティア活動に従事していた。それから5年後、当時の愛人が告白話をマードックが所有していたタブロイド紙に売った。新聞は飛ぶように売れたが、英国民が忘れたがっていた過去を思いださせたマードックに対し、嫌悪感が国民の中に湧いた。こうした声を代弁しての厳しいインタビューだったが、マードックはフロストに対し強い怒りを感じたらしい。1970年、経営が悪化していたLWTの支配権を握ったマードックは、即フロストを首にしたという。

―フロストはこの映画をどう見たか?

フロスト自身は「フロストxニクソン」をどう見ているのだろう?「サンデー・タイムズ」紙の別冊「カルチャー」1月18日号のインタビュー記事から一部を紹介してみよう。

2006年の舞台劇が監督ロン・ハワードによって映画化されたわけだが、ハワードは「素晴らしい仕事をした」とフロストは絶賛する。

舞台劇を作る前に、台本を書いたピーター・モーガンは、フロストに対し「自分は言ってみれば『知的なロッキー』を作るつもりだ」と語ったという。これに感銘したフロストは英国での上演に関して何の報酬も要求しなかった。

映画化にあたってはロイヤリティー料金を受け取ることにした。その比率は語らなかったが、脚本の書籍化、オリジナルのインタビューのDVDなどが発売されているので、相当額の報酬を得るようだ。

少々不満なのはニクソンをインタビューする前のフロストが司会者としては盛りを過ぎていたようなニュアンスが出ている点だ。しかし、「どんなことも最後は真実が明らかになる」とし、芝居・映画ができたことを「非常に喜んでいる」そうだ。

―元同僚の意見は?

最後に、フロストをよく知る人物、デービッド・コックス氏の見方を紹介しておきたい。コックス氏は英ガーディアン紙のネット・コラムニストの1人。主にメディアや環境問題について書いている。LWTの元ニュース部門の統括者で、フロストは仕事仲間だった(ちなみに、LWTは現在民放ITV1の一部になっている)。

コックス氏によれば、「フロストxニクソン」の中にあったような、一人のジャーナリストが政治家を長時間インタビューし、本音を引き出すというやり方は、現在ではほぼ実現不可能だと言う。1990年代以降、丁々発止のやり取りを避けようとする大物政治家が厳しい取材者のインタビューには応じない傾向が出たからだ。

また、2005年まで続いていたBBCの朝のインタビュー番組では、フロストは映画の中で見せたような厳しい質問をしなかったと言う。丁寧な言葉遣いで政治家に話しかけるフロストは、コックス氏の観察によれば、「政治家が困惑するような質問を避けていた」。フロスト自身は「サーガ」という雑誌の取材で、相手を糾弾するような質問の仕方は、期待する答えを引き出すためには「逆効果だ」と説明している。

フロストは、「後年になると、権力者の説明責任を問うよりも、友人となることを重要視するようになった」とコックス氏は語る。毎年フロストが開く夏のパーティーに多くの著名人が招待されるのがその証拠だそうだ。

コックス氏によれば、ニクソンは、大統領職の最後に起きたウォーターゲート事件のためにベトナム戦争の終結や中国との国交成立などの大きな業績が忘れられてしまった。フロストには、1960年代の風刺ブームを作り、「欠点のある大統領を破滅させた」功績がある。しかし、「その後は、フロストも(ニクソン同様)使命を果たさなかった」とし、ジャーナリストとしては大した仕事をしていないと厳しい評価を下している。

主な参考資料:オブザーバー・レビュー(1月18日付け)、サンデー・タイムズ(1月18日付け)、インディペンデント・オン・サンデー(1月25日付け)、Jerome Tuccile “Rupert Murdoch,” デービッド・コックスのブログ及びインタビュー、BBCラジオ

ニクソン・インタビューに関してさらに詳しく知りたい方は以下を参考に。

http://en.wikipedia.org/wiki/The_Nixon_Interviews

http://www.frostnixon.com/

http://news.bbc.co.uk/1/hi/programmes/breakfast_with_frost/737846.stm

Comments

1 コメント

  1. ETCマンツーマン英会話 / 12.01.12 4:50 PM 

    David Frostについて調べていてこちらに辿りつきました。
    彼についてなぜか日本語の情報があまりないようで助かりました。
    ルパート・マードックとのインタビューも興味を持ちました。
    調べてみようと思います。感謝です。





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