酒を飲んで死刑を執行 アブグレイブ刑務所の死刑執行人、悪夢を語る (ベリタ・アーカイブより)
「ひと月に100人から150人を処刑した。そのうち数えることをやめた」ー。サード・アブドル・アドミルさんは悪名高いイラク・バグダッド郊外のアブグレイブ刑務所で死刑執行人として、11年間に数千人に上る人々の絞首刑の執行をした。意に反して死刑執行人の役割を与えられたアドミルさんは、フセイン政権がなくなった現在でも、悪夢の11年間を忘れることができないでいる。(日刊ベリタ・アーカイブ記事より)
殺すほうも殺されるほうも人間であったことを思い出させるエピソードを、英デイリー・テレグラフ紙(5月2日付)が伝える。
14年前、アドミルさんがタクシーの運転手をしている時、お客として乗せた若い女性から、アブグレイブ刑務所で警備員を探しているということを知った。刑務所の警備員なら収入も安定するし、家を買い、家庭を持つことを夢見たアドミルさんは、早速刑務所に職を求めた。
しかし、独り者だったアドミルさんは、まだ家庭を持っていないという理由から、死刑執行人の仕事を割り当てられた。もし拒否すれば、自分自身も牢獄に入れられると脅され、12人いた死刑執行人の一人にならざるを得なくなった。
「仕事の内容を聞いた時は、そのあまりの衝撃に、倒れそうになった。全くどうしたらいいか、分からなくなった」
アドミルさんは、仕事を始めるにあたり、二晩、眠ることができなかった。落ち着いて眠ったことは今にいたるまで一度もない。
「どれくらいの人を絞首刑にしたのか、分からない。ひと月に100人から150人と思うが、数えるのをやめてしまったので」
死刑執行は、水曜日と日曜日の週に2回。死刑になったことを告げられた囚人は牢獄を出て、30メートル近く歩いて2階の特別室に入る。ここで数週間、「矯正のために」過ごす囚人もいる。この後、絞首台のある部屋に進むが、ここでは数日間、拷問が行われる。拷問のために顔が見分けがつかなくなるほどはれ上がる場合もある。
死刑執行者たちは、刑務所の他の勤務者とは接触をしないようにして暮らす。一人一人がそれぞれの部屋に住み、テレビを見たり、強いアラックというお酒を飲む。
「アラックは一日中飲めるほどの量を与えられていた。一日に一瓶くらい。飲まないと生きていくことができない。スケジュール表を見て、その日が自分の仕事の日だと分かると、すぐに飲み始める。一日の終わりにはかなり酔ってしまうが、それでも、仕事を実行できるようになっていた」
フセイン元大統領は死刑の命令を正午に出す。警備員が執行される人とその人の母親の名前を確認する。囚人は別室に連れて行かれるが、絞首刑は日没になってから行われるため、そこで数時間待機する。「大統領は、絞首刑は日没後にするものとしていた」ためだ。
今でも絞首刑の様子を思い出す。「ある男性の囚人が、どうしても牢獄から出ようとしないので、警備員が金属の棒で殴り、意識不明にした。この男の叫び声が忘れられない。私が絞首刑のための縄を男の首にまわしたとき、自分で立っていることができず、2人の警備員が、男の頭を支えなければならなかった」
最後に絞首刑をしたのは2年前だが、昨日のことのように覚えている。「40代の男性で、大統領に反抗するイスラム勢力の人だった。首を絞められる間、神の加護を叫び続けていた」
アドミルさんは、4月28日をほっとした思いで過ごした。この日はフセイン元大統領の誕生日で、もし政権が倒されていなかったら、誕生祝いということで、通常より多くの受刑者を絞首刑にしないといけなかったからだ。
現在は仕事もなく、バグダット郊外にある小さなアパートに住むアドミルさんは外に出かけることはほとんどない。夢だった家を買うこと、結婚することは、実現不可能になった。
「結婚しようと思って仕事を探したのに、すべてを失った。イラクを逃げたい。家庭を作りたい。でももう無理。船乗りになってどこかに行きたい。海を見たことはないが。きっとすべてを忘れさせてくれるのではないか。フセイン元大統領を思い出させるすべてのことから離れたい」ー。
(日刊ベリタ・アーカイブ記事2004年から)




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