【英国ジャーナリズムの底力】 -ガーディアン紙の調査報道担当記者に聞く ① 「調査報道は世界を変える方法だった」

10.09.23 by   カテゴリー : メディア, 世界の窓

  英国で、新聞記者による調査報道はいつどのようにして始まり、実際に調査報道に関わっている記者はどのように取材を行っているのだろうか?そんな疑問を解くために、英高級紙ガーディアンの調査報道担当記者デービッド・リー氏に聞いてみた。

 リー氏はケンリッジ大学卒業後、スコッツマン、タイムズ、ガーディアン、オブザーバーなどで勤務。1990年代、保守党政権の閣僚だったジョナサン・エイトケン氏の兵器売却契約を巡る収賄疑惑をガーディアン紙上で追及したことで知られる。エイトケン氏は同紙を名誉毀損で訴え、裁判になった。最終的に、同氏は偽証罪で有罪となり、禁固刑を宣告された。リー記者は国際的な汚職問題を暴くことが多く、防衛大手BAEシステムズの賄賂提供疑惑を数年間にわたり報道したことでも知られる(記事最後に詳述)。ロンドン市立大学では英国初の報道担当の教授として教鞭を取る。

 リー記者は汚職関係、政府の権力の乱用、裁判問題などの公開議論の場によく出ているので、前に何度か顔をあわせたことがあった。一対一で話すと、とても温和な感じの人物だ。物静かに話す様子を聞いていると、こんな男性のどこに大きな権力と戦うエネルギーがでてくるのかなと不思議に思う。

 ガーディアン内で行われたリー記者のインタビューの紹介に入る前に、「調査報道」(investigative journalism)の解釈について。ネットで検索してみると、その定義はいろいろあるようだが、日本では、官庁や企業が大手メディアに出すリリースや会見などで得られた情報を基にした報道と対極の位置にあるものと考えられているようだ。英国では1つの典型として、「政治家、政府、大企業、そのほか権力者が公開したくない情報を暴露する」報道が「インベスティゲティブ・リポート(あるいはインベスティゲティブ・ジャーナリズム)」と同義語として使われる場合が多い。「インベスティゲート」(investigate)は警察などが「捜査する」場合にも使われる。

─英国の調査報道の伝統はいつから始まったのでしょう?

デービッド・リー記者:私の記憶では、1960年代にさかのぼります。当時、ノーザン・エコー紙のハロルド・エバンス編集長が、あるえん罪事の真実を解明するための報道を始めました。犯人とされた男性はすでに絞首刑になっていましたが、報道をきっかけにえん罪が晴れました。英国の死刑制度廃止の発端を作った大きな事件でした。1970年代にはサンデー・タイムズ紙の編集長として、大規模な調査報道を開始しました。その1つの帰結がサリドマイド事件(睡眠薬サリドマイドを服用した妊婦から奇形児が生まれた事件)です。

 一連のサリドマイド事件の報道は典型的な調査報道でした。たくさんの時間とお金が使われましたし、イングランドの法体制への挑戦でした。結果として、多数の奇形児に補償を与えることができたのです。国家権力と戦い、お金を使う用意があり、大きなスキャンダルを世に出したという意味で、私が考えるところの典型的な調査報道(インベスティゲティブ・ジャーナリズム)でした。

 サリドマイドは、当時、エバンス編集長が手がけたたくさんの調査報道の1つでした。非常に大掛かりで、時間を長くかけてやっただけでなく、紙面を4面も5面も作って出したのです。ほかには、ロシアのスパイだったキム・フィルビーの正体を暴露した報道です。

 当時、エバンズやサンデー・タイムズで「インサイド」という調査報道の連載を担当していた記者たちがインスピレーションを受けたのは、米国のウォーターゲート事件です。私がやったたくさんの調査報道や、米英で行われた調査報道のルーツもウォーターゲート事件にあります。特に、当時は私はまだ若者でしたから、刺激を受けました。

―既存の体制に挑戦するという、時の機運(60年代-70年代)とも一致していたのでしょうか。

 そうです。時代背景と切り離すことはできません。権威に対し、挑戦する、まさに60年代のスピリットでした。当時若者だった私たち全員が、「世界を変えよう」と思っていたのです。調査報道は世界を変える一つの方法でした。 

―最初の仕事先はスコットランドの主要高級紙「スコッツマン」紙でしたね?

 そうです。大学卒業後、最初はスコッツマンで働き始めました。本社のあるエディバラで数年間働き、それからロンドンに来てタイムズ、そしてガーディアンに行ったのです。

―スコッツマンにも体制に挑戦するという雰囲気があったのでしょうか?

  いいえ。スコッツマンは非常に保守的な新聞でしたので、見習いをやって、ロンドンに来てから調査報道にやるようになりました。

 ―エバンス氏と働いたことは?

  私はタイムズで働きましたが、彼はサンデー・タイムズにいまして、当時別々の媒体だったんです。エバンス氏とはこれまでに一緒に働いたことがないのです。

  調査報道を本格的に始めたのはガーディアンに来てからです。仕事をしながら、情報公開に関わるキャンペーンの本を書きました。これが1980年です。それと、司法に関わる裁判にも関わるようになりました。公務員機密保持法や裁判所の秘密保持などをテーマにして、司法に関わる分野を扱うようになりました。(つづく)

*防衛関連企業BAE疑惑とは

 今年2月、英国最大の防衛関連企業BAEシステムズの汚職疑惑を調査していた英米当局は同社と合計4億5000万ドル(約370億円、3月末時点の計算)罰金の支払いで合意した。

 同社は、東欧諸国やサウジアラビアへの航空機販売を巡り、賄賂を使った事実を隠すために、米司法省に対し虚偽の情報を提供していたことを認め、巨額の罰金を払うことになった。英重大不正捜査局に対しては、同社がタンザニアでの取引を巡って不正会計を行ったことを認め、罰金3000万ポンド(約40億円)を払い、企業による刑事犯罪事件の和解金額として、英米両国においてともに最大額となった。

 BAEシステムズの賄賂疑惑は長年噂になっていたが、ガーディアンが先陣を切って取り上げたのは2003年である。

 当初ガーディアンが問題視したのは、1980年代に英国とサウジアラビアの間で交わされた「アルヤママ」兵器売却契約に関わる賄賂疑惑。90年代を通じて契約内容が拡大し、全体では430億ポンド(約5兆8000億円)にまで膨れあがっていたからだ。英国最大の兵器売却契約である。

 報道を続けるうちに、同社が裏金を使ってサウジアラビアの王族に接待を行っていた証拠を持つ人物がガーディアンに連絡を取るなど、情報提供者が徐々に現れて、報道の信ぴょう性が高まっていく。

 2004年、英重大不正捜査局が捜査を開始した。しかし、06年12月、捜査が佳境に入ったところで、政府の介入により突然中止されてしまう。

 ブレア首相(当時)は「テロ打倒、中東和平など」、サウジアラビアと英国が「戦略的に非常に重要な関係」にあり、打ち切りは「正しかった」と述べた。重大不正捜査局の当時の局長は「政治的圧力はなかった」「自分で決めた」とBBCの取材に答えているが、サウジ側からの英国への政治的圧力や兵器契約が打ち切られた場合の雇用減少や売却金の喪失という経済上の圧力が働いたことが、報道によって暴露された。

 ガーディアン紙は、2007年6月にはBBCとともに、BAEが元駐米サウジアラビア大使に対し、兵器受注にからみ過去10年間で10億ポンド(約1360億円)以上の裏金を渡していたと報道した。

 こうして、BAEが虚偽報告や不正会計で英米当局に罰金を支払うまでに、報道開始から7年の歳月が流れていた。

(朝日新聞「Journalism」取材用インタビューに補足)

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    [...] This post was mentioned on Twitter by eriko iijima , Yoshiko Miwa and Mikihito Tanaka, ニューズマグ. ニューズマグ said: 【英国ジャーナリズムの底力】 -ガーディアン紙の調査報道担当記者に聞く ① 「調査報道は世界を変える方法だった」 ニューズマグ http://www.newsmag-jp.com/archives/5049 [...]





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