ド・ビルパン仏前首相が、「カラチ仏人殺害事件はテロと無関係」、「賄賂と大統領選挙資金に強い疑惑」と証言

 2002年5月8日、パキスタンのカラチ南部で潜水艦アゴスタを建造をしていた仏造船局DCN(当時は国営)の技師11人が、爆破テロで亡くなった(カラチ仏人殺害事件)。この潜水艦契約にまつわる賄賂疑惑をめぐり、犠牲者の遺族側は事件の真相解明を政府に求めていた。ドミニク・ド・ビルパン前首相(事件当時、大統領官邸エリゼ宮殿官邸書記総監)は、今月19日、この事件の証人として、テロ事件担当のルノー・バァンリュインベック判事へ情報の開示を申し出た。

 ド・ビルパン氏は、25日午後17時45分、4時間半に及ぶ証言を終えた直後の記者会見で、「賄賂(コミッション)とテロは関係ない」、と述べた。一方、フランス側へ逆流する違法の「差し戻し賄賂(レトロコミッション)」に関しては、それが「1995年の大統領選挙資金に運用された疑いが強い」との確信を表明した。しかしその具体的な人物が誰であるかについては、今回は明らかにしなかった。

―二つの賄賂、コミッション(合法)とレトロ・コミッション(違法)

 賄賂といっても「カラチ事件」では二種類のコミッションが想定されている。

 当時、フランス政府は外国に軍備設備を売り込む場合に、前もって賄賂(コミッション)を渡し受注獲得を有利にすることは合法的な行為とみなしていた。

 これは(フランス →   仲介者 →   カラチ)という金の流れのコミッションで当時は合法的であった。

 もう一つのコミッションは、同じくフランス側から金が仲介者へ一度わたるのだが、それがカラチ側へは届かずに、仲介者から直接にフランス側の潜水艦売り込み関係者へと逆流するコミッションのことである。図式でいうと(フランス →   仲介者 →   フランス)というコミッションの流れがこれで見返り手数料(レトロ・コミッション)として不正な汚職行為となる。フランス国民の税金の横領となるからだ。

 フランス側から一度仲介者を通してカラチ側への取引関係者へ手渡された現金コミッション(合法)の中には、カラチ側へ渡されずに仲介者から直接にフランスの潜水艦取引関係者へと金が回っていた部分があった。これが見返り手数料(レトロ・コミッション)というものだ。

 ジャック・シラク前大統領が1995年選挙に勝利した直後に、カラチだけでなく多くの賄賂(コミッション)慣行を停止する決断をした。そのことで政敵バラデュー元仏首相(1993 -1995)へのレトロ・コミッション(非合法)の流れが停止したが、同時にカラチへのコミッション(合法)も留まることになった。(しかし、実際にはその後もコミッションは最近まで支払われていたことを旧フランス造船局DCNの責任者は証言している)

 コミッションの額だが、パキスタン政府関係者(政府、軍人など取引で利益を合法的に得る者)には契約金の10.25%にあたる約8千万ユーロ(約104億円)がコミッションとして渡され、フランス側へのレトロ・コミッションはその4%(約34億円)が流れたと見られている。

―シラク前大統領の停止決断

 先週、ド・ビルパン前首相は「シラクがコミッションの停止を決断した」と発言している。

 2002年の大統領選挙予選でバラデューは落ちて決戦投票では、シラク氏とジャン・マリー・ル ペン(フランスの極右系政党、国民戦線FN)総裁との対決となった。5月6日、シラク大統領が再度当選した。カラチ事件はその直後の5月8日に起こった。

 経済協力開発機構(OECD)は2000年にコミッションを禁じたが、「それ以前はコミッションは認められていたのだ」、とバラデュー氏は反論していた。しかしフランス側が受け取ったとされる見返り手数料(レトロ・コミッション)の場合には、アゴスタ潜水艦契約当時でも非合法であることにはかわりがなく、それが汚職である故に疑問視されている。

 この問題を指摘されたサルコジ大統領は2009年6月のベルギーでの首脳会議の折にインタビューに答えている。「これはまるでおとぎばなしのようだ」との発言はフランスでは何回もテレビでも報道された。その少しあとの6月18日にはフランス国営放送テレビのインタビューの質問にバラデュー元仏首相が答え、わたしの「知る所では完全に合法的に行われていた」と語っていた。

 コミッションの支払い停止によりカラチ側にコミッション(合法)が渡らなくなったために、怒ったカラチ側が報復措置として、現地でアゴスタ潜水艦の建造にあたっていたフランス人技師に報復したとする「コミッション不払い報復説」ははじめから存在したが、非常に弱いものであった。国際テロ組織のアルカイダ犯行説が事件直後では主流であった。現在はこのコミッション不払い報復説からレトロコミッションの非合法性が指摘されて国家の疑惑問題にまでなってきている。

 カラチ仏人殺害事件は、カラチのシラトン・ホテルに宿泊していたフランス造船局DCNのエンジニアが、毎朝カラチ南部の潜水艦組み立て場へと向かうパキスタン海軍の通勤バス(メルセデス)に乗り込んだ所、バスに横づけされた日本車(カローラ)搭載のTNT爆弾が爆破し、多くの死者と被害を出した事件だ。今はその原因をめぐりフランス国家の中枢を震撼させている。

―カラチ仏人殺害事件のポイント、二つの筋

 カラチ仏人殺害事件が何故問題になっているかの重要なポイントの一つは、不正なコミッションの流れでフランスの国税から私的な利益を得た者がいるという疑惑があるからだ。

 そのレトロ・コミッション疑惑は、当時のバラデュー内閣の財務相で、バラデュー氏の大統領選挙のスポークスマンを担当し、カラチへの潜水艦売買契約では取引署名をしたとされるサルコジ現大統領に影を落とすからだ。この不正なコミッションが大統領選挙運動資金に注がれていたという強い確信が、今回のビルパン氏が判事へ証言を行った中で特に強調された筋でもあった。

 ところが、25日のフランス国営放送・テレビA2の夜のニュースでは、ド・ビルパン前首相が判事に話したのは「賄賂とカラチ仏人殺害事件とは無関係だ」という筋が強調されたものであった。が、もう一つの筋である「賄賂の見返り手数料(レトロ・コミッション=非合法)が 対シラクとのバラデューの大統領選挙に注ぎ込まれたことに関し強い確信を表明した」とのビルパン氏のもうひとつの主張の方はぼやけて報道されていた。しかし、夕刻の国営ラジオFrance Infoでは、その二筋をド・ビルパン氏が明確に強調して話したとする明快な報道がなされている。

 重要なのは、20日のリスボンでのNATO北大西洋条約機構会議の折に、カラチ問題で記者会見したサルコジ大統領は「要求があればすべての国家機密の開示をする」と宣言したことだ。つまり、これまで国家機密は全部明かされたとしていたが、これが誤っていたことになった。このことで直ぐにフィヨン首相は国家機密の開示を拒否すると宣言している。野党社会党などからは「汚職を隠すのが国家機密なのか」と批判が高まった。

―ド・ビルパン前首相の判事への証言

 ド・ビルパン前首相が25日に、判事の前で事件の真相を証言したのには経緯がある。これが重要なので少し説明したい。

 カラチでテロの犠牲になった遺族側は、「シラク前大統領とド・ビルパン前首相にとって、コミッション停止によって引き起こされる帰結、つまり停止に腹を立てたカラチ政府関係者側が、潜水艦の建造にあたっていたフランス人技師を殺害報復することは予想できたものであり、両政治家は人命の危険に及ぶ行為を行った」として先週、提訴した。

 同日中に、ド・ビルパン氏は「遺族の提訴は非常に重要なことなので、来週すぐにでも真実を判事に話したい」と宣言した。

 しかし、このド・ビルパン前首相の発言の直後に、今度は遺族側はド・ビルパン前首相らへの告訴は取り消したいと発表した。そしてド・ビルパン氏の確信を最後まで追及することに敬意を表したいと宣言している。

 その遺族側がド・ビルパン前首相らを訴えたのには、事情がある。当時のフランス政府のカラチへの潜水艦売り込み事情を知るある政府高官(カラチへの潜水艦契約と同時代にサウジアラビアへ武器売り込みを担当)が、先週、(自分は当時)「コミッションの停止は相手国から報復措置を招く危険なものだと警告をしていた」との突然の発言があった。この発言の直後に、父親を亡くした娘さんら遺族がド・ビルパン氏らを訴えたのだが、今はこれを取り消している。

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