自立支援を応援したい! 女優サヘル・ローズさんが、難民のネイルサロン「アルーシャ」の広報大使に就任

10.11.30 by   カテゴリー : ニュースあれこれ, , 日本

  「第三国定住プログラム」による難民受け入れが始まったとあって、にわかに注目を集めている「難民」。だが、以前から日本にも「難民」がいることを知る人は、意外と少ない。母国での迫害を逃れ、命からがら日本にたどり着いた人たちなのだが、日本に到着したから安心かというと決してそうではない。難民申請をしてから結果が出るまでには、早くて2年、長い場合は10年ほどかかる。その間は、いつなんどき母国へ強制送還されるかも分からず神経が休まるときはない。また、晴れて難民認定が下りたとしても、難民が生活を安定させるのは極めて難しい。なぜなら日本国内には、難民に対して偏見を持つ人も少なくなく、安定した職を見つけることが難しいからだ。

 そこで「難民たちに手に職をつけてもらおう」と起ち上がったのが、ネイルサロン「アルーシャ」を経営する岩瀬香奈子さん(35歳)だ。難民の女性たちに無償でネイル技術を学んでもらい、スキルが高かった数名を、プロのネイリストとして採用。現在は、ミャンマーからの難民女性を含む3人が同サロンで働いている。この取り組みに共感し、このたび「アルーシャ」の広報大使に名乗り出たのが、イラン生まれの女優・タレントのサヘル・ローズさん(25歳)。彼女自身、イラン・イラク戦争で両親や兄弟をすべて失う、という壮絶な経験をしている。そんな異色の女優サヘルさんに、難民支援の取り組みについてお聞きした。
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ーサヘルさんが、「アルーシャ」の広報大使になったキッカケを教えてください。

 私の知人が、とてもキレイなネイルアートを施していたんです。「ネイル素敵ですね」と声をかけたら、「実は難民のネイリストさんが施術をしてくれたのよ」とおっしゃって。それがキッカケで、「アルーシャ」の取り組みを知りました。お恥ずかしい話なのですが、知人から話しを聞くまで、日本に難民がいるなんて知らなかったんです。

 私の母国イランには、イラクから逃れてきた難民がたくさんいましたが、まさか日本にも……、という思いでしたね。私が生まれた1985年当時は、イラン・イラク戦争のまっただなか。多くの子どもたちが親を亡くし、孤児院に預けらました。私も、その中のひとりだったんです。でも、当時救いの手をさしのべてくれたボランティアの女子学生が、後に私の義母になってくれた。そのおかげで、今の私がいるのです。だから私も、「いつかは自分が支援する側になって、恩返しがしたい」という思いがあった。だから、「アルーシャ」の広報大使を引き受けたのです。

ー実際に、「アルーシャ」でネイルアートを受けた感想はいかがでしたか?

 私、「アルーシャ」に来るまでは、一度もネイルサロンに行ったことがなかったんです。でも、ここでネイルアートをしてもらうようになってからは、仕事関係の方や友だちから、「ネイルかわいいね! どこのサロンに通っているの?」と聞かれるようになりました。

 「難民の女性がネイリストとして活躍しているサロンがあるのよ」とお話すると、みんな興味を持ってくれて、「キレイになれて貢献ができるなら、ぜひ行ってみたい」と言ってくれますね。私のネイルを通じて、難民の方の存在を知ってもらえたら、こんな嬉しいことはありません。

ー難民ネイリストの方々とお話ししてみて、何が一番印象に残りましたか?

 ある難民ネイリストの方は、ネイルのお手入れをしながら私にこう話してくれました。「いつかミャンマーに民主政権が戻ったら、母国に戻って自分のお店を持つことが夢。日本で学んだことを活かして、ネイルやメイクもできる美容院をオープンしたいんです」

 そしてまた、違うネイリストはこう言っていました。「手に職をつけて堂々と仕事をできるようになりたい。日本社会で認められる存在になりたい」

 彼女たちの中には、子どもや家族を母国に残したまま、弾圧を逃れて日本にやってきた人も少なくありません。家族がバラバラで暮らすのはとっても悲しいこと。一日も早く、一緒に暮らせるようになってほしい。そのためには、日本にいる彼女たちが、経済的に自立することが第一。そういった意味でも、「アルーシャ」の取り組みの意味は大きいと思います。

 また、「難民=何もできないかわいそうな人」というイメージを持っている人も多いと思うのですが、彼らは高い教養を持っているし、機会さえ与えられれば、このような立派な技術を習得することもできる。広報活動を通じて、難民に対する正しい知識も伝えていきたいですね。

ーサヘルさんご自身の体験と、難民の方々の境遇が重なって見える部分はありますか?

 私は8歳で来日し、今までずっと日本で暮らしてきました。ときには、イラン人というだけで「犯罪者」や「麻薬の密売人」と言われてしまうこともあって……。それが苦しかった。きっと難民の方たちも、私と同じように偏見の目で見られることがあると思うんです。

 でも、それは無知から生じる誤解。難民の方々の多くは、家族や仲間のことを心から大事にしながら、地に足をつけて生きようとしています。彼らの生き様に学ぶことは、とても多いと思います。幸いなことに、今私は人前に出る仕事をさせていただくことで、少しずつですが、母国イランのイメージを変えることができるようになりました。それと同じように、難民の方々の実情も知っていただくことで、イメージを変えていけたらと思っています。

ー日本に暮らす私たちが、難民の方々に対してできる支援とは何でしょうか。

 ひとりひとりが、自分のできることをするだけでいいと思うんです。もちろん、寄付をすることだって大事だと思うけど、ひとりが寄付できる額なんて限られているでしょう。だから、自分が得た難民に関する知識を、友だちや知り合いに伝えていくだけでも十分意味がある。周りに伝えることによって、関心を持ってくれる人がひとりふたりと増えていきますから。大勢集まれば、みんなで知恵を出し合って大きなサポートができるはずです。

 また、近くで困っていそうな人を見かけたら「大丈夫ですか?」と声をかける勇気を持つことも大切じゃないかな。日本人はとてもシャイでしょう。(笑)だから、心の中では気になっているのに、声をかけられない人も多いのではないでしょうか。

 私自身、日本に来たばかりのころ、住むところを失って継母と公園でホームレス生活をしていた時期があったんです。そのとき、通っていた小学校の給食のおばちゃんが、「何か困ったことがあるんじゃないの?」と声をかけてくれました。そして、家に招いてご飯を食べさせてくれたり、継母の仕事を探す手助けをしたりしてくれたんです。おばちゃんから声をかけてくれなければ、自分からは言い出すことができなかったでしょう。当時の私と同じように、皆さんの近くにも声をかけてくれるのを待っている人がいるかもしれません。

 難民、日本人を問わず、困っている人を見つけたら、声をかける勇気を持ってほしいですね。
 
ーサヘルさんの今後の夢を教えてください。

 私には二つの夢があります。ひとつは、「世界に通用する役者になる」こと。いつか全世界の人が見守る前でアカデミー賞を受賞し、オスカー像を継母にプレゼントしてあげたいんです。実は私の継母は、私ががれきの下に埋まっているときに助け出してくれた女性。彼女は、自分のすべてを私に捧げて、今まで育ててくれました。血はつながっていないけど、本当の親子以上のつながりがあります。だから、世界の舞台でオスカー像を彼女にプレゼントすることで、恩返ししたいと思っています。

 もうひとつの夢は、私の母国イランに孤児院を建てること。イランには、私と同じような孤児が多いので、彼らが安心して快適に過ごせる場を作ってあげたいんです。また、手に職がつけられるように、学ぶ機会を与えてあげたいと思っています。

 アルーシャの取り組みを見て感じたことですが、やはり手に職があると、自信を持って社会に出て行くことができますからね。どちらの夢も、叶えるまでには時間がかかりそうだけど、歩みがゆっくりなほど確実に進んでいける。私も難民の人たちと一緒に、前を向いて歩んでいきたいと思っています。(写真撮影も和田秀子)
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アルーシャ(Arusha)
http://www.arusha.co.jp/

サヘル・ローズ オフィシャルサイト
http://sahel.mlacky.net/

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