TUP速報938号(2/2) 混迷のシリア情勢 ―体制による殺戮と「欧米の陰謀」のはざまで

12.04.04 by   カテゴリー: ニュースあれこれ, 世界の窓

(速報938号(1/2)より続く)

シリア政権崩壊の先にあるもの(2/2)

2012年3月3日 ピーター・ハーリング&サラ・バーク

ー社会変化

今回、シリア社会の振る舞いはこれまでのどのステレオタイプにも合致しない。 分裂傾向があるのは確かだが、その分割の境界は予測可能な線に沿って いない。1970年代後半と80年代初めのムスリム同胞団の率いた反乱、 2000年のドゥルーズ・インティファーダ、2004年のクルド人の反乱といった 過去の蜂起は共同体色が強く、一般社会の不信を招いた。これに対して 今日の抗議行動は、驚くほど基盤が広く、横断的だ。アラウィ派、特に知識人や ふつうの村の住民の間では、自分たちの共同体が政権によっていかに人質に とられているかを嘆く人が多い。ドゥルーズ派はほぼ半々に割れている。 キリスト教徒は地理的に散在しているが、武装治安組織の暴虐を現場で どれほど目にしているかによって、まったく異なる視点をもっている。 ダマスカスとアレッポにいるキリスト教徒はおおむね政権側だが、他の多くの 地域では、抗議行動をする人々に少なくとも共感をもっている。サラミーヤ 〔シリア中部ハマとホムスの中間〕の町に本拠をもつイスマーイール派 〔シーア派イスラームの一派〕は、最初に反体制派に加わった人々に含まれて いた。そしてもちろんスンナ派アラブ人もみながみな反アサドというわけでは なく、たとえば北東部にいるシャワーヤ系諸支族はアサドを支持している。

また、紛争を共同体というプリズムだけを通して見るべきではない。抗議行動は ハウラーン平原での地方色の強い底辺層の現象として始まったが、社会経済的 境界を越えて、医師やエンジニア、教師も引き込んだ。運動は首都に拡大し、 治安維持部隊の大規模な展開で開けなかった大集会の代わりに、散発的な デモが起こった。財界は、財閥たちが初め慎重な保守的姿勢を示したが、 政権が財界の利益を損ねていることに気づいた。ほとんどが――取り巻き 資本主義者一派さえも――、反体制派にずっと資金提供している。さらに 思いがけないところにも断層線が現れている。一族の中で、上の世代は 若い世代と比べると、自分の知っている悪魔にしがみつきがちだ。夫婦の 中でも意見が分かれる。女性は、安定と対話を望む傾向をもつ人がいる一方、 夫たちが示しがちな姿勢以上に反対の声を強く挙げる人もいる。

蜂起によって、長い間無気力でばらばらだったシリア社会の一部が、一種の 復興を遂げつつある。抗議行動をする人々はすばらしく献身的で創造的 だった。資金を集めて分配する委員会を立ち上げ、一人ひとりの死を少しも ゆるがせにしない使命感をもって記録に残した。流血のさなか、洗練された スローガンと目を惹くポスターを次々に編み出し、国内各地の包囲された 都市を支持するシュプレヒコールを上げ、新しい旗を縫い合わせ、ビデオや アニメで政権を茶化した。ダマスカスに近いダラーヤなどの地域は、こうした 人々の市民的抵抗の行動で知られるようになった。若き活動家で後に 拷問されて殺害されたギヤース・マタルは、地区の警備に派遣された兵士と 治安部隊に渡すバラの花と水を注文していた。

政権が、反目の元になり得るものなら何でも利用しようとしたため、 反体制派は、派内の暴力的、宗派的、原理主義的な要素を押さえ込む ために力を注ぐ必要があった。宗教的、犯罪的暴力や報復感情に 駆られた暴力が増え、懸念もあったが、反体制派の努力が、社会を一つに つなぎとめた。メンバーの多数派の間に、自分たちの国と尊厳と運命を 手放すのではなく取り戻すのだという強い意志がなければ、抗議運動は ずっと前に混乱状態に陥っていただろう。

この危機には紛れもなくシリア的な特徴が一つある。数時間のうちに集団で 逃げ、武器を取って、外の世界に介入を求めたリビア人と違って、シリア人は、 武力に訴えたり、国際介入を求めるまで何カ月もかかった。また革命が、 崇高ではあるもののある意味で束の間の栄光だったエジプトとも違って、 シリアの蜂起は、長い時間のかかる、骨の折れる仕事だ。抗議運動は徐々に 形成されて、政権の一挙手一投足を研究し、また北西部のビンニーシュのような 小さな町のことまでみなが知るほど、国のことを綿密に調べた。

実際に行われたデモだけでなく、表にはあまり見えない広範な市民社会が 出現して、さまざまな形の支持を提供することで、デモが可能になっていた。 ビジネスマンは資金と食べ物を提供した。医師は病院から薬を持ち出し、 もっとも暴力の激しかった地域の野戦診療所に人を配置した。宗教指導者は おおむね、宗派主義と暴力を抑制し続けようとした。蜂起が続く中、 シリア市民は、今では深く根を張った反体制の文化を口に出し、ときには 洗練された自治の形を発展させ、地方評議会を設立している。ホムスは、 ルールも何もない武装集団の本拠地でもあるのだが、11人の執行部からなる 革命評議会を発展させている。評議会は、メディア対応から医薬品調達まで、 危機のさまざまな側面に責任を持つ委員会を統括する。反旗を翻した 共同体の内部には、シリア近代史のどの時期にも増して、高い目的意識、 連帯感、国民的団結がある。

数を増す武装蜂起さえも興味深い逆説を生み出している。急増する武装 集団は、自らの正当性を、平和的デモを軍事的に保護する必要があると いうところから引き出しているのだ。やみくもに武器庫へ突進するのではなく、 ほとんどの場所で武装は段階的に行われてきた。まず、治安部隊の急襲に 備えて自衛用に家に置いておく武器を買った。次に治安部隊がデモ隊への 銃撃を始めたら応戦するために、武装した男たちの小集団が抗議デモと ともに繰り出した。時が経つにつれて、行動は純然たる防衛から攻撃的な やり方に変わっていった――標的は政府の検問所、政権の手先や情報 提供者、軍の車列、治安部隊施設だ。売り言葉に買い言葉の宗派間 殺人が、シリア中部ではあまりに頻繁に起きている。だが、暴力の多くは、 今までのところは野放図ではなく、抗議行動と民間人を守ることを行動の 基盤としているため、曲がりなりにも約束事の制約を受けている。

困難な時期が待ち受けている

言うまでもなく、ここまで述べてきたのはいい方の側面だ。政権側、反体制側 ともに、暴漢と犯罪者が社会的上昇の手段、金儲けの手段、そして宗派間の 憎しみのはけ口として、この闘いを利用している。これは政権側の部隊に 当てはまり、法と秩序を体現するのだというまやかしの主張は、その忌まわしい 振る舞いによって、あまりにたびたび反証されてきた。一方これは、地元の 用心棒の雑多な寄せ集めである「自由シリア軍」の傘下で戦う複数の武装 集団にも当てはまる。この「軍」への入隊者には、家族を守ろうとする父親、 家族を亡くした若者、あるいは命がけで戦う離反兵がいる一方、戦闘的な 原理主義者や根っからのならず者がいる。今までのところ、後者 〔原理主義者やならず者〕は主流ではないが、政権とその支持者、同盟者は 彼らが前面に出てくればいいと考えている。論理はおのずから明らかだ。 支配エリートたちは、提供できる美徳がほとんどないので、自分たち以外に シリア社会から出てくるものは何であれ、自分たちよりはるかに悪いのだと 証明しようと躍起になっている。このためアサドをほとんどヒステリックに 崇めており、アサドの危機対応の誤りは支持者には問題にされない。 この社会をそれ自身から救うことができるのはアサドだけというわけだ。

だがシリア社会は、もっと早く権力構造が崩壊していた場合と比べて、 移行に対応する用意が整ってきている。社会の崩壊を防ぐためにどのように 自らを組織すべきか学ぶことを余儀なくされてきたのだ。政権の「分断して 統治せよ」戦術は、社会の広範な層が団結する鍵を握る要因となってきた。 生き残るには、地理的、社会経済的境界、共同体間の境界を超えて関係を 築かなければならないということだ。とはいえ、革命勢力が成功を収めた 暁には、団結の源が消滅し、方向を見失うことになる。中東各地と同様、 「政権の失脚」は、支配エリートが社会を閉じ込めていた抑圧的な行き詰まりの 解決ではあっても、実りある変化への青写真ではない。

イランとヒズブッラーの後押しを受け、ロシアの支援に支えられた政権と、 国外から軍事的ではないにせよ政治的支援を受けてますます力を増す 武装反乱とが対峙する中、政権が生き残りもせず、「失脚」もせず、徐々に 弱体化して民兵集団になり果て、全面的な内戦に至る可能性も消えては いない。だが、内戦状態に陥る前に権力構造が崩れると仮定すれば、 政治的移行をすぐに失敗させかねない脅威が少なくとも三つある

第一はアサドの権力を支えてきた基盤。大きく狭まったとはいえ、現に 存在するのは動かし難い事実だ。政権は、街頭に繰り出してはいるのは 多数派ではないといった(世界のどこかの国で国民の半分がデモをやった ことがあるとでもいうような)、まやかしの論拠で抗議運動をはねつけているが、 それとちょうど同じように、反政権派も政権支持者のことを思い違いをした 犯罪的な裏切り者の少数派市民だと叱りつける。実際は、政権が何百万もの 反対派を無視してこの危機を乗り切ることができないのと同じように、アサドに 賭けてきた何百万もの人々――治安部隊将校、手先、ふつうの人々――から 目を背けては、移行も成功し得ない。報復にもっともさらされる人々、特に アラウィ派の保護、真の和解の機構、移行期の効果的な司法手続き、また 治安維持組織の徹底的かつスムーズな再編なくしては、すべてが水泡に帰す 恐れがある。

第二に、シリア国民評議会(SNC)の実績から考えると、こうした移行でSNCが 重要な役割を果たすべきかどうか懸念するのは故なきことではない。SNCの 指導的メンバーは、個人的なライバル関係に足を引っ張られて自滅を恐れる あまり明確な政治的立場を打ち出せずに、スポットライトを浴びることに汲々と しているように見える。唯一合意に達しうる権力分有の基準として宗派による 割り当てに逆戻りしかねない。街頭に出ているシリア市民は、SNCの正統性を、 外交的圧力を取り付けられる能力に見ているのであって、それ以上のことは 期待していないと明確にしている。だが、外の世界が既成の「代替選択肢」を 求め、中東の多宗派社会は結局宗派による権力分配に至るものだという 思い込みが大勢を占めるなら、シリアは破滅に至る恐れがある。SNCを 排除しないものの、地元指導者の率いる組織、技術官僚、ビジネスマンを 中心にして政治プロセスを築くほうが正統性があり、成功の可能性も大きい だろう。

最後に、抗議行動をする人々がますます必死になるあまり、外に支援を 求めると、外の世界が救世主ごっこをして事態を悪化させる危険がある。 支援の要請は、悪魔との契約よりも悪い。さまざまな点で互いに意見の 合わない多くの悪魔たちとの契約ということになるからだ。湾岸君主諸国、 イラク、トルコ、ロシア、米国、イランなどはみな、アサド政権の運命に戦略 地政学的利害関係をみている。関与が大きくなればなるほど、シリア市民が 自らの運命を制御できなくなる。政権による極端な形の暴力にさらされている ふつうの市民が、何としてもこの緊急事態を終わらせようとして、何らかの 外国の介入を求めることはまだしも理解できる。だが、外からのどのような 「支援」がもっとも害が少ないかを冷静に慎重に見極めることが必要と されている今、国家指導者を気取る亡命中の反体制派連中が、ただただ 介入を求めるなどというのであれば、弁解の余地はない。

中東でこの3つのすべてについて実例を示してくれるケースがすぐ近くに ある。イラクだ。イラク社会の中で相対的に小さな少数派であっても、それを 排除した政治プロセスは、国全体の災厄につながった。社会基盤をもって いなかったのに、目に見える唯一の既存の「代替選択肢」として国際的な 支持を得ていた帰国亡命者の一団が、すばやく移行を乗っ取ると、共同体を 勘案して算盤をはじき、自分たちの間での権力の分配のみに合意した。 彼らがやった戦利品の分捕りは、徐々に国家全体に蔓延し、最終的には 内戦につながった。この悲劇を監督していた米国は、イラクを本来の姿とは 似ても似つかないものに変えることしかできなかった。イラクは今では、 占領者米国が当初、イラクとはこういうものだと考えていたまさにそのイメージ どおりの、ありとあらゆる宗派的な根深いステレオタイプに当てはまっている。

つまるところ、国内レベルでみれば、シリアはポスト植民地時代に終止符を うつ闘いに入ったのだ。問題は単に「政権」を転覆させることではなく「体制」を 根こそぎ変えることだ――ニザームというアラビア語はまさにこの概念を 二つとも含んでいる。現行の体制は、シリア市民を、分裂した共同体間や 中東での権力争いの人質とすることに基盤を置いている。実際、政権に わずかでも正当性があるとすれば、国内の共同体各勢力や外国勢力を 対立させ続けてきたことにもっぱら由来し、その間、真の国家建設と責任ある 指導体制は犠牲にされてきた。20世紀半ばの革命の活気の中で植民地主義の 遺産と決別しようとした前回の試みは挫折し、限られた政治エリートと軍という 集団におさまってしまった。今日それと違うのは、広範な一般市民の運動が 目を覚ましたことだ。視野の狭い利害や大仰なイデオロギーではなく、 自分たちの富と尊厳と運命がまったく奪われているという意識がその原動力に なっている。

ある意味で、この覚醒をこそ政権は弾圧してきたのだ。外国の干渉は事実だが、 今シリアにあるのは、陰謀ではなく、動き始めた社会だ。その目指す道筋に 政権が向かうことは決してない。この先の道のりは険しく、シリアもそして 中東をも内戦の迷路に迷い込ませる危険が現実にある。しかし、あまりに 多くのシリア市民にとって、逆戻りはあり得ない。政権には、はるかに安全に 前進できる道をつける猶予が1年与えられていたのだが、旧態依然の論法に ますますしがみつき、結局、自らに歴史的な行き詰まりの役を振り当てている。

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原文 Beyond the Fall of the Syrian Regime Peter Harling and Sarah Birke Znet掲載:http://www.zcommunications.org/beyond-the-fall-of-the-syrian- regime-by-peter-harling 初出:Middle East Research and Information Project:http://www.merip.org /mero/mero022412

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TUP速報938号(1/2) 混迷のシリア情勢 ―体制による殺戮と「欧米の陰謀」のはざまで

12.04.03 by   カテゴリー: ニュースあれこれ, 世界の窓

(Translators United for Peace =「平和をめざす翻訳者たち」が配信した速報の転載です。)

◎宗派や共同体の境界を超えて団結する市民社会

シリアは今、どうなっているのか、そして、どこに向かっていくのか 大統領を退陣に追い込み旧体制を崩壊に導いたチュニジア、エジプトの 民衆蜂起の炎が、シリアに火をつけて1年、父ハーフィズ・アサドの時代から 40年続くアサド大統領の独裁体制打倒を求める市民の蜂起に対し、アサド 政権は、リビアのカッザーフィ大佐同様、軍を動員して強権的に弾圧、 市民に対する体制側の攻撃・迫害によって非暴力の大衆デモは武装蜂起へ 至り、体制のなりふりかまわぬ弾圧を招来し、シリアは今や内戦的状況を 呈している。反政府勢力は国際的介入を要請し、諸外国は、軍事的 直接介入こそ行っていないものの、それぞれの思惑で、反政府勢力を支援、 虎視眈々と成り行きを注視している。

国連・アラブ連盟が解決の糸口を探るが、介入は目下のところ功を奏さず、 反政府勢力に対する政府の攻撃はむしろエスカレートしている。

独裁打倒に立ち上がった市民を虐殺する政府軍というメディアの言説に対し、 蜂起は諸外国の策謀、国民はアサドを支持しているという対抗言説も流布し、 混迷するシリア情勢同様、シリアをめぐる言説状況もまた錯綜している。だが、 一連の「アラブの春」のなかで、シリアでは終わりの見えない、長い悲劇の 春が続いていることだけは確かであり、その悲劇の犠牲者が、長く、 アサド独裁体制の犠牲者であった市民であることも事実である。

この混迷するシリア情勢を私たちはどのように理解し、考えればいいのか。

その一助となることを願って、1970年から40年以上にわたり中東情勢に 関する情報と分析を提供し続けるMERIP(中東研究情報プロジェクト)の 最新中東レポートから、蜂起から1年を迎えたシリア情勢をまとめた ピーター・ハーリングとサラ・バーグの分析を以下に紹介する。私たちが、 混沌のシリア情勢を理解する上で、ひとつの包括的視座を与えてくれるだろう。

前書き:岡真理、翻訳:荒井雅子 /TUP 〔 〕:訳注

シリア政権崩壊の先にあるもの(1/2) 2012年3月3日 ピーター・ハーリング&サラ・バーク

シリアで蜂起が始まってまもなく1年になろうとしているが、それは、 アラブ諸国の一連の蜂起の中で、もっとも悲劇的で影響が大きく、 先の見通せない事態となっている。2011年3月シリア全土の町や村で 抗議デモが発生して以来、国内危機がシリアの将来をめぐる戦略的闘争と 絡み合い、多大な犠牲が払われてきた。

バッシャール・アサド政権は、40年にわたる支配〔訳注〕への深刻な脅威と なりかねないものは何であれ押さえ込もうとあがいて市民を弾圧し、 数千人の死者を出した。さらに多くが今も投獄されたままだ。政権は国民の 対立を煽り、抗議行動をする人々に破壊工作者とかイスラーム主義者、 外国の陰謀の加担者というレッテルを貼ることで、政権への支持をかき集めた。 支持基盤にさらに梃入れをするために、支配者一族の出身母体である 少数宗派、アラウィ派の抱く恐怖を利用して、紛争に宗派的色合いをもたせた。 体制側のこうした策のために、街頭に出る若者たち――さらに、少数だが 常にいる離反兵――がますます武器を手にするようになり、反体制派の 多くも国外に財政的、政治的、軍事的支援を求めることになった。 武装反乱によって現政権支持者集団に少なからぬ死傷者が出て、 政権は比較にならない強大な武力で反撃した。 〔訳注:父のハーフィズ・アサドが実権を掌握して以来。二男の バッシャールは2000年、父の死に伴い、後継大統領に就任した〕

一連の経緯は政権が抗議運動を貶め拒絶するのに都合がよく、政権は 名目だけの改革から弾圧を強める方へ舵をきって悪循環に油を注ぎ、 散発的な衝突が内戦になりかけている。ある意味で言えば、政権はすでに 勝利を収めたのかもしれない。不満を抱いて抗議する人々に武器をとらせ、 国際社会に彼らへの支援を提供するよう仕向けたことで、政権は自らの 支配体制への最大の脅威と見えたもの、すなわち根本的な変化を求める、 ほとんど常に平和的だった草の根の運動の姿を醜くゆがめることに成功した のだ。一方別の意味で言えば、政権はすでに敗れたのかもしれない。 シリア国民を広く代表する層を敵として扱い、国外の敵対勢力に行動の 正当化を与えたことで、打ち負かすにはあまりに強大な反対勢力連合が 築き上げられることになった。少なくとも、バッシャール・アサドは父親の 遺産を無に帰したと言わざるを得ない。ハーフィズ・アサドは、(1970年の 権力奪取から2000年の死まで)30年を超える執拗な外交によって、 かつては中東戦略ゲームの賞品扱いされていたシリアを、一人前の 参加者にした。だがバッシャールの強硬姿勢で、1年も経たないうちに 事態は覆り、当事者だったシリアは諸外国などの勢力争いの場と化すだろう。

2月はじめ、政権はシリア第三の都市ホムスの反乱側地区に対して強力な 武器を使用し、攻撃をエスカレートさせた。ホムスは宗教的混合のもっとも 進んだ都市で、蜂起の拠点となっていた。攻撃の強化を後押ししたのは ロシアと中国で、両国は2月4日、アラブ連盟が構想し欧米が支援した 国連安全保障理事会決議の採択を妨げた。決議では暴力を非難し、 交渉による解決として、アサドが代理人に権力を委譲した後、代理人が 選挙に先立って統一政府を発足させるというプランを提案するはずだった。 シリアの不安定化を恐れ、シリア国内の闘争を欧米との抗争とみなす ロシア政府は、政権が現在の抗議運動と始まりかけた武装反乱の両方を 押さえ込むことに成功するだろうと考えている。そうすれば、シリア政権は 国の支配を再び宣言し、少なくとも反体制派の重要勢力に政権側の出す 条件で――できればモスクワで――交渉に応じさせることができるだろうと ロシアは踏んでいる。

ー支配力を失う

そうはなりそうもない。散発する流血の闘いの背後にあるのは、2300万人を 抱えるこの国が政権の支配からすり抜けていく図だ。11ヶ月間、暴力的な 威嚇と何の意味もない改革の提示をない混ぜにしてきた政権は、抗議デモを くじけさせることがまったくできなかった。

政権による改革の口約束は、しぶしぶなされた遅きに失するものである上に、 ほとんど中身のないものであることが繰り返し明らかになった。たとえば 2011年4月、緊急事態法を解除したが、抗議する市民に対する銃撃や 恣意的拘束は止まなかった。市民を迫害し、蜂起勢力のますます激しい 怒りを買っている治安維持組織を厳しく取り締まることは、政権の支配力を 削ぎかねないとして、改革の対象からはずされた。支配者一族の正統性を 欠く統治を揺るがしかねない方策はすべて、一律に論外とされている。 変えることができるのはもっとも意味のないものだけだ。確かに今後、 バアス党の役割は低下することになるだろうが、そもそもシリアはすでに バアス党による一党支配の国家ではなく、一握りの一族が多数の治安維持 組織によって支配する国家なのだ。彼らは長きに渡って、米国の帝国主義と イスラエルの占領に対するレジスタンスを、明確な政治的ビジョンに代わる ものとして利用してきた。もっとも従順な反体制派に対しては、立法部門への 参加と、おそらくは内閣への参加も認めるだろう。だが本当の決定は、 どのみち大統領宮殿で行われる。政権は、改革の範囲を狭く設定した。 政権による「対話」の呼びかけは、この成り行きに正当性をもたせること だけを狙ったものだ。

改革どころか、政権は事あるごとに社会を「瀬戸際」に追いつめてみせる。 抗議が始まるや否や、治安維持組織の要員が宗派対立を警告するポスターを 掲げた。国営メディアは、抗議行動が最初に発生した南部の都市ディルアの モスクで武器が見つかったというヤラセ報道を流し、また4月18日の ホムスでの座り込みは小カリフ国家樹立の企てであると騒ぎ立てた。 シリア市民に対するこうした操作は、内戦の脅威をちらつかせれば、市民も 国外関係者も崩壊を食い止める唯一の防波堤として現状の権力構造の保持に 同意するに違いないと政権が踏んでいるということを意味する。10月の インタビューでアサドは、中東における「激震」や「数十ものアフガニスタン」の 脅威を繰り返し口にした。政権の言い分を煎じ詰めれば「わが亡き後は洪水」 ということになる。

この恫喝が奏功するかどうかは疑わしい。あまりに多くのシリア市民が、 抗議行動の中で(あるいは日常的に銃撃にさらされる葬儀の際に)殺害された 友人を葬り、政権の身の毛のよだつ刑務所(一貫して投獄者の気力をくじく どころか急進化させている)をたらい回しにされ、自宅の破壊や略奪を目の 当たりにしている。シリア市民は、どんな犠牲を払っても――すでに膨大な 犠牲が出ている――決して止めるつもりはないと言う。国内戦線を修復不能な までに弱体化させた政権は、高まる国外からの圧力にも脆弱だ。特に、 イランの影響力の要という役割を担うシリアとずっと敵対してきた米国と サウジアラビアにとっては、夢見ることもかなわなかったシリアの政権交代の 機会が訪れている。

政権が、自らの支配構造を破壊し、国を荒廃させ、シリア国外をも巻き込む ことになる内戦を引き起こして、引き合わない勝利を手にすることはあるかも しれない。そうなれば、アラブの春というもっとも驚くべき民衆の力の獲得に とって悲しい結末となる。2011年、抗議行動がチュニジア、エジプト、リビアを 揺るがしていたとき、シリア市民自身をはじめ多くの人々が、シリア人は 政治への関心を失っているものと思い、蜂起は起こらないと考えていた。 だが蜂起は起こったのだ。ディルアで政権終われと落書きをした数人の 小学生が拘束され拷問されたとき、北西部のディルアからイドゥリブで、 地中海岸から東部のデイル・アル=ザウル(デリゾール)で、そして砂漠から 肥沃な平野部に至るまで小さな町々や村々で、抗議する人々が街頭に出た。 人々の求める「政権転覆」は、当初は「体制の変革」を意味したが、 エスカレートする暴力を受けて、「大統領処刑」へと変わっていった。 現政権が何らかの未来を提示できるという希望は粉々に砕け散った。

多数派であるスンナ派アラブ人を取り巻く民族的・宗派的多様性からすれば、 シリアは崩壊する運命にあると見る人は多い。長く内戦に苦しむ分断された イラクやレバノンとの類似性がしばしば指摘される。だが、もし機会に 恵まれればシリア社会は、ハーフィズ・アサド が1970年に無血クーデターで 権力の座について以来支配を続けてきた世襲政治の終わりを目にすることが できると考えるのはあながち間違いではない。すべては、深刻な政治的危機が、 それに劣らず深刻な社会的苦境になりつつあるときに、社会が悪の権化に 降伏するのか、それとも立ち向かうのかにかかっている。

ー闘い

シリアをめぐる闘いでは、二つの対称的な論法が相対している。政権と その支持者、同盟者にとっては、シリアは病弊だらけとまではいかないにせよ 未成熟な社会だ。彼らによれば――証拠は本当のものもあれば捏造された ものもあり、たいていは針小棒大に言われているが――、シリア社会には、 反政府感情を煽る、宗派的、原理主義的、暴力的な風潮があり、容赦ない 権力構造でしか押さえ込めないとなる。バッシャール・アサドを追放するがいい。 代わりにやって来るのは、内戦か、あるいは、トルコや湾岸諸国への義理に 縛られ欧米に売り渡されたイスラーム主義者の覇権かどちらかだ。社会は まだ変化する用意が整ってない、枷をはめた今の状態がちょうどいいのだと 政権支持者は論じる。 ヒズブッラー(神の党)とイランは、人々の支持を 醸成して継続的な影響力を確保しようとするかわりに、抗議行動を当初から もっぱら外国による陰謀という歪んだレンズを通して見ることにし、政権が それを弾圧できるというほうにすべてを賭けている。

対照的に反政権派は、政権の体質からすれば、いかなる変化であれ あらゆる変化は望ましいと言う。アサド王朝は権力の座にある40年の間、 次第にシリアを一族の財産のように扱うようになり、国富を収奪してますます 限られていく取り巻き連中に分け与えてきた。植民地主義から受け継いだ 「分断して統治せよ」の伝統に則って、政権は皮肉にも、社会の中の分裂を 拡大させ、また真の国家意識の支柱となるのを恐れて国家組織を弱体のまま とどめ、さらにアラウィ派という一少数派を重用した治安維持組織を設けて、 締め付けを強めてきた。数万人もの死者を出した1982年のハマへの砲撃が 如実に示すように、反対派を時には極度の残虐さで抑圧した。バッシャール・ アサド がいなくなれば、シリアはようやく、抑えつけられてきた経済的潜在 能力を発揮し、共同体間の自然な調和と開かれた民主的な政治体制への 熱望を自由に表現す ることができると反対派は主張する。彼らに言わせれば、 湾岸諸国と欧米は政権交代に、シリア国内だけでなく中東全域のすべての 問題の解決を見ている。武器の中継路をシリアに依存しているレバノンの 抵抗運動ヒズブッラーがついに無力化され、イランも手ひどく弱体化され、 いわゆる穏健派アラブ諸国が力をつける。

二つの論法は両立しないように見えるが、どちらにもいくばくかの真実はある。 政権も国外の反体制派も互いに相手をすべての悪弊の元凶と非難しているが、 どちらもステレオタイプに流されているところがある。

危機が始まって以来、政権はこれまでにもまして宗派性を強め、ますます ほしいままに振る舞い、残忍性を増している。平和的な抗議行動が突きつける 異議申し立てを脅威と感じた政権の諜報・武装治安組織ムハーバラート―― 約束どおり裁判にかけられたメンバーはほとんど一人もいない――はしばしば、 犯罪者や武装集団を追うときよりも執拗に、非暴力の進歩派活動家を 追跡している。ムハーバラート は国中で、暴漢や犯罪者――社会の中で いっそう過激で、腐敗した、卑屈な分子――を、シャビーハと呼ばれる 武装民兵集団に雇い入れている。シャビーハは抗議行動をする人々を 恐ろしい戦術で威嚇しようとしてきた。反対派にとって象徴的なのは ディルア出身の14歳のハムザ・アル=ハティーブが、連れ去られた 1カ月後に、殴られ性器を切り取られた遺体となって家族に返されたことだ。 (政権は少年が逮捕されて殺されたことを一度も否定していないが、法医学者を テレビに登場させて、少年は実はジハード・ネットワークで活動していた強姦者 だったと説明させた。)アサドは徐々に国家指導者の仮面を振り捨てて、相手を 打ち負かすためなら手段を選ばない陣営の最高権力者として発言するように なっている。

一方、シリア国民評議会(SNC)は、大部分が亡命者からなる反体制派の 主要集団だが、2011年9月の結成以来、勇気を与えるような代替選択肢を 提示することができていない。大半が無名で経験もないメンバーは、政権の プロパガンダに対抗するすべをほとんどもっていなかった。前向きの政治 公約でひとつも合意に達することができないSNCは、政権との一切の交渉を 拒絶して「国際的介入」を求めているが、都合のいいことにそれが何を 意味するか定義されていない。このため、政権を嫌悪すると同時に外国の 干渉も恐れ、リスクの高い政権移行を思って戦々恐々の多くのシリア市民は、 不安を掻き立てられている。SNCは、トルコの政治的狙いを恐れるクルドの 諸党派ととりわけ軋轢があり、また、カタールとサウジアラビアの影響力への 不信をもつシリア市民をも硬化させている。もっとも注目すべきは、SNCが アラウィ派と関係を築けていないことだ。アラウィ派の多くは、貧しく不満を 抱いているが、暴力の大半に責任がある治安部隊や軍部隊との結びつきの ために報復を受けるのではないかと危惧して、反体制側につくのを恐れている。 こうした人々をみな、先行きの不安の中に置き去りにすることで、SNCは、 政権の衰退を加速させる機会、さらにアサド失脚時に内紛を防ぐ機会を 失っている。国際レベルでは、SNCは、すでに好意的なトルコや湾岸君主国、 欧米からの支持をとりつけることに全精力を注ぎ、政権の同盟国を無視・疎外 することで、政治的な未熟ぶりを露呈した。

(速報938号(2/2)へ続く)

原文 Beyond the Fall of the Syrian Regime Peter Harling and Sarah Birke Znet掲載:http://www.zcommunications.org/beyond-the-fall-of-the-syrian- regime-by-peter-harling 初出:Middle East Research and Information Project:http://www.merip.org /mero/mero022412

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TUP速報937号  -”勇気は伝染する”―マニング、ウィキリークス、ウォール街占拠

12.04.01 by   カテゴリー: ニュースあれこれ, メディア, 世界の窓,

(Translators United for Peace =「平和をめざす翻訳者たち」が3月10日、配信した速報の転載です。)

ウィキリークスの創始者アサンジが罪状もないまま逮捕され、英国で軟禁下に置かれてから久しい。しかし国際規模の政治・軍事・金融犯罪や汚職を暴くウィキリークスの情報公開活動は勢いが衰えることなく継続している。  

そのような中で、この3月6日の朝早く、アノニマス分派とされるLulzSecのハッカー5名と別の分派Antisecのメンバー1名が英国、アイルラン ド、米国で逮捕されたというすっぱ抜きのニュースがFOXによって報道され、一瞬にしてインターネット各サイトが騒然となった。その後、BBC、ロイ ター、ガーディアンなどの主流メディアもこの事件を追認する報道でもちきりとなった。さらにLulzSecリーダー「Sabu」(実名:Hector Xavier Monsegur)が約半年前に密かに逮捕されており、FBIの密告者となって若いハッカーたちをおびき寄せ、米国上院やセキュリティ企業内の情報管理の 不備を暴露したり、警察当局の電話会議盗聴音声を公開したりするなど話題性の高いハッキングがFBIの監視下で行われていたのではないかという疑惑が浮上 してきた。

この事件で最も注目されるのは、2月末にウィキリークスが情報公開を開始した米国軍事セキュリティ企業、ストラトフォー社の500万件にもおよぶ電子メー ルのデータをLulzSecがウィキリークスに手渡したのではないかという疑いがある点だ。FBIは米国の軍隊や諜報部門の汚職や腐敗、無能や傲慢を芋づ る式に暴露するハッキングを許し、ストラトフォー社を犠牲にしてまでアサンジやウィキリークスを陥れようとしたのだろうか。それとも、FBIとCIA・諜 報部門との間に展開する権力争いの表出なのだろうか。現時点では全体像を把握できない。しかし、情報の透明性・公共性擁護を推進する勢力と情報統制の強化 を求める権力との葛藤がさらに深まっている。

3月初旬、アサンジのスウェーデン送還に関する最高裁裁定が目前に迫っている。ブラッドリー・マニングの軍事裁判も間近だ。今目の前で起きている歴史的な 事件の文脈や背景を把握する一助になればと、岩波書店月刊『世界』3月号に掲載した記事「”勇気は伝染する”――マニング、ウィキリークス、ウォール街占拠」 をTUP速報としてお届けいたします。

前書き・執筆:宮前ゆかり/TUP

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情報と権力:歴史的文脈の考察

“勇気は伝染する”――マニング、ウィキリークス、ウォール街占拠

――カタリスト(触媒):それ自身は変化しないまま、接触する周りの物質の化学反応速度を増加させる物質。適切な触媒を用いると、通常では反応活性度の低い分子を反応させることができる。

――光カタリスト:光を照射することにより触媒作用を示す物質の総称。

ウィキリークスの創始者・編集長ジュリアン・アサンジは、スウェーデンへの強制送還、秘密警察による超法規の暗殺、米国大陪審による死刑の可能性に直面している。なりふり構わぬ米国政府の圧力に屈し、自国市民の保護を怠るオーストラリア首相ジュリア・ギラードの対応について、2011年11月4日、ノーム・チョムスキーはこう発言した。「私たちは皆、権力に物申し、真実を果敢に要求するアサンジのように行動するべきです」

2011年11月27日、オーストラリアのピューリッツァー賞と呼ばれるウォークレイ基金「ジャーナリズム貢献最優秀賞」がウィキリークスとジュリアン・アサンジに贈られた。「透明な情報提示で正義を実現するというジャーナリズムにとって最も貴い伝統を実践し、勇敢に物議を醸してきた功績」、「ジャーナリストが一生涯かけても達成しきれない大量の特ダネ報道を一年で果たし」「言論の自由を守るために勇気、決意、独立した立場で戦い、世界中の人々に力を与えてきた実践力」を評価したものだ。母国から遠いロンドンで事前に録画された受賞スピーチでのアサンジは、ひげも剃らず、やややつれて見えたが、闘志の衰えはなかった。「発言できる限り、出版できる限り、そしてインターネットが自由である限り、僕たちは真実を武器として戦い続けていくつもりです」。アサンジは2日前の25日にもスペインの「国際表現の自由賞(西欧の声)」を受賞したばかり。翌28日には香港で開催された国際ニュース・ジャーナリストのサミット「世界編集者会議」にも基調講演で参加した。

アサンジは、2010年の夏頃から深刻な妨害にあって中断していたウィキリークスの内部告発情報投函システムの修復に取り組んでいた。そして「米国大使館公電」の連続公開開始からちょうど一年目の11月28日には真新しいオンライン投函システムのお披露目を行う予定だった。しかし直前にインターネット・セキュリティの深刻な危険が探知され、急遽、新システムの公開は延期となった。

12月1日、アサンジはロンドンで記者会見を開き、市民監視・諜報技術企業と国家権力との密接な癒着の歴史と実態を暴く「スパイ・ファイル」の公開を開始した。今回のプロジェクトは、Bugged Planet 及び Privacy Internationalというプライバシー・人権保護団体、ドイツの公共放送局ARD、英国の調査報道通信局、インドの『The Hindu』紙、イタリアの『L’Espresso』紙、フランスの『OWNI』、米国の『ワシントン・ポスト』紙という6社の報道機関と提携した。25カ国に及ぶIT企業約160社の技術がシリア、リビア、チュニジア、エジプトなどで独裁政権による市民弾圧や抵抗勢力の虐殺に利用されてきたこと、国際規模で50億ドル以上の諜報技術の取引が行われていること、さらに、いわゆる西欧「民主国家」諸国内で大衆監視技術が秘密裏に取引され、闇の巨大市場が展開している事実を暴露する特ダネ報道が世界中に広まっている。

「スパイ・ファイル」の公開で、従来あまり知られていなかったスパイ企業の醜悪な正体が表面化した。例えば、ムバーラク政権が自国市民の一挙一動を監視するため電話通信機器に設置していた多様な盗聴傍受システムは、英Gamma社、仏Amesys社、中国ZTE Corp社、南アフリカVASTech社などの製品を使ったものだった。米Blue Coat社や独Ipoque社は中国やイランの市民がオンライン手段で抵抗運動を組織できないようにするために、これら圧制政府機関に技術を提供している。公開された情報への各国の反応は早く、すでにEUではシリアへの諜報機器の販売禁止を決めた。

記者会見に同席したウィキリークスのボランティアの一人、著名なコンピューター・セキュリティ研究家ジェイコブ・アペルバウムはこう述べた。「このような監視技術は私たち99%を弾圧する手段です。電話会社や諜報ソフト企業は市民の命や人権には興味がありません。公益など考えていません。敵も味方も関係ありません。金儲けだけが目的です」

徹底した監視社会の中で弾圧と戦うにはどうしたらいいのか、という質問にアサンジはこう答えた。「まず、自分たちが完全に無防備であることを理解する必要があります。相手側に手の内をすべて見られている場合、何が起こるか予測できない迅速な行動で対応するべきです」

12月3日、アサンジは『ヒンドゥスタン・タイムズ』紙主催のリーダーシップ・サミットで講演し、中国諜報機関や西欧諸国によるインド市民の電子メール傍受などについての告発情報の公開を2012年初頭に開始する予定だと述べた。

12月5日、スウェーデンによるアサンジの身柄送還要求をめぐり、ロンドン高等法院で第二審の裁判が行われた。同じ日、英国議会では、2003年の施行以来多くの矛盾や悪用が指摘されている欧州逮捕状(EAW)システムそのものの正当性についての審議が始まった。

第二審では世界的に著名な人権擁護弁護士ガレス・ピアースらが弁護団を組み、前回第一審でアサンジ側の主張を却下した同じ裁判官らと激しく応酬した。弁護側は、(1)スウェーデンの法律でも例外的措置で任命された特別検察官マリアン・ニーにはEAWを発行する正式な権限がない、(2)アサンジの身柄送還は重大な公共的関心にかかわる、という根拠から英国最高裁への上告を求めた。裁判官は前回の裁定を保持し、(1)の観点を却下したものの、アサンジに対する世界規模の支持を考慮し最終的に弁護団の主張(2)を認め、紆余曲折した論理で上告手続きを許可した。アサンジ弁護団は14日以内に書面による嘆願書提出を行った。12年2月1日と2日に行われる最高裁の裁定以降も、アサンジ弁護団は英国最高裁、欧州人権裁判所へと厳しい法廷闘争の道を切り開いていかなければならない。一方、アサンジは3月中旬から世界の視聴者六億人を対象に未来の世界展望を語るテレビ番組シリーズの放映を開始する。

八方から攻撃が降り注ぐ中、またもやしぶとく生き延び次の勝負に出たウィキリークス。しかし苦難の道は長そうだ。

<情報は力となりうるか>

「米軍ヘリ無差別銃撃」ビデオや米国大使館公電をはじめとする膨大な国務省機密情報をウィキリークスに提供した疑いで2010年5月末に逮捕されたブラッドリー・マニング上等兵は、正式な裁判を受けずに一年半以上も小さな独房に一日23時間監禁されてきた。夜は肌を突き刺す粗いスモックを着せられ、5分ごとに起こされる。朝は全裸で複数の看守と他の囚人の前に立たなければならない。本や新聞も読めず、テレビを見ることも人と会うことも許されない。一時間だけ許されている運動の時間も、四人の看守に見守られながら部屋の中をぐるぐる歩くだけだ。耐え難い屈辱、隔離、極度の心理的苦痛を強いるテクニックは「触らない拷問」と呼ばれ、強制的供述を得るための典型的なCIAテクニックだとダニエル・エルスバーグは説明する。

国連が求める人権擁護報告官との面会も許可されないまま、2011年12月16日から一週間、マニング上等兵の軍事裁判に備える事前審査が行われた。政府側証人は20名召喚されたが、弁護側はたったの二人しか許可されず、別件で進んでいるウィキリークス大陪審の担当捜査官がマニングの事前審査の進行を牛耳るなど、極度に不公平な審査行程だった。応援にかけつけたエルスバーグがマニングに声をかけようとして退場を強いられる場面もあった。政府検察はマニングの情報漏洩は国家の敵アルカイダを利する行為だと主張し、死刑の可能性もちらつかせた。逮捕のきっかけとなった密告ハッカー、エイドリアン・ラモと交わしたとされるチャットログの信憑性にはいまだに疑問が残っている。検察側の証拠として提示されたコンピューター内のデータとウィキリークスが公開したデータとが一致しないことも判明した。それでも検察はマニングとアサンジが直接接触したという前提で立件を試みているようだ。残虐な拷問の環境で行われているマニングの供述は、ウィキリークスとアサンジをスパイ容疑で審議している大陪審で使われるものと予想されている。

ラモとのチャットで、情報漏洩の動機についてマニングはこう語ったと伝えられている。「情報は公の共有財産であり……情報は自由であるべきだ。……僕は皆に真実を知ってもらいたい。なぜならば情報がなければ市民として道理にかなった意思決定ができないからだ」「世界中で話し合いや議論、改革があればいいな……そうならないんだったら僕らはもう駄目だ。人間としてね。……」

「勇気は伝染する」というモットーを掲げるウィキリークスの方針と自分の役割について、アサンジは次のように約束している。「身の危険を冒して告発情報を僕たちに託した匿名の人々の勇気に応え、最大限の影響力を発揮できる形で情報を公開していく」「声を出すことのできない人たちの代わりに、攻撃の矢面に立ち、避雷針になることが僕の役目だ」

マニングやアサンジが身の危険を省みずに伝えようとしてきた情報には世界を変える力があるだろうか。より正確な情報を身につけた市民は、マニングが望んだように勇気を出してより正しい意思決定へと動き、民主社会を実現してゆくだろうか。そして報道機関やジャーナリストは、統治される側に立って権力に物申す責任を充分に果たしているだろうか。

<非営利報道モデルに対する兵糧攻め>

ウィキリークスの運営費用はドイツの非営利基金を通して寄付金で賄われてきた。その大半(95%以上という)は世界各国のサポーターからクレジット・カードを介して送金され、好調な時期には一日8万5000ポンド以上の寄付が集まったという。2010年12月にリーバーマン上院議員による政治操作があり、ビザ(バンク・オブ・アメリカ系列)、マスターカード、ペイパルなどは「違法な組織である」としてウィキリークスへの寄付金の取扱いを拒否している。12年1月末時点でも、ウィキリークスやアサンジに対し世界のどの国からも正式な罪状や違反したとする法律は一切示されていない。ネオナチやKKK、麻薬や児童買春などに関わる数多くの違法組織への支払にこれらのクレジット・カードが使われている矛盾について、金融機関による説明はない。『ガーディアン』紙はオンライン読者に「寄付できるようになったらあなたはウィキリークスに寄付するか」と問いかけた。86%が「寄付する」と答えた。ウィキリークスへの寄付を可能にする複数の迂回手段が公開されているものの、資金不足が続く場合はウェブサイトの閉鎖も避けられない状況だ。

2011年の春、すでに50万ポンド以上の弁護費用の工面に悩んでいたアサンジのところに思いがけない提案が持ち込まれた。英国の小さな出版社キャノンゲート社がアサンジの自叙伝の出版に全面的な協力をしたいと申し出、契約に100万ポンドを提供した。米国の名門Knopf社をはじめ、世界各国の出版社との出版契約も取り付け、ゴーストライターを起用しアサンジへのインタビューを行って企画が進行した。しかしライターが半分の粗稿を仕上げたあと後半が何者かによってつけ加えられ、前半を書いたライターの同意もアサンジの承認も得ていない原稿が秘密裏にキャノンゲート社の元に渡ったことがわかった。このためKnopf社は契約を解除し、この書籍は「非公認自叙伝」として無理やりキャノンゲート社から出版されることになった。内容も売れ行きも悲惨だったようだ。

ウィキリークスのサイトには、キャノンゲートとアサンジの弁護士との間で取り交わされた契約書とその後の交渉文書が公開されている。最終的にキャノンゲート側の交渉をしていた人物の署名は、どういうわけか『ガーディアン』紙の有名記者ニック・デイビスだった。

<米国大使館公電の生データ公開にまつわる背景>

2011年9月2日、ウィキリークスは身元情報削除が施されていない米国大使館公電ファイルすべて(25万1287件)を独自ウェブサイト上に公開した。検索可能なデータベース形式に整備された公電ファイルは、人権活動家や告発者の身元を明かす可能性があり、人命を危機に晒す無責任な行動であるとして、米国政府当局だけではなく、これまで報道パートナーであった『ガーディアン』紙、『ニューヨーク・タイムズ』(以下、NYT)紙など主流報道機関や協力団体からも大顰蹙をかった。今まで多くの困難を乗り越え、世界中に支持者を確保してきたウィキリークスにとって、このスキャンダルは大きな痛手となった。「ウィキリークスは終わった」という見出しが主流メディアばかりではなく、インターネットのあちこちのサイトを飾った。

ウィキリークスがこの決断を下すことになったいきさつ、そして身元情報保護の責任は米国政府、『ガーディアン』紙、アサンジの元部下ダニエル・ドムシャイト=ベルクと「オープン・リークス」、ネット上に遍在する膨大な数のウィキリークス・ミラーサイト、そしてもちろんウィキリークスにそれぞれ同等に問われうるという詳細について、ドイツの『シュピーゲル』誌が最も客観的な考察を行っている。未削除の公電が全面的に公開された後、イラクで無防備の子供たちが米兵に処刑された証拠など主流報道機関が手を出さなかった重要事件が新たに明るみに出た点も指摘しておきたい。

2010年の晩春、『ガーディアン』紙のニック・デイビスがアサンジに接触して「アフガニスタン戦争ログ」を大々的に報道して以来、同紙はウィキリークスにとって重要な役割を果たしてきた。しかし同年10月の「イラク戦争ログ」報道の頃にはアサンジは主流報道機関に依存するだけではなく、非営利団体や人権擁護団体、英語圏以外の報道機関やテレビ媒体をも巻き込む幅広い報道方針を考えていたため、それまで「情報源」としてアサンジを「管理」しようとしてきた『ガーディアン』紙はアサンジに手を焼きはじめた。従来の報道機関の権威に従わないウィキリークスやアサンジは同紙にとって「獲物」ではあっても、決して対等な報道パートナーではなかった。ニック・デイビスはアサンジの個人的なトラブルをネタにしてスキャンダル記事を書き、プロジェクトを管理していた編集長デイビッド・リーはアサンジを表立って蔑視する発言を吐き始めた。

かなり後になってウィキリークスが公開した『ガーディアン』紙との契約書やアサンジ自身のインタビュー発言などによると、ウィキリークスは「大使館公電」の米国パートナーとして『ワシントン・ポスト』紙や優秀な調査報道で知られるマクラッチー社を念頭に置いていたらしい。「大使館公電」の公開前に『ガーディアン』紙はウィキリークスとの契約を破って公電ファイルを『NYT』紙に渡し、さらに『NYT』紙がホワイトハウスに内通する裏工作を行って、アサンジが想定していた米国での報道体制の戦略を封じ込めた。この摩擦と裏切りは深刻な人間関係の亀裂をうみ、アサンジと『ガーディアン』紙との間の信頼は破綻した。

当初、『ガーディアン』紙がウィキリークスから米国大使館公電の暗号ファイルを受け取る際、アサンジは編集長デイビッド・リーにダウンロードの方法を手取り足取り教える必要があった。そして暗号解除のパスワードを教えた。 情報管理の最も基本であるパスワード管理について、リーはどれほど無知だったのだろうか。アサンジとの縁が切れた時点で急遽出版されたリーとルーク・ハーディングによるウィキリークス暴露本(邦題『ウィキリークス:アサンジの戦争』2011年、講談社)第11章の扉には、54文字のパスワードが堂々と印刷されていた。このパスワード公開によって、そしてダニエル・ドムシャイト=ベルクがファイルの隠し場所を意図的に拡散したことによって、ネット上に拡散遍在していた公電ファイルは誰でも暗号解除できることになった。これまで周到に削除されてきた身元情報保護の努力は水の泡となった。

このパスワード公開という驚くべき非常識な行動が、権威ある『ガーディアン』紙のトップによって行われたことは信じがたい。そして責任のありかをアサンジ一人になすりつけようとする態度は欺瞞と傲慢に満ちている。

公電にどんなことが書かれているのか、身元情報が公電に明かされている本人にいち早く伝えるべきだろうと苦悩したアサンジは、まずツイートでウィキリークスのフォロアーにこう質問した。「未処理の公電を公開するべきか、否か」。3対1の割合で全面公開を是とする意見が優位を占めた。8月25日、アサンジは在英米国大使館と米国の国務省に連絡をとり、身元情報未削除の公電ファイルを全面的に公開する予定であることを事前に通告し、保護すべき情報提供者に通知するように促した。他の先行情報源や過去のメディア報道によってすでに身元が暴露されていたケースは確認されているが、これまでに今回のアサンジの決断に直接由来する具体的な被害者は報告されていない。さらに、この公電は国家の安全を害するものではなかったとホワイトハウスがとっくに結論を出していた事実が2011年11月末に漏洩された。

<情報は光カタリスト>

公電の情報保護の責任はもともと米国政府が負うべきである点を明確に指摘する報道は少ない。この公電は非公開のSIPRNetという国防総省機密インターネット・システムを介して配信され、300万人の米国政府職員や兵士がアクセスを許される情報だった。現在、国務省や主流報道機関が情報削除した文書と未処理文書とを比較分析する調査が進んでいるが、漏洩された公電は「主権者である国民が知ってはならない」機密情報ではなく、政府の悪事醜態を暴露する内容だった点にも大いに注目するべきだろう。

2009年、着任間もないオバマ大統領は行政命令13526を発行し、政府各機関に対し機密文書認定を制限するよう命じ、内部告発者の保護と政府の透明性を強化する方針を打ち出した。しかし、2010年、オバマ政権が認定した機密文書は前年より40%も多い7700万件であった。内部告発者に対する保護も後退し、米政府の不透明性も増している。

一方、報道機関には政府を自由に監視し批判する権利を実践する責任と、統治される市民のために行動する義務がある。   欧米ではメディア企業の統合化が進み、言論界の多様性が失われる傾向にある。

2012年現在、米国ではたったの6社が90%のメディア(テレビ、ラジオ、新聞、映画)を牛耳っている(1983年には50社が90%のメディアを所有していた)。急速に萎縮する報道空間で、非営利報道モデルを打ち出したウィキリークスの人気は、既存の企業報道体制にとって、その特権を蝕む脅威と見做されているのかもしれない。調査報道の命綱である内部告発の可能性を提示して公共の言論空間を押し広げようとするウィキリークスの試みは、すでに世界中でジャーナリズムを活性化させ、「アラブの春」や「ウォール街を占拠せよ」など健全な民主政治を求める市民運動の糧となっている。

米国で非営利ジャーナリズムを切り開いてきたエイミー・グッドマンは、ウィキリークスが物議をかもしている問題点をさらに深く掘り下げたディベートの場を提供し、ジャーナリズム甦生の可能性を示す。西欧文化圏の外で若手のレポーターを駆使した斬新なジャーナリズムの取組みで注目を集めているアルジャジーラやロシア・トゥディ(RT)は、ウィキリークスが公開した貴重な記録に基づく地道な調査報道を続けている。また、スペインやイタリアなど英語圏外の国、開発途上国と呼ばれる中南米諸国やインドなどでウィキリークス発信情報を元にした報道活動が格段に活発である。国際政治の場面で真の民主主義を推し進めるために情報がいかに重要な触媒的役割を担っているか。世界市民の公益を押し広げるためには、報道という光照射の正確なタイミングがいかに重要であるか。ウィキリークス編集長アサンジの手腕は、情報という光カタリストの本質に関する深い洞察力に由来するものであろう。

米国議会で審議中の「オンライン海賊行為防止法案(SOPA)」(下院)及び「知的資産保護法(PIPA)」(上院)は、巨大企業や米国の利権を優先したネット情報規制法案だ。法制化を求める国務省はこれまでにも同様の法案を他国に強いる圧力をかけてきた(ウィキリークス公開公電)。12年1月18日、ウィキペディアなど7000件以上のサイトが世界規模で24時間サービス停止の抗議行動を行い、20日に議会を両法案採決延期に追い込んだ。言論・情報の自由を国際的な環境で法律的に確保してゆこうとするネット世代が力を示した。しかし抑圧的情報統制を退け、透明な情報空間を求める戦いは今後さらに激しくなるだろう。

<スウェーデンの誘惑>

2010年春の「付随的殺人・米軍ヘリ無差別銃撃」ビデオ公開以来、ウィキリークスは「アフガニスタン戦争ログ」「イラク戦争ログ」「米国大使館公電」とたてつづけに内部告発情報公開を世界規模で実現した。そして編集長アサンジは、世界政治・金融・軍事の権力構造中枢を動かす米国を敵にまわす身の上となった。

それまで世界各国を自由自在に渡り歩いてきたオーストラリア国籍のアサンジは、「米軍ヘリ無差別銃撃」ビデオの公開以降、ウィキリークスの活動をさらに一歩進めて、国境を越えた言論・報道の自由を確保するための本格的な拠点を求めていた。強力な言論保護の法律を持つ北欧、特にアイスランドやスウェーデンなどを候補地として検討していたところ、2010年8月にスウェーデン社会民主党内の主流派閥が主催するイベントに招待された。移住・労働許可の可能性も示され、アサンジは希望を抱いてスウェーデンに足を踏み入れた。

滞在先として、主催者である社会民主党で広報を担当する若い女性アナ・アーディンが自分の一部屋のアパートを提供した。アサンジ滞在中は留守にするはずだったアーディンはアパートに突然戻ってきた。滞在中にアサンジは彼女及び彼女の同僚ソフィア・ヴィレンと性関係を持つに至り、コンドーム使用を怠ったという理由で女性二人は警察に苦情を届け出た。待っていたかのようにメディアは性的暴行の疑いを一斉に報道し、世界中に汚名がとどろいた。現地での事情聴取を求めたアサンジの意向はかなわず、出国の許可を得て英国に渡航したが、スウェーデン検察当局は欧州国際刑事警察機構を通し、アサンジの身柄送還を求めて逮捕状を発行した。アサンジ弁護団はこのスウェーデン送還は究極的には前年から秘密の大陪審が進行中である米国への政治的強制送還を前提にしていると主張し、さらに陳腐化した1917年スパイ法の復活があれば米国送還は死刑の危険があるため、「人権擁護」を根拠にスウェーデン送還却下を要求して、英国における全面的法廷闘争を続けてきた。

スウェーデンには保釈のシステムがない。アサンジがスウェーデンに送還された場合、裁判で罪状が審議される前に即時に身柄が拘束される。弁護士にも家族にも面会が許されない音信不通の監禁状態となるため、秘密裏に米国へ送還される可能性は高い。スウェーデンの法律では、性犯罪に関する裁判は非公開で行われる。四人の裁判官のうち三人は複雑な法律上の教育を受けていない、政治的に任命された素人が担当するため、政治的意図が反映されやすい。米国の軍事同盟国スウェーデンではアサンジにとって公平な裁判は行われないと発言しているスウェーデンの元裁判官をはじめ、人権問題や政治犯の保護を専門とする多くの司法関係者が強い懸念を示している。

また、ウィキリークスの活動を非合法とする法律がこれまでに見つかっていないため、超法規的手段として、スウェーデンの秘密警察(SAPO)が秘密工作でアサンジの身柄を東ヨーロッパやエジプトなどにあるCIA拷問サイトに送還する可能性も充分に考えられる。

一方、米国で進行中の秘密の大陪審は、米国軍事関係者や軍事諜報企業の家族が集中的に住んでいるバージニア州で行われており、四人の検察官が証言・証拠の提示を許されている一方、弁護側による証拠提出は許されない。

スウェーデン政府はブッシュ時代に秘密の航空手段を米国CIAの違法拷問プログラムに提供する「特例拘置引渡し(extraordinary rendition)」に協力したことが明らかになっている。表向きは高度に自律した民主国家スウェーデンで、このような秘密のプログラムが国民の目の届かないところで実行されるには、政府最上層部による秘密かつ高度に組織された協力体制が必要だったはずだ。アサンジを訴えている女性たちの弁護士トマス・ボドストロムは、当時スウェーデン司法大臣としてCIAの要望に応じ、2001年に政治的亡命希望者二名を拷問のためにエジプトに送還する手助けをした人物だ。法治国スウェーデンの面目をつぶす事件は暴露され、国際的世論の圧力によってスウェーデンは後に拷問の犠牲者二人に損害賠償を支払うことになった。

スウェーデンは従来から米国の強力な同盟国であったが、特にブッシュ政権時代に両国間に緊密な軍事協力体制が形成された。ジョージ・ブッシュをテキサス州知事から米国大統領の地位に押し上げた手腕で知られる元上級政治顧問カール・ローブは、自身がスウェーデン移民の家系で、米国外の唯一の政治活動として、1980年代からスウェーデン穏健党(名前とは裏腹に非常に保守的な政党)の顧問を務めてきた。2010年にはスウェーデン首相フレデリック・ラインフェルトの再選挙で広報分野の顧問を引き受けた。2011年1月、米国同盟国スウェーデンの地位に大きな影響を及ぼす事件としてウィキリークスの扱いが注目されると、ローブによるスウェーデン政界での活動に関する報道も浮上した。Justice Integrity Projectの主宰者アンドリュー・クレイグはアサンジ関連のスウェーデンの報道や検察、ローブの動きを調査分析している。

<情報の信頼性はどこに由来するのか>

ウィキリークスは終わった、と宣言する陣営は、各国政府当局、情報セキュリティ企業や主流報道機関だけではない。多くの「漏洩サイト」がウィキリークスよりも「安全で信頼できる」内部告発システムを開発中であると主張し、新しいプラットフォームを披露している。例えば2011年1月にアルジャジーラが設置した「透明性ユニット」(http://www.ajtransparency.com/en/projects )は、「パレスチナ文書」を公開し、パレスチナ解放への道をふさいできたパレスチナ当局内にはびこる政治的欺瞞を暴露した。ヨルダンのカジノ・スキャンダルに関する内部告発情報も公開された。アルジャジーラのこの試みは、アラブ諸国に民主的な情報公開の気風を紹介しようとする画期的な取組みではある。しかし、現在は技術的欠陥を理由に「透明性ユニット」の匿名投函窓口は閉鎖されている。

オープン・ソースで内部告発用匿名ソフトウェアの開発を進めているとする「グローバル・リークス」(http://www.globaleaks.org/ )もまた、アサンジという個性の強いリーダーを持つウィキリークスの運営体制を批判し、民主的運営で内部告発を支援すると宣言して話題になった。しかし2011年10月26日に開催されたRevolutionTruthのパネルディスカッション(http://www.revolutiontruth.org/ )で、西欧文化圏(特に米国)の抑圧的影響力を過小評価する「グローバル・リークス」主催者は、米国政府から資金援助を受けていることを認めた。米国政府にとって都合の悪い内部告発情報を、米国政府が支援している組織に委託できるだろうか。その情報はどのような扱いを受けるのだろうか。つまり権力に物申す内部告発手段としてグローバル・リークスは「信用」できるのかどうかということだ。そして命をかけた内部告発情報を「責任を取るリーダーのいない曖昧な組織」に託せるのかどうか。

ウィキリークスのような政治的アジェンダを持たずに「中立的な立場で」内部告発者と主流報道機関との仲介役を果たすことを目的に「オープン・リークス」を立ち上げたダニエル・ドムシャイト=ベルクもまたウィキリークスを批判している人物の一人であり、「信用できるかどうか」が問われている人物である。

2008年頃にウィキリークスの活動に本格的に参加しはじめたドムシャイト=ベルクは、2010年初頭までダニエル・シュミット(またはスミス)の偽名のもとドイツ担当のスポークスマンを務め、一部サーバーの物理的メンテナンスにも関わっていた。しかし「米軍ヘリ無差別銃撃」ビデオ公開のプロジェクトには参加しておらず、この画期的な時期を境に活動への妨害と思しき行動が表面化したことからアサンジとの関係が悪化し、2010年初期に解雇が公になった。

ドムシャイト=ベルクはウィキリークスを去る前にその情報投函システムとシステムに保管してあったいくつもの重要な内部告発情報を持ち出した。ドムシャイト=ベルク自身が破壊したことを発表した情報には、公開が熱望されていた米国連邦政府の「搭乗禁止(No Fly)リスト」やバンク・オブ・アメリカの内部告発情報など、公共の利害にとって重要な漏洩情報が含まれている。

ドムシャイト=ベルクがウィキリークスの情報を破壊したと発表した直後、2011年8月15日に、中南米で人権擁護活動を行っている女性弁護士レナータ・アビラがネット上でウィキリークスとカオス・コンピューター・クラブ(CCC)に同報する形で公開書簡を披露した。アビラは2008年の夏にブダペストで開催された「グローバル・ボイス・コンファレンス」でアサンジとドムシャイト=ベルクに出会った。2009年5月にドイツを訪問したときに南米の国々で拷問が行われていることを証明する文書の唯一のハードコピーをウィキリークスに託す意図でドムシャイト=ベルクに手渡したという。しかしこの重要文書は未だに公開されていない。アビラは公開書簡の中で、グアテマラやシリアなど、世界中の内部告発者たちが命の危険を冒して伝えようとウィキリークスに委託した貴重な文書を破壊・隠匿したとして、ドムシャイト・ベルクを激しく糾弾した。

ドムシャイト=ベルクの素性や意図は未だにはっきりしていない。ウィキリークスを離れた後、ドムシャイト=ベルクはマイクロソフト社のドイツ政府担当の女性と結婚した。彼はウィキリークスの広報活動を通してドイツのハッカー仲間の信用を築いてきた。しかし、ドムシャイト=ベルクがウィキリークスの投函システムと重要な文書ファイルを盗んだとされる件について、ウィキリークスとドムシャイト=ベルクとの仲介交渉を続けていた著名なカオス・コンピューター・クラブのスポークスマン、アンディ・ミュラー・マグーンは、2011年8月15日に「彼には誠意が見られない」「オープン・リークスに対する信頼を失った」として、ドムシャイト=ベルクのクラブ追放に幹部全員が合意したと発表した。

ドムシャイト=ベルクはウィキリークスのボランティアの中でたった一人実名で参加していなかった人物であり、またウィキリークス内部関係者で米国大陪審の対象として指名されていない唯一の人物である。そしてなによりも「信用に関わる」点は、「オープン・リークス」は未だに内部告発情報公開に貢献した履歴がないということである。「信用」は実績の上に築かれるものであるからだ。

<アサンジの運命や、いかに>

2010年12月7日にロンドンで逮捕勾留され、後に保釈となったものの、アサンジはロンドン郊外にある友人バーン・スミスの邸宅で一日24時間体制の監視を強いられ、毎日定時までに警察に出頭しなければならない。監視用の足かせをつけられ、何か故障があれば即時に監視員が乗り込んでくる。アサンジの在宅軟禁を管理するSerco社は、英国の核兵器施設運営に関わる軍事企業でもある。

型破りの客人アサンジを自宅に迎え、過去一年に亘って活動の場を提供してきたスミスは、ロンドンの軍事記者クラブ「フロントライン・クラブ」の創立者でもある。アサンジがいつスウェーデンに送還されるかもしれぬ緊迫した状況の中、稀なインタビューで次のように語った。

「自分は従軍ジャーナリストとして多くの友人を戦場で亡くした。彼らの死を無駄にしないため、彼らの供養のためにも、戦争の真実を伝えるアサンジを全面的に支援している」

『ローリングストーン』誌掲載の最新記事でマイケル・ヘイスティングスは、最高裁裁定を控え、スミス邸を離れ隠遁を許されたアサンジの様子を伝えている。

<国境なき世界市民の蜂起と国際的警察機構の台頭>

2011年10月31日、世界人口が70億人に達したという。言語・文化・歴史に基づく人為的な「国境」の線を引いて、小さな地球に人類がひしめきあっている。近代以降は「国民国家」(Nation State)の名目のもとに各国が「国益」を主張し、究極的には資源の奪い合いから戦争を繰り返してきた。多くの市民は自国内での労働搾取の構造や人権弾圧に苦しみ、戦禍に巻き込まれた地域では正義のない血みどろの苦しみが続いている。一方、国境や文化圏を容易にまたいで流通し、金融や軍事産業を統括する巨大多国籍企業の利害は一般市民の福利を犠牲にし、各国の軍事政策や移民政策にすり替えられている。労働に勤しむ人々は忙しい生活の中で政治的影響力を及ぼすことができず、沈黙を強いられてきた。

しかし、2011年に大きなパラダイムシフトが起きた。チュニジアのベン・アリ独裁政権の汚職を暴露する「米国大使館公電」がウィキリークスによって暴露され、貧困にうちひしがれていた若者たちが軍事政権に逆らい立ち上がるきっかけのひとつとなった。チュニジアの「ジャスミン革命」からエジプト、リビア、シリアと野火のように広がり続けている「アラブの春」。スペインや英国で勃発した暴動と盛り上がる労働運動。ニューヨークのウォール街から全米、そして世界へと広がる「占拠せよ」の呼びかけ。ロシアでも反プーチンの大規模なデモが起きている。情報という光カタリストが照射されたネットの公共空間から、超国家資本の搾取の仕組みと軍事経済の構造に一般市民が目覚め、急速な政治変革の連鎖反応が国境を越えて広がっている。

2011年初頭に世界中の人々が目撃したチュニジアやエジプトの革命的市民運動は、丸腰の民衆が公共の場で一緒に立ち上がり、ソーシャル・メディアを駆使して分散型の非暴力行動を組織する強靭な連帯のあり方を示した。

米国では、オバマ大統領が政権交代を果たした後も二大政党が癒着したまま革新は起こらず、企業の金が力を振るう議会ではどんな法案を練っても何も変わらない、という失望が深い。タハリール広場の群衆の勇敢な姿は、米国にも変革が可能かもしれない、という希望に火をつけ、選挙で政党の利害に惑わされるよりも大衆が直接行動に訴えるほうが政治構造に変革をもたらす効果が高いかもしれないという新しい展望が生まれた。

「我ら、99%」というスローガンは99%の民衆が1%の富裕層に搾取されている資本主義の構造を端的に伝えている。さらに、米国資本主義経済に連結している英国、カナダ、オーストラリアなどでは「自国の99%にとって不正なものは他国の99%にとっても不正である」というメッセージが広がった。ロンドン証券取引所に抗議する「占拠せよ」集会にはアサンジも参加し「貪欲な多国籍企業の支配を退けるために連帯しよう」と呼びかけた。各地の「占拠せよ」運動は参加者の民意を確認する民衆総会を開き、直接民主主義の実践を展開している。メルボルンの民衆総会では「ウィキリークス支持」の決議が確認された。

全米で「ウォール街を占拠せよ」運動を展開している主導陣は、現在、2012年7月4日の独立記念日にフィラデルフィア国民総会の開催を企画しており、経済的不平等を解消するための「99%宣言」の草案を練っている。2012年の大統領選挙で二大政党が民意を反映できない場合は、第三政党を結成し、2014年と2016年の議会選挙で選挙区全域に候補者を出す計画だ。

一方、アノニマスという匿名集団の活動も注目される。政治的抗議手段としてコンピューター・ネットワークを麻痺させるハッカー・グループで、世界各地に散在する十代から二十代の若者たちから成ると言われるが、伝説的ハッカーの老舗、カオス・コンピューター・クラブの「長老たち」が活動を指導しているという噂もある。2011年、巨大な軍事予算の傘下で開発が進む情報セキュリティ企業の専門家たちとアノニマスの対決が激しくなった。アノニマスはこれまでにもチュニジア、エジプトなどで民衆革命を弾圧する政府や軍隊のコンピューター・システムに侵入したり、ウィキリークスの活動を妨害するビザやマスターカードなどの金融サイトを一時停止に追い込んだりしてきた。特に大きなニュースになったのは、HB Gary Federalという米国軍事情報セキュリティ専門会社のサーバーに侵入して5万件近くの電子メールを公にした事件だ。ジャーナリスト・法律家のグレン・グリーンワルドなどウィキリークス支援者たちを政治的に陥れる計画を同社がバンク・オブ・アメリカに持ちかけていたビジネス戦略の詳細を暴露した。アノニマスによると、これは16歳の少女による手柄だという。

アノニマスはネット上で主に画像を使った広報活動を行っており、賛同する一般の人々も「無名なる大衆」の象徴として漫画や映画に登場する「復讐のV」のキャラクター、ガイ・フォークスの仮面をつけて各地のデモや集会に参加している。

一方、アナーキーで分散型の大衆運動の鎮圧方策を練るために、米国各州及び各国の政府当局、軍事・警察組織、セキュリティ企業は協力体制の構築を進め、警察幹部リサーチ・フォーラム(PERF)と呼ばれる連携体制の活動が表面化している。「占拠せよ」の大規模な集会が進行している各州の知事や市長たちが電話会議を行い、PERFのアドバイスを受けていたことも明らかになった。監視カメラやテーザー銃を搭載した無人飛行機など連邦政府の軍隊が保持する武装資産や大衆監視手段を地方自治体の警察に提供する傾向も強まっている。

米国上院では、民主党カール・レビンと共和党ジョン・マケイン両者が推進する「国防権限法案」の中に「米国内外を問わず、米国政府の方針に叛意を示す米国市民を『テロリスト』として逮捕し、民事法廷ではなく軍事法廷を介して永久的に勾留する権限を軍隊に与える」、「米国全土及び世界全域がテロの戦場である」とする条項が盛り込まれた。2011年12月月1日にこの条項を削除する動議は否決された。31日、大晦日のどさくさにまぎれてオバマ大統領が署名し、「恒久的勾留条項」は正式な法律となった。文民統制に基づく米国の民主主義はさらに一歩崖っぷちに追い込まれた。

1931年、大恐慌下のケンタッキー州で労働組合幹部を殺害しようと侵入した企業暴力団に恐喝された妻フローレンス・リースは、その直後に台所で「Which Side Are You On(あなたはどっちの味方なの?)」という歌を書いた。大恐慌時代を生きた放浪詩人ウッディ・ガスリーが歌い、1960年代にはピート・シーガーやジョーン・バエズが広めたこの歌が、今あちこちの市民集会で歌われている。

世界的搾取の構造がくっきりと浮かび上がると同時に、世界市民による民主主義闘争の連帯の可能性もますますよく見えるようになってきた今、私たちは「国境なき帝国」と「国境なき世界市民」のどちら側に立って行動するのだろうか。

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掲載誌: 月刊『世界』 2012年三月号 (88-100頁)  発行社: 岩波書店  http://www.iwanami.co.jp/sekai/

発行年月日: 2012年3月1日  原題: 『“勇気は伝染する”――マニング、ウィキリークス、ウォール街占拠』  ———————-

<関連TUP速報>

速報896号 ジョン・ピルジャー: アサンジへの不当な攻撃(http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=928

速報881号 ウィキリークス宣言:情報は民主主義の通貨だ(http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=913

速報868号 使者を撃つな(http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=898

速報864号 ウィキリークスとジャーナリズム(http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=892

***

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TUP速報第935号 「マラライ・ジョヤから日本の皆さんへ」《マラライ・ジョヤとアフガニスタンの今|最終回》

11.12.11 by   カテゴリー: ニュースあれこれ, 世界の窓,

(Translators United for Peace =「平和をめざす翻訳者たち」が12月2日に配信した速報の転載です。マラライ・ジョヤさんは10月末来日し、講演会を行っています。ーニューズマグ)

◎シリーズ「マラライ・ジョヤとアフガニスタンの今」最終回
アフガニスタンの軍事占領・人権抑圧と闘うマラライ・ジョヤから日本の皆さんへ
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シリーズ前書き(岡 真理/TUP)はTUP速報第926号に。
http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=3D958

マラライ・ジョヤが日本を去ってから1ヵ月以上が経過したというのに、私はまだ、彼女のメッセージが残した余熱を感じている。このシリーズ「マラライ・ジョヤとアフガニアスタンの今」の最終回は、彼女の講演ツアーの様子を、たとえ概要なりとも伝えるものとしたい。

いずれの会場でもマラライは、柔軟に、その場で湧いてくる想念を聴衆と分かち合い、そのため、講演はなおのこと生気に満ちた力強いものとなっていた。それでも、言うまでもないが、基本的な内容は全会場で一貫しており、その基調は変わらない。マラライが講演のベースとして用意した原稿に基本的内容は含まれているはずだ。そう考えてTUPは彼女にその原稿の翻訳・配信許可をお願いし、快い承諾を得た。特に、講演会に参加できなかった皆さんにとって、アフガニスタンの実情についての理解をさらに深める上でお役に立てばうれしい。また、その理解を通じて、アフガニスタンで進行する悲劇に少しでも胸が痛むというとき、私たちが今果たすべき役割について考え、それを見出すきっかけになることを願う。

マラライはたびたび聴衆を「平和を愛し正義を求める日本の皆さん」と呼んだ。その話を聴いた者の胸には、アフガニスタン政府やその背後にいる諸勢力ではなく、アフガニスタンの民衆の真の友となるには私たちはどうすればいいのか、という鋭い良心の問いかけが残された。何よりも、この重い問いかけをもたらしてくれたことをもって、私はマラライ・ジョヤが来日でき、日本の私たちに直接語りかけることができたことに深く感謝している。

彼女の存在そのもの、彼女と聴衆との「熱い」触れ合いを通じて、次のことが実感できた ―― マラライはいつわりなくアフガニスタンの民衆と一つになっている、彼女は民衆の一人であって、苦しむ人々と悲しみ、怒り、希望を分かち合っている、そしてアフガニスタンの民衆こそがマラライの力の源泉なのだ。

だからこそ、目の前でマラライが情熱的に語りかけるとき、この無敵のアフガン女性の明晰な思考と人間性に感銘を受け、それを賞賛しつつ、「自分は何をなすべきか」と自らに問いかけないではいられない者が多かったのだろう。

注記:原稿内の小見出しと[ ]内はこの速報のためにこちらで挿入した。シリーズ最終回前書き・翻訳:向井真澄/TUP

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●マラライ・ジョヤ 2011年10月16日 29日の講演基調

◯挨拶 (原稿外)
◯講演会を準備した関係者一同への感謝
◯日米両政府とは天と地ほども違う、平和を愛し正義を求める日本の皆さん
に囲まれて光栄に感じているとの表明
◯戦争と占領に苦しむアフガニスタンの人々と、かつて戦争と占領に苦しみ、
今なお米軍基地に苦しむ日本の人々がつながる理由:共通の敵と責任
◯地震・津波・原発事故で愛する家族を亡くされた方々へのお悔やみ
◯講演のテーマ:アフガニスタンの(特に女性をめぐる)極限的な現状、
米国・NATOによる「対テロ」戦争の実相、そしてイスラーム原理主義の
残酷さ

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1.いわゆる「対テロ」戦争が10年続いた今日のアフガニスタンの現状

10年前の10月7日、人権、女性の人権、民主主義のためという偽りの名目で、米国とその同盟国がアフガニスタンを占領しました。しかしアフガニスタンは10年経った今も、世界で最も不安定で腐敗した、戦禍に苦しむ国であり、その国民、特に女性の暮らしは悲惨な状況に置かれています。

10年前、米国とその同盟国は前近代的なターリバーン政権を転覆し、国民はそれを歓迎しました。しかしまもなく明らかになったのは、米国とNATOがアフガニスタンに居座っているのは、自らの戦略的、経済的、地域的利益のためにほかならず、この目的のためには、彼らは不幸なアフガニスタンの民を今一度犠牲にするのだということでした。

米国とNATOは、北部同盟を構成する軍閥らの、最も犯罪的で残酷な政権を押し立てることによってアフガニスタンの民を裏切りました。軍閥らは考え方においてターリバーンと同じであり、同じぐらい邪まで残忍で無知な連中です。アフガニスタンが何十年間も平和と安定に向かってこなかった主な原因はそこにあります。

いわゆる「対テロ戦争」がもたらしたものは、ただただ、流血、犯罪、野蛮な破壊行為、人権侵害および女性に対する権利侵害の増加のみであり、私の同胞の悲惨な状況と悲しみは倍増しました。この血なまぐさい年月に、何万人もの罪のない市民が占領軍とテロリスト集団によって殺戮されてきました。

最近、カルザイ傀儡政権は、クナール州で外国軍に10人の子どもが殺され(2011年3月1日)、また同州で22人の女性と30人以上の子どもを含む64人が
殺された(2011年2月16日)と発表しましたが、実際の死者の数ははるかに多いと確信します。

オバマ大統領が2008年に就任して以降、アフガニスタンの人々に最初にもたらしたものは、紛争と戦争の激化です。

残念なことに、オバマはこの2年の間に、自らが戦争屋であることを明らかにしました。その証拠に、オバマ政権になってから市民の死者は24%増加しました。アフガニスタンの人権監視機関(Afghanistan Rights Monitor)によると、2010年には毎日7人の市民が殺されました。オバマが行った軍隊の増派によって、罪なき市民に対する殺戮・暴力、破壊、苦痛と悲劇が増大しました。そのため、米軍・NATO軍の占領に反対して立ち上がる市民は以前よりずっと多く、日を追って増えています。今やオバマは第二のブッシュであり、より危険なブッシュです。

公式の統計によると、アフガニスタンの復興には550億ドルが投じられてきましたが、その資金の大半は軍閥、麻薬王、国内外のNGO関係者らに横領されています。復興名目で巨額の資金が投入されているにもかかわらず、アフガニスタンは国連人間開発指数でいうと182カ国中181番目に位置しています。

鉱山省の大臣によると、アフガニスタンには約3兆ドル相当の鉱山資源が眠っています。しかし世界第二の腐敗国なので、その鉱山収入は政府役人や軍閥のふところを潤すことでしょう。

2.アフガニスタンの女性の今日の状況

この10年で、アフガニスタンは麻薬マフィアの拠点となっただけではありません。UNIFEM(国連女性開発基金)によると、女性の居場所として世界で最も危険な国となっています。

欧米のメディアは女性の境遇の改善について大々的に取り上げていますが、アフガニスタンの多くの州で、女性は人間の生活とは呼べないような暮らしを強いられています。レイプ、誘拐、殺人、焼身自殺、酸による攻撃、家庭内暴力が急速に増加しています。

女性の手、鼻、耳が切り取られ、命を奪われ、あるいは死に至るまで鞭打たれています。実際、このような女性に対する残虐な犯罪が、ほかでもない14万の軍隊の鼻先で起こっているのです。

最近、17歳の少女がクナール州議会の議長にレイプされました。クァジ・カービル・マージバン議員の甥、アブドゥル・バシルは、ある少女に結婚を強制し、結婚後、少女の頭と顔を何回も銃撃しました。

このように、強い者がしたい放題にできる弱肉強食がまかり通っている州が多く、ターリバーン時代とそっくりです。アフガニスタンの女性は1960年代、70年代にはもっと多くの権利を享受していました。

タハール州では、二人の幼い女の子と成人の女性一人が武装兵士と何人かの司令官によってレイプされたとの報道もあります。(2011年6月28日)

バードギース州では、公衆の面前で200回鞭打ちの刑を課した後、頭部を三回銃撃するという方法でビビ・サヌバール[という女性]の処刑が行われました。(2011年5月19日)

戦争が女性の助けになることは決してなく、機会があれば、女性は自らを解放するし、進歩的男性も女性を支援するだろうというのが私の考えです。これには、皆さんも同意してくださると思います。私たちは、自らの解放をもたらすために団結して闘わねばなりません。

3.アフガニスタンの傀儡政権と米国のシナリオに沿ったカルザイによる犯罪者たちとの妥協

カルザイ傀儡政権は、腐敗した軍閥、麻薬王、何十年にもわたって人々を殺し、拷問し、その富を略奪してきた犯罪人などでいっぱいです。

庶民は、飢え、貧困、失業、治安の悪さ、腐敗、その他の災いに苦しんでいます。庶民は[選挙戦の]勝者にも敗者にも反対しています。その両方ともが庶民の敵であり、実施されたのは選挙ではなく選抜[つまり権力者による仲間うちの人選]だったからです。どうか、この種の胸が悪くなるような茶番にだまされないでください。

もう一つ、今演じられている悲劇的なドラマがあります。この欺瞞的な政府が、和平とか和解の名の下で、ターリバーン及びグルブッディーン・ヘクマティヤルと交渉しようとしています。北部同盟(政府)というテロリスト集団がターリバーンとヘクマティヤルらを招いて権力を分け合おうというのですから、その結果は流血と悲劇の増加です。彼らが互いに仲良くしていても、争っていても、民、とりわけ女性が犠牲にされます。しかし、今までの政府よりももっと腐敗した、マフィアだらけの邪まな政権ができても、そうしてアフガニスタンがいつまでも遅れた国にとどまることになっても、米国にとってはそれには何の重大性もありません。

巨大な軍事体制と最新兵器を備えた超大国が、ターリバーンのようなちっぽけな、前近代的で無知な集団を負かす力を本当にもっていないとは、誰も信じることができませんが、実はターリバーンはパキスタンを通じて間接的に米国政府の支援を受けてさえいます。

米軍・NATO軍は2014年中にアフガニスタンから撤退するといいますが、米国とその同盟国が居座っているのは、自らの利益のためだということを私たちは知っています。アフガニスタン軍と警察を動員しようという場合も、それは、米兵の死傷者を減らす目的で、アフガニスタンの兵士や警官を使い捨ての兵員とするためにほかなりません。彼らはアフガニスタンを、アジアにおける米国・NATO諸国の軍事と諜報活動の拠点としたがっています。

新たなボン会議も、アフガニスタンの民の運命をもてあそぶ危険なゲームです。この会議は最初のボン会議と同様、軍閥、麻薬王、西側技術官僚が居並ぶもので、唯一つの違いは、今回はターリバーンまでが出席する、ということです。人々はこの会議に何の希望も見てはいません。それは民衆の不倶戴天の敵を結びつけ、占領を合法化し、米軍基地を拡張するものだからです。ゆえに私は西側諸国の皆さんにお願いします。こんな動きに欺かれないでください。このような会議には反対の声を挙げてください。

西側諸国の政府はアフガニスタン国民だけでなく、自国民をも裏切っています。西側諸国は大企業とアフガニスタンの一握りの犯罪的支配者の利益のために、納税者の税金ばかりか自国兵士の血をも浪費しています。

4.真の民主主義への道

独立と正義の欠落した民主主義は無意味です。アフガニスタンには民主主義も正義もありません。市民に敵対する軍閥と犯罪者のための「民主主義」と「自由」があるばかりで、アフガニスタンの民には民主主義は存在しません。

現在、私の国では二つの種類のレジスタンスが起こっています。一つは、米国が針小棒大に騒いできた反動的なターリバーンの抵抗、もう一つは一般のアフガニスタン人の抵抗で、これには老いも若きもが参加しており、日ごとに大きくなっています。これは私の国の未来にとって大きな希望だと感じています。

アフガニスタンの問題の解決は、軍隊の撤退なしにはありえないと考えます。国内に反動的で残酷で邪悪な勢力があって、真に民主的な勢力の大きな障害物となっています。外国の軍隊はその反動的勢力の方を勢いづけ、正義をめざす私たちの闘いをその分困難にしています。

アフガニスタンの民は3つの敵に挟まれています。ターリバーン、原理主義的軍閥、そして軍隊の3つ。外国の軍隊がアフガニスタンから撤退したら、私たちは国内の2つの敵に立ち向かうことになり、その闘いは敵が一つ減る分、容易になります。ターリバーンが再び政権の座について内戦が勃発する可能性があるという人がいます。しかし、私の同胞は、数々の戦争で傷つき、疲弊し、希望を失ってはいても、軍閥とターリバーンを葬るまで、最後まで断固として闘い抜くはずです。というのは、彼らは軍閥もターリバーンのことも憎悪しているからです。国に解放をもたらすことができるのはその国自身だけだということは歴史が証明しています。

いつの日かアフガニスタンでも中東で起こったような、原理主義的独裁者に対する輝かしい決起が起きるでしょう。というのは、今も、小規模な決起が、クナール、タハール、ナンガルハール、パクティヤー、ローガル、ガズニーなどの州で発生しています。この動きは高まっていて、私たちみんなの希望の源となっています。(ほかにも、ヘルマンド、ファラフ、カーブル..などで)。

そこで、平和を愛し正義と民主主義の実現をめざすすべての団体、グループ、政党、個人の皆さんに、私の国の進歩的で民主的な勢力に力を貸してくださるようお願いします。私たちには皆さんの支援と連帯が必要です。皆さんへのメッセージとして、私の同胞に教育面での支援をお願いします。解放への鍵は教育にあるからです。

結び ―― マーチン・ルーサー・キング・ジュニアの言葉

「沈黙に甘んじるとき、我々の生は終焉に向かう。抑圧者が自発的に自由を与えることは決してない。自由は、被抑圧者が自ら要求し、勝ち取らねばならない」

────────── マラライ講演基調おわり ──────────

●訳者追記

マラライ・ジョヤの講演ではスライドを使って視覚的に訴える工夫がされていた。

迫害され、救いの求めようもなく焼身自殺を図った女性の写真、米国の手で再び権力を与えられた軍閥たちがターリバーン政権以前の内戦時代に市民に対して加えた暴力・殺戮の写真、現在も続く女性に対する残忍な犯罪の証拠写真なども「人として正視に堪えないけれど、見て知る必要があるのでお見せします」と言って提示していた。

また、主流メディアが決して報じないもうひとつの事実として、ツアー後半からは、各地で占領に抗議して立ち上がっている市民の姿も示された。「教育の機会を奪われてきた女性たちも、こうして危険を顧みず立ち上がっています。この政治的目覚めがアフガニスタンの希望です。これこそが民主主義への道です」という言葉とともに。

ツアーの一部に参加する中で、講演以外でも多くの意味深い言葉に触れることができた。

たとえば――敵の敵が味方であるとは限らない。米国の敵として振舞っているからといってイスラーム原理主義者[と呼ばれる、「民衆を支配するツールとしてイスラームをねじまげ悪用する勢力」]を支持するなら、民衆を裏切ることになる――などは、現にそうした勢力の支配下で甚だしい人権侵害に苦しんできた人々(特に女性)の切実な声として銘記すべきことと思う。

本速報は、TUPウェブサイト上の以下のURIに掲載されています。
http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=968

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TUP速報 http://www.tup-bulletin.org/
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TUP速報934号 アフガン女性を利用するタイム誌 《シリーズ「マラライ・ジョヤとアフガニスタンの今」第6回》

11.12.10 by   カテゴリー: ニュースあれこれ, メディア, 世界の窓

(Translators United for Peace =「平和をめざす翻訳者たち」が11月29日に配信した速報の転載です。マラライ・ジョヤさんは10月末来日し、講演会を行っていますーニューズマグ)

◎シリーズ「マラライ・ジョヤとアフガニスタンの今」第6回
アフガン女性を利用するタイム誌
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シリーズ前書き(岡 真理/TUP)はTUP速報第926号にあります。

http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=958

2010年8月10日付米タイム誌の表紙に掲載されたアフガン女性の写真をご記憶の方も多いと思います。婚家の虐待に耐えかね家出し、ターリバーンとされる夫らによって無残に鼻を削ぎ落された18歳のビビ・アーイシャの写真は、世界に衝撃を与えました。「我々[米軍]が撤退したら、[これが]アフガニスタンで起こること」という見出しのつけられたこの写真は、2011年の世界報道写真大賞を受賞するとともに、論争の的になりました。

以下、GRIID(Grand Rapid Institute for Information Demorcracy)の
ジェフ・スミスによるタイム誌の同記事に対する批判を紹介します。

凡例[  ]:訳注

[前書き・翻訳・解説] 岡 真理(TUP)

アフガン女性を利用するタイム誌

2010年7月31日

ジェフ・スミス(GRIID http://griid.org/

ご記憶だろうか。2001年、合衆国がアフガニスタンを侵略/占領した当初、ブッシュ政権が侵攻する理由の一つとして掲げていたのが、アフガン女性の解放だった。ローラ・ブッシュ[大統領夫人(当時)]自身、こうした立場に立って、アフガニスタンの女性の窮状を憂慮しているという政権の表看板を買って出ていた。

メディア評論家や政界の一部には依然として、合衆国の占領ひいてはオバマ政権による米軍の増派まで、この[アフガン女性の解放という]主張を利用して、正当化している者たちがいる。最近の例としては、タイム誌の最新号[1]が、この種の道徳君子を装った正当化をおこなっている。

[1] ‘Afghan Women and the Return of Taliban’, “Time”
http://www.time.com/time/magazine/article/0%2C9171%2C2007407%2C00.html

タイム誌は、ターリバーンによって鼻を削ぎ落された18歳のアフガン女性の写真を[そうした正当化に]利用している。表紙を飾ったこの写真に関する記事の見出しは、「われわれ[米軍]がアフガニスタンを撤退したら、[アフガニスタンで]何が起こるのか?」というものだ[2]。記事は、間もなく9年になる占領[の継続か終結か]を判断する根拠として女性の福祉を引き合いに出しており、ホワイトハウスの施政方針演説を彷彿とさせる。

[2]原文ではWhat happens if we leave Afghanistan? となっているが、タイム誌の見出しでは疑問符はついておらず「われわれが撤退したら、[アフガニスタンで]起こること」となっている。この見出しが、疑問を呈しているのではなく、米軍が撤退したらターリバーンが復活して、こういうことがアフガニスタンで起こるのだ、と断定的に述べていることも、同記事をめぐる論争の一部となっている。

しかしながら、タイム誌の記事がとりこぼしている論点がいくつかある。第一に、重要なのはターリバーンが、ムジャーヒディーン[イスラーム聖戦士]として知られる極右のムスリム男性たちのグループから誕生したということだ。これらムジャーヒディーンは1980年代、ソ連をアフガニスタンから駆逐するという目的のために、合衆国の財政援助を受けていたが[3]、彼らはアフガニスタンの人々、とりわけ女性に対し自分たちのイデオロギーを強制することを欲する者たちでもあった。

[3]原文ではこの部分で、William Blum 著 “Killing Hopes:US Military and CIA Interventions Since World War II” の ‘53.Afghanistan 1979-1992 America’s Jihad’にリンクが貼られている。
http://killinghope.org/bblum6/afghan.htm

その冒頭で紹介されているのは、イスラーム党党首であるグルブッディーン・ヘクマティヤルに対する合衆国政府の財政援助についてである。ヘクマティヤルの名が最初にCIAや国務省関係者などの知るところとなったのは、彼の支持者が、ヴェールの着用を拒否した女性に酸を投げつけたためであった。合衆国政府は女性に対するヘクマティヤルの抑圧的イデオロギーを承知していたが、その反ソ連活動を支援するために、巨額の財政援助を行ったのだった。マラライ・ジョヤはその講演会で、カルザイ政権が現在、ターリバーン指導者のムッラー・オマル、そしてこのヘクマティヤルをも政権に復帰させようとしていることを厳しく非難している。

[90年代前半に]ムジャーヒディーンが政権を獲得する以前のアフガニスタンで、女性たちがかなりの程度、男性との平等を享受していたことは、アフガン人ジャーナリスト、ソナリ・コルハトカルの著書『流血のアフガニスタン』(Sonali Kolhatkar, “Bleeding Afghanistan”)で詳しく紹介されているとおりである。コルハトカルは、合衆国による占領の終結を求める「アフガン女性ミッション」[4]という団体の共同代表でもある。

[4]http://www.afghanwomensmission.org/

第二に、アフガン女性は30年もの長きにわたって、戦争、暴力そして占領に苦しめられてきたということがある。タイム誌の記事では、アフガン女性の苦難は主としてターリバーンによってもたらされたものであるかのように語られているが、実際には、アフガニスタンの女性たちは、ムジャーヒディーンにも、さまざまな軍閥にも、そしてカルザイ現政権の下でも、その悪意の標的とされているのである。思い出してほしいのは、カルザイ政権が昨年3月、アフガンスタンにおいてレイプを合法化するにも等しい法案を通過させたことだ[5]。このような極端な法は、ターリバーンが政権にあった時にも成立したことはなかった。

[5]原文ではここで、2009年3月31日付けガーディアン紙の記事‘Worse than the Taliban’ – new law rolls back rights for Afghan women(ターリバーンより酷い――アフガン女性の権利を後退させる新法――)にリンクが貼られている。
http://www.guardian.co.uk/world/2009/mar/31/hamid-karzai-afghanistan-law

同記事は、カルザイ大統領が大統領選挙で票を買うために、夫婦間のレイプ、および夫の許可なく妻が戸外へ出ることの禁止を合法と認める法に賛同して、両性の平等を謳う憲法に反し、人権団体や一部国会議員が非難する法案に署名したと報じている。

第三に同記事の「もしわれわれがアフガニスタンを撤退したら、[アフガニスタンで]起こること」という見出しには、タイム誌編集者の帝国主義的なものの考え方が色濃く現れている。この見出しが示唆しているのは、9年間にわたる占領が終わってしまったならば、アフガニスタンの状況はさらに悪化の一途を辿るだろうということだ。こうした考えは、歴史的文脈を一切、度外視している。1980年代、[アフガニスタンの人々が苦しめられたのは]合衆国が支援したアフガニスタンの支配をめぐる[ソ連との]対抗戦争のためであったし、1990年代前半、[軍閥が人々を苦しめていた時]合衆国は、そのうちの特定の軍閥を援助し、ターリバーン政権の初期には同政権を支援し、現在の占領ではアフガン人に甚大な人的被害をもたらしているのである。

より事実に忠実な見出しをつけるなら、「9年間の占領はアフガン人にとって何を意味するのか?」だろう。だが、不運なことに、[米軍による占領の非を暴くような]この種の報道は、合衆国の企業メディアではなかなかお目にかかることができない。今般、ウィキリークスが暴露した合衆国のアフガニスタン関連文書に関する報道がその良い証拠だ。「報道における公正さと正確さ」[6]は、ウィキリークスが暴露した文書に対する合衆国の主流メディアの反応について、いずれもこれらの文書の重要性を過小評価したり、[オバマ政権による]アフガニスタンへの米軍の増派をさらに正当化したりするものであったと述べている。

[6]原文ではこの部分は、FAIR(Fairness and Accuracy in Reporting)の2010年7月30日付けの記事 ‘WikiLeaks and the U.S. Press: Media resistances to the exposure of governmental secrets’(ウィキリークスと合衆国の報道:政府機密の暴露に対するメディアの抵抗)にリンクが貼られている。http://www.fair.org/index.php?page=4128
タイム誌の表紙に登場した18歳の女性は、実際にターリバーンによって、このような目に遭ったのかもしれない。ターリバーンは、女性に対する恐ろしい暴力を行使したことで知られる政治運動である。しかし、写真も[彼女に関する]物語も、よく言ったところでせいぜいが読者に誤解を与えるものであり、プロパガンダと言われても仕方のないものだ。歴史を歪曲しているのみならず、合衆国によるアフガニスタンの占領をさらに正当化するものとしてオバマ政権に利用されうるからだ。

タイム誌の記事はまた、他のアフガン女性たちの声を無視してもいる。彼女たちの多くは、合衆国の占領を非難している。以下のドキュメンタリー「アフガニスタン再考」[7]において、アフガン女性たちが何と言っているか耳を傾けてほしい。

[7]映像は以下で見ることができる。Rethink Afghanistan, Video, part5
http://rethinkafghanistan.com/blog/2009/07/rethink-afghanistan-part-5-women-of-afghanistan-full/
映像に添えられた説明には以下のように書かれている。

「RAWA(アフガニスタン女性革命協会)によれば、自らの肉体に火を放つ焼身自殺が今日、アフガニスタンで、かつてないほどの広がりを見せている。この事実ひとつをとってみても、アフガニスタンにおけるわれわれ[米国]の試みが、現地の女性たちの圧倒的多数に対して何一つなしえていないという厳然たる現実に思い至らざるを得ない。」
[原文]Time Magazine Uses Afghan Women

[原文URL] http://griid.org/2010/07/31/time-magazine-uses-afghan-women/

―――――――

【解説】

「アフガン女性とターリバーンの復活」と題されたタイム誌の記事によれば、ビビ・アーイシャは嫁ぎ先で虐待され、家出したところをとらえられ、地元のターリバーン司令官のもとで上述のような制裁判決を受けたという。

タイム誌の編集長リチャード・ステンゲルは、アーイシャの写真を掲載するにあたり、この強烈なイメージが子どもたちに与えるであろう衝撃を勘案し躊躇したが、「写真は、私たちすべてに関わる戦争の中で、今、起きている――そして、起こりうる――現実を見るための窓である」として、読者にターリバーンによる女性の処遇に向き合ってもらうために掲載に踏み切ったと述べている。(The Plight of Afghan Women: a disturbing picture(アフガン女性の苦境:心をかき乱す写真)2010年7月29日タイム誌
http://www.time.com/time/magazine/article/0%2C9171%2C2007415%2C00.html
イスラーム法の厳格な適応によるターリバーンの統治が、アフガニスタンの人々、とりわけ女性の人権を抑圧したことは知られている。2001年11月、ローラ・ブッシュ大統領夫人(当時)は、全米向けラジオ演説において、アフガニスタン空爆は、ターリバーンの支配によって抑圧されるアフガン女性の解放のためと謳い、米国による同国空爆を擁護した。タイム誌の記事はアーイシャを、復興するターリバーンの暴力の犠牲者として描き出すことで、大統領夫人の演説と同じく、アフガン女性の解放・救済という文脈に米軍・NATO軍の駐留・戦争の継続を位置づけ、これを正当化するものとして機能している。

しかし、アーイシャに制裁判決を下したのが、そしてそれを実行した彼女の夫やその兄弟、舅が、彼女が証言しているようにターリバーンのメンバーであったとしても、これらは、ターリバーンとも、彼らが掲げるイスラーム法の厳格な適用ともまったく関係がない。アーイシャは、家族間の紛争調停のために相手家族に幼い娘を「嫁」(実際は家内奴隷)として差し出す「バアド」(Baad)というパシュトゥーン人の伝統的慣習によって嫁がされ、家出によって一族の面子をつぶしたかどで制裁を加えられたのだった。タイム誌の編集長は、「ターリバーンによる女性の処遇」ではなく、正確には「土着の女性憎悪的習慣による女性の処遇」と述べるべきだっただろう。

アフガニスタンで現在、ターリバーンが勢力を再伸長しつつあるのは事実だが、女性差別的なこうした土着の因習は、ターリバーン時代以前も以後もずっとアフガニスタンに存在し、女性を苦しめている。マラライ・ジョヤは講演会で、夫の母親にガソリンをかけられて火を放たれ、無残な火傷を負い横たわる13歳の娘の写真を紹介し、こうした虐待から逃れるために、今年だけですでに、2300人の女性が焼身自殺を図っているというBBCペルシャ語放送の報道を伝えている。

アフガニスタン全土に蔓延する、こうした女性憎悪的な暴力に加え、スミスの記事で紹介されているように、国会ではイスラーム党が上程した、夫婦間の合意なき性交(つまりレイプ)を合法とし、性交を拒否した妻に制裁を加えることを認めた女性抑圧的な法案が成立している。この法案については、タイム誌の記事でも言及されているが、スミスが指摘しているように、米国はイスラーム党の女性憎悪に基づく犯罪を承知していながら、ソ連占領時代に同党の反ソ活動に多額の資金を提供した。これが同党を強力な軍閥にし、今に続く、女性たちの苦難の一つの根源になっていることについて、タイム誌は触れていないが、立法や司法の場における女性抑圧的な法の承認が、地方部における女性抑圧的な因習による暴力の伸長に繋がっているとも言える。

アーイシャの悲劇とは、タイム誌が報じるような、近年のターリバーンの復興によって起きているものではない。アフガン女性の解放を掲げた戦争によってターリバーン政権が崩壊し、女子教育の復活など一定の改善があったのは事実だが、一方で、アフガン女性の抑圧はこの10年間、何も変わっていないどころか、ますます悪化している。この事実は、「アフガン女性の人権」や「解放」を楯に占領継続を主張する者たちにとって、彼女たちの人権も解放も、実は関心の埒外であって、占領継続を正当化するための単なる口実に過ぎないことを端的に物語っている。アフガニスタンにおいて悪化の一途を辿る女性虐待は、米軍の駐留が、アフガン女性の解放に現実的貢献をなしえていないことを証明であり、その中でアーイシャが注目されたのは、蛮行の下手人がターリバーンであり、彼女をターリバーン復興の犠牲者として表象し、米軍駐留の正当性に接続して論じることが可能であったからだと言えよう。

マラライ・ジョヤも一連の講演会でタイム誌の表紙写真について言及し、「正確には『米軍がいる間にアフガニスタンで起きていること』とすべき」と語り、米軍のクラスター爆弾や白燐弾によって痛ましく負傷した子どもたちの写真を併せて紹介した。ターリバーンによって傷つけられたとされるアーイシャが米国で手厚い治療を受ける一方で、米軍駐留に対する批判を惹起することになるであろうこれらの子どもたちの写真がタイム誌の表紙に取り上げられることはなく、十分な治療もなされずに放置されている事実を指摘し、同誌の欺瞞を痛烈に批判した。タイム誌編集長が言う「今、起きている現実を見るための窓」の「現実」とは、実は極めて恣意的に選択されたものに過ぎない。

TUP速報931号 過去最悪の軍事委託事業の浪費事例ワースト・テン 《シリーズ「マラライ・ジョヤとアフガニスタンの今」第5回》

11.12.10 by   カテゴリー: ニュースあれこれ, 世界の窓

(Translators United for Peace =「平和をめざす翻訳者たち」が今年10月27日に配信した速報の転載です。マラライ・ジョヤさんは同月末来日し、講演会を行っていますーニューズマグ)

◎シリーズ「マラライ・ジョヤとアフガニスタンの今」第5回
過去最悪の軍事委託事業の浪費事例ワースト・テン
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シリーズ前書き(岡 真理/TUP)はTUP速報第926号にあります。
http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=958
アフガニスタンは現在、ソマリアに次いで世界第二の腐敗した国とされています。それは、いかなる公的資金をも本来の使途に向かわせず、誰かの私腹を肥やすようにと機能するシステムが形成されていることを意味します。しかも、その結果は財政的腐敗にとどまりません。資金が流れこむ闇の先には、米国の軍・企業関係者ばかりか、アフガニスタン国内で民を苦しめ続けている軍閥やターリバーンも含まれるからです。「テロ」との戦いから発生する資金の流れがテロをこととする勢力を養っているのです。この記事が「浪費事例」として挙げているすべての事象の背後に、占領下アフガニスタンの民、貧しい国々の民、そして米国納税者の苦しみを感じ取ることができます。この記事はマラライ・ジョヤが講演の中で鋭く指摘していることの米国側からの裏づけでもあります。

日本も、2009年からの5年間で50億ドルという「民生支援」をアフガニスタン政府に対して行っています(「民生支援」の名の下で、実は反米・反政府行動に立ち上がる市民を標的とする警察官の訓練に使われていると西谷文明さんは今年2月の現地取材に基づき報告しています)。この記事から、その一部は闇のチャンネルに流れ、残りが警官の給与などに使われ、いずれにせよアフガニスタンの民をむしろ苦しめているであろうことが推察できます。

第5回前書き・訳 向井真澄/TUP

過去最悪の軍事委託事業の浪費事例 ワースト・テン
アダム・ウェインスティーン
2011年9月2日金曜日、Mother Jones

超党派の戦時契約委員会(注・実情調査委員会)が発足してから3年が経過したが、その業務が今週完了した。議会に提出された最終報告書では、連邦政府はアフガニスタン戦争とイラク戦争が始まって以降、請負業者の着服と浪費により310~600億ドル(最大約4兆6千億円)の損失を被ったと推定されている。「政府は2001年にアフガニスタン戦争を開始したときも2003年にイラク戦争を開始したときも、戦争の遂行に多数の請負業者を使う用意はできていなかったし、現在も委託事業に対する出費の効果的な管理・監督を行うことはできていない」と同委員会マイケル・チボー共同委員長は述べている。

官僚的なタイトル(「付随契約事業の看過が膨大な浪費、詐欺、流用につながる」)が控えめに思われるぐらい、248ページに及ぶ同委員会報告中もっとも興味深い節には、かの有名な600ドルの国防総省のトイレの便座などは安いものだと思わせるほどの、高額の大規模浪費が列挙されている。同報告書が詳述する軍事委託事業ワースト・テンを、無茶苦茶さの程度の低いものから順に紹介する。

10位. 軍閥のための福利厚生:国防総省が、受入れ国トラック輸送プログラムの一環として供給物資を輸送するためにアフガニスタンの大型トラック運転手を雇用したとき、同省は輸送業者の身の安全を確保する配慮を忘れた。そこで輸送業者は地元のよからぬ勢力を雇って保護してもらうために請負代金の20%もの金額を費やした。「軍閥会社」というタイトルの2010年議会報告書は「受入れ国トラック輸送契約は、軍閥支配、ゆすり、腐敗を助長している上に、武装抵抗勢力にとって重要な資金源となっている可能性もある」と結論づけた。

9位.世界で最も高価な道路:2007年、米国側の企画で、アフガニスタンのホーストとガルデズという町を結ぶ延長64マイルの山道を舗装することにした。完成には6,900万ドルかかると試算されていたが、実際の費用は1億7,600万ドルに膨らんだ。その多くはセキュリティに費やされた。その中には、武装抵抗勢力に与していると信じられている「アラファト」という名で知られる地元の大物に流れた大金も含まれている。5月には、ニューヨーク・タイムズ紙が「6ヶ月前に竣工したばかりの高速道路のある区間が早くも壊れ始め、危険な状態が放置されている」と報じた。

8位.このポンコツ基地:2007年秋、空軍はCH2M
HILLという請負会社に、キャンプ・フェニックス(アフガニスタンにある陸軍施設)での建設工事代として1,800万ドルを支払った。同社はいかがわしい下請け業者を雇い、その下請けは作業員に賃金を払わずに、200万ドルを着服して国外逃亡した。その金はこの業者が海外に自分の別荘を何軒か建設するのに使われた。支払いを受けなかった作業員は作業を投げ出して、発電機その他の物資を大量に持ち去った。作業の遅れにより、何百人ものNATO軍兵士は1年半の間まともな住居がないままに過ごすことになった。チボー委員長がその仮宿舎を訪ねたとき、兵士から拙劣な電気工事について警告を受けた。「部屋に入って、住人と話をすると、『使用する延長コードによっては、プラグを差し込むとまるで線香花火です』と言う。」(同報告書)

7位.レンタル事業詐欺:イラクとアフガニスタンにある同盟国の基地はだだっぴろくて敷地が平坦ではないものが多い。そこで、現地のレンタル事業者から四輪駆動車を借りて施設間の兵員移動に当てている。アフガニスタン駐留米軍の2010年調査で、陸軍は年間1億1,900万ドルを費やして約3,000台の車両をリースしていることが判明した。1年に車両1台当りざっと4万ドル費やしていることになる。昨年、一般調査局が突き止めたところによれば、軍は「約1,900万ドル(実際の出費の16%)で1,000台の車両をリースで維持することが可能だった」。にもかかわらず、陸軍は今も、レンタカーにプレミアム料金を払うことが戦略的に必要だと考えている。さらに、「武器システムとしての支出」というマニュアルには「民生支援」という項目でリストアップされてさえいる。

6位.カーブル銀行倒産:この問題はまったくの混乱の極みにあるので、我々は包括的な解説記事を書いた。2003年以降、米国国際開発庁は、アフガニスタン中央銀行経営陣の訓練費として米国大手会計事務所のデロイト社に9,200万ドルを支払った。中央銀行はアフガニスタン最大の民間銀行であるカーブル銀行を監督しているが、同行が保有する推定9億ドルの資産の大半は不良債権だ。当然ながら、カーブル銀行は2010年に倒産し、芽生えたばかりのアフガニスタンの金融システムも道連れになった。(カーブル銀行の創立者・最高経営責任者は「自分がしていることは適切な行為ではなく、自分が本来成すべき行為だとは言いかねる。だが、これがアフガニスタンだ」と説明した。つまるところ、米国国際開発庁は、アフガニスタン市場が焦げ付いている中、ウォール街の一企業の無為に対して莫大な支払いをしたというわけだ。「同庁のスタッフが深刻な銀行問題について気がついたのは、ワシントン・ポスト紙を読んでいる時だった。デロイト社から同庁への報告はなかった」と同戦時契約調査委員会は報告している。

5位.マンダリンをお忘れなく(注:mandarinは「ミカン」のほか「重要人物」の意もある):2005年に、国防兵站局はアフガニスタンの基地に「欠かすべからざる」食品を輸送させるため、スイスのシュプリーム・フードサービス社と高額の委託契約を交わした。2011年初頭までに同社が米政府に請求した金額は42億ドルである。ところがペンタゴンの調査員は、この金額は、過当と疑われる費目で数百万ドルの水増し請求になっていることを突き止めた。たとえば、新鮮な果物や野菜をアラブ首長国連邦から「特別空輸」する費用などが含まれていた。にもかかわらず、おそらくシュプリーム社と国防兵站局との契約を監督する立場にあった陸軍大将が同社の米国支社長になっているからだろう、この会社の契約は2年間の延長となった。

4位.不運な兵士:利益を最大にするため、軍事請負会社は貧しい国々から低賃金の作業員を下請けで雇用するが、この慣行は同委員会によれば「強制労働、奴隷制、性的搾取」につながっている。2009年のイラク視察旅行で、委員会メンバーは、トリプル・キャノピー、SABRE、EODTなどの会社に雇われて大規模な米軍基地で働く、ほとんどがアフリカ系あるいは南米系の衛兵のことを知った。次のことがわかった。衛兵の装備は不十分なことが多く、12時間交替で異常に長い移動勤務に就き、1ヶ月の休暇は与えられず、契約が満期を迎えるまで支払はおあずけで、そのため、委託された業務を最後まで我慢してやり遂げるしかない。政府はSABREに衛兵一人当たり月1,700ドルを支払い、SABREはウガンダ出身の作業員に700ドル支払って、差額は自分の懐に入れた。

3~1位.3位も2位もKBR、1位もやはりKBR:同委員会によれば、巨大請負会社のKBR(前はハリバートンといった)は、イラクの基地支援業務に対して過去8年間に少なくとも363億ドル受け取った。これはバンクオブアメリカやシティ・グループの救済に政府が支出した金額に迫る額だ。とはいえ、救済を受けた銀行の方は最終的には返済した。委員会の報告書にはKBRによる数多の浪費例が掲載されている。どこから始めたらいいのか。

イラクで食事サービス契約を7億ドルで受注した下請会社からはリベートを受け取っていた(KBRはこの件で司法省から弁済請求の申し立てを受けている)。それから、月に平均43分しか勤務していない144人のKBR従業員に対して500万ドルが出費されている。調査員の調べで、KBRがイラクで政府から提供を受けた物資のうち1億ドル分が不明となっている。KBRは、イラクの基地での電気工事に2億400万ドルの支払いを受けたにもかかわらず、そのずさんな配線工事の結果、12人もの兵が感電死している。シャワー室で感電して死亡した特殊部隊員もその一人である。同社はまた、ブラックウォーター社を雇い、イラクでの個人警備の代価としてアンクル・サム(米国政府)に5億ドル請求している。とんでもない大手請負会社だ。

おそらく最も問題なのは、同社の人身売買と思しき行為だ。2008年後半に、バグダード郊外のキャンプ・ビクトリ施設群の中に窓のない倉庫が見つかった。そこにはバングラデシュ、インド、ネパール、スリランカ出身の約1,000人の男性が刑務所のような条件下に置かれていた。彼らはKBRの下請業者が雇い入れた作業員であった。同じ頃、別のKBRの下請業者が、高給が得られるとの虚偽の約束で釣ってアジア人作業員をイラクに赴かせた廉で訴えられた。

さらに浪費の例が続く。イラクの駐留兵士を減らす動きが始まったとき、委員会の報告書によると、「KBRはイラクにおける下請作業員の約半数を手配していた。基地が閉鎖されて作業員が立ち去ることになると、KBRはそのうち一部の者を他の基地に回して、そこでの支援業務代を請求した。」トータルすると、不要な人員に対してKBRが政府に請求した金額は、少なくとも1億9,300万ドル、おそらく、3億ドルほどになるだろう。しかし、ペンタゴンがKBRをお払い箱にする気配はない。委員会の共同委員長であるクリストファー・シェイズ元共和党員(コネチカット州選出)は昨年、「つまり、KBRはあまりにも大きな企業なので袖にはできません。今後もKBRに支払いを続けていくことになります」とぼやいた。
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アダム・ウェインスティーンは、Mother Jonesの国家安全問題担当レポーターです。彼のその他のレポートについては、原典中末尾の行にあるhereをクリックしてください。またはツイッターでフォローしてください。ウェインスティーンのRSSフィード(注:RSS形式のデータ提供)をどうぞ。
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原典:
http://motherjones.com/mojo/2011/09/contractor-waste-iraq-KBR

■マラライ・ジョヤ日本講演ツァー実施中です。
27日~29日に、名古屋、大阪、京都の三会場で講演します。
*ジョヤさん講演会詳細については、「RAWAと連帯する会」HPをご覧ください。
http://rawajp.org/?page_id=302

マラライ・ジョヤ日本講演に関連する新聞報道:
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201110170035.html
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/news/20111020-OYT8T00179.htm
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-10-19_24916/

TUP速報930号 アフガニスタンの「殺人部隊」によって明かされた真実 《シリーズ「マラライ・ジョヤとアフガニスタンの今」第4回》

11.12.08 by   カテゴリー: 世界の窓,

(Translators United for Peace =「平和をめざす翻訳者たち」が今年10月23日に配信した速報の転載です。マラライ・ジョヤさんは同月末来日し、講演会を行っていますーニューズマグ

 ◎シリーズ「マラライ・ジョヤとアフガニスタンの今」第4回
アフガニスタンの「殺人部隊」によって明かされた真実
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シリーズ前書き(岡 真理/TUP)はTUP速報第926号にあります。
http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=958

シリーズ4回目となる今回の速報は、2011年3月30日に『ガーディアン』に掲載されたマラライ・ジョヤの論説の元原稿である下記アドレスにある論説を翻訳してお届けします。したがって『ガーディアン』に掲載されているものとは異なります。

【出典】http://www.malalaijoya.com/dcmj/joya-in-media/605-the-truth-revealed-by-the-qkill-teamsq-in-afghanistan.html
[訳者注:本訳文中に言及されている画像は上記アドレスでいくつか見ることができますが、気分を害されるかたがおられるかもしれません。ご自分で御判断願います]

シリーズ第4回翻訳:福永克紀/TUP
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アフガニスタンの「殺人部隊」によって明かされた真実
Zマグ 2011年3月31日(木)
――本論説は、昨日『ガーディアン』紙に掲載されたマラライ・ジョヤの論説記事の完全オリジナル版である――

マラライ・ジョヤ 2011年3月31日 Zマグ

先週メディアで公表されたこの忌まわしくも心痛む数々の写真は、アフガニスタン戦争の陰惨な真実をやっと広く公衆の目にさらすこととなりました。この戦争が民主主義と人権のためであるという宣伝のすべては、殺されてバラバラにされた無辜のアフガニスタン市民の遺体と共にポーズをとっている米兵の写真で跡形もなく消えうせてしまいます。

アフガニスタン人は、これがわずかなごろつき兵士の話だとは考えていないことをお伝えしなければなりません。こういう「殺人部隊」の残虐行為は、軍事占領全体の要である武力による侵略行為と人種差別を暴露しているのだと私たちは考えています。この写真は目新しいものでも、無実の人の殺害はそうではありません。こうした市民に対する犯罪が、アフガニスタンでの多くの抗議を招き、アフガニスタン庶民の間に反米感情を激化させてきました。

殺害したアフガニスタン人を弄ぶ米軍「殺人部隊」のこのような画像を、米国主要メディアが公表したがらなかったことには別に驚きません。何と言っても、アフガニスタンの現実を米国民の視界から隠す組織的取り組みが行なわれてきましたから。ともかく、米国が主導する占領の現責任者ペトレイアス将軍は世論に向けた「情報戦争」に多大な重点を置いていると言われており、その戦略に則り、ペンタゴンはこういう犯罪を隠蔽するのに多大な努力を払ってきたのです。

こういう写真の兵士たちはほんのわずかしか訴追されていませんが、それは米国がアフガニスタンで行なっているさらに大きな人権侵害を隠す努力の一環だと思います。2月中旬にクナル州のガジアーバードで女性と子供65名を殺害した者たち、2009年10月にクンドゥズ州で民間人150人を殺害した者たち、2009年5月にファラフ州のバラブルクで民間人140人以上を殺害した者たち、2008年9月にヘラート州のアジーザーバードで子供と女性100人を殺害した者たちなど、ペンタゴンが「遺憾」に思うと述べるだけであとは忘れてしまうこのような数多くの非人間的犯罪に責任を負うべき者たちを、米国は何よりもまず訴追すべきです。もし米国が真に公正であるのなら、ロバート・ゲイツからデービッド・ペトレイアスに至るまで、その指揮下でこのような戦争犯罪が行なわれたすべての米国高官がまず最初に裁判にかけられなければならないと思います。

それでも、米国とNATOはアフガニスタンでの戦争犯罪に精を出している一方で、カダフィを人権侵害で罰するとしてリビアを攻撃しているのです! 米政府がわが国でもっと汚れた大勢のカダフィもどきを誠心誠意支えているのを見るとき、これは私たちにとってはまったく馬鹿げた冗談に聞こえます。

実際先週には、最初の米国入国ビザ申請が却下されて、支援者が私の入国する権利を要求してくれるなか、私のこの出版記念講演米国ツアーが延期されました。とはいえ軟化するように圧力をかけられた米国政府は、私の訪問を許さざるを得なくなりました。最終的にはアフガニスタン戦争の真実を隠し通すこともできなくなるでしょう。

この「殺人部隊」の画像はヨーロッパと北アメリカの多くの人にはショックであっても、アフガニスタン人にとっては何ひとつ新しいことではありません。ここ10年間、私たちは米軍やNATO軍が虫けらのごとく無辜の人々を殺害してきた事例を数知れず見てきました。

例えば、彼らは最近クナル州の山でまきを集めていた9人の子供を殺しました。数知れずある無辜の民間人大虐殺のひとつが発生したのは今年の2月中旬で、米軍主体の軍が65人の何の罪もない村人を殺害し、その大半は女性と子供でした。この事件では、地元当局者たちが犠牲者は一般民間人だと認めているにもかかわらず、多くの他の例と同様、抵抗分子を殺害したにすぎないとNATO軍は主張しました。事実の暴露を防ぐためにNATO軍は、大虐殺の現場を訪れて報道しようとしたアル=ジャジーラの記者二人の逮捕まで行なったのです。

米国とNATOは、死亡者すべてをテロリストや抵抗分子と呼ぶことでこういう民間人の死を隠そうと懸命に努めてきました。こんな嘘は彼ら側からの追い打ちであり、彼らに無残に殺された最愛の者に対する侮蔑だとアフガニスタン人は見做しています。

歴代の米当局は、市民を守り今まで以上の注意を払うと言ってきましたが、実際には自らの犯罪を隠し、メディアでそれが公表されるのをやめさせる努力に注意を傾けてきたに過ぎず、したがって多くの恐怖の殺人が報道されることはありませんでした。通常、米軍、NATO軍、並びに国連アフガニスタン援助派遣団の事務所が民間人死者数の統計を公表していますが、その数字は占領軍に殺害された人数を過小評価したものです。しかし現実は、オバマ大統領がアフガニスタン駐留米兵の数を増加して以来、民間人死者数が増えています。オバマのいわゆる「増派」は、すべての陣営が暴力を拡大させる結果を招いているだけなのです。

信じられないかもしれませんが、占領軍は犠牲者の家族の買収まで試みようとして、家族の死者一名につき2000ドルを提供してきました。アフガニスタン人の命は米軍やNATO軍にとっては安いものでしょうが、どんなにお金をつまれようとも、私たちは血にまみれた金銭など望んではいません。

皆さんもこのすべてをひとたび知れば、この身の毛もよだつ「殺人部隊」の写真をひとたび見れば、なぜアフガニスタン人がこの占領に嫌悪を抱くのかより明確に理解されるでしょう。カルザイ政権というのは北部同盟の悪名高い残忍な軍閥だらけの政権で、この政権はかつてないほど忌み嫌われています。占領軍の助けを借りて、脅迫と買収をもって支配しているだけなのですから。アフガニスタン人はこれよりもっとましな政権を享受するに値します。

しかしながら、こうしたことすべてのために復古的なターリバーンのいわゆるレジスタンスを支持するアフガニスタン人が増えているわけではなく、そのターリバーンも自爆攻撃で無辜のアフガニスタン人を殺し続けているのです。私たちは今、非常に困難な条件下で、アフガニスタンの学生、女性、貧しい一般市民が率いる別の形のレジスタンスが成長しているのを目の当たりにしています。こういう人たちが、民間人の虐殺に抗議し、戦争終結を要求して街頭に繰り出しています。最近このようなデモがカーブルで、マザーリシャリーフで、ジャラーラーバードで、クナルで、ヘラートで、また国内の別のところでも行なわれました。

このレジスタンスは、エジプトやチュニジアのような他国の運動に触発されたもので、アフガニスタンでも「民衆の力」を見たいものだと思っています。それにはもちろん、NATO諸国での平和を愛する民衆の力による支援と連帯も必要です。費用ばかりかかる偽善的なこのアフガニスタン戦争に反対する声が、多くのところから新たに上がっています。その中には何人かのNATO軍兵士がいます。

この前の英国訪問時に、アフガニスタン戦争に抵抗して何カ月もの牢獄生活を経験した良心的兵役拒否者ジョー・グレントン氏とお会いする栄誉を得ました。グレントン氏は、獄中期間に触れて「最近の情勢で、実刑判決に服したことは名誉の証だと思えます」と言われました。

つまり、世界が慄きながら「殺人部隊」の写真を目の当たりにしている今こそ、ジョー・グレントンの勇気とヒューマニティは、アフガニスタン戦争が永遠に続く必要などないことを思い起こす重要な役割を果たすのです。

【原文】The Truth Revealed By The “Kill Teams” In Afghanistan
【URL】http://www.malalaijoya.com/dcmj/joya-in-media/605-the-truth-revealed-by-the-qkill-teamsq-in-afghanistan.html

本速報は、TUPウェブサイト上の以下のURIに掲載されています。
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TUP速報929号 ロヤ・ジルガにおけるマラライ・ジョヤの勇気ある歴史的演説 《シリーズ「マラライ・ジョヤとアフガニスタンの今」第3回》

11.12.07 by   カテゴリー: 世界の窓,

(Translators United for Peace =「平和をめざす翻訳者たち」が今年10月17日に配信した速報の転載です。マラライ・ジョヤさんは同月末来日し、講演会を行っていますーニューズマグ)

◎シリーズ「マラライ・ジョヤとアフガニスタンの今」第3回
ロヤ・ジルガにおけるマラライ・ジョヤの勇気ある歴史的演説

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シリーズ前書き(岡 真理/TUP)はTUP速報第926号にあります。
http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=958

「ロヤ・ジルガ」とは本来「大会議」を意味するパシュトゥー語で、アフガニスタン国民大会議のことです。在京アフガニスタン大使館のHPには、以下のように説明されています。

ロヤ・ジルガは、国家にとって重要であるとみなされる主要な事柄、問題、変革を扱うために召集される、名士、部族長、宗教指導者たちによる国民議会である。そもそも 1747 年、アフマド・シャー・ドゥッラーニーによって集められ、近代アフガニスタンの建設を支えるために、すべての民族集団のメンバーが招集された由緒正しい伝統であった。部族構造において長老、部族長、一族、氏族、集団、家長による議会のことを指すパシュトゥン人の制度であったジルガを基にしており、事実上アフガニスタン独自の合意形成機構である。

http://www.afghanembassyjp.com/jp/life/?pn=6

2003年12月、各州から選出された500人あまりの代表者が参加し、新憲法制定のためのロヤ・ジルガが開催されました。25歳のマラライ・ジョヤもファラフ州の代表として参加しました。その議場でジョヤは、内戦によって国を破壊に導いた軍閥の指導者たちが新憲法制定の場にいることを厳しく批判します。

議長を務めるムジャッディディも、ジョヤが批判する軍閥政治家の一人でした。

この発言により会場は怒号が渦巻き、途中でマイクのスイッチが切られ、ジョヤは会場から連れ出されます。その生々しい模様は以下のYou Tube の映像で見ることができます。

http://www.youtube.com/watch?v=iLC1KBrwbck

ロヤ・ジルガでのこの3分間の演説によって、マラライ・ジョヤの名は一躍、アフガニスタン内外に知れ渡るとともに、ジョヤは政敵によって、以後今日までその命を狙われることになります。

今回は、その歴史的スピーチの全文をお届します。

■マラライ・ジョヤ日本講演ツァーが始まりました
昨日16日(日)、広島でジョヤさんの講演会がありました。明日18日(火)の晩は沖縄で、以後、大阪、京都、名古屋と続きます。
*ジョヤさん講演会詳細については、「RAWAと連帯する会」HPをご覧ください。
http://rawajp.org/?page_id=302
*ジョヤさん広島訪問については、こちらを。
http://mainichi.jp/area/hiroshima/news/20111016ddlk34040328000c.html

第3回前書き・翻訳:岡 真理(TUP)

シリーズ「マラライ・ジョヤとアフガニスタンの今」

第3回 ロヤ・ジルガにおけるマラライ・ジョヤの勇気ある歴史的演説
2003年12月17日

私はファラフ州から選出されたマラライ・ジョヤといいます。参加者のみなさまのお許しを得て、神と、自由への道の途上で斃れた殉難者たちの名において、数分間、お話しさせていただきます。

わたくしの同胞であるみなさまがたすべてに対して批判申し上げたいことがあります。私たちの国をこのような状況に追いやったあれらの重罪犯罪者がこの場にいることで、このロヤ・ジルガの正当性と合法性が疑問視されるのを、なぜ、許しておられるのですか。

このロヤ・ジルガを信仰にもとるもの、基本的に神への冒涜に等しいと言う者たちがいることを残念に、そして非常に悲しく思います。しかし、実際にここに来てみて、こうした発言もむべなるかなと思うようになりました。委員会を見てください。人々が何とうわさしているか、知ってください。どの委員会の議長も、あらかじめ選ばれた者ばかりです。これらの犯罪者たち全員をひとつの委員会に連れて来たらどうでしょうか。彼らがこの国をどうしたいのか分かると思います。これらの者たちこそ、私たちの国を内戦と国際戦争の焦点にした張本人です。

彼らはこの社会における最大の女性差別主義者であり、彼らのせいで私たちの国はこのような状況に追い込まれました。しかし、彼らは今また、同じことをしようと目論んでいます。かつて政権の座にあり、犯罪者であることが明らかになった者たちにもう一度、政治を任せるなど、誤ったことだと私は思います。彼らは、国内外の法廷に引き出され、裁かれなければなりません。彼らがたとえこの国の人々、靴すら履けないアフガン人から許されたとしても、私たちの歴史は決して彼らを許しはしません。彼らの犯した罪は一つ残らず、祖国の歴史に刻まれています。

原文: http://en.wikipedia.org/wiki/Malalai_Joya#cite_note-13

TUP速報926号 ーシリーズ:マラライ・ジョヤとアフガニスタンの今  第1回 マラライ・ジョヤ、アフガニスタンの隠れたヒーロー、ヒロインを代表して語る

11.12.05 by   カテゴリー: ニュースあれこれ, 世界の窓,

(Translators United for Peace =「平和をめざす翻訳者たち」が今年10月7日に配信した速報の転載です。マラライ・ジョヤさんは同月末、日本に来日し、講演会を行っていますーニューズマグ)

◎シリーズ:マラライ・ジョヤとアフガニスタンの今

2001年9月11日の出来事を受け、10年前の10月8日、米軍とNATO軍はアフガニスタン空爆を開始します。以後、今日まで続く「対テロ戦争」の始まりでした。こうして、ソ連の撤退以後、世界の忘却の中に打ち棄てられてきたアフガニスタンは9・11という出来事によって世界の耳目の中心となりました。けれども、2003年にイラク戦争が起こると、世界の関心はイラクに移り、アフガニスタンは再び忘れ去られていきました。

2014年末までに外国軍が完全撤退することが発表されてはいるものの、10年たっても外国軍の駐留は続き、アフガニスタン国内は「平和・安定」とはほど遠い状況です。「対テロ戦争」の開始から10年、アフガニスタンは今、どうなっているのでしょうか。

アフガニスタン空爆さなかの2001年11月、ローラ・ブッシュ大統領夫人(当時)は、全米向けラジオ演説で、空爆はターリバーンに抑圧されるアフガン女性解放のためと語り、アフガニスタンの女性の人権を理由に攻撃を正当化しました。しかし、10年後の現在、アフガニスタンでは女性の焼身自殺があとを絶ちません。多くの女性たちにとって、自ら命を絶つことが、絶望的な現実から救われる唯一の道だからです。

今月、アフガニスタンの女性人権活動家、元国会議員のマラライ・ジョヤさんが「RAWAと連帯する会」の招聘で来日し、広島・沖縄・大阪・京都・東京・名古屋でアフガニスタンの現状について講演会をおこないます。
(詳細はこちらをご覧ください。http://rawajp.org/?p=244

ジョヤさんは、2005年の議会選挙で、最年少で国会議員に選出されました。しかし、国会の内外で、内戦で国を破壊し、国民を虐殺した軍閥政治家を戦争犯罪者として糾弾し、その処罰を求め続けたために議員資格を停止されてしまいました。

現在、国内で、暗殺の危険にさらされながら、ターリバーン、軍閥、外国軍の占領という三重の敵と闘いつつ、女性のための人権活動に挺身しています。

日本もまたアフガニスタンの惨状と決して無縁ではありません。アフガニスタンに自衛隊が上陸こそしていないものの、インド洋に自衛隊を派遣し、米軍に燃料補給し、アメリカの「対テロ戦争」を支えてきました。また民主党政権は2009年、ジョヤさんがその腐敗を告発してやまないカルザイ政権に対して「2010年から5年間にわたり50億ドルの民生支援」をすることを発表しました。

マラライ・ジョヤさんが来日されるこの貴重な機会に、TUPは、これまでのジョヤさんの主張ならびにアフガニスタンに関する記事を速報として発信し、忘却にふされていたアフガニスタンの<今>をお伝えするとともに、私たちの責任について考えたいと思います。

シリーズ第1回は、本年5月、アメリカにおけるジョヤさんの発言です。ジョヤさんの主張のエッセンスが凝縮した文章です。

シリーズ前書き : 岡真理(TUP)
第1回翻訳:岡 真理

シリーズ「マラライ・ジョヤとアフガニスタンの今」
第1回 マラライ・ジョヤ、アフガニスタンの隠れたヒーロー、ヒロインを代表して語る

「合衆国はそもそもの最初から、汚いシナリオをもってやって来た」 — マラライ・ジョヤ、ナジュアン・ダードレ

Peace X Peace、
2011年5月16日

マラライ・ジョヤは、2005年に国会議員となったが、2007年半ば、戦争犯罪者が国会の場にいることを公然と弾劾したために、国会を追放される。最近、[自伝]“A Woman Among Warlords” (軍閥に囲まれた女)を出版、講演ツァーのため合衆国を来訪した。コネクション・ポイント・プロジェクトのマネージャー、ナジュアン・ダードレが、ワシントンDCのユニオン・ステーションでマラライ・ジョヤにインタビューした。マラライは以下のように語った…。

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私はマラライ・ジョヤ、人権活動家です。アフガニスタンでは、民主的な心を持つ活動家は多くの困難、危険、障害に直面しています。私とほかのアフガン人活動家の違いはただ、私が有名だということだけ。私たちはみな、マフィア同様の傀儡体制、そして占領と闘っています。私たちは祖国に、正義、平和、民主主義、女性の権利、そして人権をもたらすために闘っています。

今、私が重要だと思うのは、アフガニスタンの人々、とりわけ女性の政治的意識を高めることです。女性は人口の大きな部分を占めていますが、その大半は教育を受けていません。女性の人権について彼女たちと話をすることはたいへん重要であると思います。彼女たちは自らの立場について目覚める必要があります。

私の仕事のひとつは、合衆国の集会に参加し —今、ここにいるのもそのためですが—、アフガニスタン国民のメッセージを伝えることです。そのメッセージのひとつは、アフガニスタンでは、軍事的な戦争だけでなく、プロパガンダの戦争も起きている、ということです。主流メディアは、強力な政治家の代弁者であり、世界の良心的な人々の目を曇らせています。私は、合衆国の良心的な人々に、彼らの政府の間違った振る舞いを知らせ、彼らにイスラーム原理主義者、ターリバーン、そして軍閥の精神構造がどういうものであるか語ることで、主流メディア〔の報道〕に対抗しています。同時に、国際的な連帯も求めています。

今回の合衆国訪問で、私は未来への希望を得ました。そして、アフガニスタンの政治や政治家の若い世代に対する信頼を築きました。アフガニスタンの人々を代表し、光栄にもノーム・チョムスキー教授にお会いすることもでき、たいへん嬉しいです。今日は “Devil’s Game: How the United States helped Unleash Fundamentalist Islam”(『悪魔のゲーム 合衆国はいかにして原理主義的イスラームを解き放ったか』)の著者であるロバート・ドレフュス氏ともお会いすることになっています。彼は、アフガニスタンのみならず他の無数の国におけるCIAの政策を暴露した、たぐい稀なアメリカ人です。

兵士の方々や、アフガニスタンに兵士として赴いた息子や娘を亡くした方々にもお会いしました。私は彼らに言いました「どうかその悲しみを街頭行動に変えてください。悼むだけでは十分ではありません。アフガニスタンにおける占領とこの残虐な戦争に反対する声をもっと大きく上げてください」

私は講演の中では、アフガニスタンの民主的な心をもった女性や男性のことを「隠れたヒーロー、ヒロイン」と呼んでいます。なぜなら、彼らはなかなか合衆国へ来たりすることはできません。私が、可能な限り、招待に応えるのはそのためです。彼らのメッセージを届け、良心的な人々の目から企業メディアがいかに現実を隠しているか、プロパガンダ・マシンの実態をあばくためです。

3月、合衆国政府は、私にビザの発給を拒否しましたが、それは政治的理由のためだと思います。過去に合衆国その他の西側諸国に行ったとき、私は戦争屋たちの欺瞞的な政策を暴露しました。正義を愛する人々に、納税者の何十億ドルというお金が軍閥や麻薬王、そしてターリバーンの懐に流れていることを話しました。占領軍による爆撃や集団虐殺について話しました。今回、ホワイトハウスはこれが耐えがたくて、ビザを拒否したのだと思います。

数年前、傀儡政権は私を国会から追放し、旅行を禁じました。今回は合衆国政府が、私の声を封じようとしています。西側の政府は、私の国を爆撃し、無辜の市民を殺しています。その大半は女性と子どもたちです。民主的な心を持った人々には、それぞれの政府に圧力をかけていただきたいと思います。これらの政府は、アフガニスタンにおける女性の権利や人権を主張していますが、バカげたことです。真実ではありません。

10年にわたる占領で、彼らは何千人もの無辜の市民を殺しながら、恥知らずにも、主流メディアで、これらの人々を暴徒やテロリストと呼んで、犠牲者の数を少なく発表してきました。そうすることで彼らは、アフガニスタンの人々の傷ついた心に塩を擦りこんでいるのです。これは、アフガニスタンの人々を裏切るだけでなく、アメリカの人々をも裏切ることです。納税者の何十億ドルというお金を浪費し、兵士たちの血を無駄に流しているのですから。政府は兵士たちに、ターリバーンと闘っているのだと言い聞かせながら、同時に、テロリストであるムッラー・オマル[ターリバーン指導者]に対し、マフィア同様の傀儡政権に加わるよう呼びかけているのです。

そもそもの最初から、合衆国は汚いシナリオをもってやって来ました。アフガニスタンがコントロールできれば、合衆国は中国、ロシア、イランなどのコントロールもより容易にできるようになり、中央アジアの共和国における天然ガスや石油へも手が届きます。アフガニスタンにおけるターリバーンや軍閥の存在を利用し、彼らは状況を危険なままにして、それを口実に占領を正当化しているのです。

アフガニスタンにおける不法行為の廉で数名の兵士を法廷で裁く代わりに、合衆国は、ロバート・ゲイツ[ブッシュ、オバマ両政権下の国防長官]やデヴィッド・ペトレイアス将軍[2010年7月~2011年7月、アフガニスタン国際治安支援部隊(ISAF)司令官兼アフガニスタン駐留米軍司令官]こそ、部隊に爆撃命令を出し、市民を殺害した廉で法廷で裁くべきです。オバマ政権もまた問題にされなくてはなりません。その対外政策はブッシュのそれにもまして危険なものです。最悪の集団虐殺は、オバマ政権下で起きているのです。公式の報告によれば、オバマが政権の座に就いてから、民間人の死者の数は24%も増加しています。

合衆国はなおも、アフガニスタンの女性の惨状を悪用しています。女性がなぜ、地獄のような状態に置かれているのか、誰も問いません。大半の州で、強かん、家庭内暴力、学校に通う少女たちに対する[硫酸や塩酸などの]酸や放火、毒物よる攻撃、強制結婚、性的虐待その他もろもろの悲惨な出来事が起きており、その数は増加しています。TIME誌が、[アフガニスタンの]女性の身に起きていることを報じていますが、同誌は、それが占領下で女性の身に起きていることでもあるについては、何も語っていません。

アフガニスタンのよく知られたことわざに、殺人者に妥協したらあなたも共犯者だ、というのがあります。アフガニスタンでは枚挙にいとまがないくらい、こうしたことが起きています。今やターリバーンと交渉しようとさえしているのです。状況はますます血塗られ、悲惨なものになっていくだけです。アフガニスタンの人々は、軍閥、ターリバーン、占領という3つの強大な敵によって、ぼろぼろになっています。これらすべてと闘うことは決して容易なことではありません。だからこそ、私たちは占領を終わらせたいのです。占領軍が立ち去りさえすれば、私たちは、国内の二つの敵と闘うことができるようになるからです。

いかなる国であれ、ほかの国に解放を与えることができるとは思いません。国はみずからの力によってこそ解放できるのです。私は多くの脅迫にさらされていますが、恐れてはいません。私が恐れるのはむしろ、これらの不正義に対して沈黙してしまうことです。

私は、ひとりの人間、大海の小さな一滴にすぎません。でも、この小さな一滴が、私の責任なのです。確かなことは、私よりも勇敢な「マラライ」がほかにもたくさんいるということ。私など較べるべくもないような、でも、誰も知らない「マラライ」たちがほかにも大勢いるのです。私の声は彼女たちの声でもあります。声なき者たちの小さな声です。

——————————————————————————–

原文
•http://www.peacexpeace.org/2011/05/malalai-joya-speaks-on-behalf-of-the-secret-heros-and-heroines-of-afghanistan/
•http://www.malalaijoya.com/dcmj/joya-in-media/680-malalai-joya-speaks-on-behalf-of-the-secret-heros-and-heroines-of-afghanistan.html

[注]マラライ・ジョヤ自伝日本語版は、耕文社より10月刊行の予定です。

***TUPのウェブサイト http://www.tup-bulletin.org/

TUP速報927号 権利章典の崩壊―わたしはなぜ逮捕されたのか

(Translators United for Peace =「平和をめざす翻訳者たち」が今年10月11日に配信した速報の転載です。)

フェニックス空港不当逮捕事件その後

TUP速報読者の皆様、フェニックス空港での宮前ゆかり不当逮捕事件について、TUP速報922号でお伝えして以来、大変ご心配をおかけしております。

この事件について、月刊『世界』10月号の特集「覇権国家アメリカの凋落――<9・11>10年の現実」で「権利章典の崩壊―わたしはなぜ逮捕されたのか」という記事を書きました。TUP速報として読者の皆様にお届けしたいと思います。同時に、その後について短くご報告いたします。

法律上の問題は未解決のまま、わたしは現在もなお毎週コロラド州デンバーからアリゾナ州フェニックスに通勤を続けています。事件が全米で大騒ぎになったことをきっかけに、デンバー空港ではTSAのプロトコルがかなり改善され、わた しの通勤には問題が生じていません。一方、フェニックス空港での状況は日々悪化しています。不法で威圧的な身体検査が続き、X線スキャナーの強要がまかり とおっています。多くの人々のアドバイスに従い、フェニックス空港通過時にはツイッターで状況をリアルタイムで呟くようにしています。ご興味のある方は @MetalicRadio または @MiyamaeYukari をフォローしてください。

当初の主流報道機関による報道があまりにも酷かったので、米国内でのインタビューはほとんど受けませんでしたが、現在ウェブ上で公になっているインタビューがふたつあります。

ひとつはベテラン・ラジオプロデューサー、シェリー・シュレンダーによるインタビュー。

http://shelleytheradiolady.com/?p=793

9月には911特集の一環としてPBSのNewsHour という番組でわたしのストーリーが全米で放映されました。短いですがわかりやすい説明だと思いました。

http://www.pbs.org/newshour/bb/terrorism/july-dec11/safeskies_09-08.html

現在ニューヨーク市の金融街占拠を発端にして、全米各州50都市以上で市民による異議申し立て行動が広がりつつあります。これは単に経済的格差拡大への抗議だけではなく、巨大企業ロビイストが法治国家の土台である憲法を崩壊に追い込んでいるという危機に、アメリカ市民が目覚めつつあることを示しているように思います。

TUPともども、今後とも応援していただけますよう、どうぞよろしくお願いします。

宮前ゆかり

(前書きと本文)宮前ゆかり: TUP

<フェニックス空港逮捕劇>

二〇一一年七月十四日(木)、その週の仕事を終えてコロラド州に帰るためにオフィスからタクシーに乗り、午後三時二〇分頃にフェニックス空港に到着した。私のフライトは午後四時五〇分発。五月からコロラド州とアリゾナ州を毎週飛行機で往復してきた通勤ルーティンにも慣れ、セキュリティ・チェックポイントの列に並びながら、手荷物二つをいつものようにプラスチックのボックスに入れる。それぞれ脱いだ上着と靴を押し込み、荷物検査用のベルトコンベアー上に並べて裸足のままセキュリティ・ゲートの順番を待っていた。

ふと目を向けると、金属探知機ゲートを通り「パットダウン」(性器も含め身体部位を過剰に触る全身検査)を受けずに旅行者が向こう側に遠ざかって行く。その後ろ姿を横目で見ながら、自分も金属探知機ゲート選択を表明しようと考えた。X線スキャナー・ゲートでは少なくとも一回につき0.09マイクロシーベルト以上の放射線を受けることは知っていた。米国標準技術局(NIST)が全身スキャナー導入について懸念を表明していたことも、全身スキャナーの危険性を警告する医学的調査報告の存在も知っていたので、毎週往復するたびに照射される放射線量が甲状腺に蓄積される危険について懸念があった。

フェニックス空港のセキュリティ・チェックポイントには、従来からの金属探知機のゲートと近年導入されたX線全身スキャナーのゲートの二種類が設置されている。X線スキャナーを選べばパットダウンを受けないという建前になっているが、実際には屈辱的な全身パットダウンを回避できる保証はない。前回フェニックス空港でX線ゲートを通過したにもかかわらずTSA(米国運輸保安局)の職員にパットダウンを強いられ、胸や脇の下、臀部、内股を何度もまさぐられ、裸足なのに足の裏まで触られた経験が頭に浮かび、背筋がぞっとしてきた。

ようやく自分の番になったので、金属探知機ゲート希望をTSAの職員に告げた。すると「このゲートは今閉鎖中だ。パットダウンをする」と言う。「先ほど、このゲートを通っていった人をみかけましたよ」「いや、もう閉鎖したから選択肢はない。全身スキャナーのゲートを通過するか、パットダウンを受けるか、どっちだ」「甲状腺のことが心配なのでX線スキャナーは通過したくありません。毎週通勤していますので、ぜひ金属探知機を通過させてください」「そんな選択肢はない」「どうしてでしょうか」「パットダウンを受けるんだな」「いえ、このゲートを通過させてください」「だめだ。パットダウンするぞ」「いやです」

そうこうするうちに複数のTSA職員がまわりを囲み、ほどなく警察官とともに呼び出された空港セキュリティ説明担当の背の高い白人女性職員が目の前に立ちふさがる。「あなたには選択肢はありません」「なぜでしょうか」「パットダウンかX線スキャナーのどちらを選びますか?」「金属探知機ゲートを通過させてください」「そのような選択肢はありません。」「わたしが癌になったらあなたは個人的に責任をとってくれるのでしょうか」

女性職員が前に踏み出した。「どういうことか、説明しましょう」。脳裏に陵辱的なパットダウンの恐怖が走った。思わず爪を立てた右手で彼女を押し返したところ、目の前にあったのは彼女の胸だった。彼女が叫ぶ。「わたしに触りましたね。あなたはわたしに触った。誰も私の体に触ることは許されません」「でもあなたたちはいつでもわたしたちの体を触ることが許されているじゃないですか」「わたしはあなたを触っていません。でもあなたは今わたしに手を出した」。すかさず、左側にいた若い警察官が口をはさむ。「こいつを性的暴行罪で訴えますか?」。TSA職員の女性はふとためらったが、警察官がたたみかけるように言う。「こいつを性的暴行罪で訴えますか?」。多くのTSA職員が見守る中、担当職員の女性は答えた。「はい」

あっという間に女性警察官がわたしの腕をつかみ後ろ手にまわし手錠をかける。多分、四時少し前だっただろう。たちまち複数の警察官に囲まれて空港内の牢獄に連行され勾留となった。身につけていた時計やペンダントも外され、手荷物に入っていた携帯電話も使えない。牢獄の中に入ってきた女性警察官は、まずわたしを壁に向わせ、後ろからわたしの乳房をつかんだ。これもパットダウンだという。上から下までわたしの体を触られている間、泣き叫ぶわたしに向って数人の警察官たちが「子供みたいに泣くな」とせせら笑う。先ほどTSA職員女性に「性的暴行罪」を提案した警察官はコンピューターに向って報告書を書き始めた。「お前はすでに罪を認めたんだから、つべこべ言うな」「何の罪でしょうか。何も認めていません」「黙れ」

航空会社の搭乗口から警察に電話が入る。四時五〇分発の飛行機には乗ることができないということが確定した。自分の身に起きていることがとても信じられなかったが、勾留されても弁護士に連絡する権利はあることを思い出した。ただ、どんな電話番号も頭に浮かんでこない。電話帳は剥奪されたままだ。唯一覚えている電話番号があった。それはこれまで数年間、毎年何度も資金調達キャンペーンでマイクに向って繰り返してきた非営利ラジオ局KGNUの電話番号だ。

「KGNUです」「あ、ゆかりです。今フェニックス空港で逮捕されました。これからフェニックス市内の牢獄に連行されるということを誰かに伝えたいと思って電話しました」「アリゾナのACLU(米国自由人権協会)の番号を教えてあげるからちょっと待って」「時間がありません」

急いで伝えてもらったアリゾナ州のACLUの番号に電話しようとしたが、なかなかつながらない。ようやく短いメッセージを残したが、誰がいつメッセージを聞いてくれるのか不明だ。

携帯電話を再び取り上げられ、手荷物はすべて中を開けられて押収リストに記録され、身分証明書とともに保管先の施設に送られることとなった。身元を証明する術も情報も取り上げられたわたしは突然「無名の囚人」となった。泣き疲れたわたしに向かい、わたしを逮捕した女性警察官はふと打ち明けた。「わたしも現在のTSAの仕組みが正しいとは思わない。飛行機で旅行することは極力避けている」

<マリコパ・カウンティでの投獄>

二、三時間後、警察の護送車の迎えが来た。真っ暗な護送車の中はアリゾナの熱気で息がとまりそうなほど暑い。小さな窓をたたいて護送運転中の若い警察官に訴えたが「すぐに着くから我慢して」と言われる。そして人種差別と移民抑圧政策で悪名高いマリコパ・カウンティのジョー・アルパイオ保安官管轄下にあるフェニックス市フォース・アベニュー牢獄に着いた。アリゾナ州では監獄の建設や運営を私企業に委託する「私営化」が進んでおり、投獄者が増えると企業が儲かる歪んだ仕組みになっている。フォース・アベニュー監獄の運営についても利権、税金濫用、不正運営をめぐり汚職スキャンダルが絶えない。

牢獄内で目撃したことや、そこで聞いた話など詳しい経緯についてはまた別の機会にアリゾナ州のセキュリティ産業・牢獄企業の実態をテーマに論考を書きたいと思う。

さまざまな手続のプロセスを経た後、煌々とした照明と極度に冷房が効いた独房に入れられた。電話機がついていたが機能していない。間もなくそこから別の場所へ連れていかれ、矢継早に屈辱的な体験にさらされた。一度男性担当官から全身パットダウンを受けたが、日本語ができる人物だった。小さい声で「ゴメンナサイ。スミマセン」と囁いた。指紋採取の部屋に連れて行かれたときには、夜勤の係の若者たちが「こんな馬鹿らしい例は見たことがない。朝の三時には釈放されるはずだ。我慢して」と教えてくれる。彼らは学校で司法を学んでいるインターンのようだった。また独房へ。あちこちから叫び声や泣き声が聞こえる。コンクリートの上でまったく眠ることなどできない。すぐに時間の感覚がなくなる。その後、牢獄内の裁判所で罪状を伝える女性裁判官の前に呼び出され、午前二時だということがわかった。私の順番が来ると裁判官は「あなたの場合はすぐに釈放すべき件だと判断しました。しかし現在検察側がフェニックス市の警察と交渉したいと言っているので、午前八時まで待ってください」

その後、大きなセルに連れて行かれたのは深夜三時近くだったろうか。大部屋に詰め込まれていた女性たちはわたしを含めて二四名。全員がマイノリティで白人女性は一人もいない。ヒスパニックの若い女性たちが一番多く、ブラックの女性が数人、ネィティブ・アメリカンの女性が一人。もう一人わたし以外にアジア系の女性が一人。みな、逮捕されてから二四時間、水も食べ物も与えられていないという。わたしの隣に座っていた二四歳のヒスパニック女性は、おとりの警察官にフードスタンプ(低所得者向けの食料費補助券)の売買を誘いかけられて現行犯で逮捕されたという。ヒラー・リバー・インディアン居留地在住の女性はお金がなくて車のナンバープレートの登録更新が遅れていたため逮捕されたという。泣きじゃくりながら他州に住む母親に電話しようとしていた小柄なブラックの女性は二〇歳だと言った。摂氏四三度を越える炎天下のフェニックスでタンクトップ一枚の服装そのままで逮捕された女性たちは、冷房を極度に効かせた部屋の冷たいコンクリートの床で眠ることもできない。寒いのでみんなで体を寄せ合おうということになり、彼女たちがわたしの回りに集ってきた。わたしの膝に頭をのせて眠る子もいた。そしてそれぞれの身の上話を聞いた。

「ゆかりはどうして逮捕されたの?」「空港でX線ゲートを拒否したからよ」「え~!信じられないわ」「どんな嫌疑であれ、誰でも基本的な人権があることを忘れてはだめよ」「うん」「自分の身の上に起きたことを世の中に知らせていく手段があるはず。不当な逮捕や差別にあったことを世の中に伝える必要があるわ。例えば<デモクラシーナウ!>のウェブサイトに書き込むとか、ブログを書くとか、地元のグラスルーツ運動を作るとか、積極的に社会に働きかけなくちゃ」「ゆかりみたいになりたいな」「できるよ」「うん、やってみる」。あまりにも素直な反応で彼女たちがなおさらいとおしく感じられた。話がもりあがっているとき、看守が現れ、わたしはひとり再び独房に連れて行かれた。

「何か理由があるのですか」と看守に聞いてみた。「他の囚人たちに悪い影響を与えている」。どうやら、話は盗聴されていたようだ。

長い時間が経った。小さな窓に顔をはりつけるようにして独房の前を往来する人々に呼びかけて時間を訊いたが、ほとんど無視された。さっきまで大部屋で一緒だった若い女性たちが別の場所へと連れて行かれるらしく、わたしの窓にむかって笑顔で手をふっている。わたしも手をふった。彼女たちのことは忘れない、と誓った。

ようやく金曜日午前九時頃に再び裁判官の前に立った。今回の裁判官は年配の男性だ。「検察が警察側に連絡しなければならなかったので時間が延びました。『性犯罪』の根拠などまったく成り立たないので起訴はありえませんが、書類の確認が必要なので、月曜日にもう一度裁判所に電話をしてください。旅行は自由にしてください。」「ありがとうございます」

それからさらに四時間ほど独房に待機し、昼過ぎに釈放となる。タクシーが待ち構えていたので町の反対側にある所持品保管所まで引き取りに行き、Uターンして再びフェニックス空港へ向った。タクシー運転手は全額二〇〇ドルを請求した。ぼられたのはわかったが抵抗する気力はなかった。

<インターネットでTSAに対する不満爆発>

フェニックス空港で前日とまったく同じセキュリティ・チェックポイントに立つ。ゲートではまたもやX線ゲートを指定されたので金属探知機ゲート希望を伝えたが、再び拒否された。蹂躙の思いをこらえてパットダウンを受けながら叫び声を抑え、涙がとめどなく流れた。広い空港でTSA職員たちが遠くからわたしを指差したり、陰口をたたいているのを横目で見ながら搭乗口に向かった。

コロラドの自宅に着いたのはすでに深夜一一時過ぎ。留守にしていた我が家に灯りがついたことに気づいた隣人からさっそく電話がかかってきた。メディア報道がとんでもないことになっているという。昼間フォックスニュースがわたしの家を訪れ、写真を撮ったついでに彼らのドアを叩いたのでインタビューに応じたが、夕方のニュースを見たら自分の言ったこととはかけ離れたことが報道されており、わたしの人格を冒涜するような内容になっているというのだ。「もう二度とメディアとは話さない。注意が足りなくて申しわけない」と何度も謝ってくれた。

翌朝からメディア・サーカスが始まった。朝早くからドアをノックする人たちが絶えない。戸口には出ないことにした。家の出入りには気を使った。外出から戻るとドアにはいくつものメディア企業の名刺がはさんである。自宅前のパーキングにはテレビ局のバンが待ち構えていて写真を撮ろうとする。ニューヨークやロスアンジェルスのラジオ局やテレビ局からのインタビューの申し込みで留守電もメッセージで満杯だ。

週末に弁護士が見つかり、まずメディア対応をお願いした。なにごともなかったように、月曜日に再びフェニックスへ出勤、仕事に専念した。

週末にコロラドへ帰宅してみると、インターネット上でわたしを支援するサイトが次々と立ち上がっていることを知らされた。TSAの女性職員による「乳房をつかまれ、乳首をねじられた」という主張に対し、「それ以上の破廉恥なことをTSAは毎日やっているじゃないか」という怒りの声がたくさん書き込まれている。個室へ連れて行かれて大人用のおしめを外された年配の女性の事件がごく最近報道されたが、車椅子に乗っている人たちやお年寄りに対する容赦のない乱暴な扱いは後を絶たない。体につけた特殊な医療機器を無理やり外されたり、処方薬を取り上げられたりして深刻な身体的被害を受けた人たちも多い。手術の傷を手荒く触られた人の話は茶飯事だ。

全身スキャン上で全裸のイメージを見ながらスーパバイザーがパットダウンの係員にさまざまな部位を触るように指示していたという苦情を書き込む若い女性もいた。性的ないたずらを受けるのは単に若い女性たちだけではない。小さな赤ん坊のおしめを外したり、幼い子供が泣き叫んでいるのにパットダウンを強行する例も数々ある。持ち物を盗まれた人たちも多い。アメリカでは四人に一人が生涯なんらかの形で性的な暴力を体験するというが、TSAによる過剰なパットダウンはそのような被害者にとってはさらなるトラウマ再発の原因となる。わたしの事件と同じ頃、テネシー州で一四歳の娘に対する手荒なパットダウンを止めようとした母親がTSAに逮捕される事件があり、現在裁判の真っ最中だ。

わたしの事件が起きる前日の七月一三日には、同じフェニックス空港で、ある男性がわたしと同じようにX線ゲートを拒否し、金属探知機ゲートを希望してパットダウンを受け、いやがらせとしてTSAのエージェントに性器を意図的に五回握られるという事件があった。この男性はほぼ一週間以上沈黙していたらしいが、意を決してTSAによる性犯罪を正式にフェニックス警察に訴える手続を行った。現在、警察はこの申立て受理を拒否している。つまり、フェニックス空港の警察はTSA職員を擁護するが、TSA職員による不正行為から市民を守る役割は拒否している。TSAの暴挙に関する報道はこれまでにもあったが、今回わたしに対する過剰で不当な逮捕というスキャンダルでTSAへの怒りが一気に盛り上がった。数々の屈辱の体験を書き込む人々が集まり、ファンページのひとつは現在でもおよそ五〇〇〇人が登録している。

しかし、わたしにとって、この事件は未だに解決していない。

「性犯罪」という突拍子もない重罪起訴嫌疑が法律的に成立しないことが自明となった事件勃発一週間後も、検察側から公の発表は何もなかった。わたしの弁護士が頻繁な問合わせを行って、カウンティの検察がわたしの事件は重罪起訴に値しないと結論したことをようやく確認した。その根拠は(1)性的動機によるものではない、(2)TSA職員は法執行機関の職員ではないため警察官への暴行とは見なされない、というものだ。この事実をプレスリリースとして報道機関に送付し、支援サイトに公開することで、ようやく嫌疑が晴れたことが報道されるようになった。しかし地元フェニックスでは一部報道機関がいまだに「乳房」「性犯罪」にこだわる稚拙なスキャンダル報道を流している。

フェニックス警察はTSAの擁護、わたしに対する冤罪と過剰な不当逮捕が逆効果となって面目をなくしたが、検察は司法管轄圏をカウンティから市に移し、さらに軽犯罪起訴を検討している。州外に住むわたしに対する出訴期限は一年である。そして今日、TSAから手紙が届き、最高一万一千ドルの罰金の可能性が提示された。事件からすでに一ヶ月が過ぎ、人々の関心が薄れても、わたしのトラウマは消えない。冤罪の責任を追及し名誉を回復するためには法的コストを捻出する必要もある。

<反テロ政策の犠牲となった権利章典>

TSAの暴挙がなぜこのように繰り返されるのか。九・一一事件後、反テロ政策の名目で米国の司法制度に例外的措置が広く施されたことから生まれた数々の組織的な矛盾も大きな原因だろう。さらに、反テロ政策を口実に成長する監視技術企業の利権問題や曖昧な入札プロセスも見逃せない。従来の金属探知機の値段は最高でも一台七〇〇〇ドルであるのに比べ、X線スキャナーは一二万ドルにも及ぶが、公に意見を募る機会も民意を反映する仕組みも設けずに高価な機械が導入された経緯に対する批判が高まっている。金属探知機では識別できないプラスチック爆薬探知のためという名目で導入されたX線スキャナーであるが、GAO(米国会計検査院)の調査結果によると、二〇〇九年のクリスマスにイエメンの若者がプラスチックの爆薬を下着に隠してノースウェスト航空機に搭乗した事件は、X線スキャナーでは阻止できなかったとされる。また、高額なコストを正当化するためにX線スキャナーの使用回数を増やす必要があり、攻撃的パットダウンを導入して、ほぼ強制的にスキャナー使用を普及させようとしているとする見解もある。

さらに、TSA職員に求められる教育や訓練のレベルが極度に低いということは広く知られるところだ。貧困・雇用問題・教育不足といった現在のアメリカ社会の縮図でもある。現在全米で約五万人とされるTSA職員は、高校を卒業していなくても守衛の履歴が一年以上あれば資格が得られる。給与も極度に低いので、不況の続くアメリカ国内で他の仕事に就けなかった人々が集まる傾向があり、その中には犯罪歴のある者が紛れ込む可能性も高い。二〇一一年だけでも八月時点ですでにTSA職員による犯罪が四〇件以上発覚している。

TSA職員はテロリストを発見するために必要なセキュリティ専門知識を習得しているわけでもないし、犯罪学や心理学の学位があるわけでもない。また年配の人や子供の体に手をかける職業に求められる種々のライセンス(医学、児童心理学など)も持っていない。硬直したルールのみを頼りに、個々の状況で知的判断が許されない環境でロボットのように非人間的な判断を下すしかない。特に公衆から疑問を呈されたり、少しでも事前のシナリオから逸脱した状況が生まれた場合、職員には柔軟な対応能力やトレーニングが欠如している。

このような体制ではTSAが真剣なテロ対策の最前線を守れないことは目に見えている。本来の目的である「航空機乗客の安全を確保すること」から逸脱し、TSAは現在米国市民が社会の基盤としてきた権利章典第四条(令状主義)[注]そのものを侵蝕する脅威的存在となってしまった。

[注:憲法修正第四条は、令状もなく行政機関が個人の身体や持ち物を捜索したり逮捕したりすることを固く禁じている。しかし、ブッシュ大統領以降、急激に大統領の行政権が拡大し令状もなく市民が捜索を受けたり、秘密のうちに拉致され国外へ拷問のために送り込まれる傾向が強まり、マグナカルタの時代から受け継がれてきた人身保護法の前提もほぼ完全に無効になりつつある。]

米国憲法中、人権保障を明確に表明した憲法修正第一条から第一〇条にあたる部分は「権利章典」と称して、建国の父トマス・ジェファソンとジェームズ・マディソンが特に洞察と智慧を注いで草案を練った。三権分立による米国民主主義の基盤として重んじられてきた権利章典は、一人一票の力を守る法治国家の砦である。ジェファソンは、中央集権的な企業国家を目指す富豪資産家勢力が公益を侵害し人権を踏み躙る可能性を憂慮していた。マディソンは、「戦争」や「国家の安全」の名目による行政権濫用と拡大が民主主義にとって最大の脅威となることを警告していた。先見の明ある彼らの懸念は残念ながら米国の歴史の中で現実となり、資本家勢力は憲法修正第一四条(元奴隷黒人の「個人としての権利」を確保することを意図した条項。米国司法権下で個人に対する法の平等保護を否定してはならない、とする。)の解釈を捻じ曲げ、一八八六年の訴訟で「企業という個人」という概念の導入が実現した。それ以来、オイル企業、エネルギー企業、農業企業や製薬企業、軍事企業などが「個人」の権利を主張し、膨大な資金を使って議会にロビイストを送り込んできた。こうして政治献金の圧力で企業にとって不利な方向を目指す選挙候補者が簡単につぶされる傾向が強まり、一人一票の重みを凌駕することが許される先例が積み上げられてきたのである。権利章典が実施されてからわずか二二〇年、ジェファソンやマディソンが築いた建国の志を失い、米国の運命がいま根底から揺らいでいる。

わたしのサポートサイトにはこれまでTSAとの法律的な葛藤を体験した人々の体験談を綴る投稿が満載だ。しかし、現在のところ、TSA法には職員を監視したり職員の犯罪を罰する仕組みはほとんどない。九・一一以降の反テロ対策の名目のもとに国家安全のお題目を最優先する政策がまかりとおるようになってから、辻褄の合わない法律的環境でTSAの管轄が無法地帯になってしまったのだ。そのためTSAに対する集団訴訟がほぼ不可能な状態にあり、原告による証拠収集手段も極度に限られている。米国各地にわたしの場合と同じようにパットダウンに抵抗したことが原因で「TSA検査官を攻撃した」という嫌疑をかけられた女性が少なくとも数人おり、それぞれ名誉毀損の訴訟を起こしているが、ある人物は訴訟に二万ドル以上費やし、ようやく二千ドル分の慰謝料を受け取ったという報告をしている。市民がTSAに対して法的権利を行使できるのは控訴する場合だけであるとされ、わたしのように嫌疑をかけられたまま起訴されない場合は汚名だけ残されて泣き寝入りしかないという意見も聞いた。従来から人権問題に取り組んできたACLUでさえも行き場のない法律環境でTSAの横暴に関する訴訟にはなかなか手が出せない状態らしい。

テキサス州では、今年の六月、州議会下院で保守派共和党議員がTSA職員による不正行為を取り締まるための議案を提出し、正当な根拠を持つ疑惑なくしてTSA職員が旅行者の性器に触れることを軽犯罪として取り締まり、罰金四〇〇〇ドルと禁錮刑一年を科すという法案が通過した。しかしTSA側は連邦政府の法案が州政府の法案を凌駕することを許す憲法の最高法規(優越)条項を盾にして、この法案に反論した。また連邦政府の立場を代弁する司法省がテキサス州への航空をキャンセルさせる可能性をちらつかせたため、テキサス州議会上院ではこの法案に対する議決は行われなかった。

ここで興味深いのは、国家安全のポリシーをめぐり、国土安全保障省やTSAに関する政治ドラマのシナリオがねじれている点だ。九・一一以降ブッシュ大統領による行政命令の数々で米国憲法のエッセンスである権利章典の実質的効力が弱体化したが、民主党による政権交代でオバマ大統領になってから、権利章典の崩壊はさらに深刻化している。

カリフォルニア州では、民主党の先進派幹部会がオバマ大統領による数々の裏切りをリストに挙げた。

- ブッシュ大統領時代に確立された抑圧的な愛国法を継続し、市民自由権の侵害を継続している
- 数々の国際法準拠を怠っている
- ブッシュ大統領によって侵害された内部告発者保護や人身保護法など適正な法手続きの回復をおろそかにしている
- 反戦のプロテストを行う市民に対する全米規模のFBIの家宅捜査を継続している
- ニューディールから受け継いできた社会保障、メディケア(高齢者向け医療保険制度)、メディケイド(低所得者向け医療費補助制度)、貧困絶滅への取組みにかかわる予算削減を独断で行った
- CIAによる不法かつ秘密の無人飛行機攻撃など、議会の承認のない戦争を拡大し軍国主義を推し進めている
- 住宅ローン危機が収まらず差し押さえで家を失う国民が増えているにも関わらず、ブッシュ大統領による富裕層への減税や巨大銀行の救済を継続している

八月現在、カリフォルニア州民主党先進派幹部会は代替大統領候補者選出を推薦したことから追放の危機にさらされ、党内分裂が危惧されている。上記の裏切りリストの内容は、大統領行政権のさらなる拡大に寄与し「法治国家」の基盤をゆるがす先例となり、米国の未来に暗い影を落としている。

TSAの問題に限って言えば、現在EPIC(Electronic Privacy Information Center: http://epic.org/ )という団体がTSAにX線スキャナー禁止を求めて訴訟を起こしている。また米国議会下院では健康への危険性とプライバ シー侵害を理由に、TSAが要求していた全身スキャナー二七五台の購買予算二六〇〇万ドルを含む二億七〇〇〇万ドルをTSA二〇一二年予算から削 除することを承認した。ただし、上院でどのような展開になるのか、各要因は明らかではない。また市民団体National Association of Airline Passengers (http://www.righttofly.org/ )は、TSA監視体制を確立する規制案を練っている。わたしも今後はTSAの被害者たちとの連帯を広げ、支援者の応援に応え、TSA改善への圧力を盛り立てていくためにこれら市民団体による積極的な調査活動や訴訟活動に協力、参加していくつもりだ。今後の展開について多くの皆さんに見守っていただけますよう、心からお願いしたいと思う。

宮前ゆかり弁護基金サイト:http://www.facebook.com/YukariDefense

 

 

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