ニュージーランド留学の経験を生かし、シネマワールド立ち上げに携わった鈴木さん ny1page.com
(米ニューヨークで、音楽・映画・アート・ダンス・演劇などのさまざまな分野で活躍する日本人を紹介する情報サイト、ny1page.com http://ny1page.com/default.aspxの記事を転載しています。今回は、ニュージーランドへ留学後、日本で松竹株式会社の100周年事業である鎌倉シネマワールドの立ち上げに関わり、その後サンノゼ本社の企業に転職したという鈴木由可さんに、しゃけさんがメールインタビュー。)
現在は2人の小さなお子様を育てながら、仕事に復職。お母さん業界新聞茅ヶ崎版編集長として新聞の発行・配布もしている由可さん。 地獄の日々と夢のような日々。留学で味わった挫折とは・・・ 。
由可さん略歴
19歳:サンディエゴに10weeksの語学留学
22歳:交換留学生としてニュージーランドのダニーデン教育大学で1年過ごす
23歳:NZのオタゴ大大学院に入学するも挫折して(燃えつき症候群)帰国。
24歳:松竹株式会社の100周年事業である鎌倉シネマワールド立ち上げに 関わりバイトだけのつもりがそのまま拾われて社員になる。 27歳:松竹を辞めて、NYに在住の友達のところに1ヶ月間転がり込む。そ の後、(株)アプライド・シミュレーション・テクノロジ社に転職。
38歳:2児の母になる。1年半の育児休暇取得後に復職。 JTRA レイキマスター。お母さん業界新聞茅ヶ崎版編集長
しゃけ: 英語にもともと興味があって留学したのですか?
由可さん: 小さいころは英語に触れていませんでした。小学校3年生の時幼馴染の友達(ジャズシンガー藤村麻紀ちゃん)と一緒に教会へ通い、 そこで英会話を習ったのが英語との出会いです。 日本語は全然通じないけれど、なんだか優しい先生が大好きでした。それがきっかけで海外へ行ってみたいという夢を抱いたんだと思います。
私はセンター試験で痛い失敗をして元々の夢であった日本語教育学部に入れずに普通の教育学部に進みました。
ですが、大学の4年間でなんとなく教師というものに魅力を感じなくなってしまい、元々の夢であった夢を追うべく、やっぱり日本語教師になりたい!と留学したのです。
大学の交換留学生としてニュージーランドのダニーデン教育大学へ1年間行きました。
日本人の友達を一切作らずに日本語もなるべく話さない環境に自らを追い込み、英語は格段と能力アップし、見事念願かなって試験合格のラインのTOEFLの点数は叩き出したのですが・・頑張りすぎました。
一度日本に帰り、大学卒業資格を得るために日本語での卒論の仕上げで日本語づけの環境に戻り、 再度ニュージーランドへわたりオタゴ大学diplomaコースへ入学したのですが、燃え尽きてしまいました。
日本語教育には必須の「言語学」「音声学」が全く面白くなかったのです。既にオタゴ大学の中でバイトで日本語を教えていましたが、特に「音声学」は致命的でした。いくら勉強してもわからないんですね~。
九州の久留米出身なんですが、「橋」と「箸」の違いや「雲」と「蜘蛛」が言い分けられないんです。関東の人には簡単にできることが全然できないんです。
悩みましたね・・いろいろ背負って、覚悟を決めての入学だったのに、初めてのテストでもうボロボロでした。
その当時は日本には私の帰る場所がないと思っていたので死んでしまおうかとまで思いつめてしまいました。
しゃけ: 「帰る場所がない、逃げ場がない」と思い込むと、死ぬしかない・・につながってしまいがちですよね。
由可さん: 今みたいにスカイプがあるわけじゃないし、日本人の友達を全然作らなかったせいで、一人で悩んで全てを抱えこんでしまったのでしょうね。 語学習得のためによかれと思って、友達を作らなかったことが裏目にでました。
また親に当時付き合っていた彼との結婚を反対されたり、いろいろなことが重なっていました。
娘を精神科に連れて行くのはとても勇気のいることだったと思いますが、母がふさぎこむ私を引きずるようにして病院へ連れていってくれました。
病室で先生に複雑な想いを口に出し、大泣きして、薬をもらい飲んで通院を何度か続けて、家族の支えもあり、やっと前を向くことができるようになりました。
でもその経験があったからこそ、点数とか学歴にこだわらず、ゼロに戻れたのかもしれません。
「ちゃんとした正社員でなくてもなんでもいい。アルバイトでも・・・」と思えたんです。
ちょうどその年、鎌倉シネマワールドというテーマパークが出来るということで、松竹がオープニングスタッフを募集していて、これだ!とピンと来てバイトに応募してみました。
英語力を買われて、バイトではなくバイトの人に英語での接待を教えるマニュアル作りや実際のトレーニングを行う仕事に就きました。 本当に運が良かったとしか言いようがないです。
たくさん芸能人の方を見る機会をいただいて、夢のような楽しい職場でした。 社員食堂ですーちゃんとハマちゃんの釣りバカ組が普通にうどん食べていたり。
CM撮影中の安室ちゃんを見たり、寅さんのお葬式で涙したり・・。
今は亡き淀川長治さん(彼はゲイであることを公言していました)とお話できたのですが、私ではなく、私の友達(男性)がホテルにお誘いを受けたり(笑)。
映画の素晴らしさを知り、歌舞伎や新橋演舞場で生のお芝居に触れて体中で感動させてもらったり・・本当にいろいろと知らない世界を知ることが出来て、楽しい思い出ばかりです。
しゃけ: NYにも滞在していたのですよね?
由可さん: 松竹をやめて、今の会社に転職するまでは、NYにいるお友達のところへ1ヶ月間転がり込んだり、貯めたお金でいろいろ旅行しました。
NYでの美術館めぐり&舞台鑑賞の日々の思い出は私にとって宝物です。
自然あふれる環境がすばらしいニュージーランドも素敵な国でしたが、のんびりしているので刺激を求める人には、やっぱりニューヨークだと思います。
NYは・・・やっぱり、皆、夢を持って熱い人が集まるところが魅力だと思います。
自分が大好きな人、自分の才能を信じて、自分に賭けて本気で生きている人ばかり。
エネルギーがたくさん渦巻いている空気感。 ジョン・レノンとオノ・ヨーコが大好きで、ストロベリー・フィールズで泣いたことを昨日のように思い出します。
今はヨーコをtwitterでフォロー出来る時代。「ひとりで見る夢はただの夢、みんなで見る夢は現実になる」とのメッセージが来た時は鳥肌立ちました。
しゃけ: タウンニュースの取材を受けたそうですね。
由可さん: はい。お母さん業界新聞茅ヶ崎版のことを紹介していただきました。http://www.townnews.co.jp/0603/2010/07/16/59579.html
取材記事の中では「子育ては大変なことじゃない」と書かれてしまいましたが、実際は「子育ては大変です!でも大変だけじゃない。」と言いました。
今私も毎日大変です。でも、大変だからこそ喜びも大きいということに気がついたので、大変でもやっていける気がしています。
自分や家族のためだけに働くとしたら、子どもとの大切な時間を犠牲にしてまで働くべきか?と考えるかもしれません。
でも、私が毎日やっている家事・育児・仕事、すべてが地域版作りに役に立っていて、そうやって作ったものがお母さんたちと地域をつなげるツールになる・・・とワクワクしたら、大変な毎日も充実した日々として送ることができるようになりました。
何かを立ち上げる時のワクワク感が大好きなんです。
ご縁があって、日本トラディショナルレイキ(JTRA)にも関わっています。 40歳を目標に、現在、レイキだけでなくリフレクソロジー等ホリスティック医学も勉強中で自宅サロン開業を目指しています。
NYにあるベスイスラエル病院では、レイキの治療も受けれます。 西洋医学とのレイキのコラボ・・これぞホリスティック医学です。身体の健康はもとより、これからの時代は心の健康も重要になってくると思います。自身の経験から留学で心が折れてしまう人も多いと思うので、そのサポートなど、お手伝いできればと思っています。
しゃけ: 現在の本職である、電磁波ノイズシュミレーションというお仕事はシネマワールドのころとは違った楽しみがありますか?
由可さん: シネマワールドの頃と違った楽しみは、やっぱりアメリカや中国、韓国等、海外出張で世界を感じさせてもらえたこと、そして理系の主人と出会いがあり、彼と結婚できたこと、そしてその旦那様と日々、科学技術に対してのニュース等楽しく語り合えることですね。
電磁波ノイズシュミレーションソフトのベンダーで解析ソフトの初歩的な使い方のインストラクターおよびユーザーコール(ユーザーからの問い合わせ)や依頼解析などを担当しています。 ユーザーさんは世界に名だたる電機メーカーさんの開発部隊です。
本社はシリコンバレーにあり、日本が主な市場でしたが、これからは中国で本気で売っていかないといけないとの判断から、現在は中国語を勉強せよと社長命令が降りています。中国語でのインストラクションをこなすべく、中国語の勉強に取り組みはじめたところです。サンノゼ本社の中国人スタッフにスカイプで発音を教えてもらうとか考えています。
しゃけ: 聞けば聞くほどすごいです、由可さん!これから語学を勉強する人にメッセージをお願いします。
由可さん: ある程度の時間を費やすことは絶対に必要だと思いますが、一番大事なのは、<ご縁を大事に行動すること>だと思います。 この人の話を理解したい!この人とこの内容について話したい!という具体的な目的を持つといいと思います。
私はTOEFLで高得点をだしたあと、自分の中で目的が消えてしまい、何も聞きたいもの・伝えたいものがなくなったとき、しゃべることもできなくなってしまいました。
英語をしゃべることは手段であって目的ではないので、英語を使って自分は何をして自分の人生を楽しみたいのかを考えるべきだと思います。
あとは、本当に心を割って話せる仲間を作って、悩みを一人で抱え込まないように気をつけてください。それから自分を否定しないこと。
失敗してもそこから学べることがあるはずだし、自分を肯定することで、他人も肯定できるものです。出身がどこでも、住んでいる場所がどこでも、まずは<自分のことを好きでいられる>ことが幸せにつながる道だと思います。
しゃけ: 由可さんのブログ「楽しむ力」はこちらhttp://ameblo.jp/tanoshimu-chikara/ です。
入国審査待ちに長蛇の列 ヒースロー空港混乱は誰のせい?
先月、海外から英国への玄関口と言えるヒースロー空港で、入国審査を待つ旅客が長蛇の列を作る事態が発生した。最悪では3時間近くも待つ場合があったという。空港当局らは入管人員を増加させたが、今月になっても2時間近く待たされたという声が届いている。一体、何故こんなことになったのだろう?
「英国ニュースダイジェスト」最新号のニュース解説面に、ヒースロー空港での長い入国審査待ち問題について、書いている。
http://www.news-digest.co.uk/news/news/in-depth/8985-long-queues-at-heathrow-airport.html 以下はこれに若干補足したものである。
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ロンドン・ヒースロー空港で、先月、入国審査の待ち時間が2-3時間にも及ぶ事件が起きた。長蛇の列に並んだ乗客は、待ち時間の長さに痺れを切らし、審査官に向かって野次を飛ばしたり、皮肉をこめてゆっくりと手を叩いたといわれている。
乗客の多くは、水や食事を取る機会がなく、立ったままで待つ苦汁を強いられた。長蛇の様子を携帯電話などで撮影する乗客もおり、この模様が広く知られると、「まるで動物扱い」、「人権無視」などの大きな批判が出た。
英国の空港での入国審査は、英国と「欧州経済地域(European Economic Area)」と呼ばれる、欧州連合諸国に数カ国をを含めた地域のパスポート保持者と、日本も含まれるそのほかの国のパスポート保持者とを分けて、作業が進む。今回、大きな影響を受けたのは、主に後者だ。7月末からのロンドン五輪では、海外から多くの関係者や旅行客がやってくると予想され、「これでは五輪に対応できない」と野党労働党議員らが声をあげた。
窮地が混迷を極めたのは、何故このような遅延が突然生じたのかについて、当初、理由がはっきりとしないことであった。
ダミアン・グリーン移民問題担当閣外相は、4月30日、下院において、「主として悪天候による飛行ダイヤの乱れ」を原因とした。また、「メディア報道は数字を誇張している」として、EEA以外の旅客の場合、待ち時間は1時間半、英国及びEEAの場合はこれより「はるかに少ない時間だ」と述べた。
空港を運営する会社BAAにしてみれば、天候の変化を予測できなかった自分たちの責任と言われたも同然であった。早速、BAAは自己の調査結果を発表し、入国審査を担当する、内務省所属の英国国境隊が目標とする、EEA以外の国のパスポート保持者の審査を「45分以内に終了する」が、4月は十分に満たされなかったと報告。最長の待ち時間は30日に発生し、ターミナル4で3時間待ちというケースがあったという。BAAは、入国審査の管理者=政府に責任がある、とした。
大手航空会社BAなどを傘下におくインターナショナル・エアラインズ・グループの最高経営責任者ウィリー・ウオルシュ氏は、報道が誇張とする政府の説明は「おかしい」と指摘。異様に長い待ち時間の様子を目にした海外の投資家が「英国への投資をとりやめるかもしれない。経済に打撃だ」と述べた。
―大幅人員削減の影響か
待ち時間長期化の理由の一つは、英週刊誌「エコノミスト」によれば、パスポートチェックの厳格化だ。2007年、過度の混雑状態となった場合、チェックを簡素化することを政府や関連団体の当局らで合意がなされていたという。しかし、半年前にこれが政治問題となり、英国国境隊のトップが辞任に追い込まれている。 現場の非効率も遅延の理由だ。審査用デスクがすべて埋まっていることは珍しく、虹彩を読み取るハイテク・スキャナーも「壊れていることが多い」。
最も大きな原因となったのは、人員削減だ。政府は各省庁に2015年までに20%前後の歳出削減策を課しており、国内に勤務する入国管理官約8500人は、15年までに5000人に削減される予定という。
オズボーン財務相は「緊縮財政策を撤回しない」とBBCの取材に応えており、ロンドン五輪のつつがない遂行に、省庁の歳出削減策やぎりぎりの人員による審査などが、影を落とす現況となっている。
ー関連キーワード:UK Border Agency (UKBA)、英国国境局。
内務省に所属する国境管理のための一元的機関として、2008年発足。職員数は約2万3500人で年間予算額は約22億ポンド(約2830億円)。2015年までに約5000人を削減する予定だ。主な業務は①海外でのビザ発行など、外国から英国への入国審査、②パスポート確認や税関での物品の流入を国境地点で管理(UK Border Force:英国境隊が担当)、③難民申請の処理、不法滞在者の撤去など。国境局の活動は、独立チーフ・インスペクター、ジョン・バインが監視役として検証する体制となっている。(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)
【書評】 『動員の革命』 作・津田大介 y-monkey
津田大介氏の『動員の革命 – ソーシャルメディアは何を変えたのか (中公新書ラクレ)』を読みました。アラブの春や東日本大震災において、ソーシャルメディアがどういった役割を果たしてきたのかを解説したもの。ソーシャルメディアの役割紹介は既にブログなどで出尽くした感がありますが、この本は次の時代へつながる先進性を秘めています。
最初にこの本を知ったのは、Morley Robertson氏のFacebook上での対談が収録されているのを見た時。そして津田さんがTwitterでRTを連投し始め、この本に興味が湧いてきた。
本の紹介をRTするのは確かに宣伝に過ぎないかもしれない。しかし、そこに客観性が生まれることによって、見ている人は興味を駆り立てられる。他人が喋ったことを自分のために利用できた。
その結果、津田さんは読者の「動員」をすることができ、私もその内の一人となったのです。前置きは終わりにして、内容紹介に入りましょう。
この本の中ではもちろん、今までに行われてきたようなソーシャルメディアの拡散性が強調されているのですが、裏をつくような指摘も盛り込まれています。
私がその中でも印象に残ったのは、「ソーシャルメディアは体制に対する圧力として作用し、体制側が自身の体制を維持するコストを上げている(引用ママ)」という指摘。これまでは「ソーシャルメディアは人々を動員した」といった見方がなされ、民衆の力が強調されていました。
しかしここでは、ソーシャルメディアが人々を鼓舞したも強調しながら、政府自身がソーシャルメディアによって弱体化されていったことが書かれています。これは新しい視点だと言えます。
そして「Twitterはフロー型」という主張。これまではブログ、ニュースサイトなど、固定化された情報媒体が中心でしたが、Facebook、Twitterの登場により、その時点でしか価値を持たない情報でも瞬時に共有され、拡散できるようになった。それによって一時的な情報であっても共有されれば大きな価値を持つようになります。
津田さんはソーシャルメディアを、「雑多なバックグラウンドの人々を結びつけたツール」とも評します。市民革命にしろ安保闘争にしろ、情報革命以前の社会運動は決まった階層の人々しか参加していませんでした。市民革命ならブルジョアジー、安保闘争なら学生を中心とした左翼など・・・。
しかし、インターネットユーザーの階層が一気に広まることによって、ネット上で共有されれば社会運動はどのような人々でも参加できる仕組みが自然と出来上がっていったように思います。特にアラブの春やオキュパイ運動、反原発デモなどはその好例と言えます。
そして有名なのが「ソーシャルメディア=納豆論」です。これは、ソーシャルメディアによって人々が連帯しやすくなり、次から次へと参加していく流れが形成されていったということです。
「行動する人にとっては、何かの坑道に対して反応が返ってくるだけで動くモチベーションが維持できる」が印象的でした。
そして何よりも「ソーシャルメディアは参加・離脱の自由がある」という指摘には大変納得しました。クラブやサークル、会社などの組織に一度入っていまうと、それが自分になじまなくても続ける必要性が出てきます。そういったことが起きてしまうとモチベーションが維持できなくなる。
その結果、社会運動をいくら起こそうとしても、参加したいと思っている人でも二の足を踏んでしまうし、その結果数は少なくなり、社会からの目は冷ややかなものになっていくのだろうと思います。
入退室が自由な言論空間が形成されることによって、試しに覗いてみるか、という「仮入部」がたくさんできるのです。その結果、様々な議論に参加することができ、自分はどういった事を考えているのか、論じていくべきかを自己検証していく手段にもなっていくのだろうと思います。
(サイト「ymonkey」http://y-monkey.blogspot.com/ から。筆者のツイッターは @Watalogy )
黒人少年射殺事件で金もうけ Newslog USA
最近、フロリダ州の黒人少年射殺事件の少年のシルエット射撃用標的が、ネットで販売されていたことがわかった。サイトから商品はすでに外されたが、販売者は「容疑者が無実だと信じる」と商品広告に書いていたという。一方、少年の母は息子を失った最初の「母の日」にあたり、フロリダの銃法を再考するようネット上で訴えている。
標的は上半身を形どった30センチX45センチ。胸には標準十字線がある。犠牲者のトレイボン・マーティンさんの顏はないものの、パーカーを身につけ、手にはティーの缶。ポケットからお菓子の袋が見える。だれが見ても、事件当時のマーティンさんのいでたちである。
地元紙クリック・オーランドなどによると、この標的を作って販売したのはバージニア州の販売者というが、特定はされていない。4月22日に銃ブローカーのオークションサイトに商品広告が出され、後にサイト管理者が気づき広告を取り除いた。
販売者がどれだけの標的を作ったかは明らかではないが、反応は大きく2日間で売り切れたという。標的は10枚セットで8ドル。広告には「トレイボン・マーティン標的」とあり、「明らかに我々はジマーマン容疑者を支持する。悪党を撃った彼の無実を信じる」とある。
また、地元紙記者が販売者にメールで連絡をとり動機を尋ねたところ、「問題となっている事件だから金もうけしようと思った」という返信があったという。
この事件は2月26日にサンフォードの住宅街で起こり、当初警察はジョージ・ジマーマン容疑者の正当防衛説を受け入れ逮捕しなかった。しかし、抗議運動が全米で高まるにつれ、世論に押された形で44日後に同容疑者は第2級殺人罪で逮捕された。現在保釈の身である。
事件当日、標的のシルエットにあるように、マーテインさんは丸腰であった。パーカーのフードをかぶっていたことから、不審者と見なされたとも言われている。よって、パーカーを着ての抗議デモが各地で行われた。その一方、ジマーマン容疑者支持の声もネット上で聞かれ始めた。
米国では、さまざまな射撃練習用の標的が売られている。スタンドの上に貼付けて使用され、シンプルな厚紙の標的は100枚で30ドル程度。多くの人にとって、射撃練習は娯楽の一種。嫌な、殺したいと思う者を頭に浮かべて弾を打ちこむ人もいるかもしれない。以前射撃練習場で、オサマ・ビン・ラディンの顏写真のついた標的が売られているのを見たことがある。人気のある標的だったようだ。
地元紙はジマーマン容疑者支持者でさえ「マーティンさんの死は敬意をもって扱われるべき」と、標的に嫌悪感を示していると言っている。また、同容疑者の弁護人は標的販売を「ヘイトを生む行動」と激しく非難している。
しかし、買った人もいるのだ。売る方も買う方も、死者に敬意を示さず、それどころか、子供を失った家族の気持ちを逆撫でしヘイト感情をあおりたてる。その行動には憤りを覚える。
マーティンさんの母シィブリーナ・フルトンさんは、母の日にユーチューブビデオで「自分に危害を加えるかもしれない相手に対して先に発砲」を擁護する銃法を再考するよう、議員に働きかけようと訴えている。「今年3万の母が子供を銃暴力で失っている」。彼女のおだやかだが、悲しみをこらえて訴える姿は胸をうつ。(ブログ「Newslog USA」より)
英新聞界を大きく揺るがせた無料新聞の波 ―その発祥と成長の経緯から、将来を探る
日本生活情報紙協会(http://www.jafna.or.jp/)が隔月で発行する、「JAFNA通信」4月号の「マーケティング最前線⑫」コラムに、英国の無料紙市場について寄稿している。以前にも、無料紙の動きと将来について、少しこのブログで書いたが、さらに詳しくなったものが以下である。今回、流れを追ってみて、いかに新聞界が無料紙に影響を受けたかを改めて知り、いささか衝撃を受けた。
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英国の新聞界を大きく揺るがせた無料新聞の波 -その発祥と成長の経緯から、将来を探る
英国でも、日本同様、企業、地方政府、中央政府の各省庁、公的及び民間団体、そして個人によるさまざまな無料の出版物が発行されているが、本稿では、新たな市場を創出したという意味で画期的な無料新聞に焦点を当ててみたい。
現在、ロンドン近辺のみに限っても、英国では平日一日に約160万部の無料新聞が発行されている。英国の無料新聞(=無料紙)の生成から発展の経緯、そして今後を分析してみる。
―「無料新聞」とは何か?
本稿で言及する英国の「無料新聞」(フリーペーパ、フリーシート)だが、大きな特徴として、これが正真正銘の新聞であることが挙げられる。この点は欧州各国でも同様である。広告掲載が主になって、これにニュース情報「も」掲載されているといった類の発行物ではない。紙面構成も日本で言うと朝刊全国紙を思わせる体裁になっている。有料新聞にしてみれば、ライバルと目される位置に立つ。
有料新聞と大きく異なるのは、短時間で読めるように、1つ1つの記事が通常の新聞よりは短くかつ読みやすい文章になっている点だ。「20分で読める」のが謳い文句だ。通勤時に電車の中などで読み終えてしまうことを想定している。有料新聞はブランケット判と呼ばれる、朝刊サイズの大判が多いが、無料紙は小型タブロイド判が基本だ。
配布方法は、毎朝、駅の外で配布員が直接手渡すか、駅構内に置かれたラックに山積みにされる。通勤電車の中で無料紙を読み終えた乗客が車内に新聞を残しておくと、新たに乗車してきた人がこれを座席から拾って読むという光景はおなじみとなった。
想定読者は年齢が20代から40代後半の仕事を持つ人々だ。一定の可処分所得を持つ層になるので、こうした層にアピールする物品やサービス(例えば携帯電話、化粧品、娯楽、旅行など)の広告がメインとなる。 ―英「メトロ」の創刊は1999年
1990年代半ば、スウェーデンで無料新聞「メトロ」が創刊された。その後、欧州を中心に世界各国で無料紙の発行が広がってゆく。現在、メトロ・インターナショナル社(本社:ルクセンブルグ)が発行する無料紙「メトロ」は世界の1000都市以上で発行され、約1700万人が読む。
英国では、スウェーデンの新聞の英国上陸を察知したアソシエーテッド・ニューズペーパーズ社が、1999年、英国版無料朝刊紙「メトロ」をロンドンで創刊した。発行部数の長年の下落に悩んでいた英国の新聞界は、当初、「無料紙=中身がない新聞」という見方をしており、「メトロ」を脅威とは見ていなかった。
ところが、毎朝、駅構内の新聞ラックに置かれている「メトロ」があっという間に無くなる現象が起きた。読者の大きな支持を受けて、アソシエーテッド社はロンドン市内の発行部数を増やすとともに、地方都市版も次々と発行した。
創刊から5年後、「メトロ」は100万部前後の発行物に成長した。英国の当時の発行部数の最大は大衆紙「サン」(約300万部)で、これに同じく大衆紙「デイリー・メール」、「デイリー・ミラー」(いずれも約200万部前後)が続いた。「メトロ」は英国で4番目に発行部数が多い新聞となった。
ちなみに、英国の新聞は、大雑把に言うと「高級紙」(「タイムズ」、「ガーディアン」、「デイリー・テレグラフ」、「インディペンデント」など)と「大衆紙」に分かれる。前者に最も近いのは日本では全国紙である。後者は文章がより読みやすく、ゴシップ、娯楽関係の記事が多い。発行部数の面からは大衆紙が圧倒的な位置を占める。例えば、「サン」が300万部を出していた頃、高級紙は4大紙の部数を合わせても300万部を切るほどであった。 ―無料が好まれる背景
「メトロ」を支持する理由として読者が挙げたのは、「無料であること」、「小型で持ちやすいこと」、「読みやすい」、「報道が中立」であった。これは、有料新聞に対する反対票でもあった。当時、高級紙は大判で、混雑した電車の中では広げにくかった。また、英国の新聞は編集部の政治方針や価値観を明確に表に出す。「中立なニュース」はあまりない。このため、「新聞報道は偏向している」とする批判を招く原因ともなっていた。
「無料」は英国メディアを理解するうえでの重要なキーワードでもある。
というのも、英国のニュース市場で大きな存在となる英国放送協会(BBC)は、日本のNHKの受信料に相当するテレビ・ライセンス料を運営費として、国民に幅広い娯楽・情報番組を無料で放送している。BBCのニュースサイトにアクセスすれば、動画も含めたニュース情報が無料で入手できる。
さらに、英国の新聞界は、長年にわたり、自社ウェブサイト上の記事を過去の分も含めてすべて無料で提供してきた。インターネット上でも無料でさまざまな情報が提供されており、ネットが普及するにつれて、いつしか、「ニュース情報=無料で得るもの」という感覚が出てきた。こうした中での無料新聞の発行は、多くの英国民にとって時代感覚に適応した動きであった。
広告主にしてみれば、若者層、通勤客層に対象を絞って出稿できる無料新聞「メトロ」は、好景気を享受していた英国で、効率的な、魅力ある媒体であった。
小型判で人気となった「メトロ」は、部数下落に苦しむ高級紙の体裁にも影響を及ぼした。
2003年、「インディペンデント」紙が大型判と小型判を平行発行。後に小型判のみに移行した。小型判には「大衆紙」、つまりは低俗な新聞というイメージがついていた英国で、思い切った転換であった。同紙の小型判化は「斬新」と評価され、部数を一挙に伸ばした。「タイムズ」もまもなくして小型判化し、後に、「ガーディアン」は縦に細長い「ベルリナー判」に変更した。
2005年には、ロンドンの金融街シティ近辺で配布される、経済・金融専門の朝刊無料紙「CITY AM」が創刊。今年年頭時点で約10万部を配布し、想定読者は35万人という(ウェブサイトより)。
2006年、朝刊無料紙「メトロ」の人気にあやかろうと、発行元アソシエーテッド社は今度は夕刊無料紙の発行を計画した。
「サン」や「タイムズ」などを発行するニューズ・インターナショナル社もこれに参入し、同年夏、「ロンドン・ペーパー」を創刊した。数日後、ア社も「ロンドン・ライト」を創刊し、ロンドンの新聞市場に新たに100万部を超える新聞がなだれ込んだ。一つの通りの両脇にライバル紙の配布員が並び、競うようにして通行人に新聞を手渡す光景が見られた。
無料紙の乱立で窮地に陥ったのが、創刊から180年余の歴史を持つ有料夕刊紙「イブニング・スタンダード」であった。
スダンダード紙は駅構内の専用ブースで新聞を1部50ペンス(当時の値段で約80円)で販売してきた。決して高い値段ではなかったが、朝刊無料紙「メトロ」の市場参入や、ネットの普及によって読者の中に強く根付いた「ニュースは無料」という固定概念が災いし、苦戦を強いられるようになった。その上に新たに夕刊無料紙2紙が入ってきたことで、スタンダード紙の販売部数は40万部から20万部に半減した。専用プリペイドカードの導入やコスト削減も功を奏さず、2009年1月、ロシアの富豪で旧ソ連国家保安委員会(KGB)の元スパイ、アレクサンドル・レベジェフ氏に1ポンドという廉価で買収された。
2008年秋、米投資銀行リーマン・ブラザース破綻をきっかけとした金融危機以降、英国経済は不景気に向かった。広告収入の激減に英メディア界は苦しみ、「ロンドンペーパー」と「ロンドンライト」は09年秋、廃刊となった。
―「スタンダード」も無料化、新たな有料化の動き
レベジェフ氏は、2009年10月、「スタンダード」紙を無料化した。買収直前には年間10億ポンド相当の負債を抱えていたとはいえ、もとは有料で、長い伝統を持つ新聞の無料化は、少なからぬ衝撃を持って受け止められた。
レベジェフ氏が買収後、すぐに手をつけたのは、スタンダード紙の新たなブランド化であった。
まず、高級層向け雑誌「タトラー」の編集長をイブニング紙の編集長に就任させた。高額のマーケティング費用を費やして(「今まで読者の意向を無視した紙面づくりをして、ごめんなさい」などの文句が入った謝罪広告が著名)注目度を高めた。当初は有料新聞のままだったが、「ロンドンペーパー」、「ロンドンライト」が消えた後で、無料化に踏み切って部数を伸ばした。
筆者は、無料で新聞を読むことに慣れた読者がいたことが成功の大きな理由の一つではないかと思う。朝刊無料紙メトロの後の時間帯に、ロンドン市場には無料紙はなくなっていた。夕方、帰りの電車に乗る通勤客は、ラックからさっと拾える新聞となったスタンダード紙をついつい手にしてしまうのだ。「朝はメトロ、夕方はスタンダード」というパターンができあがった。
買収直前は17万部ほどを販売していたスタンダード紙だが、現在は70万部近くが配布されている。同紙は、無料紙の回し読みが習慣となった約150万人のロンドン市民にリーチしているという(ウェブサイトより)。読者の74%は上流から中流層で、15-44歳は69%、全体の62%が男性だ。不景気とはいえ、これほどターゲットが絞られている媒体は、広告主にとって魅力的な存在だ。
一方、「メトロ」のほうだが、アソシエーテッド社の親会社DMGT社の2011年度年次報告書によると、同紙は8200万ポンド(約106億円)の収入を上げている。これは前年度比14%増。「メトロ」は英国全体で140万部近くを配布しており、ウェブサイトを訪れるユニーク・ユーザー数は440万人に上る(昨年9月時点)。これは前年同期比47%増である。
無料化がトレンドとなる中、2つの派生した動きが発生した。
1つは、長く続いた部数の下落で背に腹をかえられなくなった新聞各紙が、デジタル版の有料化を始めたのだ。まず、「タイムズ」などニューズ・インターナショナル社傘下の新聞が、ウェブサイトの閲読を2010年7月から有料化し、かねてから、サイト上で無料で読める記事の本数を限定してきた経済高級紙「フィナンシャル・タイムズ」は無料閲読の本数を減少させた。また、最後までサイト記事の無料閲読の方針を維持してきた「ガーディアン」も、携帯機器で閲読するアプリの有料化、タブレットでの閲読の有料化などを段階的に導入している。
もう1つの動きは、レベジェフ氏がスタンダード紙の次に買収したインディペンデント紙が、2010年10月末、弟分の新聞として「i(アイ)」を創刊したことだ。
「i」は無料ではないが通常の高級紙の5分の1の価格(一部20ペンス)で販売され、1つ1つの記事が短くて読みやすい。小型タブロイド判で、視覚を重視している点なども「メトロ」を始めとする「20分で読める」無料紙に非常によく似ていた。「インディペンデント」は現在、約17万部を発行しているが、「i」はすでに24万部を超えている。読者は本紙よりも「i」を好んでいるのである。
英国での無料紙隆盛のさまを見ていると、将来の新聞の姿が見えてくるようだ。ネットが普及した現在、読者はもっと安い値段で新聞を入手したがっている。より短くかつ読みやすい記事を求めていることも判明した。電車に乗ったときに、窓の外を眺めるよりは、何かを読むことを選択する人がかなりいるのは心強い。
無料新聞の人気は、有料新聞を発行する新聞社に対し、「人々は違った形で新聞を読みたがっている」ことを告げているようだ。放送業界のように運営経費を広告や助成金でまかないながら、コンテンツ自体は無料(か廉価)で提供するという方法を新聞業界がまともに考えてみるときが来たのかもしれない。少なくとも、読者はそう言っているように見える。広告にのみ頼るようでは不景気の折に経営が不安定になりやすいため、この点への考慮が肝要だがー。(終)(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)
ビッグイシュー、最新号発売中 -特集は韓国の社会的企業
ホームレスの人が販売する雑誌「ビッグイシュー日本版」(THE BIG ISSUE JAPAN)最新号(月2回発行)が発売中です。
特集は「いま、社会的企業。韓国の現場から」です。(以下、ウェブサイトから)
今、「働きがいのある仕事」をつくることが、世界中で課題になっている。韓国では、5年前「社会的企業育成法」が施行され、これまで500をこえる企業がつくられてきた。(※) これら韓国の社会的企業は、貧困対策とともに、失業などにより社会参加ができていない若者たちの居場所づくりをも担っている。そこで、若年層の失業問題を、仕事をつくることで解決しようとするハジャセンターの社会的企業や、「リサイクル文化」を定着させたといわれる「美しい店」を取材した。また、共働き夫婦の必要から生まれ、今や一つのコミュニティを形成する「ソンミサン・マウル」、居住福祉を担う「コルモクパラム(路地の風)」、住宅を省エネ化する「トゥッコビ・ハウジング」、世界一のトイレ文化を目指す「学校環境改善支援センター」やインキュベーション・センター「シーズ」にも話を聞いた。法施行から5年。全泓奎さんに今を語ってもらった。若者が人々とつながり、楽しみながら社会的企業を生む秘訣を探った。 ※社会的企業とは、ビジネスの手法と戦略で、当事者とともに社会問題の解決にチャレンジする企業のこと。
販売場所を検索してみたい方はー。
http://www.bigissue.jp/sell/index.html
目次は次のようになっています。
リレーインタビュー 私の分岐点 ミュージシャン ピエール瀧さん
スペシャルインタビュー エミリー・サンデー
アーバンファーミングの時代がきた! 路上で、廃虚で、水上で農業
ノーンギシュの日々 滝田 明日香
真のマサイの戦士とは? ― ライオン殺し 1
ストリート・エコノミックス 浜 矩子
通貨の足は太くて短いのがベスト
WORLD STREET NEWS 世界短信 「フェアトレード」
ともに生きよう!東日本 被災地から(24)
東電・加害者が罰せられる社会をつくる ― 「福島原発告訴団」原発事故責任者の刑事告訴へ
原発ウォッチ! 伴 英幸
再処理の中止を求めて
特集:生きる風景
対談 宮本亜門さん × 東田直樹さん
人は誰かに必要とされて幸せになる。 ”演出という道具”、”障害者という一つのかたち”を互いに使って、ともに世界を広げよう
発達障害は非定型発達、それ自体は病気ではない
山登 敬之さん
世界の当事者になる 雨宮 処凛
自信の鉱脈
自閉症の僕が「生きていく風景」 東田 直樹
僕にとって、本はかけがえのない友人
CDレビュー 浅井 博章
春に迎える、カリスマロックミュージシャンたちの命日に ― 忌野清志郎、hide、尾崎豊、華月
クリエーターの視点 フォトジャーナリスト 小原一真さん
テレビうらおもて 伊藤 悟
まだまだ「キワモノ」としてテレビに消費されるゲイ
ひぐらし本暮らし 岡崎 武志
『漱石の「こころ」』角川ソフィア文庫
COOKING 枝元なほみ
うど二種
第3回「若者ホームレス支援ネットワーク会議」
貧困、障害、ひきこもり、すべての問題は地続き。 家を失ったある時点で「ホームレス」になる
YOUR ISSUE ― あなたのオピニオン
FROM THE STREET ― 街角と販売者
■ホームレス人生相談 のびのびと育てたいのに母親が育児に口出ししてきます
■コミック エモ!言われん あの気持ちはどこへ
■路上から
■今月の人
「がんばる」よりも今は「あきらめない」ことが大事。「販売」も「復興」も
FROM EDITORIAL 編集後記




