「ロシア人は暗い」だろうか?
ロシア文学でハッピーエンド(happy end)が少ないということは有名である。
ロシア人についての見方にはステレオタイプが多い。一方、「ロシアユートピア論」とする考えでは、ロシア人は不思議な心(ドゥシャー;ロシア語: душа)を持っていて、感情的で、優しくて、客好きの怠け者である。また一方では、「ロシア人は悲観しがちな運命論者であり、苦悩が好きで、権力には柔順に従い、自分の利益に背いて行動する」という考えもある。こんなロシアの複雑な文脈の中で、ロシア人にしか理解出来ないジョークが生ずる。一つの例をあげる。
救急車が道に沿って走っている。死んだ一人の男の頭が救急車の後ろの車道に転がっていて、「俺はちょっとパンを買おうとして出ただけなのに!」と言っている。
このジョークを聞く人は、「ロシア人というのは心が暗い」と恐らく結論づけるに違いない。しかしロシア人には、この状況に可笑しみをおぼえることは可能である。何故ならロシア文化においては、人生や運命というものに対する特殊な運命論的な生き方が背景にあるからだ。人は次の瞬間には何が起こるか知らない。運命に甘んじて従うしかないのである。
また、現在ロシア人の話には有名な小説からの引用文か有名なシーンからの引喩が多い。
さきほど例に出したジョークは、明らかに小説「巨匠とマルガリータ」 (ミハイール・ブルガーコフ)からの一場面からの引喩である。この小説の中で、文芸雑誌の編集長であるベルリオーズ はヴォランドと名乗る風変わりな“外国人の男”(悪魔)との会話の中で、「ゴッド(The God:神様)は存在しない。人は自分の運命は自分で決めることができるのだ。」と断言した。ヴォランドはベルリオーズに5分後には何が起こるかわかりませんよと言って、ベルリオーズの死を予言した。その予言では、ベルリオーズは若い女性に頭をかき切られるという予言だった。ベルリオーズはヴォランドの言葉を信じなかった。しかし、その後間もなく市内電車のレールの上で滑って電車に轢かれ、首が切り落とされてしまった。その電車の運転手は若い女性だったー。 http://katalog-books.ru/books/master/pages.php?id=3
20世紀のロシアで一番好きな小説「巨匠とマルガリータ」の背景はスターリン時代のモスクワで、「善」と「悪」が入り乱れている。現在のロシアでも永遠の「善」と「悪」の戦いは緊要な問題となっている。3月4日に行われるロシアの大統領選挙ではどうしても笑ってなんかはいられない。悲しいジョークが生まれている:
2012年の春、ロシア人はまた難しい選択しなければならない。 それは、“プーチン?”か“プーチン?”、それとも“プーチン?”?
(ジョークの解釈:その選択肢は極めて限られていて、「“プーチン?”か“プーチン?”」または初めから「“プーチン?”」だけというものである。)
現在のロシア事情は人々に暗い思いをさせ、ある人々の行動もソビエト時代を思い出させる。次のジョークのように:
―あなたには良心がありますか? ―はい。良心はありますが、使いません。
ロシア人は暗いのだろうか?
(日刊ベリタより)
お勧め番組 22日 午後6時 NHK BS1 「BS世界のドキュメンタリー カンボジア 虐殺の記憶 ポルポト時代を生き延びて」
(大妻女子大で教える波津博明先生が学生に送るメールの一部を紹介しています。)
珍しく、通常のお勧め番組案内です。
●はとくにお勧め。◎はぜひ見て!
20日(月)
◎午前6時40分 BSジャパン 「池上彰の20世紀を見に行く」
※何度かお勧めしましたが、これは本当にお勧めです。毎日朝。一回20分です。毎回録画すれば、とてもいい映像資料になります。リアルタイムに見ることは困難ですし。 こうした現代史の知識や認識、イメージがないと、大学の授業も本当にやりづらいのです。見た方がいいよ、というより、実のところ、僕の授業の受講生には必修にしたいくらいなんですけど。4月から、3年生向けには「マスコミュニケーション論」、後期は「暮らしと国際政治」が始まります。いずれも、今年からできる新科目です。これまで以上に現代史にかかわる科目なので、今の2年生は準備の意味でも本当にぜひ・・・。もちろん、一般市民のみなさんにもお勧めします。
午後9時 NHKBSプレミアム 「極上美の饗宴 東山魁夷の旅②挑戦の京都」
午後10時 NHKBSプレミアム 映画「ドライビング ミスデイジー」
●午後10時 NHK総合テレビ 「プロフェッショナル 仕事の流儀 デザイナー梅原真」
●深夜0時 NHKBS1 「BS世界のドキュメンタリー シリーズ・アラブ世界 変革のうねり 非暴力革命のすすめ ジーン・シャープの提言」
21日(火)
午後1時 NHKBSプレミアム 映画「無法松の一生」
午後10時 NHKBSプレミアム 映画「レインマン」
◎午後10時 NHK教育テレビ(Eテレ) 「さかのぼり日本史 平安時代 藤原氏はなぜ権力を持ち続けたのか③他氏排斥」
※毎週やってます。同じ日の早朝5時10分には、このシリーズの前週分を再放送します。高校時代、日本史が苦手だった、あるいは「選択しなったので、全然知らない」などという人も、この番組をきっかけに日本史に興味を持ってほしいものです。なにしろ、自分の国の歴史が「選択」っていう、とんでもない教育体制の中に生きているわけで、自衛しないといけません。外国の友人から日本のこと聞かれて、「学校で選択しなかったから、何も知らない」と答えるというのは、ちょっとまずいのではないかと思います。自分の国の歴史は、そもそも、学校でだけ習うものではないでしょう・・ 。
●深夜0時 BS1 「BS世界のドキュメンタリー シリーズ・アラブ世界 インサイド・シリア」
※シリアのアサド政権による民衆弾圧は限界を超えつつあります。ただ、一連のシリア報道で、気をつけるべきは、なぜアメリカは、エジプトやチュニジアの時には、早期に権力者の退陣を要求しないで、シリアでは、アサド退陣を求めるのか、という点です。これが、よく知られたアメリカの「2重基準」です。エジプトの旧ムバラク政権は親米、シリアは反米。違いはそこです。西欧諸国もこれに近い。普遍的な「自由」と「民主主義」の理念の基づいて欧米がシリアに民主化を求めているなどと考えたら、とんでもない間違い。今も、バーレーンの国王専制体制は反対派弾圧を強化していますが、同じ中東のバーレーンには、アメリカは何もいいません。バーレーンの国王政府は親米だからです。
22日(水)
◎◎午後1時 NHKBSプレミアム 映画「楢山節考」
※日本の貧困とは何か。是非見てください。70歳を過ぎた老人は、山に捨てられる村の物語。昔はよくあった話です。深沢七郎の原作の映画化。
◎午後6時 BS1 「BS世界のドキュメンタリー カンボジア 虐殺の記憶 ポルポト時代を生き延びて」
※欧米、日本の偽善は、ここにきわまるといえるでしょう。シリアのアサド政権が殺した人の数が5000人を超えたという数字も出ています。反体制派が出した数字なので、水増しもあるでしょうが、多数の人が殺されていることは事実です。許すべき事態ではありません。アメリカが非難するのも、それについては、確かに間違っていない。
では、カンボジアのポルポト政権は? エジプト、チュニジアどころではない。1979年、隣国ベトナムと、それに支援されたカンボジア人民革命党の武装闘争によって、権力の座を追われるまでに、ポルポト政権が虐殺した人の数は、150万人とも200万人ともいわれる。カンボジア全人口の4分の1といわれる人が、自国政府によって殺されたのです。その悲劇は、アメリカ映画「キリング・フィールド(殺戮の原野)」で有名です。強烈な場面・・地平線の彼方まで、地は人間の頭蓋骨でおおわれているのです。
さて、首都を追われたポルポト派はどうなったか。「カンボジア難民」という名目で、タイ国境地帯に拠点を築き、その後10年以上もテロを続けたのす。しかも、首都に人民革命党の新政権ができているのに、アメリカは中国や日本とともに、これを無視して、ポルポト派を「カンボジアの正統政権」として、国連代表権を与え続けました。難民援助と称して、ポルポト派には多額の援助も。なぜか。当時、アメリカは、ソ連・ベトナムを敵視しており、ソ連の敵はアメリカの味方、という立場だったからです。ポルポト派は、中国べったりで、反ソ、反ベトナムでした。ベトナム戦争でベトナムに敗れたばかりのアメリカは、その怒りもあったのでしょう、「反ソ」「反ベトナム」を掲げるポルポト派を支援し続けました。よりによって、「東南アジアのヒトラー」ポルポトを。シリアのアサドが、ポルポトより悪いとは、到底思えないのですが。
ポルポト派とアメリカの関係については、恥ずかしながら、拙著「データベース 戦争の研究2」(光人社)をお読みください。
支配は愛情ではない
ホイットニー・ヒューストンが亡くなった。まだ50にもならない、若すぎる死だ。1991年のスーパーボールでのアメリカ国歌の独唱は、「これまでで一番素晴らしい国歌独唱」との評価もあるらしく、YouTubeで探して聴いてみた。感動のあまり、思わず涙が出て、くり返し3回も聴いてしまった。軽々と何の苦もなく高音を操り、のびやかに堂々と歌う彼女の声こそ、神に祝福された声だと思った。本当に惜しい。
彼女が亡くなったことに関連して、前夫ボビー・ブラウンによるDV問題が報道されていた。結婚してから彼女の人生がおかしくなったとのコメントがあったので、少しアメリカでの報道をネットで読んでみると、なるほど2003年には警察にも通報があり、ホイットニーは顔にあざを作り唇を切るけがを負っていた・・・などとあった。
皮肉にも、あの映画「ボディガード」の大ヒット以来、ボビー・ブラウンが妻の活躍を素直に喜べず、亀裂が入りそうなところをホイットニーが必死にフォローしているような話は当時も聞いたような気がする。「私をヒューストンと呼ばないで。ミセス・ブラウンと呼んで」とも言っていたのではなかったか・・・けれど、その後、彼女が薬物におぼれていた話などは、彼女から興味が離れていたので知らなかった。
だいたい、妻の社会的成功を喜べないところに、彼の支配欲が表れていると感じる。妻を自分のものとして完全にコントロールしきれない高みに妻がいることが許せない。その夫のご機嫌を取ろうと、妻は夫の言うなりになり、それで夫は安心する。妻の名声が高まるごとに、夫は不機嫌になり、おろおろした妻は、夫の喜ぶようなことをしてみせる・・・それがどんなバカなことでも。
これを繰り返していったら、どうなるか。妻の得た名声が大きければ大きいほど、「私なんて大したことないのよ」とばかりに、彼女はどんどん自らを高みから引きずりおろすようなことをし、さらに貶めることを続けるようにならないか。彼女は、「どんなことでもこいつは俺の言うことを聞く」という事実を喜ぶ夫のせいで、薬物中毒にまで転がり落ちたのではなかったのだろうか。(夫が妻の名声に対して不機嫌になるだけでも、恐怖感から妻は夫の言うことを聞かざるを得ないのではないか。)
女性の薬物事犯での検挙者が、ほとんどパートナーの男性に言われて初めてクスリに手を出している・・・との話も矯正関係者に聞いたことがある。思えば、日本の例のアイドルもそうだった。
ちょうど、NHKの「視点・論点」で数日前に武蔵野大教授の小西聖子さんがデートDVと加害者の更生教育について話をしていた。日本では、未婚のパートナーによるDVに対してDV法が適用できないという間抜けな状況があり、そのほか、様々に早急に改善されるべき話があると思う。
その中で、個人的には、人に対する支配欲が愛情であるかのような意識からの転換が、まずは社会全体で早急になされるべきだと感じている。
人を支配することと、愛することとはむしろ正反対な行為だと思う。愛情があれば、相手を大切にし、尊重する。支配することのどこに、相手への尊重があるのか。支配は、一方の側からの感情の押し付けにすぎない。他方の感情は無視されている。互いに尊重してこその愛情ではないのか。
デートDVの加害者が、逃げ出した相手をしつこく追いかけるストーカー行為に走りがちな話を小西さんもしていた。そこに相手の意思の尊重は無く、相手がどう思おうとお構いなしだ。「自分のものだ」といったん考えてしまったら、その支配下からの喪失を許さない。支配関係を守り、相手の自分からの喪失を防ぐためには、暴力を働いてもかまわないと思っている。
こういった支配行為を、「愛しているから、離れたくないから仕方ないんだね」と言って正当化することは間違いだと、社会で了解する必要があるのだと思う。
皮肉なことだが、恋愛相手から「束縛されたい~」などと「束縛好き」をトーク番組でたびたび公言していたタレントがDVホットラインのテレビ広報に一時期出演していて、「あれは頭が痛かった」との関係者の話を耳にしたことがある。束縛のような支配関係が愛情の一形態だと社会で広く誤解されてきたから、彼女は屈託なく口にしていたのだろう。
束縛が愛のわけがない。いつまでも、つらいことに一方的に相手が応えなければならないような関係は間違っている。
「私をヒューストンと呼ばないで、ミセス・ブラウンと呼んで」・・・この言葉に、今は考えさせられる。語源的に、Mrs.ってMr.に所有されている人ってことだ。彼をつなぎとめるため、自分を押し殺して、支配されることを望まざるを得なかったホイットニー・ヒューストン自身の言葉が、愛情の形をゆがんでとらえていた2人の関係を端的に表しているように思える。
*****
前回書いた流山事件の続報があり、2月8日に真犯人が起訴された。これまでの報道では、ほのめかす部分があったにせよ、強盗殺人容疑としてしか新聞報道では出ていなかったので、9日の読売紙面にある起訴罪名を確認して、改めて腹が立った。
そこには、男を強盗殺人、強盗強姦、住居侵入罪で千葉地裁に起訴・・・と書いてあった。「強姦」が入っているのに、なぜ当時の千葉県警は被害者の祖母と姉を逮捕するという発想がもてたのか、本当に不思議だ。ふたりが身体的に女性だからだということだけではない。
男性である姉の夫が絡むにしろ、よほど夫に一家が盲目的に支配されているという関係でもなければ、姉や祖母は金銭を被害者から奪取する目論見があったと仮定するとしても(その仮定もおぞましいが)、自分の家族に対する夫による強姦を、生理的に許せるはずがない。まして、従犯でなく主犯として主体的に企図したとなっていたとしたら、これは、人間を超えた化け物の発想だとしか言いようがない。
こんな荒唐無稽な発想に付き合わされた被害者の家族が、本当に哀れで気の毒で仕方ない。大事な妹を亡くし、姉は心から悼む環境がきっと欲しかったはず。冤罪での逮捕が邪魔をして、そう簡単に心静かに妹の死を悼む環境を取り戻せないのも無理はないだろうが、いつかそのような余裕が持てるようになることを祈りたい。(ブログ「ネコといっしょに七転び八起き」より)
終末論に「プリッパー」が増加 Newslog USA
「この世の終わり」は永遠のテーマ。待つわけではないが、終末の日が来ると信じ準備をしている「プリッパー」と呼ばれる人々が、最近増えている。あるケーブルTV局は、その「プリッパー」の姿をシリーズで放映している。
このシリーズを放送しているのは、自然・歴史番組を手がけている「ナショナル・ジオグラフィック」TV局。昨年から始まったシリーズ「Doomsday Preppers(地球最後の日プリッパー)に、2月から新しいエピソードが加わった。
ここでいうプリッパーは、キリストの再臨を待ち天に昇るのを待っている人々ではない。その日が来ても十分に生き延びれるように「prep(準備)」しようという人だ。数年間の食糧、ガスマスク、小戦争まで起こせそうな程の銃弾などを保有しその日に備える。
「ナショナル・ジオグラフィック」TV局は、放映と平行して視聴者にネット調査を行った。その結果、約61%が米国は次の20年以内に壊滅的な出来事に見舞われると思うと回答している。しかし、その内十分に準備していると回答したのは15%。
番組はプリッパーの準備のさまを紹介するだけでなく、準備方法は意味があるのか、効率的か、安全かどうかなど、専門家による分析・アドバイスも付け加えている。
アリゾナ州に住む男性は、車庫を「終末の日」プリップ所に改造。車庫中にあるトレイラーには、凍結乾燥食や缶詰肉、汚染水の浄化装置、応急処置用品、銃、銃弾などが積まれている。また、2人の息子を毎週車で30分ほど離れた砂漠に連れて行き、射撃の練習をさせている。さらに、砂漠に運送用コンテナで地下シェルターを作る計画も立てている。
その男性は、キリスト教徒の友人は天に昇るから問題ないと言うが、彼は家族や隣人と共に地上で生き延びたいと話す。これらの準備にかける時間や費用は、火災・自動車保険のように、「終末の日」保険のようなものと言う。
一方、テキサス州に住む夫婦が恐れるのは、地球の磁極反転。地球規模の大惨事が発生すると信じている。スチール製の運送用コンテナには22人用15年間の食糧を保有する。敷地には風車、太陽光発電パネルもある。スクールバスをいざという時の逃亡用車へと変えた。
これらのプリッパーは重装備だが、同番組では経済危機・インフレを恐れ、食糧保存に走るごく普通のプリッパーも紹介している。プリッパーたちの間では、豆・米・凍結乾燥食など1年分の食糧を蓄えるのは一般的だという。
プリッパー向けに、凍結乾燥食を大量販売をしているネット食品会社もある。ちなみに240食で450ドル(約36000円)、4320食では特別価格6495ドル(約52万円)で販売されている。これらの食料は25年間保存がきくという。
万が一に備えて食糧を蓄えておくというのは、昔から行われてきたこと。私の住む地域には多くのモルモン教徒がいるが、彼らは1年分の食糧・当座困らないお金を蓄えているという。
しかし、準備にこしたことはないだろうが、大量の銃弾やガスマスク保有、多くの時間をその準備に費やすとなれば、終末論偏執症とも言えなくはない。番組への反響はどうだろうか。「どのようにサバイバルするのかを学んだ」「これらの人々はパラノイア(偏執症)だ」と、意見は大きく2つに分かれるようだが、430万人が視聴、番組後5000人がツイートするなど、その反響は大きい。
昨年カルフォルニア州で福音派ラジオ局「ファミリー・ラジオ」を運営するハロルド・キャンピング氏は、5月21日を「最後の審判の日」と予言し外れた。今年はマヤ文明暦で12月21日に一つの区切りを示しているため、2012年人類滅亡説を唱える人々もいる。 不安をかき立てる材料が瞬時にネットで飛ぶ時代。自然災害への恐れ、金融危機、経済の不透明さなどが加わり、「この世の終わり」への恐怖は膨れ上がっているようだ。(ブログ「Newslog USA」より)
ホックニーやマッカートニーが夢中なアプリ&ソフトとは?+坂本龍一
普通の人(=自分も含め)がインターネットを使って何かを発見したり、楽しんだり、学んだり、消費行動をしているとしたら、世のアーチストたち(=創造性にあふれ、その創造性を使って、さまざまなことをしている人たち)は、さぞや、さらに面白がってインターネットとか、デジタル機器を使っているんだろうなあ、まったく新しい地平線ができているのだろうなあーーそんなことを、最近、考えていた。
ある英国のアーチストの作品の作り方に衝撃を受けてから、こんなことを考えるようになった。
それと平行して、BBCのラジオ番組(映画の番組)で、映画監督がデジタル機器を使って、これまでにないほどの低予算で短編映画を作った、と聞いた。ロバート・レッドフォードが始めた、米サンダンス映画祭への出品作品の1つだったと思う。
次に、その人が言ったのは、「何せ、お金がない」ので、低予算で短編を作った後、宣伝費とかがまったくない。そこでどうしたかというと、使ったのはソーシャルメディアだった。フェイス・ブックなり、ツイッターなりを大いに駆使して、情報を広めたのだという。
次に出たゲストの人も、同様のことを言っていた。そうか、映画もそんな感じなんだなあと思っていた。
しかし、最初の大きな衝撃は、英国が誇るアーチスト、デービッド・ホックニーから来た。今、ホックニーは展覧会をロンドンのThe Royal Academy of Artsでやっているのだが(4月まで)、これに出展したのが、とってもきれいな、大胆な色使いの絵の数々(上の図をご覧ください)。そして、なんと、これをアイフォーンやアイパッドだけを使って描いたのだという。
私はこれにとても驚いた。なんだか、ガーンとした。
展覧会の情報(ぜひこのサイトを開いてみてください)http://www.royalacademy.org.uk/exhibitions/hockney/
そして、ホックニーがいうところによれば、アプリの「brushes」というのを使ったそうである。こういう話はアート関係の人からすれば、当たり前すぎる話なのだろうけどー。以下がそのアプリの紹介サイト。米国の雑誌のイラストもこれでやっている、という話が聞けるビデオがついている。
ホックニーが描くところをテレビで見ていたら、とても簡単そうにやっている。私もやってみようかなと、絵心がまったくないのに思った。しかし、このアプリは有料だったので、ひとまずartstudioという無料アプリを試してみた。以下はその説明のサイト。
http://itunes.apple.com/jp/app/artstudio-lite-o-huikaki-peinto/id395508420?mt=8
私はこのアプリをアイフォーンで開いて、適当に描いてみた。そしたら、すぐに絵ができたのである。早速、保存した。知らない人が見たら、誰もこれを私がアイフォーンのアプリを使って描いた、それも絵なんか描くのは学校以来ということも知らないだろうな、と。頭の体操にもいいかもしれないと思う。ちょっとしたイラストを手紙とか、メールとか、名刺とかに入れるのも面白いかも。夢は広がるのである。
今度は音である。音楽はまったく???なのだけれど、そして今のところ試すつもりはないのだけれど、「サンデー・タイムズ」の2月5日付に、ポール・マッカートニーの話が載っていた。彼は新しいアルバムを出したので、いろいろなところでインタビューを受けている。その中で注目したのが、メールとかインターネットとかをほとんどやらないというマッカートニーが、音楽作りでコンピューターを使うことに夢中らしいのだ。
まず、アップルのマックを使っている。そして、オーケストラの音を作るときに立ち上げる。大きな画面の前で、「とっても簡単」という、Cubaseというソフトを使っているという。これの案内は以下のウェブサイトから。 http://www.steinberg.net/en/shop/cubase.html
これを使うと、まるで「中毒になったみたい」になって、「何時間も」やっているそうなのだ。ただ、メロディー作りには、今までのやり方、つまり、ギターと鉛筆を使うそうだが。
ネットはほとんどやらないけど、Cubaseで何時間も時を過ごす・・・かなり、好きなんだと思う、このソフトが。
最後に、上の2つの話とは直接つながらないのだけれど、前から一度ブログに書き留めておこうと思ったことがあったので。それは坂本龍一さんのこと。「英国ニュースダイジェスト」昨年10月13日号に掲載された独占インタビューでこんな一説があった。
まず、インターネットを使った音楽や映像の配信サービスについて、「こういうことがあったらいいな」と思う技術があるか?と質問されて、その答えがこうであった。
「ユーストリーム中継でライブを観る人が、ライブそのものやアーティストに対して働きかけるチャンスを与えられるような仕組みがあればよいなあと思っています。僕は常々、『おひねりを投げる仕組み』って言っていますけど」
「分かりやすい例を挙げれば、コンサートの生中継を行っているアーティストの映像を観ながら、そのアーティストの曲を買うことができるような仕組み。その映像を流している画面にリンクを貼って、CDの販売サイトとかアイチューンズに飛んでもいいのだけれど、そのまま同じ画面で、つまりハードルがもう少し低い状態でおひねりを投げられるといいなと。そういうのを作ってくれともう何年も頼んでもいるんですけど、あまり広がらないですね」
「ただ技術的には、例えばインターネットの決済サービスであるペイパルを使ってできないこともないはずです。東日本大震災の発生直後には、ニュース映像を観ながら、同じ画面上でクリックすれば寄付できるという仕組みをユーチューブで見かけましたし。それが早く普及するといいですね」。
***
アーチストの側から見た、ネット、あるいはデジタル機器の使い方。なんだか結構面白いと思う。
(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)
「ワイヤード」から探る考え方のヒント③雑誌とは「マインドウェア」
「ワイヤード」日本語版の、「読むを考える」のシリーズから、ヒントになったことをメモしている。
ご関心のある方は、以下が元記事です。
「本」は物体のことではない。それは持続して展開される論点やナラティヴだ – 読むが変わる from 『WIRED』VOL.2(ケビン・ケリーのインタビュー) http://wired.jp/2012/01/28/future-of-reading-kevin-kelly/
「雑誌」とは何だ?とずっと自問自答している。その答えは、いまも出ていない – 読むが変わる from 『WIRED』VOL.2(クリス・アンダーソンのインタビュー) http://wired.jp/2012/01/29/future-of-reading-chris-anderson/
そして雑誌はやがてアンバンドル化する – 読むが変わる from 『WIRED』VOL.2(小林弘人さんのインタビュー) http://wired.jp/2012/01/30/future-of-reading-kobayashi-hiroto/
***
まず最初が「ワイアード」の元編集者で、サンフランシスコに住むケビン・ケリー氏の話。本好きのケリー氏は、最近、読み方が変わってきたという。アマゾン・キンドルで読むことが多くなったからだ。
同氏は、「読み物とインタラクトしたい動的なタイプの読者」なのだという。「書き込みをしたいし、カット&ペーストしたいし、読んだものを『シェア』したい。タブレットの登場によって、こうしたことがより簡単になった。つまり読書は『ソーシャルな行為』になったと言える」。
私自身は、映画についてはこんな思いを強く感じるが、本についてはそういう感情を持ったことがほとんどないがー。
私にとって話が広がってゆくように思えたのは、ケリー氏が、本は紙だけでなく、電子書籍にもなる、つまりフォーマットが変わると、「『本とはなんだ』という再定義が必要になってくる」と考えていること。
「『本」は、その物体のことを指しているわけではない。『本』とは、持続して展開される論点やナラティヴ(語り/ストーリー)のことだ。雑誌も同様だ。ぼくが考える『雑誌』とは、アイデアや視点の集合体を、編集者の視点を通して見せるというものだ」。
「雑誌=アイデアや視点の集合体を、編集者の視点を通して見せる」-改めて、はっとする、つかみ方だ。
「かつて読書という行為はソーシャルなものだった。字が読める人が少なかった時代、読書は読める人が読んで聞かせる行為だったからだ。そしていま、読むという行為は、またソーシャルなものになりつつある」
「テキストや本はネットでシェアされ、テキスト同士はハイパーリンクでつながっている。グーグルがこの世のすべての本のスキャンを実現できたら、巨大なヴァーチャルの図書館ができる」。
ケリー氏は10年後には、(紙の)本そのものが無料になる、という予測も出している。
次に、「ワイヤード」編集長クリス・アンダーソンの話。
「ワイヤード」のアイパッド版を作るとき、制作に相当苦労したという。しかし、それ以上に大変だったのが「読者がいったい何を求めているのかを見極めることだ。画面は横向きがいいのか、縦がいいのか。そもそも表紙は必要なのか? 読者はテキストを『読む』ことを望んでいるのか? どのくらいの頻度で出版すべきなのか? どうマーケティングするのか? 適性な価格は? つまり『雑誌』とは何なのだ?という質問」を自問自答し続けたという。こうした疑問の答えは、「いまなお出ていない」と告白している。
アンダーソン氏は、「社会が複雑になればなるほど、キュレーターやガイドの必要性は大きくなると見ている。そういう意味では『雑誌』の役割は変わらないと思うし、編集者の役割は、むしろますます大きくなってくると思う。雑誌をクラウドソーシングでつくるなんていう話はナンセンスだとぼくは思っている」。
最後は、旧『WIRED』日本版編集長、デジタル・クリエイティブ・エージェンシーinfobahn代表取締役の小林弘人の話。
小林氏の本(の1つ)を、実は私も持っている。『新世紀メディア論』という本で、読みながら、大いに刺激を受けた。
小林氏は日本の電子書籍の現状と未来を聞かれる。非常に示唆に富む答えがどんどん出てくるのだが、まず、
「自分が監修した本がeBookになったり、仕事で出版社の人とかと会うなかで見聞きしてるのは、100万部のミリオンセラーが電子書籍では50万円しか収益がないというような状況です。ニッチどころじゃなくて、マーケットが存在していないということですね」。
やっぱりなあ・・・と。しかし、米国でも「Kindle前夜は同じ状況でしたから、いまの段階でマーケットが成り立たないと同定するのは時期尚早だと思います。基本これはプラットフォーム戦争なので、ハードの問題は二の次。『アマゾン』というすでにぼくらが日々利用しているプラットフォームがあるので、あとはKindleが出てくるのを待つばかり、という状況だと思います」。
eBookに向いたあるいは向かないコンテンツというのは、「ない」という。「大事なのは読書体験で、それはデヴァイスに作用されるものではない」。 「最も存続が危ぶまれるのは、フローでもストックでもなく、その中間にある紙の雑誌です。一部の雑誌以外はすべてウェブに取って代わられることになるだろうと思いますね」。
残ってゆく雑誌の形とはどんなものか?これに対し、小林氏は、
「最良のかたちにおける雑誌を、ぼくはソフトでもない、ハードでもない『マインドウェア』という言い方で呼んでいるんですが、これは心に浸透していくようなもののありようを指しています。そういうものとして読者が雑誌を認知できるなら、その雑誌は残っていくでしょうね」。
この「マインドウェア」というのは、英国では新聞関係者がいうところの「ブランド」にも通じるのだろうか?たとえば、経済紙フィナンシャル・タイムズだと、市場経済の信奉、世界の隅々を主に経済を軸に、しかし政治・社会面の要素も忘れずに追う・・などなどの特徴があって、読むほうもこうした特徴があることを知って、それに共鳴してあるいは予想しながらページをめくる、など。
ものを見るときの一定の姿勢というか、考え方があって、それにひっかっかったトピックを紙面にちりばめているわけで、これを読者も期待して・予測して、特定の新聞を手に取るのであるー。
最後に、出版業の将来はどうなるのだろうか?小林氏はこんな風に述べる。
「今後、コンテンツを提供する人は出版社のような仲介業を抜きに活動できるようになっていくでしょうね。村上春樹やスティーヴン・キングなんかは、もう出版社なしでも活動できるはずです。誰かが彼らのデジタルマーケティングやリーガルのコンサルをやって自前でeBookを取り扱えるようになったら、出版社はいよいよ立つ瀬がないと思いますよ。ぼくはCursorっていう出版プラットフォームに注目していますけど、彼らはクラウドソース・出版社なんですね。これは非常に21世紀的なスキームだと思います。電子書籍をめぐる状況はいま本当に過渡期で、そうであるがゆえに面白い。編集者や書き手が、自前で新しい出版ビジネスを立ち上げるのに、いまほど面白いタイミングはないと思いますね」。
なんだか、勇気が湧いてくるようなコメントである。ぜひ、もと記事のご一読を。(①から③まで続いたこの項、今回で終わり)
(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)
英大衆紙「サン」から逮捕者続出で、継続に暗雲?
組織ぐるみの電話盗聴事件が発覚した、英国の日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」が、昨年7月、廃刊になったことを覚えていらっしゃるだろうか?
今月11日、同じくニューズ・インターナショナル社が発行する、今度は日刊の大衆紙「サン」の編集幹部ら5人が、警察や公的機関への情報提供をめぐる贈収賄容疑で逮捕される動きがあった。
http://www.bbc.co.uk/news/uk-16999659
逮捕されたのは、5人に加えて、英南部サリー州の警官、英軍関係者、国防省関係者それぞれ1人で、合計8人である。
「サン」は、日刊紙市場最大の約270万部の発行部数を誇る。
「サン」で逮捕された人物とは、BBCの推定によると、写真エディターのジョン・エドワーズ、チーフ・リポーターのジョン・ケイ、外国特派員ニック・パーカー、記者ジョン・スタージス、アソーシエト・エディターのジェフ・ウェブスターだ。逮捕と同時に、それぞれの自宅やニューズ・インターナショナル社の事務所が家宅捜査された。現在までに、逮捕者全員が、保釈されている。
BBCニュースのウェブサイトは、「サン」が「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」のように廃刊になる可能性については否定する意見をいくつか載せている。私が見たところでは、たぶん、廃刊にはならないが、それだけ事態が真剣だということだろう。
それでも、「絶対廃刊がない」とも言い切れない。何しろ、ニューズ社は、電話盗聴に対する国民の怒りが大きくなり、広告主も腰を引き出すと、電光石火でニューズ紙の廃刊を決めたからだ。「廃刊の危機」というのが、現状に一番近いのかもしれない。
―警察への賄賂がなぜ、今問題に?
少し過去をさかのぼると、電話盗聴事件というのはすでに2007年に、当事者が刑務所に入って、一件落着したと思われる事件であった。
しかし、盗聴という違法行為が、「一部の記者」だけではなく、広い範囲で行われていた、とする報道を、2009年ごろから、ガーディアン紙が開始。ニューズ社はこれをずっと否定し続けてきたが、昨年夏、失踪された少女の携帯電話にも、記者がアクセスしていたとガーディアン紙が報道したことで、国民的な怒りを引き起こしてしまった。
これが、日曜に発行されている新聞の中では最大の発行部数を持つ「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」の廃刊につながり、警察の大掛かりな捜査が前後して始まった。
この「ニューズ」紙での盗聴事件については、昨年夏に大事件に発展するまで、警察が同紙や発行元に対する捜査を十分にはしてこなかった疑いが出ている。
その理由というのが、どうも、警察や、あるいは政治家がニューズ紙、あるいは発行元のニューズ・インターナショナル社、ひいてはその親会社米ニューズ社の会長ルパート・マードックと「近すぎた関係を持っていたから」らしいのであるー少なくとも、そんな疑念が出ている。
大きなメディア、メディアの所有者、警察、そして、政治までもがくっついていた、と。お互いにぼろが出ないように沈黙を守っていた、と。
「政治」というのは、キャメロン首相が、何ヶ月か前まで、もとニューズ・オブ・ザ・ワールド紙の編集長を、官邸顧問として雇っていたのである。また、首相や閣僚らは、マードックやニューズ社が発行する複数の新聞の編集幹部らと、定期的に会合を持っていた。
廃刊をきっかけとして、警察はいくつかの調査を続行中だが、その1つはニューズオブ・ザ・ワールド」紙での電話盗聴事件の全貌を調べること、ほかには、メディアが警察にお金を払って、情報を買っていたかどうかを調べることにある。
「サン」編集幹部が贈収賄容疑で逮捕されたことで、警察の捜査が「ニューズ」紙のみならず、少なくともニューズ・インターナショナル社のほかの新聞にも及んでいることが分かる。
ちなみに、同社が英国で発行する新聞とは、サンのほかに、高級紙のタイムズ、サンデー・タイムズだ。
「サン」の編集長ドミニク・モーハンは逮捕に衝撃を受けたが、「新聞の発行を続ける」と述べているそうだ。モラルの低下を防ぐためか、今週後半にも、マードックが米国からやってきて、ロンドンでサンのスタッフに会う予定だ。
ニューズ・インターナショナル社の従業員がBBCの記者に語ったところによると、サンの編集スタッフは「怒り」、「経営陣に裏切られた」と感じているという。
今回の捜査につながった情報の出所とは、ニューズ・インターナショナル社が自ら立ち上げた、一連の事件解明のための委員会が警察に提出した資料だ。
元ニューズ・オブ・ザ・ワールドの副編集長だったポール・コンニュイ氏は、BBCの取材に対し、「警察内部や軍隊にいて、内部告発のためにメディアに連絡をしたい人たちが、後で逮捕されるようだとおびえてしまって、できなくなる」と懸念を示した。
―タイムズもコンピューターをハッキングした情報を使っていた
タイムズ紙といえば、英国内外で高級な新聞として評判が高いが、ぼろが出た事件が、最近あった。
電話盗聴事件を反省し、新聞界の倫理水準や慣行を調査するため、レベソン委員会という調査委員会が設けられた。今、メディア関係者を公聴会に呼んで、聞き取り捜査を行っているが、この中で、メディアの外の人が聞いたら、首を傾げてしまうような、独自の慣行が暴露されている。
以前、匿名の人物が書く「ナイトジャック」というブログが人気を博していた。警察官の仕事をしながらの見聞を書いたブログは、優れた政治ジャーナリズムに与えられる「オーウェル賞」を2009年、受賞した。
同年、タイムズで働いていた記者がブロガーの実名を探し当てた。ブロガーは実名が公表されないよう、報道差し止め願いを出した。これを扱った裁判で、ブロガーが負け、実名(リチャード・ホートン)が公開された。
このとき、タイムズの記者はブロガーのコンピューターに違法アクセスして、名前を見つけていた。タイムズの弁護士はこの経緯を知っていたが、タイムズのジャームズ・ハーディング編集長は、「この件に関して、何も知らない」とレベソン委員会で述べていた。
しかしどうも、ハーディング編集長は報道差し止め願いの裁判が起きていた段階ですでに「違法アクセス行為によって、情報をつかんだ」ことを知っていたようなのだ。差し止め裁判の裁判長は違法アクセスの事実を知らされていなかった。もしこの事実を知らされていたら、差し止めを支持する判決が出たかもしれないのだ。
つくづく、「人はなかなか、(保身やそのほかの理由で)本当のことを言わないものだなあ」、と思う。「違法行為でも、これを編集長がーーどこの新聞でもーー知っていて、やらせていた」という事例が、どんどん明るみに出ている。あまりよいニュースはない。
レベソン委員会が新聞界と警察との関係について、聞き取り調査をはじめるのは、3月に入ってからといわれている。(ブログ『英国メディア・ウオッチ」より)
サッチャー元首相の伝記映画公開 ー今も英国に影落とす「遺産」
国で初の女性の首相で、11年にわたる長期政権を維持したマーガレット・サッチャー(在任1979-90年)の伝記映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」(原題「The Iron Lady」)が、1月上旬、英国で公開となった。英国でもっとも著名な首相経験者の一人の伝記、しかもサッチャーを演じるのは、2度のアカデミー賞受賞経験がある、米国の名女優メリル・ストリープとあって、公開前から話題が沸騰した。日本でも3月16日からTOHOシネマズ日劇などで全国上映される。
これを機会に、月刊「メディア展望」(新聞通信調査会発行)2月号に出した筆者原稿に若干補足したものが以下である。
元首相を知る人々にとって衝撃だったのは、映画がサッチャーを認知症に苦しむ、孤独な老女として描いたことであった。亡夫デニスが登場し、これを現実と錯覚するサッチャーが夫と会話しながらこれまでの人生を回想する設定だ。
数々の政治的業績がフラッシュバックのように流れるが、じっくりとは描かれておらず、政治家の伝記映画であるにもかかわらず、「政治的要素に欠ける、不思議な映画」(ガーディアン紙、1月8日付)と評された。サッチャーがまだ存命中に認知症の老女として登場させるのは残酷とする声も出た。
しかし、サッチャー支持者も非支持者もおおむね認めるのがストリープの名演技だ。「信念の政治家」として、国民や内閣の反対にもかかわらず、自分が正しいと信じる政策を貫いたサッチャーの最盛期や年老いた現在の姿を、発声から顔の表情の一つ一つ、身体の動かし方まで生き生きと再現してみせた。政治映画としての評価はまちまちだが、人間ドラマとしての評価は一様に高い。
ー欧州問題に影落とす
サッチャーが首相の座を降りてから20年以上が経つが、その「遺産」は現在でも政治や社会の様々な局面で顔を出す。
その具体例の1つが英国の対欧州政策である。1980年代、EC(欧州経済共同体、後の欧州連合=EU)は域内での市場統合、さらには通貨統合から政治統合へと向かう動きを議論していた。サッチャーは通貨統合への環境整備となる欧州為替相場メカニズム(ERM)への参加や、その先の政治統合に対し、強く反対の姿勢をとった。その強硬な反欧州の姿勢に加盟賛成派のローソン財務相が辞任し、同じく賛成派で長年サッチャーに忠誠を尽くしてきたハウ外相が実質的な権限がない副首相に更迭された後、90年11月、辞任した。ハウは議会での辞任演説で強い口調でサッチャーの独善的政治手法を批判。その演説から2週間もしないうちにサッチャーは首相の座を失った。
「過激なほど反欧州の右派政党」―そんなイメージが、その後も保守党について回った。サッチャーを引き継いだメージャー政権を経て、1997年、18年間の野党生活の後に成立したブレア労働党政権は、当初、親欧州の姿勢を見せた。しかし、EUの共通通貨ユーロへの参加を見送ったことで、欧州との間に一定の距離を置く、相変わらずの政治姿勢となった。
2010年発足の連立政権で首相となったキャメロン保守党党首は、昨年末、欧州債務危機を収拾するための欧州理事会会議で、財政安定化に向けての基本条約には参加しないことを決めた。ドイツ、フランスの両国はEU27カ国全体の合意となることを望んだが、英国が反対したためにEU条約の改定とはならず、一部関係国間での合意を目指すことになった。
この一件は英国では「キャメロンが(条約改定に向けて)拒否権を発動した」と報道された。交渉に参加した27カ国中一国のみ合意しないという状況は、キャメロンが「国益のために合意しないことにした」と説明すればするほど、反欧州強硬派サッチャーの影が色濃く見えるようであった。サッチャーはEC農業補助金にかかわって割戻金を獲得するなど、自国の利を最優先したからだ。
もともと、独立独歩の精神が強い英国民の中にはEUへの不信感が強く、「欧州懐疑派」が少なからず存在する。1対26カ国という結果になったことで、キャメロンの交渉手法は「稚拙だった」という声が政界、メディア界では強かったものの、「拒否権発動」以来、キャメロンおよび保守党の支持率は上がっている。保守系歴史学者ニール・ファーガソンは「英国がEUから脱退しても問題はない」、「むしろその方が経済的、政治的に好都合」と何度となく述べ、一定の支持を得ている。
欧州の債務問題の解決に時間がかかり、フランスをはじめとしたユーロ圏数カ国の格付けが下がる中、ポンド維持の強みが日々、顕在化している。めぐりめぐって、欧州統合には一定の距離を置くのが得策として、「やっぱりサッチャーは正しかった」という結論が出ないとも限らないこの頃だ。
―国を二分した首相
サッチャーの「鉄の女」の映画公開日、イングランド北部ダービシャーで数十人の元炭鉱労働者たちが抗議デモを行った。プラカードの一つには「真の鉄の女たち」と書かれていた。映画は「サッチャーが男性優位の既得権を持つ層に勇敢にも立ち向かい、男女同権運動の主導者であったかのように描いている」が、これが「まったくの虚構だ」ということを訴えたかったという。
サッチャーは国営企業の大規模な民営化を続々と実行し、労働法の改正によって労働組合を改革した。公営住宅の払い下げによる住宅取得を奨励して中流階級の拡大を目指す一方で、採算の取れないビジネスとなっていた炭鉱を閉鎖し、大量の失業者を生み出した。イングランド地方北部、スコットランド、ウェールズ地方は、炭鉱閉鎖や製造業の衰退でもっとも大きな影響を受けた地域である。住民は、サッチャー政権が貧富の差を拡大させたことを忘れていない。
現在、キャメロン政権は政府債務の削減に躍起で、緊縮財政を実行中だ。大幅な公的部門の雇用削減や地方自治体の予算削減で打撃を受けやすいのが、官の雇用の比率が高いイングランド北部だ。ロンドンがあるイングランド南東部と比較して、北部は失業率が高い。英国の中で南北に経済格差がある状況は数世紀にわたって変わらないが、人々の記憶に残っているのは、サッチャーの自由主義的経済政策が失業や貧困などの痛みをもたらしたことだ。
北東部での雇用創出のために、「人権擁護の面では不十分な(外国の)政権」にも、「武器売却を行う」必要性があるー。昨年末、こうした言及がある書類も含め、1981年以降の様々な政府の機密文書が一般公開の運びとなった。
武器売却にかかわる一連の書類を分析したBBCラジオ4の特別番組「UKコンフィデンシャル1981」(昨年12月30日放送)によると、イラン・イラク戦争(1980-88年)時に、英国は戦争には加担せず、中立であること、両国どちらにも弾薬などの殺傷兵器を売却しないなどの取り決めを政府として掲げていた。しかし、「大きな市場となる可能性」(政府筋)から、「殺傷兵器」の定義を「できうる限り狭める」ことを、サッチャーのお墨付きで、政権内で極秘に合意したという。
「中立」の立場から表立って武器売却ができない状態にいた英国に、イラク・フセイン大統領から「英国製戦車を補修してほしい」と依頼が来る。元は英側がイランに売った戦車だったが、これを戦争中にイラクが獲得したのである。しかし、直接イラクに出かけて補修するわけにはいかないので、第3国としてヨルダンを選んだ。ヨルダンでの補修はまもなくイラクでの作業に取ってかわり、武器売却ビジネスが拡大してゆく。
2003年、ブレア首相が米国とともに攻撃を開始したのはフセイン政権下のイラクであった。何とも皮肉なめぐり合わせだ。サッチャーが撒いた種から育った風土や仕組みの中に、現在の英国民の生活がある。(終)(「英国メディア・ウオッチ」より)
新聞通信調査会ウェブサイト http://www.chosakai.gr.jp/index2.html
英レベソン委員会の公聴会 -新聞の倫理基準を維持する方法について模索
英国では、昨年秋から、「レベソン委員会」の公聴会が続いている。
これは、英大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(「NOW」、2011年夏廃刊)による電話盗聴事件の反省を機に、新聞業界の文化、慣習、倫理を検証するために立ち上げられた独立調査委員会で、委員長のレベソン控訴院裁判官の名を取って、通称「レベソン委員会」と呼ばれている。
言論・報道の自由を確保しながら、高い倫理基準を維持するためにはどんな規制・監督が必要なのかを模索中だ。
1月末時点での論点を以下に整理してみた(「新聞協会報」1月31日号掲載分に補足)。といっても、非常にたくさんの論点が出ている公聴会なので、以下は電話盗聴事件に直接かかわる話を中心にまとめてみた。(続報を後で出す予定です。)
―150人超が証言
電話盗聴事件とは、NOW紙の王室担当記者と私立探偵が王室関係者の携帯電話の留守番メッセージを違法に聞いていたことから、2007年、両者が実刑判決を受けた事件だ。
その後、公判で明らかにされたよりはるかに大規模な盗聴だったことが判明し、昨年7月、同紙の廃刊にまで発展した。当初、盗聴行為のほかの犠牲者を警察は捜査しておらず、NOW紙の発行元ニューズ・インターナショナル社と警察との癒着の可能性も指摘された。
昨年11月から本格的に始まったレベソン委員会は、4段階で進行中だ。
第1段階は新聞界と国民との関係や、違法な取材行為に焦点を当て、第2段階は新聞界と警察との関係、第3段階は政界との関係を検証する。報告書の提出が第4段階となる。検証作業は今年9月までに終了し、その後1年以内に報告書を出す予定だ。現在は第1段階の終わりにあたる。
これまでに証言を行ったのは、プライバシー侵害の犠牲者となった著名人に加えて、新聞経営者、記者、編集長、私立探偵、放送業界経営陣、人権擁護団体の代表者など、150人を超える。証言者は冒頭で真実を語ると宣誓することが義務付けられている。証言の様子は委員会のウェブサイトを通じてストリーム放送で視聴できる。動画、証言内容を書き取ったもの、証言者が提出した関連書類は、証言日の翌日にはサイトを通じて視聴・閲読できる。(タイムズやガーディアンをはじめ、英国の新聞の編集長がどんな顔で、どんな話し方をするのかという人間観察や、編集現場の様子など、なかなか面白いです。)
http://www.levesoninquiry.org.uk/
―「公益」とは何か
NOW紙廃刊の直接のきっかけは、昨年7月上旬、2002年に失踪した当時13歳の少女の留守電のメッセージにNOW紙記者らがアクセスし、一部を削除していた、とするガーディアン紙の報道だった。
委員会に召喚された少女の母親は、娘の留守電のメッセージを聞いたところ、古い伝言が削除されていたために少女がまだ生きていると錯覚し、望みをつないでいたと述べた。ところが、ガーディアン紙の報道で、消していたのは少女ではなくNOW紙の関係者であったことを知り、衝撃で「3日間、不眠になった」という(後にNOW紙側は削除については否定。ガーディアンは、「アクセスはしていたが、削除については可能性があるという意味」と事実上の訂正記事を出した)。
ベストセラー小説「ハリー・ポッター」で知られる作家J.K.ローリング氏は、子供を出産後、パパラッチに追跡され、自分の家にいても「人質のような心境だった」と語った。俳優ヒュー・グラント氏は元の交際相手とのけんかがある大衆紙によって報道されたのは「電話盗聴以外に考えられない」と述べた。また、ポルトガルで家族旅行中に失踪した3歳の少女の母親は、喪失した悲しみをつづった日記をNOW紙で公開された時、「プライバシーをひどく侵害された思いをした」と語った。この記事を担当したNOW紙の元記者も召喚され、「掲載は間違いだった」と母親に謝罪した。
しかし、著名人あるいは話題になった人物に「プライバシーなどない」とする大衆紙関係者もいた。元NOW紙特集面担当のポール・マッカラン氏は「著名人を追いかけるのが楽しかった」「プライバシーは悪だ。誰も必要としていない」と述べた。
1980年代に大衆紙サンの編集長だったケルビン・マッケンジー氏も、「プライバシー侵害についてまったく考慮しなかった」「ネタがなければ、『作った』」と述べ、事実関係の信ぴょう性が薄いネタを記事化していたことを示唆した。
数々の証言から浮かび上がってきたのは、情報を得たい人物になりすまして情報を取る行為(「ブラギング」)、コンピューターへの違法アクセス、ネタの売買など、違法行為あるいは倫理上首をかしげるような取材方法が新聞界で広く実施されていることだった(決して、きれいごとではないのだ)。
ただし、高級紙関係者は通常の手段では入手できない情報を「公益のために」取得するため、例外として特殊手段を講じる場合があると説明したのに対し、複数の大衆紙関係者は「公益」を「多くの読者が知りたがっていることにこたえること」であると定義した。
―PCCでは不十分
報道の自由と高い倫理基準とを両立させるには、新聞社によって構成される、英報道苦情委員会(PCC)のみでは十分ではないという点では多くの証人がほぼ一致した見方を示した。PCCは新聞界の監督機関として実質的には機能しておらず、電話盗聴事件の解明にも積極的に関与しなかった。
放送界には、規律・監督機関として情報通信庁(オフコム)が存在し、報道番組は「中立であること」を求められる。放送基準を逸脱すれば、罰金を科す権限も持つ。
新聞界の監督機関の在り方に関しては、「違反行為には罰金を科せるほどの強い権限を持つ、独立規制機関を新たに設置するべき」(フィナンシャル・タイムズ編集長)といった意見や、「規制の法制化は居心地悪い」(タイムズ編集長)、「PCCに調査機能を備えさせ、報道に関する苦情処理は仲裁機関を別に作るべき」(デイリー・テレグラフ編集長)など、さまざまな意見が出た。
自主規制の伝統が強い新聞界では、規制・監督機関が業界の外で発足することへの大きな抵抗感がある。しかし、その結果違法の取材行為が慣習化し、倫理の低下が起きたとすれば、何らかの新たな方法が必要となろう。
BBC経営陣トップ、マーク・トンプソン氏は、1月25日の委員会の証言で、「オフコムによる規制があっても、高い水準のジャーナリズムを追求することは十分可能」と述べたが、「それでも、新聞界にそのままオフコムのような組織を移植してもうまくいかないのではないか」と述べた。
2月中旬から始まる第2段階の調査では、警察と新聞界との関係を解明することを狙う。NOW事件の背後にあるメディアと権力との癒着にメスが入るとすれば、調査は「いよいよ正念場に入る」(ロンドン・シティ大学ジャーナリズム学部教授ジョージ・ブロック氏談)ことになる。(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)
NYで今お勧めのラーメンならば、ここ!ラーメン鳥人 ny1page.com
12.02.01 by ny1page.com カテゴリー: ニュースあれこれ, 世界の窓, 日々の出来事
どことなく日本のラーメン店を彷彿とさせるカウンターあり。ラーメンを作る職人さんをカウンター越しに見ることができるのも信頼できる。
NYラーメンブームの火付け役となったモモフクラーメンから小洒落た店が増えたが、ここは気取りがなくてもOK。
ランチにはもちろん、お酒を飲んだ後に、ちょっとだけ寄ってラーメンを食べていきたい気分にさせる店。
2010年の6月にオープンしてから行列が絶えないという人気。
ラーメンの白湯(パイタン)本格派。系列店で使っている地鶏のガラでスープで出汁を取るというから、旨いはず。麺も、製麺からやるので、スープにあわせて麺のタイプを変えているところにも拘りを感じる。
旬菜ベジタリアン(菜食主義)ラーメンは、肉や魚はもちろん、卵や牛乳さえも使わない究極の菜食主義、ビーガン。
季節の野菜をのせているが、アボガドやライムなどアメリカならではの食材が使われていたりして、日本では食べることのできない味だ。あっさりしていて、それでも昆布やしいたけのうまみが、十分にきいている。<弘恵ベイリー>
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