お勧め番組案内 一24日の午後7時半からNHK「首都圏スペシャル 都市に生きる覚悟 首都直下地震に備えて」
(大妻女子大でライフデザインを教える波津博明先生が学生に流すメールの一部を紹介しています。)
番組案内です。一押しは、24日の午後7時半放送のNHK「首都圏スペシャル 都市に生きる覚悟 首都直下地震に備えて」です。 これは、首都圏以外では、放送されないと思うので、首都圏ローカルのお勧め。
23日(木)
正午 NHKBSプレミアム 「名曲探偵アマデウス フランク バイオリン協奏曲イ長調」
午後1時 NHKBSプレミアム 映画「にあんちゃん」
●午後6時 BS1 「世界のドキュメンタリー 民衆の敵に迫る カンボジア人記者の記録」
※今日の「カンボジア 虐殺の記憶」に続くカンボジア・ドキュメンタリーです。前回も書きましたが、我々日本人がカンボジアの悲劇を考えるとき、「ポルポト政権って、とんでもない連中だったんだな」と思うだけでなく、自国の政府が、そのポルポト勢力の延命に手を貸していたことを忘れるべきではありません。彼らの悲劇は、日本と無縁ではなかったということです。
●午後7時半 NHKBSプレミアム 「美の壺 梅」
※これはお勧めです。さくらとの違いを考えながら、楽しんでください。なお、「梅」は「うめ」と読みますが、これ、「音読み」です。「訓読み」ではないので、気をつけてください。ということから、たいへん興味深いことが次々と・・長くなるので、続きは、末尾にしました。関心のある方は、どうぞ。
午後8時 NHKBSプレミアム 「BS歴史館 真相究明 大奥誕生」
午後9時 NHKBSプレミアム 「世界ふれあい街歩き ギリシャ・ミコノス」
●午後10時 NHK総合テレビ 「ブラタモリ 江戸の運河(後)」
●深夜0時 BS1 「世界のドキュメンタリー アマゾン①」
※違法伐採や開発で、危機を迎えているアマゾンの今を伝えます
24日(金)
◎午後1時 NHKBSプレミアム 映画「恍惚の人」
※高齢者問題を今から、40年も前にえぐった、有吉佐和子原作の話題作です。
●午後6時 BS1 「ドキュメンタリーWAVE ケニア スラム強制撤去 グローバル化に翻弄される人々」
※日本人には、「正規作用の減少」や「TPP」問題として迫っている「グローバル化」。アフリカでは、さらに残酷な形で生じています。経済のグローバル化で、だれが得をし、だれが悲惨な目に会っているのか。プラス面もあるとはいえ、悲惨な目に会っている人の数は膨大です。
◎◎午後7時半 NHK総合テレビ 「首都圏スペシャル 都市に生きる覚悟 首都直下地震に備えて」
※1時間15分、たっぷり地震について伝えてくれます。それにしても、タイトルが目を引きます。いまや、「都市」に住むということは、「覚悟」を求められる行為なのだ、ということです。大地震が起きても、縄文時代だったら、被害はほとんどないでしょう。地面の裂け目にでも落ち込まない限り、死ぬ可能性はあまりない。現在、僕らは、地震が起きると、倒壊する家やビル、あるいはそこから発生する火事など、都市生活をしているがゆえに、命の危険にさらされるのです。津波はともかく、地震も、広い意味では「人災」です。であれば、人間の知恵で損害を減らすことが必要だし、可能です。
「梅」の話 続き 音読みというのは、中国から、その字が伝わった時点での中国式の発音のことです。訓というのは、その字の「意味」です。「犬」は、中国人が「ケン」と発音していた(と、当時の日本人には聞こえた)。で、その「ケン」って、一体何のことだ、となったとき、それは、あの「イヌ」のことらしい、というわけで、日本人に意味のわかる大和言葉を「訓」として、2つ目の読みとして定着させたわけです。こうして、音読みと訓読みという2通りの読み方が成立したわけです。
さて、「犬」は、日本にもイヌという動物がいたので、「あれのことか」と、わかったけど、「梅」という植物は、日本にはありませんでした。こういう場合、訓読みが作れない。それで、中国人が読む通り、「メイ」「メ」とか「バイ」とか読むしかない。そのうち、「メ」は1字なので、なんだかおさまりが悪い。で、いったん唇を閉じて「ン」と発音したうえ、続けて「メ」という、つまり「ンメ」と発音するようになりました。これを表記上は「ウメ」と書いたので、そのうち、今のように、本当に「ウメ」と読むようになったわけです。つまり、全部音読みです。
ウと書いてンと読むって、他にも例があります。「ううむ」と書いてあっても、あれは「ンー」と読みますね。 じゃ、もう1つ、「馬」は「うま」ですが、これも音読み。「マ」とか「バ」が中国式の、つまり音読みですが、この「マ」を発音するとき、梅と同様、一音って、日本人はあまり発音したくないので、「ンマ」とやってたのですね。これも「ウマ」と表記しているうちに、本当に「うま」と読むようになった。馬も日本にはもともといなかったため、「馬って、日本でいうと、どの動物?」と考えても該当するものが存在しなかった。で、訓読みは作りようがなかったわけ。
天皇家の象徴「菊」もそうです。菊はもともと日本になかったため、訓読みがないのです。「キク」って、音読みです。天皇というと、日本独自の存在ということで、民族主義者は、菊の花も特別視しますね。しかし、古来、天皇家が菊を自分たちの象徴にしたのはなぜか。明治以来、天皇家が、伝統の衣裳をほとんどやめて、洋服、つまり外国の服を着るようになったのと似ています。つまり、「強くて、かっこいい外国」の風俗を真っ先に取り入れることで、他の日本人に対して、我々は進んでいる、ということを示すということでしょう。
つまり、菊は中国から来た花だったから「かっこいい」と考えられた、ということですね。
7世紀、天武天皇のころ(おそらく)、天皇がこの国を「倭」から「日本」に変え、「おおきみ(大君)」を「天皇」に変えた時、天武天皇はつまり、何をしたのか。興味深いです。 それはつまり、国名も、君主の地位も、中国式に変えたということです。だって、「日本」って、2字とも漢字、つまり中国の字であり、「天皇」も、中国の「皇帝」に対抗して、似てはいるが、別の称号を探して、考えたものです。もっとも、かつて中国には、1人だけ、自ら「天皇」を名乗った皇帝がいたので、この称号も残念ながら、オリジナルではありません。ついでにいうと、天皇とはもともとは、中国で、天の王者「北極星」のことでした。北極星は他の星と違って、周回運動をしない、つまり不動の星だったので、特別扱いされたわけです。
「長く」といっても、こんなに長く書く予定ではなかったのですが、すみません。
最後に、梅というと、天神様を連想しますね。湯島天神も梅で有名です。ま、本家は京都の北野天満宮で、あそこも梅園で有名です。波津ゼミでは、3年生(新3年生)の春の合宿は本郷ですが、そこから歩いて、湯島天神にも寄るのが定番コースです。ここに寄ると、大体僕は、以上の話をするので、波津ゼミ生と出身者は、聞いた覚えがあるかもしれません。
さて、ではなぜ、天神様、つまり菅原道真に梅がつきものなのか。道真は、梅が大好きだったんですね。そもそも、道真は学問の神様といわれますが、当時、つまり9世紀の日本において、学問といえば、中国の学問のことです。孔子や孟子を勉強していたわけです。それで、本場中国から来た、もともと日本のものではない「梅」が、外国(中国)の知識を身に付けた大知識人としては、自分にぴったりだと思ったのではないでしょうか。京都の道真の邸には、道真が愛した梅がありましたが、藤原氏の陰謀で、道真が九州大宰府に左遷というか、事実上追放されたとき、愛された梅が、九州まで飛んで行ったという「飛び梅」の伝説があるくらい、道真は梅と切っても切れない関係にあります。
たぶん、番組でも、道真のことは出てくるでしょう。
以上のことを踏まえて、「美の壺」をどうぞ。
ドキュメンタリー「テレビに挑戦した男・牛山純一」が24日まで、渋谷で公開
テレビドキュメンタリーのパイオニアといわれる牛山純一氏を紹介するドキュメンタリー作品「テレビに挑戦した男・牛山純一」(企画:佐藤真、監督:畠山容平)が、オーディトリウム渋谷にて、24日(土)まで上映中だ。
午前11時からの本編上映後には、ゲストによるトークも開催される。22日以降のゲストは以下。
22日(水)山川建夫さん(フリーアナウンサー)「朝ワイドで起きた1つの事件」
23日(木)森口豁さん(沖縄を語る一人の会・ジャーナリスト)「撮る側と撮られる側」のことなど
24日(金)岡村淳さん(記録映像作家)「一兵卒のみた牛山天皇」
―料金
前売券(劇場窓口にて公開前日まで販売中)1000円
当日一般=1400円 学生・シニア1000円 映画美学校生800円
ーオーディトリウム渋谷の場所
TEL. 03-6809-0538
以下は、ウェブサイトより、作品内容の紹介:
http://a-shibuya.jp/archives/2460
ー作品
「テレビに挑戦した男・牛山純一」 Ushiyama Junichi:Our Wonderful Television
日本語/カラー/DVカム/日本/82分/2011年/ドキュメンタリー
企画:佐藤真 監督:畠山容平 製作:藤本美津子 編集:秦岳志
撮影:大津幸四郎、牛山純一ゼミ生 整音:小川 武 音楽:スガダイロー
配給・宣伝:お問い合わせ=牛山純一研究会(株式会社シグロ内・畠山、藤本、石田) ©2011 NPO法人映画美学校+牛山純一研究会、 2011年山形国際ドキュメンタリー映画祭 招待作品
ー牛山純一とは
本作品の主人公である牛山純一(1930〜1997)は、テレビドキュメンタリーの草分け的な人物として、テレビが放送を開始した1958年から享年の1997年に至るまでテレビ制作の第1線で活躍しました。牛山の本職はあくまでプロデューサーでありますが、テレビ草創期の自由な雰囲気の中で成長した牛山はテレビ局の中で必要とされる仕事を何でも経験してきました。牛山は67歳で他界するまで、あらゆる仕事において「初めて」と形容される体験を繰り返してきました。産まれたばかりのテレビというメディアと取り組み、新たな地平を切り開いてきたパイオニアとして、時にはかなり強腕な手段も発揮したが、そうしなければ実現不可能なことばかりだったに違いありません。
―あらすじ
牛山のテレビ局での最初の仕事は政治担当の放送記者からスタートしました。報道番組の新企画を次々に生み出してきましたが、牛山の評価を決定付けたのは皇太子御成婚パレードの中継放送でした。「中継の牛山」として放送界では認知されました。その後報道部から社会部に移り、「ノンフィクション劇場」という民放では初となるドキュメンタリー番組を制作。次々に話題作を作り上げていきました。ドキュメンタリーの確たる方法論など無かった時代に牛山と制作スタッフ達の試行錯誤が続きます。そして「ベトナム海兵大隊戦記」という多くの問題を孕んだ番組について当時の技術スタッフから労働組合まで様々な角度から証言を集めてきました。ベトナム以後に牛山は転向したのかしないのか、「すばらしい世界旅行」を作り続ける中で、ドキュメンタリー映像を社会に広めていくアーカイブ活動も積極的に行います。牛山純一とは如何なる存在だったのか、映画と共に考えていきます。
―畠山容平監督の言葉
テレビドキュメンタリーの世界に牛山純一という名プロデューサーがいた。その牛山がプロデュースしたドキュメンタリー番組「ノンフィクション劇場」の1作品、「忘れられた皇軍」(1963年製作)を見た衝撃が今でも忘れられない。それはぼくにとってテレビドキュメンタリーというジャンルを意識した最初の番組だったと思う。監督には映画監督の大島渚が起用されていて、そのことからもこの番組が大きな野心を持って作られたことが伺えた。その番組の最後に小松方正のナレーションが響き渡る。「日本人よこれでいいのだろうか?!」性急に問い掛けられたその声に僕は驚いたというよりも嫌悪感を抱いた。20分程の短い時間ではあったけど、韓国籍の傷痍軍人達の苦労や苦悩が描かれた今迄の時間は何だったのか?このナレーションがそれまでの流れを台無しにしていると思えたのだ。しかし、考え直してみればこれこそまさに映画とは違うテレビ的な表現の誕生だったのではないかと思えた。そもそもドキュメンタリーとは常にある定型をはみ出す何かであって、テレビとか映画とかいうジャンル分けの境界を超える自由な冒険心に溢れているものだ。そう考えたら何だか楽しくなった。当時の制作者達の息吹を感じた事が本作品への制作へと自分を駆り立てたものだと確信している。
「ロシア人は暗い」だろうか?
ロシア文学でハッピーエンド(happy end)が少ないということは有名である。
ロシア人についての見方にはステレオタイプが多い。一方、「ロシアユートピア論」とする考えでは、ロシア人は不思議な心(ドゥシャー;ロシア語: душа)を持っていて、感情的で、優しくて、客好きの怠け者である。また一方では、「ロシア人は悲観しがちな運命論者であり、苦悩が好きで、権力には柔順に従い、自分の利益に背いて行動する」という考えもある。こんなロシアの複雑な文脈の中で、ロシア人にしか理解出来ないジョークが生ずる。一つの例をあげる。
救急車が道に沿って走っている。死んだ一人の男の頭が救急車の後ろの車道に転がっていて、「俺はちょっとパンを買おうとして出ただけなのに!」と言っている。
このジョークを聞く人は、「ロシア人というのは心が暗い」と恐らく結論づけるに違いない。しかしロシア人には、この状況に可笑しみをおぼえることは可能である。何故ならロシア文化においては、人生や運命というものに対する特殊な運命論的な生き方が背景にあるからだ。人は次の瞬間には何が起こるか知らない。運命に甘んじて従うしかないのである。
また、現在ロシア人の話には有名な小説からの引用文か有名なシーンからの引喩が多い。
さきほど例に出したジョークは、明らかに小説「巨匠とマルガリータ」 (ミハイール・ブルガーコフ)からの一場面からの引喩である。この小説の中で、文芸雑誌の編集長であるベルリオーズ はヴォランドと名乗る風変わりな“外国人の男”(悪魔)との会話の中で、「ゴッド(The God:神様)は存在しない。人は自分の運命は自分で決めることができるのだ。」と断言した。ヴォランドはベルリオーズに5分後には何が起こるかわかりませんよと言って、ベルリオーズの死を予言した。その予言では、ベルリオーズは若い女性に頭をかき切られるという予言だった。ベルリオーズはヴォランドの言葉を信じなかった。しかし、その後間もなく市内電車のレールの上で滑って電車に轢かれ、首が切り落とされてしまった。その電車の運転手は若い女性だったー。 http://katalog-books.ru/books/master/pages.php?id=3
20世紀のロシアで一番好きな小説「巨匠とマルガリータ」の背景はスターリン時代のモスクワで、「善」と「悪」が入り乱れている。現在のロシアでも永遠の「善」と「悪」の戦いは緊要な問題となっている。3月4日に行われるロシアの大統領選挙ではどうしても笑ってなんかはいられない。悲しいジョークが生まれている:
2012年の春、ロシア人はまた難しい選択しなければならない。 それは、“プーチン?”か“プーチン?”、それとも“プーチン?”?
(ジョークの解釈:その選択肢は極めて限られていて、「“プーチン?”か“プーチン?”」または初めから「“プーチン?”」だけというものである。)
現在のロシア事情は人々に暗い思いをさせ、ある人々の行動もソビエト時代を思い出させる。次のジョークのように:
―あなたには良心がありますか? ―はい。良心はありますが、使いません。
ロシア人は暗いのだろうか?
(日刊ベリタより)
マスメディアの憲法観も試される~大阪市職員アンケートは凍結されたが
この1週間ほど、大阪の各マスメディアは、次期衆院選で議席獲得を目指すことを鮮明にした大阪市の橋下徹市長と「大阪維新の会」をめぐるニュースを連日、大きく報じました。維新の会は事実上の政権公約「維新八策」のたたき台を策定。名称は坂本竜馬の故事「船中八策」にならったとのこと。参院廃止や首相公選制導入など憲法改正を伴う項目のほか、道州制実現などが柱で、既存政党にはない政策が並んでいます。外交・防衛では日米同盟を基軸に、オーストラリアを加えた軍事の戦略的再配置を掲げており、対米追従ということなら目新しさは感じません。一方で、日本全体で沖縄の基地負担軽減を図るとしており、沖縄の米軍基地の県外・国内移転を図る内容であれば、大きなインパクトを持つでしょう。今後に注目です。
維新の会が候補者養成のために開講する政治塾には、当初400人としていた募集枠に3326人が応募。民主党の現職衆院議員も含まれていたことが明らかになりました。世論調査では、産経新聞とFNN(フジテレビ系)の合同調査で、大阪維新の会の国政進出を期待するとの回答が64・5%に上ったことを産経新聞が13日夕刊で報じ、朝日新聞も14日付朝刊で、大阪維新の会について「国会で影響力を持つような議席を取ってほしいか」との問いに「取ってほしい」との回答が54%を占めたとの調査結果を掲載しました。同種の調査では、読売新聞も1月15日に、維新の会の国政進出を「期待する」との回答が62%だったとの調査結果を報じています。昨年の大阪ダブル選挙で大勝した勢いのまま、次期衆院選では既存政党を見限った有権者の票の受け皿になりそうです。
こうした維新の会の「勢い」を示すニュースとともに、この1週間、断続的に報道が続いた問題がありました。橋下市長が業務命令として大阪市職員に回答を求めた政治活動、労働組合活動のアンケート調査です。17日にアンケート集計の凍結表明という大きな出来事がありました。橋下市長からアンケートの扱いを一任されている市特別顧問の弁護士で中央大法科大学院教授の野村修也氏が記者会見を開いて明らかにしました。
※「職員アンケート開封凍結 大阪市労連の申し立てで」(47news=共同通信)
http://www.47news.jp/CN/201202/CN2012021701001973.html
アンケートは、市長就任直後から市職員労組に厳しい姿勢を取っている橋下氏が、昨年11月の市長選で組合が前市長支援のため大規模な職員リストを作成していた疑いが浮上したことなどを受けて、労組の政治活動の実態調査として実施を決めたと伝えられています。記名式で、正確に回答しない場合は処分対象になるとしていたり、組合活動への参加歴や、特定の政治家を応援する活動に参加したことがあるかなどを問うたりしていることから、今月10日の開始以降、「憲法違反の思想調査」「組合への不当な支配介入」などの批判が市役所内外から相次ぎました。連合系の大阪市労連が13日、不当労働行為に当たるとして、府労働委員会に救済を申し立て。労働団体が次々に中止・撤回を求める声明を発表したほか、14日には大阪弁護士会、16日には日弁連も会長声明を発表して中止を求めていました。少し長くなりますが、以下に日弁連の会長声明を引用して紹介します。法律家からの批判が分かりやすく整理されています。
※大阪市のアンケート調査の中止を求める会長声明
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2012/120216.html
大阪市は、本年2月9日、市職員に対する政治活動・組合活動等についてアンケート実施を各所属長に依頼した。
本アンケートは、組合活動や政治活動に参加した経験があるか、それが自己の意思によるのか、職場で選挙のことが話題になったか否か等について業務命令により実名で回答を求めるとともに、組合活動や政治活動への参加を勧誘した者の氏名について無記名での通報を勧奨している。また、本アンケートは外部の「特別チーム」だけが見るとされているが、アンケート内容により回答者に対し処分を行うとされている以上、結局は市当局がアンケート内容を知ることに変わりはない。
このようなアンケートは、労働基本権を侵害するのみならず、表現の自由や思想良心の自由といった憲法上の重要な権利を侵すものである。
まず、本アンケートが職員に組合活動の参加歴等の回答を求めていることは、労働組合活動を妨害する不当労働行為(支配介入)に該当し、労働者の団結権を侵害するものであり、職員に労働基本権の行使を躊躇させる効果をもたらすことは明らかである。
また、政治活動への参加歴や職場で選挙のことが話題にされることを一律に問題視して回答を求めることは、公務員においても政治活動や政治的意見表明の自由が憲法21条により保障されていることに照らせば、明らかに必要性、相当性を超えた過度な制約である。そもそも地方公務員は、公職選挙法においてその地位を利用した選挙運動が禁止されるほかは、非現業の地方公務員について地方公務員法36条により政党その他の政治団体の結成に関与し役員に就任することなどの限定的な政治的行為が禁止されるにすぎず、その意味でも本アンケートは不当なものである。
ところで、本アンケートには、(1)任意の調査ではなく市長の業務命令として全職員に真実を正確に回答することを求めること、(2)正確な回答がなされない場合には処分の対象になること、(3)自らの違法行為について真実を報告した場合は懲戒処分の標準的な量定を軽減することが、橋下徹市長からのメッセージとして添付されているが、これも大きな問題である。
すなわち、アンケートの該当事項が「違法行為」であるかのごとき前提で、懲戒処分の威迫をもって職員の思想信条に関わる事項の回答を強制することは、いわば職員に対する「踏み絵」であり、憲法19条が保障する思想良心の自由を侵害するものである。
以上のように、本アンケートは当該公務員の憲法上の権利に重大な侵害を与えるものであり、到底容認できない。
当連合会は、大阪市に対し、このような重大な人権侵害を伴うアンケート調査を、直ちに中止することを求めるものである。
2012年(平成24年)2月16日
日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児
大阪市内発行の新聞各紙は18日付朝刊でアンケート凍結を一斉に大きく報じました。各紙の扱いと主な見出しを書き留めておきます。いすれも大阪本社発行の最終版です。
【朝日】
本記:社会面トップ「大阪市の職員調査 凍結」「市特別顧問 救済申し立て受け」
サイド:「『聞くべき内容から逸脱』『組合実態明らかにして』」
識者談話:「不注意 当然の判断」=考忠延夫・関西大教授(憲法学)▽「アンケート 破棄を」=浦田賢治・早稲田大名誉教授(憲法学)
【毎日】
本記:1面トップ「大阪市 職員調査を凍結」「不当労働行為 申し立て受け」
識者談話:1面「完全に中止を」=脇田滋・龍谷大法学部教授(労働法)
雑観:社会面トップ「労組『調査廃棄を』」「橋下市長『問題ない』」
【読売】
本記:1面トップ「大阪市 職員調査を凍結」「反発拡大『府労委判断見守る』」
サイド:社会面トップ「橋下改革『待った』」「調べるのは当たり前 市長なお強気」「労組『謝罪が必要』」
【産経】
本記:1面「大阪市側が開封凍結」「職員の政治活動アンケート」
サイド:社会面トップ「橋下市長なお執念」「大阪市職員アンケート『市民が期待』」
サイド:社会面「組合側『調査結果破棄を』」
【日経】
本記:社会面「データ集計 凍結」「大阪市職員の政治活動調査」
この問題を最初に1面で大きく報じたのは毎日新聞で、12日付朝刊に「大阪市アンケは『不当労働行為』」「市労連 府労委に救済申し立てへ」の全4段の記事を1面準トップで掲載。同日付朝刊では朝日、産経も第2社会面で市労連が救済を申し立てる方針を決めたことを報じました。以後、各紙とも弁護士会の声明や、それに対する橋下市長の反応などを伝えてきました。アンケートが締め切られた翌17日付朝刊では、隣県の京都新聞や神戸新聞も、組合員の不安の声や日弁連の声明などをまとめた共同通信配信の記事を総合面に全4段、全6段で掲載。関心の高さがうかがわれます。17日の凍結表明は、昨年11月の大阪ダブル選挙以降、スピード感を伴って突っ走ってきた橋下市長流の“改革”が初めて足踏みを強いられた事態ということもあってでしょうか、日経を除く各紙がそろって大きく報じる結果になりました。
今後は労働委員会がどのような判断を示すかに焦点が移ります。労使が徹底的に争うなら、次は中央労働委員会、さらには司法の場(裁判)へと、決着までには相当の時間がかかります。どのような形で決着するのかは、マスメディアにとって大きな取材テーマですが、もう一つ、重要なテーマがあると私は考えています。橋下市長の憲法観です。そして、それは取材する側のマスメディアと記者の憲法観の問題でもあると思います。
アンケートへの市役所内外の批判は大まかにくくると、思想及び良心の自由の侵害と、勤労者の団結権(労働基本権)の侵害の二つの面で憲法違反であると指摘しています。特に、労働団体のみならず、法曹実務家の職能団体であって、紛争当事者の立場にはない日弁連や大阪弁護士会、東京弁護士会が批判を加えていることに対しては、弁護士である橋下市長も、反論としてかみ合う内容の見解を表明してもいいのではないかと思います。
しかし、橋下市長はこれまでマスメディアの取材に対しては、憲法違反との指摘に対して具体的な反論を示していません。例えば大阪弁護士会が声明を発表した際には、記者団に「弁護士会の言うことなんか当てにならない」と話し、日弁連の声明に際しては府労委への救済申し立てを念頭に置いてか「法律違反や手続きに問題があれば、しかるべき機関から修正を求められることになる」と答えています。取材者側の質問の仕方の問題もあるのかもしれませんが、いずれも、憲法に照らしてもアンケートは問題ないのか、自身の具体的な考え、見解は明らかにしていません。
既成政党に飽き足りない層の高い支持を背景に、公約に憲法改正を掲げて国政進出を図ろうというリーダーが、どのような憲法観を持っているのかは、社会に必要な情報です。9条改憲には触れずに、参院廃止や首相公選制を前面に出す形での改憲論も今までなじみがなく、そういう意味でも橋下氏の憲法観は知りたいところです。それを引きだすのもマスメディアの役割の一つですが、取材者次第で報道の深みや広がりは違ってきます。質問の仕方、さらには橋下市長の答え方も変わってくるでしょう。取材者に確固とした憲法観がなければ、橋下氏から憲法観を引き出すのは難しい。橋下氏と維新の会の報道では、マスメディアも試されているのだと思います。
※橋下市長が弁護士会に対して「当てにならない」と話したのは、山口県光市の母子殺害事件に関して、被告弁護団への懲戒請求をテレビ出演中に呼びかけ、大阪弁護士会から懲戒処分を受けたことに関連してのことだったようです。以下の産経新聞の記事が詳しく紹介しています。
「『日本一あてにならない』 橋下市長が大阪弁護士会の声明を痛烈批判」
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120214/waf12021421590032-n1.htm
(ブログ「ニュースワーカー2」より)
お勧め番組 22日 午後6時 NHK BS1 「BS世界のドキュメンタリー カンボジア 虐殺の記憶 ポルポト時代を生き延びて」
(大妻女子大で教える波津博明先生が学生に送るメールの一部を紹介しています。)
珍しく、通常のお勧め番組案内です。
●はとくにお勧め。◎はぜひ見て!
20日(月)
◎午前6時40分 BSジャパン 「池上彰の20世紀を見に行く」
※何度かお勧めしましたが、これは本当にお勧めです。毎日朝。一回20分です。毎回録画すれば、とてもいい映像資料になります。リアルタイムに見ることは困難ですし。 こうした現代史の知識や認識、イメージがないと、大学の授業も本当にやりづらいのです。見た方がいいよ、というより、実のところ、僕の授業の受講生には必修にしたいくらいなんですけど。4月から、3年生向けには「マスコミュニケーション論」、後期は「暮らしと国際政治」が始まります。いずれも、今年からできる新科目です。これまで以上に現代史にかかわる科目なので、今の2年生は準備の意味でも本当にぜひ・・・。もちろん、一般市民のみなさんにもお勧めします。
午後9時 NHKBSプレミアム 「極上美の饗宴 東山魁夷の旅②挑戦の京都」
午後10時 NHKBSプレミアム 映画「ドライビング ミスデイジー」
●午後10時 NHK総合テレビ 「プロフェッショナル 仕事の流儀 デザイナー梅原真」
●深夜0時 NHKBS1 「BS世界のドキュメンタリー シリーズ・アラブ世界 変革のうねり 非暴力革命のすすめ ジーン・シャープの提言」
21日(火)
午後1時 NHKBSプレミアム 映画「無法松の一生」
午後10時 NHKBSプレミアム 映画「レインマン」
◎午後10時 NHK教育テレビ(Eテレ) 「さかのぼり日本史 平安時代 藤原氏はなぜ権力を持ち続けたのか③他氏排斥」
※毎週やってます。同じ日の早朝5時10分には、このシリーズの前週分を再放送します。高校時代、日本史が苦手だった、あるいは「選択しなったので、全然知らない」などという人も、この番組をきっかけに日本史に興味を持ってほしいものです。なにしろ、自分の国の歴史が「選択」っていう、とんでもない教育体制の中に生きているわけで、自衛しないといけません。外国の友人から日本のこと聞かれて、「学校で選択しなかったから、何も知らない」と答えるというのは、ちょっとまずいのではないかと思います。自分の国の歴史は、そもそも、学校でだけ習うものではないでしょう・・ 。
●深夜0時 BS1 「BS世界のドキュメンタリー シリーズ・アラブ世界 インサイド・シリア」
※シリアのアサド政権による民衆弾圧は限界を超えつつあります。ただ、一連のシリア報道で、気をつけるべきは、なぜアメリカは、エジプトやチュニジアの時には、早期に権力者の退陣を要求しないで、シリアでは、アサド退陣を求めるのか、という点です。これが、よく知られたアメリカの「2重基準」です。エジプトの旧ムバラク政権は親米、シリアは反米。違いはそこです。西欧諸国もこれに近い。普遍的な「自由」と「民主主義」の理念の基づいて欧米がシリアに民主化を求めているなどと考えたら、とんでもない間違い。今も、バーレーンの国王専制体制は反対派弾圧を強化していますが、同じ中東のバーレーンには、アメリカは何もいいません。バーレーンの国王政府は親米だからです。
22日(水)
◎◎午後1時 NHKBSプレミアム 映画「楢山節考」
※日本の貧困とは何か。是非見てください。70歳を過ぎた老人は、山に捨てられる村の物語。昔はよくあった話です。深沢七郎の原作の映画化。
◎午後6時 BS1 「BS世界のドキュメンタリー カンボジア 虐殺の記憶 ポルポト時代を生き延びて」
※欧米、日本の偽善は、ここにきわまるといえるでしょう。シリアのアサド政権が殺した人の数が5000人を超えたという数字も出ています。反体制派が出した数字なので、水増しもあるでしょうが、多数の人が殺されていることは事実です。許すべき事態ではありません。アメリカが非難するのも、それについては、確かに間違っていない。
では、カンボジアのポルポト政権は? エジプト、チュニジアどころではない。1979年、隣国ベトナムと、それに支援されたカンボジア人民革命党の武装闘争によって、権力の座を追われるまでに、ポルポト政権が虐殺した人の数は、150万人とも200万人ともいわれる。カンボジア全人口の4分の1といわれる人が、自国政府によって殺されたのです。その悲劇は、アメリカ映画「キリング・フィールド(殺戮の原野)」で有名です。強烈な場面・・地平線の彼方まで、地は人間の頭蓋骨でおおわれているのです。
さて、首都を追われたポルポト派はどうなったか。「カンボジア難民」という名目で、タイ国境地帯に拠点を築き、その後10年以上もテロを続けたのす。しかも、首都に人民革命党の新政権ができているのに、アメリカは中国や日本とともに、これを無視して、ポルポト派を「カンボジアの正統政権」として、国連代表権を与え続けました。難民援助と称して、ポルポト派には多額の援助も。なぜか。当時、アメリカは、ソ連・ベトナムを敵視しており、ソ連の敵はアメリカの味方、という立場だったからです。ポルポト派は、中国べったりで、反ソ、反ベトナムでした。ベトナム戦争でベトナムに敗れたばかりのアメリカは、その怒りもあったのでしょう、「反ソ」「反ベトナム」を掲げるポルポト派を支援し続けました。よりによって、「東南アジアのヒトラー」ポルポトを。シリアのアサドが、ポルポトより悪いとは、到底思えないのですが。
ポルポト派とアメリカの関係については、恥ずかしながら、拙著「データベース 戦争の研究2」(光人社)をお読みください。
きょう深夜に一押し番組 「NNNドキュメント 八ツ場ダム翻弄の60年 住民の7割が去った訳」
(大妻女子大の波津博明先生が学生に送るメールの一部を紹介しています。)
きのう週末の番組案内を送りましたが、その後、新たに、是非見てほしい「一押し番組」を発見しました。たぶん、日本の大手メディアの一部に、まだ、良心とジャーナリスト精神が残っていることを示す、すばらしい番組だろうと思います(タイトルからの想像ですが)。 それは、日テレで深夜0時50分から放送の「NNNドキュメント 八ツ場ダム翻弄の60年 住民の7割が去った訳」です。
3年生の「「生活と規範意識」の授業をとった人は、八ツ場ダムという1つの問題というだけでなく、「権力とは何か」という視点も含めて、見てほしいと思います。
八ツ場ダムの建設中止は、民主党が政権をとってから打ち出した、自民党時代と全く違う政策の典型の1つです。「コンクリートから人へ」という、税金を無駄な公共事業にかけるのをやめ、人の暮らしに向けよう、という政治姿勢を表す代表的ケースでした。それがいま、野田政権によって逆転、もとにもどされつつあります。
まもなく始まる番組ですが、まず、これを強く勧めたうえで、これにかかわって、少し長く、話をしたいと思います。
八ツ場ダム問題は、建設省が1949年、群馬県長野原町の吾妻川中流に建設することを決めたことから始まります。 突如現れた役人が、住民に「ここは水没するよ」と言い放って以来、延々と政府対住民の闘いが展開されてきました。故郷を守ろうとする住民の激しい反対運動と、建設する理由の薄弱さから、半世紀も建設が進まず、無駄かつ地元住民無視の典型的な公共事業として全国的に有名になりました。(八ツ場は「やんば」と読みます。) あまりの悪評に、民主党は建設中止を公約したわけです。
地元住民の多くはもともと、ダム絶対反対でした。僕は読売新聞前橋支局時代(1978-83年)、群馬県庁の記者クラブに属していましたが、当時、群馬県最大の継続問題は、八ツ場の住民によるダム反対闘争でした。支局には、八ツ場問題だけで記事スクラップが何冊もありました。
しかし、住民はだんだん疲れていきます。建設省(今の国土交通省)は、なにがあっても、建設計画を撤回もせず、住民の提案をまともに健闘することもせず、時間ととともに住民が疲弊するのを待ったのです。住民の多くは、「いくら反対しても、政府はダムを作る気だ。それなら、他の場所での生活再建のため、補償金をもらって、次を考えるしかない」という気分に変わっていきます。1990年には、建設賛成派が町長選で勝ちます。いまや、住民の過半数は、補償金を受け取っるなどして、故郷を出て、代替地で第2の人生を始めたようです。そして、2009年の選挙で政権を取った民主党がダム中止を決めたのです。
これについて、中央大学のホームページから、法学部の中澤秀雄教授のサイトの文章を引用させてもらいます。
***
教養講座 「八ッ場」から考える権力の政治学 -地域開発の現場と国家-
中澤 秀雄/中央大学法学部教授
権力とは何か
政治学の基礎概念を一つだけ選べと言われれば、多くの政治学者は「権力」を挙げるのではないか。経済学にとって貨幣が本質的対象であるのと同様、政治現象は基本的に「権力」をめぐって展開されている。多くの政治学者や社会学者が権力を論じ、それにも関わらず、あるいはそれ故に、この概念には誰もが納得するような定義は存在しない。いっぽう、日常の人間関係において、相手に無理矢理言うことを聞かせる行為――権力行使――じたいは頻繁に観察できるのだが、ふつう我々はそれを「権力」と意識して考察したりしない。
しかし昨年来、政権交代に伴って生起する様々な事件は、日常生活において我々が意識しにくい、巨大な国家「権力」を考える機会を提供する。
八ッ場の半世紀
報道によって多くの読者がご存じのように、群馬県吾妻郡長野原町に建設中の八ッ場ダムの総工費は約5千億円、1967年の正式計画発表から42年を経てなお「建設中」、その間に当初想定されていた治水・利水需要は満たされ、必要性が薄れているのではないかと問題提起されてきた。民主党は野党時代からこのダムを「ムダな公共事業」の典型として問題視しており、前原国土交通大臣は昨年9月の就任直後に「マニフェストに書いてありますから事業を中止します」と述べた。写真1にある建設中の橋(2009年9月時点の写真)は、ダムが完成して湖面が上昇したのちに両岸を結ぶ橋として想定されているが、これら本体以外の事業にすでに3400億円以上が投入されている。この橋脚はメディア向けの格好の「絵」を提供したし、鳩山政権にとっても「コンクリートから人へ」という基本ポリシーをアピールするのに適当だったろう。
しかし地元の事情を知らない人々にとって驚きだったのは、地元の首長や議員、水没地区住民で構成する「八ッ場ダム水没関係5地区連合対策委員会」委員長といった人々が、この「建設中止」方針を歓迎するどころか、「発言を撤回し、もとの計画通りダムを建設してほしい」と大臣に迫ったことだった。「中止」発言をした週末に地元の群馬県長野原町を訪れた前原大臣は、ボイコットに遭って関係者と対話することすら出来なかった。このあと長野原町役場には、「民主党を選んだ国民民意を蔑ろにするのか」という抗議電話が殺到するという事態まで出来した。一方では、「計画を撤回して補償等する金額を考えると、建設してしまった方が経済的に割に合う」という議論も持ち上がった 1 。
1 これに対する再反論として、他のダム建設の例を見ると、工期が遅れるほど「後づけ」で予算が膨れあがるのが一般的パターンであることから、完成させようとすれば当初見込みでは到底足りないと推定され、傷の浅いうちに中止した方がよいという議論もある。当初予算を低く見積もっておき、完成時には総予算が当初見込みを大幅に超過するというやり方は、東海道新幹線(1964)いらい、日本の公共事業の常套手段となっている。
写真1(筆者撮影、2009年9月、記事上部)
このように政権交代の象徴としてスポットライトを浴びた事例ではあるが、「なぜ湖底に沈むはずの集落の人々が、ダム建設を強く迫るのか」という矛盾に取り組んだ報道は、残念ながら多くはなかった。この疑問に答えるためには、この地域の歴史的経緯を理解しなければならない。計画から半世紀が経過するなかで、当事者やジャーナリストが執筆したものなど多くの記録が残されている。地元では当初から激しい反対運動が展開されてきたが、世代交代などを経るなかで条件つき賛成派が次第に優勢になり、町と町議会も受け入れに転じ、昭和62年に正式に準備調査受け入れが決定した。地元は賛成派と反対派に分断され、深刻な対立が世代を越えて継続してきた。計画主体の国土交通省は、優柔不断な対応をしたり、約束を反故にしたりということを繰り返し、この分断に加担した(萩原好夫 1996『八ッ場ダムの闘い』岩波書店 2 )。
掘り下げた報道が少なかったなか、2009年10月10日放送のNHK総合『追跡! A to Z』では当事者の現在進行形の声を伝えた。父親とともに反対運動を続けてきたものの自分自身は途中で「もう建設を受け入れるしかないのかな」と思い始めたという、ある旅館経営者は反対を貫く父親と衝突し疎遠になっていく。父親の死後、旅館の水没・移転を所与のこととして、新しい建物の建設プランを練っていたという。移転する見通しがある以上、老朽化した現在の旅館建物の改築は行われず、客足は遠のいている。番組中、この経営者はインタビューに応じて「故郷が水没を免れて、計画撤回を本当は喜ぶべき人々が、喜べないというのは、ひとつの悲劇なんでしょうね」と述べた。
2 本書は反対派が執筆したものではなく、ダム計画実現のために奔走した地元有力者の回想の書である。その萩原氏の総括は次の通りである。「八ッ場ダムの長い歴史を振り返ってみるとき、政府が決定したダム建設は、その場所に住民が居住していることなど寸分も考えないで通告されるのが通例である。こうして弱い住民はいつしか生殺しの運命に置かれる」「国家は表面上ダムを強制しない。われわれを大きな力で取り巻いて、住民の疲れるのを待っている」(p.123)。
権力の「主体化」
この「悲劇」の背景に、「権力」の作用を見て取ることができる。42年間、この地にダムを造るのだという国の意志は固く、日本列島を見渡しても類似の事例には事欠かず、人々はやがてダムはできるのだと観念せざるを得なかった。水没する長野原町の川原湯地区などでは、したがって次第に「ダムができる」前提で新しい生活設計を立てて行く人々が増えていく。これらの人々は、ダム計画を推進し事業者を叱咤激励するような「主体」(subject)となって、「建設中止反対」を叫んでいると理解される。
マックス・ウェーバーによれば権力とは、「他者の抵抗を排してまで自己の意志を貫徹する」力である 。このように他人をその本来の意思に反して動かすとき、暴力や威嚇・脅迫あるいは高額報酬などのあからさまな「アメとムチ」を使うよりも、相手方がむしろ自分から動き出し、権力者が望む行為の担い手になるよう、お膳立てをするほうが効果的で長続きする。露骨な権力を行使された被治者には、自分の心の声に逆らった良心の呵責や、そこまで行かなくても無力感・不信感・反撥などが生まれざるを得ないからだ。このとき被治者は長期的には権力者に逆らうかも知れないし、少なくとも積極的に権力者が望む方向に動いてはくれない。それに対して、ダム計画推進へと地元住民を態度変容させた国土交通省(旧建設省)は高次な権力行使を行ってきたことが分かる。英語のsubjectという語には「主語」「主体」という意味とともに、「服属」「臣民」という正反対に見える意味がある。subjectという言葉自体に、自律的な意思をもつはずの主体が、いつのまにか誰かに従属する意思を内面化するという過程が埋め込まれているのだ。いな、その逆かもしれないが、このあたりの哲学的な議論は専門書に譲ろう 4 。いったんsubjectになった住民は、権力意思を自ら推進してくれるので、節目節目でアメとムチを行使したりする面倒はなくなるし、万事につけ話が早くなる。社会学者の町村敬志は、このように地域住民が開発計画を自分のなかで納得し、国家意思の代理人(agent)として計画推進を訴えるようになる現象を開発の「主体化」(subjection)と呼んでいる(『開発の時間 開発の空間』東京大学出版会、2006年)。
以上、中澤先生の文章でした。太字の部分は、僕が太字にしました。そのうちの1つ、メディア報道はとくに強調したいと思います。、メディアは、複雑な事情をほとんど伝えず、「建設中止の政府VS建設賛成の住民」という、単純な構図で、信じられないほど低水準の記事や番組を流してきました。そうしたなかで、今夜の番組は例外的にまっとうな番組のようなのです。
なお、ここで引用されている、萩原好夫さんが1996年に出した本「八ツ場ダムの闘い 」については、僕も思い出があります。 僕は当時、読売新聞で2面にある「顔」という人物紹介コラムの編集をしていました。本が出た直後、前橋支局に要請して、萩原さんのインタビューをしてもらい、「顔」に萩原さんを登場させたのです。今でも購入可能です。以下は、アマゾンにある読者のレビューです。匿名ですが、このレビューは信頼できると思うので、これも引用しましょう。
当時80歳の著者は、生きている間に八ッ場ダム建設というのは一体何だったのかということを後世の人々に残しておきたいという切実感からこの本を出版したのだろう。
昭和27年初夏、なんの予告もなく突如やってきた建設省の1人の高官が、八ッ場ダムの建設計画を発表し、村全体が水没すると宣言する。一度は立ち消えになりながら、13年後の昭和40年に再び建設の話が持ち上がる。それからはいったん決定されたら止まらないダム行政との長く苦しい戦いである。
上級役人は民間人のいうことには耳を貸す気風はなかった。住民と官庁が同じテーブルに着くことはあっても、それは形式だけで、いつも前もって役所側がその考えや方針を決めてきて、会議はそれを押しつけるのが目的だった。
県庁の役人の人事は順送りでどんどん馬鹿が出てくると。旧態依然たる行政の枠内で国政が県政に下降し、役人に出来ることは、たかだか無難な順送りしかない。彼らは卑小な自分のメンツにこだわって、役人根性を丸出しにして、住民が自ら立ち上がって作った解決策をつぶす。
国家は表面上ダムを強制しない。住民を大きな力で取り巻いて疲れるのを待っている。ある官僚の発言「ダムなどは百年かかってもいいんだよ」と。ダム作りには多くの無理を重ねるので、反対が起こって当然、反対が起こることを計算に入れて住民が自然疲労するのを待つということだ。
人影もまばらになり荒廃した地域の状況を憂いながら、著者は本を出版した3年後にこの世を去った。2008年現在、ダム本体の工事はまだなされていない。
さて、長くなりましたが、きょうのこの番組、中澤さんもあげている2009年のNHK番組「AtoZ」以来の、優れたドキュメンタリーになっているのではないかと思います。
日テレが、優れたドキュメンタリーを・・・・「まさか」と思う人もいるでしょう。しかし、もともと日テレは、優れたドキュメンタリーの伝統を持つ局でした。視聴率一点張りになって、俗悪番組ばかりながすようになったため、今の印象は悪いでしょうが、深夜のこの番組のスタッフは、日テレの本来の伝統を受け継ぐジャーナリストでたちです。原発問題でも、きわめて良心的な仕事をして、この時間帯で放送してきました。遅い時間帯なので、録画のほうがいいかもしれません。
支配は愛情ではない
ホイットニー・ヒューストンが亡くなった。まだ50にもならない、若すぎる死だ。1991年のスーパーボールでのアメリカ国歌の独唱は、「これまでで一番素晴らしい国歌独唱」との評価もあるらしく、YouTubeで探して聴いてみた。感動のあまり、思わず涙が出て、くり返し3回も聴いてしまった。軽々と何の苦もなく高音を操り、のびやかに堂々と歌う彼女の声こそ、神に祝福された声だと思った。本当に惜しい。
彼女が亡くなったことに関連して、前夫ボビー・ブラウンによるDV問題が報道されていた。結婚してから彼女の人生がおかしくなったとのコメントがあったので、少しアメリカでの報道をネットで読んでみると、なるほど2003年には警察にも通報があり、ホイットニーは顔にあざを作り唇を切るけがを負っていた・・・などとあった。
皮肉にも、あの映画「ボディガード」の大ヒット以来、ボビー・ブラウンが妻の活躍を素直に喜べず、亀裂が入りそうなところをホイットニーが必死にフォローしているような話は当時も聞いたような気がする。「私をヒューストンと呼ばないで。ミセス・ブラウンと呼んで」とも言っていたのではなかったか・・・けれど、その後、彼女が薬物におぼれていた話などは、彼女から興味が離れていたので知らなかった。
だいたい、妻の社会的成功を喜べないところに、彼の支配欲が表れていると感じる。妻を自分のものとして完全にコントロールしきれない高みに妻がいることが許せない。その夫のご機嫌を取ろうと、妻は夫の言うなりになり、それで夫は安心する。妻の名声が高まるごとに、夫は不機嫌になり、おろおろした妻は、夫の喜ぶようなことをしてみせる・・・それがどんなバカなことでも。
これを繰り返していったら、どうなるか。妻の得た名声が大きければ大きいほど、「私なんて大したことないのよ」とばかりに、彼女はどんどん自らを高みから引きずりおろすようなことをし、さらに貶めることを続けるようにならないか。彼女は、「どんなことでもこいつは俺の言うことを聞く」という事実を喜ぶ夫のせいで、薬物中毒にまで転がり落ちたのではなかったのだろうか。(夫が妻の名声に対して不機嫌になるだけでも、恐怖感から妻は夫の言うことを聞かざるを得ないのではないか。)
女性の薬物事犯での検挙者が、ほとんどパートナーの男性に言われて初めてクスリに手を出している・・・との話も矯正関係者に聞いたことがある。思えば、日本の例のアイドルもそうだった。
ちょうど、NHKの「視点・論点」で数日前に武蔵野大教授の小西聖子さんがデートDVと加害者の更生教育について話をしていた。日本では、未婚のパートナーによるDVに対してDV法が適用できないという間抜けな状況があり、そのほか、様々に早急に改善されるべき話があると思う。
その中で、個人的には、人に対する支配欲が愛情であるかのような意識からの転換が、まずは社会全体で早急になされるべきだと感じている。
人を支配することと、愛することとはむしろ正反対な行為だと思う。愛情があれば、相手を大切にし、尊重する。支配することのどこに、相手への尊重があるのか。支配は、一方の側からの感情の押し付けにすぎない。他方の感情は無視されている。互いに尊重してこその愛情ではないのか。
デートDVの加害者が、逃げ出した相手をしつこく追いかけるストーカー行為に走りがちな話を小西さんもしていた。そこに相手の意思の尊重は無く、相手がどう思おうとお構いなしだ。「自分のものだ」といったん考えてしまったら、その支配下からの喪失を許さない。支配関係を守り、相手の自分からの喪失を防ぐためには、暴力を働いてもかまわないと思っている。
こういった支配行為を、「愛しているから、離れたくないから仕方ないんだね」と言って正当化することは間違いだと、社会で了解する必要があるのだと思う。
皮肉なことだが、恋愛相手から「束縛されたい~」などと「束縛好き」をトーク番組でたびたび公言していたタレントがDVホットラインのテレビ広報に一時期出演していて、「あれは頭が痛かった」との関係者の話を耳にしたことがある。束縛のような支配関係が愛情の一形態だと社会で広く誤解されてきたから、彼女は屈託なく口にしていたのだろう。
束縛が愛のわけがない。いつまでも、つらいことに一方的に相手が応えなければならないような関係は間違っている。
「私をヒューストンと呼ばないで、ミセス・ブラウンと呼んで」・・・この言葉に、今は考えさせられる。語源的に、Mrs.ってMr.に所有されている人ってことだ。彼をつなぎとめるため、自分を押し殺して、支配されることを望まざるを得なかったホイットニー・ヒューストン自身の言葉が、愛情の形をゆがんでとらえていた2人の関係を端的に表しているように思える。
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前回書いた流山事件の続報があり、2月8日に真犯人が起訴された。これまでの報道では、ほのめかす部分があったにせよ、強盗殺人容疑としてしか新聞報道では出ていなかったので、9日の読売紙面にある起訴罪名を確認して、改めて腹が立った。
そこには、男を強盗殺人、強盗強姦、住居侵入罪で千葉地裁に起訴・・・と書いてあった。「強姦」が入っているのに、なぜ当時の千葉県警は被害者の祖母と姉を逮捕するという発想がもてたのか、本当に不思議だ。ふたりが身体的に女性だからだということだけではない。
男性である姉の夫が絡むにしろ、よほど夫に一家が盲目的に支配されているという関係でもなければ、姉や祖母は金銭を被害者から奪取する目論見があったと仮定するとしても(その仮定もおぞましいが)、自分の家族に対する夫による強姦を、生理的に許せるはずがない。まして、従犯でなく主犯として主体的に企図したとなっていたとしたら、これは、人間を超えた化け物の発想だとしか言いようがない。
こんな荒唐無稽な発想に付き合わされた被害者の家族が、本当に哀れで気の毒で仕方ない。大事な妹を亡くし、姉は心から悼む環境がきっと欲しかったはず。冤罪での逮捕が邪魔をして、そう簡単に心静かに妹の死を悼む環境を取り戻せないのも無理はないだろうが、いつかそのような余裕が持てるようになることを祈りたい。(ブログ「ネコといっしょに七転び八起き」より)
お勧め番組 19日(日)午後9時 NHK総合 「NHKスペシャル ヒューマン なぜ人間になれたのか③農耕革命」
19日(日) 午前8時 TBS サンデーモーニング
※一応、毎週お勧めしてます。一時期、テレ朝の「報道ステーション SUNDAY」をさらにお勧め、と紹介していました。ところが、テレ朝の方は最近、どうも方向がおかしく、先日も尖閣問題で異様な報道をしていたりして、僕としてはお勧めしにくい感じになってきました。それで、点をつければ60点程度ですが、「サンデーモーニング」に戻します。穏やか過ぎて、突っ込みがたりない不満はありますが、「報道ステーション SUNDAY」は、突っ込み方がおかしいようで、比較すると、サンデーモーニング・・・。
◎午後9時 NHK総合 「NHKスペシャル ヒューマン なぜ人間になれたのか③農耕革命」
※シリーズ第3作。「人間になれた」という表現は、温暖化や3・11を踏まえると、ちょっとためらいを感じます。「なぜ、人間なんかができちゃったのか」といった方がいいかもしれません(少なくとも、人間以外のすべての動植物が、人間誕生以来、我々のためにひどい被害を受けてきたことはまちがいないのですから)。とにかく、人間への「進化」「進歩」を追う、なかなかのシリーズです。
午後10時 BS1 「地球アゴラ 海外監督から見た日本」
●深夜0時 NHK教育テレビ(Eテレ) 「地球ドラマチック 色は脳で作られる」(再放送)
(大妻女子大でライフデザインを教える波津博明先生が学生に送るメールの一部を紹介しています。)
国会図書館で、「ビジュアル雑誌の明治・大正・昭和」展が開催中 2月25日にはレクチャーも
東京・国会図書館で、「ビジュアル雑誌の明治・大正・昭和」展が開催中だ。3月2日まで。
以下は、ウェブサイトからの紹介。http://www.ndl.go.jp/jp/event/exhibitions/1192561_1376.html
テレビもインターネットもない時代、雑誌は貴重なメディアでした。単行本よりも早く、新聞よりもまとまって、たくさんの情報を定期的に伝えてくれる雑誌。特に、絵や写真といったビジュアル面で、雑誌は人々の「見たい」という期待を一身に背負っていました。災害、戦争といった国をあげての一大事から、皇族や著名な俳優の顔、ファッション、子ども向け雑誌、美術、写真…明治・大正・昭和の雑誌には大衆文化とともに、人々の心をとらえたビジュアル表現が華開いています。
また、「よりリアルなものが見たい」という要望に応え、印刷技術も進化しました。絵から写真へ、白黒からカラーへ、より多く、より速く。現代ではもう使われなくなった技術もあれば、現代の技術につながる大発明もありました。雑誌を舞台として、ビジュアル表現のための印刷技術も試行錯誤が重ねられ、その誌面には印刷史の貴重な足跡が残されています。
本展示会は、国立国会図書館の膨大な蔵書の中から、ビジュアル表現が特徴的な雑誌を約190点集め、大衆文化を縦糸に、印刷技術を横糸に構成しました。
2月25日(土)午後2時から、展示担当職員による説明・レクチャーを開催。事前申込み不要で、受付に集合するのみ。
展示会は、3月9日(金)~28日(水)に関西館(京都府精華町)でも開催する。
核・原子力 「団結して子どもを守ろう!」 南相馬市の“ぬまゆ”さんが本当に訴えたいこと
「今日、ここにいる人たちで団結し、子どもたちを守りましょう!」“ぬまゆ”さんこと沼内恵美子さん(42歳)は1月28日(土)、南相馬市原町地区で開かれた野呂美加さん[*1](NPO法人チェルノブイリへのかけはし代表)のお話会終了後、そう呼びかけながら来場者ひとりひとりに名刺を配っていた。
ー ブログを始めた理由は、子どもたちを守りたかったから
“ぬまゆ”さんをご存じない方のために説明をしておくと、“ぬまゆ”こと沼内恵美子さんは南相馬市で塾を経営している先生だ。昨年8月からご自身で書き始めた「ぬまゆのブログ」の中で、脱毛、下痢、水疱、アゴ痛、歯が抜ける、血が止まりにくい、体がだるい……といった自らの身に起こっている原因不明の症状をつづったことがキッカケで、「被ばくの症状ではないか」と一部で憶測を呼び、インターネットで話題となった。
フリージャーナリストの岩上安身さんも、ぬまゆさんを取材されていたので、ご覧になった方も多いだろう。(http://the-news.jp/archives/8947)
しかし、こうした症状を発表したために、「風評被害を生む」「南相馬の復興の妨げになる」などと誹謗中傷されることも少なくなかったという。
それ以来、体調に関してばかりクローズアップされている彼女だが、じつはブログを書き始めた本当の理由は、健康被害を訴えたかったからではなく、「子どもたちを守りたかったから」なのだという。今回、“ぬまゆ”さんが南相馬市で開かれた野呂美加さんのお話会を訪れ、終了後に参加者に訴えかけた内容を以下にご紹介する。
ー学校は子どもを守ってくれない
私は、「ぬまゆのブログ」を書いております、沼内恵美子と申します。今日、野呂さんもお話されていましたが、今私に現れている症状は“ぶらぶら病” [*2]とそっくりです。
正直言って、今こうして2時間以上座ってお話を聞いていることも辛く、途中で退席しようかと何度も思ったほど体がだるいのです。でも、昨年の8月まではすごく元気だったのですよ。夏以降です、異変が起きたのは。水のような下痢、脱毛、手足にできた水疱、アゴの痛み、手のしびれなど原因不明の症状が現れ、虫歯でもない健康な歯が、根本からグンニャリととれてしまう、という不可解なことも起こりました。痛みを我慢できずに抜いてもらった歯も含めると、すでに8本も歯が抜けてしまっております。
頭髪も、驚くほど薄くなりました。ロングヘアーだったんですが、ハゲが目立つのがイヤで五分刈りにしたんです。今日はウィッグを着けていますが、とってみましょうか?(ぬまゆさんはウィッグをとって)ほら、ここお分かりになりますか。 ハゲているでしょう?
私はまだ42歳です。普通、こんなふうにはなりませんでしょう? ストレスじゃないかと言う方もいます。しかし、以前私は高校の教師をしていましたが、その頃に比べたら、震災後のストレスなんてゼロも同然ですよ。私はもともと体が丈夫で、ちょっとしたことで風邪なんかひかなかったし、歯も頑丈でした。私は、自分の身に起きている体調の異変を、すべて放射能のせいにするつもりはありません。おそらく原因の特定もできないでしょう。今は信頼できるホームドクターにかかっていますし、定期的に血液検査をするなどして経過を観察するしかないのです。私はあと80年生きるつもりですが、私が死んだあと、遺体の解剖をしたときに明らかになればいい。そう思っています。
みなさんは、「最近、疲れやすいな」と思うことはありませんか? 風邪かな、更年期かな、ストレスかな、と見過ごしがちですが、今私たちが浴びている放射能の線量は、野呂さんがおっしゃったように「チェルノブイリでは廃村」になったレベルの放射能なんです。大人はまだいい。でも放射能の影響を受けやすい子どもたちは、あらゆるリスクから守らねばなりません。そのためには保護者が声をあげないといけないんです。
私は18年間、高校の教師をしておりました。なぜ辞めたかというと、学校にいると本気で子どもを守れないと思ったからです。学校にいる限り、上の命令通りに動かなければなりません。ちょっとでも反論すると、私のように学校からはじき出されてしまいますから。縦割り社会の弊害です。現に今だって、自分の子どもは県外に逃がしている先生が多いけど、生徒たちには放射能の危険性を訴えることもできないわけでしょう。辛いですよね。
残念ながら、私が18年間見てきた学校の現実はそうでした。だから私は、3年前に学校を辞めて、自分で塾を開くことにしたんです。それなら、誰に文句を言われることもなく、存分に子どもに愛情を注げますから。私はこの場をかりて、保護者の方に申し上げたいのです。「声をあげて、子どもを守ってください」と。残念ですが、学校にだけ任せていたのでは、子どもを守りきれませんよ。
例えば、学校給食ひとつとってもそうです。みなさん、福島の学校給食に、どんな食材が使われているかご存じですか? 私のブログに、福島のある学校で給食部長を務める方が書き込みをしてくれました。「ろくに測定もしていない福島の食材が、学校給食で使われています」と――。こんな現実があっていいのでしょうか? 子どもたちの内部被ばくを防ぐためには、せめて学校給食だけでも、遠方から取り寄せた野菜を使ってもらいたい。いくら家庭で親が気を配っていても、学校がこのようなことをしていたら元も子もありません。だから、どうかお母さん、お父さん、「学校のやっていることは正しい」と、うのみにしないでください。学校で一番力を持っているのは、保護者のみなさんですよ。先生でも校長でもありません。おかしな先生がいたら罷免することもできるんです。
だから今、私たちが団結して、子どもたちを守りましょう。声をあげましょう。やってできないことはありません。福島県内の学校では、牛乳を飲むことを拒否した子どもが、教員から「おまえは福島県民じゃない」と言われたという話も聞こえてきます。こんなことを容認してはいけません。
ー経済第一、命は後回し
“ぬまゆ”さんがこう呼びかけたことで、最後まで会場に残っていた参加者約15名も、それぞれ重い口を開き始めた。
「小学生の孫が心配」と話すある女性は、「一刻も早く福島を離れたい」という実の娘と、「経済的に困窮するより福島に残ったほうがいい」という娘婿の間で板挟みとなり、悩み続けていることを吐露してくれた。また、「小学生の娘がいる」という母親は、「給食で出る牛乳は本当に飲ませても大丈夫なのか」「ホールボディカウンターで計測してほしいが、市から台数が足りないと言われてまだ計測できていない」といった心配ごとを、せきを切ったように話してくれた。じつは南相馬市をはじめ福島県下では、放射能に対する不安があっても、声を出せない雰囲気があるのだ。だから参加者のみなさんは、抱えていた思いをやっとこの場で話せたのだろう。
今回、お話会のコーディネートをした南相馬市在住の佐藤晃一さんは、お話会の開催にあたり「公共の施設を借りようと思ったが、どこも貸してくれなかった」と話す。
なぜなら南相馬市は、避難した人たちを戻すことに必死で、帰還の妨げになるような講演会には場所を貸してくれないからだ。そのため今回は、佐藤さんが経営する託児所が会場となった。「妨害が入るかもしれない」とのことで、開催場所は一切公開せず、申し込みのあった人にのみ会場を教えるという警戒ぶり。「経済第一で人命は後回し。町全体がそんな雰囲気なので、みんな不安があっても口をつぐんでいます」と、佐藤さんは語った。
また、参加者のひとりで、市民団体「安心安全プロジェクト」の代表を務める吉田邦博さんは、次のように吐き捨てた。「南相馬で避難・保養を訴え続けているのはうちの団体くらいですよ。他はすべて除染・復興モード一色。僕らのほうが間違っているのかと思って、気持ちが暗くなります」
ー 声を上げて権利を勝ち取る覚悟を
こんなふうに話す参加者に対して、野呂さんは最後にこう訴えかけた。「みなさんはその不安や不満を市町村にぶつけていいんですよ。いろいろ文句を言ってくる人がいるだろうけど、そんな人はほうっておけばいい。チェルノブイリだって、最初の一年間は除染をしていましたが、数値は下がらないし除染に動員された市民たちが次々と亡くなったので、除染してもムダだということになった。それですぐやめたんです。それよりも、移住の権利をきっちり獲得し、移住しない人は定期的にホールボディカウンターの測定を受けて、数値が高ければ保養に出してもらわないといけない。そういったことを、みなさん自身が市町村と交渉し、権利を勝ち取っていかなくちゃならないんですよ」
“ぬまゆ”さんは野呂さんからのメッセージを聞き、「ここ南相馬から声をあげていきたい」と感想を述べた。さらに“ぬまゆ”さんは、福島に住む子どもたちの複雑な胸のうちも、次のように代弁してくれた。
「私の塾には、いまだ子どもたちが10人も通っています。できれば早く避難してほしい。でも非常に難しい状態です。うちの塾に通っている中高校生たちは、『結婚しても子どもは産まない』とか、『福島県人以外とは結婚できない』と言っています。福島から出るのが怖い、出たくない、とも……。人間不信になっているんでしょうね。どこか人生を諦めてしまったようなところがあるんです」
“ぬまゆ”さんの塾に通う、あるひとりの中学生は、いったん他県に転校したそうだが、数ヶ月で福島に戻ってきたのだという。その理由は、「福島の人は可哀想」という同情的な目で見られることに耐えられなかったからだ。「決していじめられたわけではないんです。とても良くしてもらったと本人も言っていました。でも多感な年頃ですから、特別な目で見られることがイヤなんでしょう。彼らが福島を出るまでには、とても高いハードルがあるように思えます」と“ぬまゆ”さんは話す。
こうした閉塞的な状況を打破するには、福島の方自らが声をあげることはもちろん、他県の人たちも“他人事”ではなく“自分事”として考えていく必要があるだろう。こうしたお話会の取り組みが、両者の間をつなぐ第一歩になることを願わずにはいられない。
[*1]野呂美加さん……NPO法人チェルノブイリへのかけはし代表。1992年より、チェルノブイリ原発事故で健康被害を受けた子どもたちを日本に受け入れ、“転地療養”を行ってきた。3.11以降は、これまでの経験をもとに全国各地を講演にまわり、放射能の影響を心配する母親たちにレクチャーを行っている。
[*2]ぶらぶら病……原爆で内部被ばくした被害者に現れた症状。体がだるい、集中力が続かず仕事ができないなどの状態になり、日常生活を送るのにも苦労した。血液検査などに以上は現れず、周囲からは怠け者扱いされた。(日刊ベリタより)




