旅―アイルランド① アヴォカ・カフェ
アイルランドの首都ダブリンから、バスで半日観光のツアーに入っているのが手織り製品で知られるアヴォカ村だ。
アヴォカの手織りの始まりは18世紀にさかのぼる。とうもろこしを粉にしてパンを作り、羊毛を織って衣類や毛布などを作る工場がアヴォカ川の側に建てられ、多くの人が集まるようになった。
1920年代、工場を引き継いだワインズ姉妹は、野菜から抽出した赤、緑、黄などの色を織物に入れることに成功した。1930年代にはパリのデザイナー、エルサ・シュパレリがアヴォカ製ツイードを作品に使ったことがきっかけで、世界にその名が知れ渡った。英王室もアヴォカのファンとなり、ジョージ6世(即位1936年―1952年)のベストや現エリザベス女王(1952年―)の赤ん坊をくるむブランケットもアヴォカ製だった。
しかし、1970年代になると経営不振に陥り、これを救ったのが弁護士のデービッド・プラット氏とその妻のヒラリーさん。教師だったヒラリーさんは、何とかアヴォカを盛り上げようと、手作りのジャム、マーマレード、オイル、ドレッシングを考案し、これを店舗で販売した。アヴォカ・カフェの料理本はベスト・セラーとなった。現在でも店舗で販売されている織物・衣料品は自然原料を使い、手織りとなっている。
バスに揺られてアヴォカ・カフェに着いた。お昼時だったこともあって、店内はカフェで食事を楽しむ人々で一杯だった。肉料理を選んで、温野菜をつけてもらう人が多い。隣にはチーズケーキやチョコレートケーキ、生クリームがこってりとのったイチゴのケーキが並んでおり、ケーキ好きにはたまらない光景だ。
カフェの裏手には広い庭があり、子供たちが遊べるようになっている。天気がよければー私が訪れた日は天気に恵まれたがー食べた後で、庭でぼうっとするには最高の場所だ。
腹ごなしが済んだ後で、カフェのショップを見ると、カラフルなアクセサリー、 文具、衣類の数々が目を奪う。エリザベス女王自身も子供たちのために使ったという、赤ん坊用ブランケットもあった。ツアーのバスガイドが「絶対買いなさい」と言っていた料理本も平積みになっていた。私も物色してみたが、確かにきれいで素敵ではあるのだが、どうにも高額なのである。カーディガンやワンピースが日本円にすると1万5000円ぐらいはした。赤ん坊用ブランケットはセールでも3000円ほど。やはり手織りだから仕方ないのだろうか?
黄色、紫、ピンクの組み合わせのネックレスを買おうか買うまいか最後まで悩んだ後、何も買わずに店を出た。
バスに戻ると、隣に座っていたロシア人女性が「村の手作りの食品や衣類だったら、他でもっと安く売っているよ」と私にささやく。
高くしても売れるから高いのか、人件費がかかるから高いのか、手織りだから高いのかー?判断がつかないままだったが、田舎にやって来て、大都市の店舗の値段をつきつけられたような思いがし、戸惑った。
そうこうしているうちに、バスは次の目的地へと向かっていた。
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(写真はアヴォカ提供)
旅―自分の見たこと、感じたことを書いてみませんか
夏休みの真っ只中だが、みなさんはどこかに出かけられただろうか?
もう10年以上前の話になるが、私がアイルランドの首都ダブリンの空港に到着した時のこと。荷物の検査官が私をじっと見て、こちらに寄ってきた。何か悪いことでもしたかなあと思っていると、私の肩に手を回し、「さて、あなたはどこに行きたいの?言ってごらん」と優しく話しかけてきた。空港からタクシーに乗っても、運転手はまるで旧来の友人と接するように自分の話をし、こちらのことも聞いてくる。ダブリンにはロンドン・ヒースロー空港から飛んでやってきたが、人口6000万人近くの国英国と300-400万人の国アイルランドでは対応が違って当たり前なのかもしれないが、どうもロンドンの係員はお役所仕事的な感じがした。ダブリンには人間の温かみが感じられた。日本を一歩出たら、とびきりフレンドリーな国の1つがアイルランドではないかと思うようになった。
それ以来、何度かアイルランドを訪れた。
欧州連合(EU)に1970年代加盟し、EUからの資金援助や外国企業への税制優遇策などで、経済の急成長を遂げたアイルランド。一時は「ケルトの虎」と呼ばれ、平均収入がEUの中でも1,2を争うようになった。
しかし、それもやや昔の話。世界的な金融危機の影響で銀行は危機状態に陥り、高騰していた住宅市場もすっかり勢いをなくした。それでも、アイルランドにはまだ「やるぞ!」という気分がみなぎっているーそんなことを、この夏、アイルランドに行ってみて感じた。世界の経済事情はすっかり変わっているのに、「まだパーティーは終わっていない」と思っているようにも見受けられた。
そんなアイルランドの今を、全く私的なルポではあるが、次からつづってみたい。
これを読んでいるあなたも、旅の話を書いてみませんか。どんな場所に行っても、何かしらの発見はあるもの。あなたが見たこと、聞いたこと、思ったことは世界に一つしかない貴重なものです。一見マイナーだと思う場所でも、世界では誰かがそこに行っていたかもしれません。国内外の旅の記録を書いてみませんか。
リッチが集う英国夏のオペラ、グラインドボーン体験記②
さて、「グラインドボーン・オペラ」はいかにして始まったのか?
最初のオペラは1934年5月。1920年代に英南部グラインドボーンのカントリーハウス(貴族の住居として建設された邸宅)一帯の敷地を手に入れたジョン・クリスティー氏が、「イングランド地方には(まともな)オペラが全くない。だったらここで始めよう」と思ったことがきっかけだ。
ナチス・ヒットラー政権下、自由な音楽活動を続けられなくなった音楽家たちがドイツ、オーストリアからやってくるようになり、フィンランド、イタリア、米国、そして英国各地からも歌い手やオーケストラの演奏者が参加するようになると、「単なるお金持ちの愚行」という当初の偏見は次第に消え、国際的な音楽祭としての地位を確保するようになった。
第2次世界大戦後の1945年から1950年までは一時活動を停止したが、これはクリスティー氏の資金がつきたからだった。しかし、その後は企業からの資金援助が入り、1951年からは聴衆が助けに入った。「グラインドボーン音楽祭協会」が発足し、毎年の音楽祭実行のために、年会費を払う体制ができた。54年には「グラインドボーン芸術トラスト」が設置され、音楽祭の開催や財政の面倒を見るようになった。ジョン・クリスティー氏は1962年、亡くなったが、その後も息子たちが責任者として就任している。1994年には近代的設備が整った新しいオペラ劇場がオープンした。
「クリスティー家というのは、あのオークションで有名なクリスティー家?」と私は同行のA氏に聞いてみる。「そうだよ」とA氏。
初めてグラインドボード・オペラに来たのは「1970年代頃」で、それからは「数え切れないぐらい」来ているそうだ。「娘がクリスティー家の子供たちと同じ学校に通っているんだよ」-。
リッチな人はリッチな人同士で集まり、ネットワークを作ってゆく。そんな元祖「二極化」社会の英国を改めて思い知らされた。
「池を見に行かないか?」とA氏。「池?」
広い庭園を横切り、ワインを楽しむ人々を通り過ぎると、確かに池が先に見えてきた。池の水面には周辺に生えている木々の緑が映し出される。やや小寒い風が吹く。人の影はなく、生い茂る緑、池、ブルー系の花が美しい。何だかもったいない感じがした。
そろそろ開演時間だ。ピクニックの場所に戻って、バスケットを敷物でおおう。観劇中に雨が降るかもしれない。
1994年に新しく建てられたという劇場に人々が向かってゆく。帽子はいつまでかぶっているのだろう、室内に入ったら取るのかなと疑問に思いながら、A氏と肩を並べて歩く。座席に着くまでに階段を上る時、ついつい、A氏の後ろを歩いてしまう。女性は男性の前を歩かなければいけないのにー。
席に着いて、A氏が帽子を取ったので、私も取る。
―いよいよオペラが開演
始まったのはチェコの作曲家ドボルザークの「ルサルカ」だった。幕が開く前に、A氏がプログラムを見せてくれる。物語のあらすじがこれで大体分った。「ルサルカ」とは水の女神で、ある国の王子に恋し、人間になりたくてたまらなくなる。とうとう人間になり、王子と恋に落ちるものの、「水のように冷たい」がために王子はルサルカに十分に満足できない。他の女性に心を移し、悲劇となるが、最後は自分のおろかさに気づき、ルサルカに心を戻すー。ロマンチックな話であるようだ。
オペラは全てチェコ語で歌われ、英語の字幕が舞台上部に出る。
幕が開くと、そこは湖の底。人魚のように、下半身が魚のようになっている美しい女性がルサルカ。父親は水の獣のような格好をしており、怖いが一種ユーモラスでもある。
「マクベス」の魔女の場面をほうふつとさせるような悪魔的な儀式を経て、ルサルカは人間になり、王子と恋に落ちる。宮廷に住むようになるが、宮廷に仕える人々の評判は良くない。王子がルサルカと一線を越えられず、どうもルサルカは「冷たすぎる」ようだ、という噂が出る。「湖からやってきた変わった女性」がわが国の王子と結婚するなんて、とんでもないという声が出てくる。
真っ赤なバラが敷き詰められた一本道をウェディング・ドレスを思わせる白い衣装を身に着けたルサルカが歩く。王子は腕の中に入ってこないルサルカを拒絶してしまう。孤立するルサルカ。悪魔の呪いで人間になる代わりに声を奪われてしまったルサルカは自分の気持ちを王子に訴えることもできないのだー。
美しいルサルカが宮廷の中で孤立化するばかりの場面展開に心を打たれた。舞台後方では王子が他の国から訪れたプリンセスに心引かれる様子が展開する。悲劇の極地にいるルサルカ。強い印象を残して、オペラの前半が終わった。
―ディナー
いよいよ、1時間半ほどのディナーの時間になる。さて何を話したら良いものか。私はオペラのことを殆ど知らないのである。
またしっかりと帽子をかぶって庭に出ると、小雨が降っていた。バスケットを置いた場所まで戻り、大きな木の下に置かれているベンチまで引越し。ここなら少なくとも雨が直接当たらない。
イタリアやスペイン製のチーズとハム、トマトが入ったパンをかじり、ワインを飲む。皿やナイフ、フォークも持参だ。食事を用意してくれた知人は銀製のナイフ、フォークを入れてくれていた。
A氏にオペラ「ルサルカ」をどう思うかと聞かれ、「ロマンチックで素晴らしい。何と悲しい場面だったことか」と答えると、A氏は「僕は英国の階級制度を描いていると思った」。実は私もそう思っていたが、階級の問題はタブーと感じていた。グラインドボーンにこうやって来れること自体がその人が中流以上であることを意味する。階級制度の象徴ともいえる場所がここなのだ。
「ルサルカは水の妖精だけれど、英国社会では、例えば階級の下の人は話す言葉、アクセントが上の階級の人と違う。だから下流の人が上流の人ともし結婚したら、中には入れてもらえないとか、孤立するということは十分にある」とA氏。「人種が違うということでもそうだと思う」。
しかし、中・上流のA氏には、孤立することなどあるのだろうか?階級差の苦しみというのはあるのだろうか?「誰にだってあるよ。いろんなレベルでね」といって、A氏はため息をついた。一体どんな状況でA氏が孤立感を感じるのか?それはさすがに聞けなかった。超・超リッチな人と一緒にいる時?あるいは王族といる時だろうかー?
一時は保守党(現在野党第一党)の議員として立候補しようと考えたこともあるA氏。「労力の割には達成できることが少ないと分った」としてあきらめたそうだが、話は政治、経済、外交、「どうやったら外国語が上達するか」など多岐に渡った。デザートとしてイタリア製ビスケットをかじる頃には、すっかり話に花が咲いていた。そろそろ、オペラの後半が始まる。やや肌寒い気温になっていたが、私たちの前を正装の男性がゆっくりと歩いていた。「ほら、あれが英国の奇人の典型だよ」とA氏。その男性は大きな布で体全体をおおっていた。その布は、よく見ると、テーブルクロスだった。「夏と言っても夜は寒くなる。でも他に着るものをもってきていないので、テーブルクロスで体をおおうのがよくある光景なんだよ」とA氏。
オペラ終了後すぐに出られるように、バスケットに皿やフォーク、食べ残しの食べ物をしっかり詰め込み、ふたをして、また劇場に向かった。
悲しみに打ちひしがれたルサルカを水の獣の父は受け入れ、ルサルカの姉妹たちは「ほら、言ったでしょう」と歌いだす。しかし、最後には、ルサルカと王子は無事互いの愛情を確認しあう。もう少し観ていたいと思わせるような、感動的な幕切れだった。
拍手とブラボーの声が渦巻く。隣のA氏は「長年ここで観てきたけど、今回がベストだ。すごい!」とささやく。本当にそうなのかどうかは分らなかったが、とてもきれいなものを観たという思いがあった。
リッチな人や気取った人だけが行く、なんともやっかいな、気取ったイベントというイメージがあったグラインドボーン・オペラ。特に正装で、かつ長々と幕間に食事をしながら会話というのが気重だった。しかし、ゆったりした気分でピクニックを楽しみ、素晴らしいオペラを鑑賞するーこれはなかなか心地よい体験だった。やってみれば、何と言うことはなかったのである。もし機会があれば、是非一度は体験をおすすめしたい。(写真はMike Hoban)
グラインドボーンオペラのホームページは以下。
リッチが集う英国夏のオペラ、グラインドボーン体験記
毎年夏、英国南部イーストサセックス州の町ルイス近辺で行われる、グラインドボーン・オペラ。リッチな人の夏の楽しみごとの1つとして英国では著名だ。オペラのチケットは今年一枚約160ポンド(約2万6000円)前後。これだけ見ても高い。さらに、正装が要求され、第1幕の後は、広大な庭で約2時間近く、シャンパングラスを片手に、持参したピクニックに興じることになっている。雰囲気に気おされることなく、堂々と飲み、食し、オペラや芸術の話などに花を咲かせるー。そんなことが普通にできる人は英国でも限られる。「気取ったやつらの行くお祭り」―行けない人、行ったことのない人はグラインドボーン・オペラをこう呼ぶ。
2万円の大枚をはたきたくはないが、ひょんなことから行く羽目になった。そのときの模様を報告したい。
―「明日、行ける?」
知人(男性)にヨット仲間の男性から電話があり、「明日の土曜日、妻と行く予定だったグラインドボーンだけど、妻が行けなくなった。チケットが一枚余っているから、一緒に行かないか?」と声がかかった。男同士で行くというのも何だから・・・ということで、知人は今度は私に声をかけてきた。オペラ鑑賞が無料というのは魅力的だったが、私は知人の友人であるこの男性(A氏と呼んでおこう)とじっくり話したことがない。A氏は弁護士で、自宅はバッキンガム宮殿の近辺にある。金持ちであることは間違いない。オペラ鑑賞も含めて、約5-6時間を一緒に過ごすわけだが、果たして話が持つだろうかー?第一、気取った人ばかりであろうオペラに行くのは肩がこりそうだった。気が重くなった。
断ろうと思ったが、「まだ一度も行ったことがないんだったら、絶対に行ったほうがいい」、「会場までの行きかえりやピクニック代は負担するから」と言われ、ややしぶしぶ承諾した。
知人はピクニックに持っていくハムやチーズ、パンなどのアレンジに走り回り、私はドレスと帽子をまず調達しなければならなかった。オペラの前に、午後3時頃からオペラ劇場の前で芝生の上に座り、まずシャンパンを飲むそうだ。優雅なドレスと色を合わせた帽子が必要となる。私は手持ちのドレスを使うことにし、赤い帽子を近所のチャリティーショップ(中古品を売っている)から調達した。一見、安物には見えない。
―会場へ
当日、自宅から2時間ほどかかるルイス駅まで知人に車で送ってもらう。トランクには巨大なピクニック用バスケットが入っていた。中にはイタリアのハム、チーズ、パン、サラダ、フルーツ、お菓子、皿とナイフやフォークが一杯だ。「今日は女性は何もしてはいけないよ。男性が女性の面倒を見るのだから。バスケットを持ったり、ピクニックを並べるのは男性の役目だからね」と知人に念を押された。
ロンドン市内から電車に乗ってやってきたA氏と駅で落ち合う。白の上下のスーツに蝶リボン。帽子をちゃんとかぶっている。私は帽子を車の中に置いてきていたので、しまった、と思った。ルイスの駅で正装で帽子はやや周りから浮き立つ。しかし、それを覚悟で堂々とかぶっていなければならない。もうすでにグラインドボーン・オペラはその服装から始まっているのだ。
あいさつもそこそこに、3人で車に乗り込む。グラインドボーン・オペラのピクニック地点まで車で行く途中、A氏は「もう何十年もここに来ているので、道順は任せてくれ」と運転をする知人に言った。「何十年も」ここ来れているのは、それだけ裕福な証拠だ。改めて聞くA氏の英語は一つ一つの言葉がはっきりと聞こえる。言葉のアクセントでその人の社会的背景が分ってしまう英国。A氏の発音は上流あるいは上・中流であることを示していた。何だか汗が出てきた。自分にはこういう人たちに混じってオペラやピクニックを楽しむ余裕はあるだろうか?
―広々とした庭
目的地に到着し、ピクニックのバスケットを車から降ろす。知人に別れを告げて、A氏と一緒に中庭に入った。見渡す限りの緑が広がる庭園。左手後ろにはオペラハウスがあった。先に来た人々がそれぞれテーブルを作ったり、芝生に敷物を敷いて、飲み物などを飲んでいた。
「さて、どこに座ろうか?」2人で少し歩き出すと、A氏は突然立ち止まり、中央部分の、周囲から全部見えるような場所で、「よし、ここにしよう」と言った。持ってきた敷物(ウール製の厚地)をさっと広げて、座りだした。「飲みませんか?」A氏が差し出したグラスを受けて、まずはシャンペンを飲む。一口飲むと、気持ちがすーっとした。
「グラインドボーン・オペラって、いつから始まったんでしょう?」と私は聞いてみた。(続く)(写真はMike Hoban)
ユニオン・デ・ファブリカンによる「ニセモノを買わないために注意すること」
09.08.10 by ユニオン デファブリカン カテゴリー: コラム
流通しているニセモノには2種類あります。
-ニセモノとして販売されているもの
-本物として販売されているもの
ニセモノを買いたくない方は、「ニセモノとして販売されているもの」を買わないでしょうから余り説明をする必要はないかも知れません。
でも、販売している方が「ニセモノ」と言っているつもりでも、買われる方は本物だと思い込んでしまうと言う事もありますので少し注意点を書きます。
*道ばたの露店で売られているブランド品は購入しないでください。
*本物の価格の10分の1以下で販売されているものは注意してください。
*日本語で説明がある場合、日本語がおかしいサイトから購入しないでください。
*インターネットのHPで販売していて、EMS等の国際小包で送付すると言うものは、注意してください。
*マークが違うけどあの有名ブランドの商品と同じという触れ込みの商品は買わないでください。
*インターネット・オークションで、「理解できる方だけ入札してください」等、ニセモノですという意味の隠語が掲載されている場合は購入しないでください。
日本語がおかしいサイトとは、「閣下の光臨を歓迎する」とか、「あなたが払う、わたしすぐに商品をおくる」とか、「税関に止まる、心配ない、すぐにもう一度送る」というものを言っています。
オークションでのニセモノだという意味の隠語については、サイトによって様々ありますので一概には言えません。「理解できる方だけ入札してください」、「価格から判断してください」等の隠語は、ほぼ全てのサイトで共通なのです。 しかし、あるサイトでは、「本物」とだけ記載してあれば「ニセモノ」という事で、「絶対本物」、「本物の本物」と書いてあったら、「本物」もしくは出品している人は本物だと信じているという商品という法則になっています。
だいたいのところ、このぐらい注意していれば、販売している方がニセモノと言っているニセモノを購入してしまうことはなくなるはずです。
―勉強は防御法になるか?
本物として販売されているニセモノを買わないようにする方法は、ニセモノと本物と差異をよく勉強すると言うことにはなりません。ハッキリ言って無理です。商品の数は多いですし、ブランドが生産する商品の仕様はすぐに変更されるのが常です。某警察が強制捜索をするから鑑定を現場でしてくれという要請があったとき、こういう要請は良くある話ですが、関係していた某ブランドの担当者からも委任を受けこれを持って行ってくれと出された資料の厚さが数センチ以上もあったと言うことがありました。1ブランドだけでそうなるのですから、著名ブランド全ての見分けが付くという方はいらっしゃいません。更に、ブランドは見分け方のポイントは公表していません。公表すれば、いずれは製造している者の耳にも入り、より精巧なニセモノを作られてしまいますし、そうなれば被害が拡大します。
ではどうしたらいいのでしょうか?
以下のことを守ってください。
*定価の3割以下で販売されている商品には注意する
*人気があり品薄である商品が多量に販売されている場合は購入しない
*販売者の所在や連絡先がハッキリ見えないときは購入しない
*購入する前に、購入しようとしているブランド・製品について質問し、販売者に説明してもらい、余りよく知らないようなら購入しない
*万一、ニセモノと判明したら代金を返すと言うところから購入する
傷ものでもない限り、3割以下の価格でブランド品が販売されることは少ないはずですから、安いといって飛びつくのは考え物です。
人気がある商品は、どこに行っても品薄です。そこだけにいっぱいあるはずがありません。
販売している方もどっかから購入しています。ブランドや商品について知識がない人は騙されている可能性がありますから、知識のない方から購入しない方が無難です。
ニセモノは多量に流通しています。ニセモノの流通現状をよく承知している人ほどニセモノを仕入れて販売する確立が低くなりますし、よく知っている人ほど万一が起こりえる危険を承知していることになるはずです。絶対に自分はニセモノを掴ませられることはないし、絶対にニセモノは販売しないと言い切る方は危険です。逆に、そう信じているならニセモノだったら返金するという約束も出来るはずです。結果、そう約束してくれるところから購入するのが安全と言うことになります。
―もし買ってしまったら
では、ニセモノと思われるものを買ってしまったらどうするのか?
多くの方がニセモノとハッキリさせようとします。消費者からの真贋鑑定依頼をブランドは受けていないのが普通ですが、仮に真贋鑑定書が発行されたとしても余り意味がありません。食料品に虫が入っていたというのであるならば、店は謝罪の上で商品を交換してくれるでしょうが、ブランドのニセモノはそうはいきません。販売しているところは、1個でもニセモノと認めれば、今まで販売したものが全部ニセモノで、在庫品もニセモノと認めることになると考えます。一人の消費者がブランドの鑑定書だけを持って、弁護士も連れず文句を言いに行っても、嫌な思いをしにいくだけです。
そう言う場合は、警察に行かれることをお勧めいたします。警察からの照会であるならばブランドも回答を致します。もし警察に行かれるのが嫌であるならば、手間がかかるのは嫌だし、ニセモノか本物かもどうでも良い、ともかく、お金が返れば文句はないと販売した方に言ってみることです。ニセモノを販売したと思っている販売者はお金を返金してくるはずです。本物だとの確信がある販売者の方は警察に行ってくれと言うでしょうが、その場合でも、警察の方が最初に行うのはブランドへの鑑定依頼となりますので、本物であったら販売者には何も起こりませんし、迷惑を被ることもないはずです。
片手落ちになるといけませんから書きますが、本物だと確信のある販売者の方は、「警察にどうぞ」と言ってください。現行のシステムではそれしかないのです。ニセモノとブランドが鑑定しない限り販売者には何の影響もありませんからご心配なく。
大手のインターネット・オークションやショッピングモールからは、それと判るニセモノは排除されつつあります。でも、画面からは判別できないニセモノは多量に流通していますので、注意して購入するようにしてください。
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ユニオン・デ・ファブリカンのウェブサイト
キャパの写真が「やらせ」―「弁解の余地がない行動」
報道写真家ロバート・キャパ(1913年―1954年)がスペイン内戦に従軍した際に撮影した、「崩れ落ちる兵士」(正式名は「人民戦線兵士の死」)は、兵士が頭を撃たれて倒れる瞬間を至近距離から撮影した。報道写真の最高傑作といわれる。スペイン南部アンダルシア地方のセロムリアーノで1936年9月5日に撮影したとしてフランスの「VU」誌の表紙を飾り、キャパは一躍有名になった。
しかし、この写真が本当に兵士の死の瞬間を偶然にもとらえて撮影したものなのか、この兵士は本当にこの瞬間に亡くなったのかどうかなど、その真偽には諸説がある。
今年7月17日、スペイン紙「ペリオディコ」(電子版)が、実際に撮影が行われたのはセロ・ムリアーノから約50キロ離れたエスペホ付近で撮影されたと主張する記事を掲載した。エスペホ付近での交戦は1936年9月22日から25日のみであったため、この写真は前線から離れた場所で撮られたものと断定した。ペリディコ紙は、1930年代から40年代にキャパが撮影した数々の写真を比較調査し、この写真は「やらせ」であったと結論付けた。
―英コラムニスト「弁解の余地がない行動」
真相はキャパ自身に聞くしかないが、例えやらせであったとしても、兵士の生と死の瞬間をとらえた作品としてのこの写真の価値は減じるだろうか?例え少々のやらせがあったとしても、その写真が真実を伝えた作品となった場合、問題視されるべきなのだろうか?
英日曜紙「オブザーバー」のコラムニスト、ユーアン・ファーガソン氏はキャパがやらせでこの写真を作ったのであれば、「弁解の余地がない行動」だったと結論付ける(7月26日付)。その理由は、この写真が、物事の「真実について考えさせる」「芸術作品」ではなく、「真実そのもの」であるとして掲載されたからだ。その違いは、例えば芸術作品を展示する画廊と、現実の一部を展示する博物館との違いであり、小説と新聞の違いである。
テクノロジーの発展で、写真を修整、編集することは簡単だ。「こんな時代だからこそ、私たちが見るもの、読むものが信頼できるものなのかどうか」が非常に重要なのだ、とファーガソン氏は書いている。
http://rawstory.com/news/afp/Iconic_Capa_war_photo_was_staged_ne_07172009.html
ロールシャッハ性格診断テストの結果をウィキペディアに掲載で論争
紙の上のインクのしみを見せて、何を想像するかを答えさせ、これを人格分析に使う「ロールシャッハ・テスト」。その図柄は多くの人におなじみだが、いかようにも解釈できるため、どのような反応をすればどのような分析になるかが、テストの受け手からすると見えにくい。このテストに使う10枚の図柄が、コメントつきでオンライン辞書ウィキペディア(英語版)に掲載され、論争を呼んでいる。テストの答えを公にするなんて、とんでもない、というわけだ。
ロールシャッハテストは、紙の上にインクを落とし、これを2つに折り曲げて広げるーするとほぼ左右対称の図柄ができあがる。10枚一組として性格検査などに使われてきた。
図柄の1枚はウィキペディアに以前から掲載されていたが、6月、米国の救急医ジェームズ・ヘリマン氏が10枚全ての図柄と最もひんぱんに出る答えをつけてウィキペディア米国版に掲載した。ロールシャッハテストはスイスの精神科医ヘルマン・ロールシャッハが1921年考案したものだが、米国での著作権は切れている。
他のウェブサイトにも図柄は掲載されていたが、人気のウィキペディアに載ったこと、10枚全部が「回答」つきで掲載されたことで大きな論争になった。このテストを診断の一環として使ってきた精神科医の一部は、テストの有効性が危うくなったと考えている。また、ニューヨークタイムズ紙(7月28日付)によれば、どのようにテスト結果を正しく判断するべきかを知らない「アマチュアの手に」こうした情報が渡ったことで激怒しているという。
ロールシャッハ博士の書籍を出版した会社を買収したドイツ企業は、ウィキペディアを運営するウィキペディア財団を訴える準備をしていると同紙は伝える。
ヘリマン医師は公開によって不利益をこうむったという「証拠を見せて欲しい」とニューヨークタイムズに語っている。同紙に投稿を寄せた読者の1人は、今回のウィキペディア掲載には反対としながらも、「熟練した精神科医はテスト結果を診断のあくまでも1つとして使う」と指摘している。
ニューヨークタイムズ記事
ウィキペディア英語版 ロールシャッハテスト(図柄は下方にある)
http://en.wikipedia.org/wiki/Rorschach_test
アマゾン、オーウェル作品「1984年」の削除問題で訴えられる
米ミシガン州に住む高校生ジャスティン・ゴーロンスキー君が、7月30日、電子書籍端末「キンドル」を販売するアマゾン・ドットコム社を訴えた。通信社などが伝えた。
ゴーロンスキー君は英作家ジョージ・オーウェル(写真右上)による、監視社会の恐ろしさを描いた小説「1984年」の電子版をキンドル上で読むために、6月、約1ドルでダウンロード購入した。ところが、7月になって、この作品と自分が宿題のために書き留めた、作品に関する「大量のメモ」がキンドルから消えている事に気づいた。「アマゾン・ドットコムが僕の宿題を食べちゃった」状態となったわけである。
ゴーロンスキー君は、アマゾン・ドットコムには一旦読者がキンドル用に購入した書籍を顧客に断りなく削除する権利はなく、これを違法行為と主張している。
アマゾン・ドットコム社が読者に無断で遠隔削除したのは、オーウェルの「1984年」と「動物農場」の2作品。再版権のない出版社によりこの2作品が販売されていたため、同社のシステムと読者の電子書籍用端末から7月17日、削除した。読者には販売代金を返還した。
「1984年」はオーウェル(1903年―1950年)の遺作(1949年出版)で、スターリン体制下のソ連を連想させる全体主義国家によって分割統治された近未来世界の恐怖を描く。主人公は部屋の中に置かれた巨大スクリーンを通じて、絶対的支配者「ビッグ・ブラザー」に常に監視されている。読者の許可なく、遠隔操作で作品を消してしまったアマゾンこそがビッグブラザーだ、とする声もある。
「ユニオン・デ・ファブリカン」を知っていますか?
09.08.01 by ユニオン デファブリカン カテゴリー: コラム
「ユニオン・デ・ファブリカン」という団体の存在を知っておられる方は少ないと思います。
「ブランド偽造品を排除している権利者団体」、一行で表現するとそうなります。
バーバリー、ダンヒル、ルイ・ヴィトン、グッチ、カルティエ・・・、皆さんが良く耳にされる有名ブランド、そのニセモノをなくすための活動をしています。
なぜユニオン・デ・ファブリカンの存在を知っておられる方が少ないのか、それは要するに私たちは隠れているからです。表現が適切かどうかは知りませんが、ブランドは「憧れの世界」、「光の世界」でなくてはなりません。影があってはならないし、仮にあったとしても隠されなくてはならないのです。
光に影はつきものですし、ブランド品にニセモノもつきものです。ニセモノを排除する活動は、影の中で皆さんの目に付かないようにと常に心がけています。だから皆さん知らないし、知らないと言って頂くとうれしい、そんな団体です。
だからと言って、怪しげな団体ではありませんし、全く隠れたままにもできないのが現実です。
―母体の創立は1872年
東京にある一般社団法人「ユニオン・デ・ファブリカン」の母体は、パリにある公益社団法人「Union des Fabricants」で、設立は1872年、明治5年です。更に、日本の警察が扱われる商標法被疑事件は、年間で200前後になりますが、その約80%まで「ユニオン・デ・ファブリカン」は何らかの関わりを持っています。
隠れたままと言うわけにも行かない理由はごく単純です。「消費者の皆さん、ニセモノが販売されています」、「気をつけてください」、「買わないでください」、「騙されないでください」と言わなくてはなりませんし、それを言うのが私たちの仕事です。人にものを申し上げるのに隠れているわけにもまいりません。因みに、この文章もそのために書いています。
法律などを改正してくれと言う場合もそうです。政府の「・・・本部」、「・・・委員会」に呼ばれて意見を言うのも私たちの役割です。ブランドという「憧れの世界」、「光の世界」はそのような現実的なことは言えませんし、一社が言っても意味がありません。「ユニオン・デ・ファブリカン」が行います。
ニセモノを作っている人、販売している人を警察に通知するのも私たちの仕事ですし、税関でニセモノが出た場合に対応すると言うこともします。
隠れてやっていることもあります。ニセモノの流通調査は隠れてやります。「調査しています」と宣伝しながら調査はできません。ニセモノを販売している人は逃げだし、隠れて、また販売します。ですから、調査は隠れてやる、これが常道です。
昨今はインターネットを通してニセモノが多量に販売されています。日本に於けるインターネットのオークションでのニセモノの存在率(100の出品の内、幾つがニセモノであるかを示す率です)は、2004年までが60%を上回っていましたが、現在では消費者がニセモノと判っていて購入されている類のニセモノは1から2%に押さえ込むことに成功しています。オークション運営者側も、24時間態勢で専用人員を使ってパトロールをしていますし、権利者側も巡回・監視していて、ニセモノを発見した場合は削除(正式には、「発信情報の停止処置」と言います)依頼をオークション事業者にするということも行っています(だからと言って、インターネットで安心して買い物ができる環境は整っていません。消費者を騙す、それと判らないニセモノが大量に流通していますので気をつけてください。どう気をつけたらよいのかは、次に書くようにします)。
権利者からの削除依頼を取りまとめ、内容に錯誤がないかを確認し、オークション事業者に伝達するのは私たちの仕事です。削除依頼は、プロバイダ責任制限法第3条に基づいて行われていますが、その運用ガイドラインが定める「信頼性確認団体」として「ユニオン・デ・ファブリカン」は認定されています。ここでも巡回・監視は隠れて行いますが、「信頼性確認団体」としてのオークション事業者への伝達作業は隠れて行うわけにはいきません。
「ユニオン・デ・ファブリカン」は、あまり名前は知られていませんが、そんな活動をしている団体です。
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ユニオン・デ・ファブリカンのウェブサイト
写真は1つの事件で押収された衣料品を廃棄しているところ。ユニオン・デ・ファブリカン提供



