図書館で電子書籍を借りる話

09.10.26 by   カテゴリー: 日々の出来事

英国のいくつかの図書館では無料で電子書籍を借りることができる。その結果、図書館の利用者が増えているという。まず、このサービスを提供する地元の図書館で名前を登録し、図書館のメンバーとなる。図書館内であるいは自宅で、その図書館のウェブサイトにアクセスし、自分のメンバー登録の数字を入力する。すると、選択した電子書籍をコンピューターにダウンロードできるようになっている。

これを自分が所有する電子書籍閲覧端末、例えばソニーのe-Readerなどに流しこんで読むこともできる。米国で人気が出て、英国を含む世界各国で10月19日から発売となったアマゾンの電子書籍閲覧端末キンドルの場合は、その書籍がキンドルが認可した書籍のリストに入っていないと、移し変えることはできない。

図書館から借りた本は返すのをついうっかり忘れたり、返しにいくのが面倒で返却日が過ぎてしまうことが多いものだが、この電子書籍閲覧サービスの場合、返却期間(2週間ほどである場合が多い)を過ぎると、自動的に消えてしまうのだそうだ。

今のところ、このサービスが利用できるのは英国では南部のルートンなど3箇所のみだが、北部リバプールをはじめ、他の地域でも利用が可能になる予定だ。原則はその土地に住む人あるいは働いている人に向けてのサービスだ。

電子書籍は図書館側にとっては、本が破損したり盗まれたりというリスクを軽減する点で好都合で、図書館まで実際に足を運ぶのが難しい人にとっても便利となる。

といってこれで将来的に紙の本がなくなるかというとそうではなく、英テレグラフ紙(10月26日付)の取材に対し、「紙も電子書籍も並列で存在するのが普通になる」と司書団体のトニー・ダンカン氏が語っている。

未来を予言する男ブルース・ブエノ・デ・メスキータ

09.10.22 by   カテゴリー: ニュースあれこれ

未来を予言するなんて、果たしてできるのだろうか?Predictioneer(預言者)」というタイトルの本を最近出した、ブルース・ブエノ・デ・メスキータ氏によれば、「できる」そうだ。

ブエノ・デ・メスキータ氏は米国の政治学者で、現在、ニューヨーク大学政治学科の教授だ。同氏は「ゲーム理論」を使って、政治、金融あるいは人々の未来を予測する。米CIAのコンサルタントでもあって、これまでの様々な予言の的中率は90%だとCIAが言っているそうだ。

ゲーム理論とは何か?オンライン辞書などを検索すると、「複数の当事者が存在し、それぞれの行動が影響しあう状況(これをゲームとする)において、それぞれの人物が自分自身の利益に基づいて相手の行動を予測し、意思決定を行うとする考え方」のことを指す。―これではやや分りにくい。

ブエノ・デ・メスキータ氏は最近訪英し、10月19日、BBCの「スタート・ザ・ウィーク」という番組に出演した。その時の様子から、同氏の言葉を拾って、どうやってものごとを予測しているのかをたどってみよう。

氏によれば、未来の予言は数学、科学、さらにいかにある個人が自分の利益や関心に沿って行動を起こすかという要素を組み合わせながら分析している。

「人と人は、『戦略的に』互いに影響を及ぼしあっている。物理の世界と比較すると、粒子はそれぞれ互いに影響を及ぼしあっているが、戦略的には動いていない」のだそうだ。自分がこの行動を行ったら、次にどんな影響が自分あるいは他人にあるのか、そんなことを考えながら、すなわち「戦略的に」動いている、ということだろうか。「人は自分が一番良いと思うことを選択して行動を起こしているので、その先に何が起きるのかを予測しやすい」と同氏は説明した。

―「イランは核兵器を開発しない」

予言の的中率の高さを誇るブエノ・デ・メスキータ氏に国際情勢を見てもらうと、まず、「イランは核兵器を開発しない」という。「核兵器を開発できるほどの核燃料などはある。しかし、国内の勢力争いや他の様々な理由から、イランは開発をしないことにしている」と断言。

それでも、「いつか開発するのではないか」と思わせておくこと自体がイランにとって有利に働くという。「国内的には、核兵器を持てるほど国力があると思わせることができる上に、アラブ諸国に対しても国力を誇示できる利点がある」。

9月に出版された著作「Predictioneer(預言者)」の中で否定的な見通しを示しているのが、地球温暖化に向けての各国の動きだ。12月にはデンマークの首都コペンハーゲンで、国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)が開かれる。地球温暖化対策をめぐる協力体制で、米英両国は包括的な協定作りに力を入れている。

BBCの番組の中で、ブエノ・デ・メスキータ氏はCOP15は「うまくいかない」し、かつ「うまくいかなくてもあまりたいしたことはない」と発言した。包括的国際協定そのものが、実際は「何もしなくてよい、あるいは現状維持とされる国が圧倒的になるだろうから」だ。「自分は政治家不信だ」とする同氏は、「各国が本気で削減を実行すれば、何らかの効果があるだろうが、現状はそうなっていない」と厳しい見方をしている。

CIAから同氏の予測は「90%正確」とされているもの、当たらなかった10%の中には、「イスラエルがパレスチナ問題でPLO側と3年以内に和解する」と予測したことだそうだ。まだその3年は過ぎていないものの、「実現はむずかしそうだ」と認める。「持っていたデータが十分ではなく、状況の変化は自分の予想を超えていた」―。

*参考BBC「Start the Week」http://www.bbc.co.uk/programmes/b00n7ymb#synopsis

「世界の裁判員-14カ国イラスト法廷ガイド」

09.10.18 by   カテゴリー: レビュー

sai2 市民が司法審理に直接参加する、裁判員制度が施行となってからほぼ5ヶ月となる。最初の公判は83日、東京地方裁判所で行われた。

開始前は制度の是非についてずい分と議論が起きて、書店に行けば、関連本が山積みにされていたものだ。あまりにも多すぎる、一体どれから手をつけたらいいのだろうか・・・そんな感じを持った方もいるのではないだろうか。

それでも、「世界の裁判員―14カ国イラスト法廷ガイド」(日本評論社)をもし書店で見かけたら、軽く手にとって見ていただきたい。ちょっと違う感じなのである。

市民が裁判審理に加わる仕組みと言えば、米国の陪審員制度(映画「12人の怒れる男たち」が著名)が良く知られている。この本が注目したのは、世界のほかの国でも同様の制度があることだった。その国によって呼び方は様々なので、ひとまず、日本式に「裁判員」制度として、米国、オーストラリア、英国、ポルトガル、フィンランド、ブラジル、ガーナ、韓国、フランス、イタリア、ドイツ、デンマーク、中国、日本を紹介した、というわけだ。

書いたのは共同通信の澤康臣記者とジャパンタイムズの神谷設子記者。2人が世界を駆け回る。実際に裁判所に入って公判を傍聴し、裁判員になった人にも本音を聞く。人を中心にした話になっているので、非常に読みやすく、「裁判の話=難しそう・・・」という部分がない。

そして、この本のユニークなところは表紙から本の中味にまで入っている、澤記者が描いたイラストだ。英国では裁判所の様子をスケッチし、実はスケッチはしていけないことになっているので、せっかく描いたものを没収されるという羽目にもあっている。写真撮影が禁止されている裁判所も多いので、イラストが結構リアルに雰囲気を伝えてくれる。また、最初の頁から読まなくても、好きなところから読んでもよいつくりになっている。

いくつかの国の箇所を読むと、「世界はいろいろだなあ」と実感できる。人が人を裁くには「これだ!」というパーフェクトな方法がないことも分ってくる。

そして、日本の裁判員制度に関するいろいろなまじめな議論がちょっと吹っ飛ぶ感じもある。「ま、いいじゃないか」「肩の力を抜いて、とりあえずやってみようじゃないか」-そんなメッセージが伝わってくる。

「消されたヘッドライン」-絶滅したかもしれない新聞記者の話

09.10.03 by   カテゴリー: レビュー

st2 この映画は元々、英国の連続テレビドラマ「ステート・オブ・プレー(State of Play)」(2003年、BBCで6回に渡り放送)だった。第1回目の放送当時、新聞各紙に絶賛されたと言う。

 新聞業界を扱った作品と言うことで、日本の「クライマーズ・ハイ」(横山秀夫氏の小説。後にテレビドラマ及び映画化)のようなリアルで手に汗を握る映画を想像した。

 4月に映画が公開となったが、テレビドラマを放映した本家英国の評価は必ずしも熱狂的ではなかった。特に疑問視されたのが、ラッセル・クロウ扮する主人公の描写だ。足で情報を取り、今流行りのブログには見向きもしない、昔かたぎの新聞記者という設定なのだが、「どうもヘン」であるようなのだ。「ボサボサの長髪、ラフな格好、机は資料で一杯で身動きができない」なんていう新聞記者は、もういないのでは?と。現在のリアルな新聞記者は「みんなしゃきっとしたスーツを着ている」と。

 考えてみれば、それもそうだった。特に大手新聞社の記者となれば、会社員として職場にいることから、スーツ姿が普通の格好だ。リラックスをした格好をしているのは、ジーンズ姿が多いテレビ界かもしれない。

―友情をとるか、スクープをとるか

 映画の舞台はアメリカの政治のメッカ、ワシントンDC。「ワシントン・グローブ」紙のカル・マカフィー記者(クロウが演じる)は、大学時代からの友人で国会議員のスティーブン・コリンズ(ベン・アフレック)の事務所で働いていた女性職員が地下鉄で亡くなったことを知る。「自殺」と報じられたが、コリンズはマカフィー記者に「自殺では絶対にない」と告げる。女性はコリンズの愛人でもあった。

 コリンズは民間傭兵調達会社の不正疑惑を調査中で、女性の死の背後には国家機密や巨大ビジネスの関わりが見え隠れする。

 マカフィー記者は若い同僚でブロガー記者のデラ・フライ(レイチェル・マッカダムス)と共に真相究明に着手してゆく。

 ドラマは先に進むにつれて二転三転してゆくのだが、アフレック演じるところのコリンズ議員はマカフィー記者に対し、「スクープが取りたくて自分に近づいているのか、それとも友人として質問をしているのか」と聞く。これがこの映画の1つのテーマだろう。やや複雑なストーリー展開(一度で全てを理解できる人は少ないかもしれない)の中で、何度も浮かび上がるのが「仕事熱心なマカフィー記者が最終的にはどこに忠誠心をおくのか」「友人を裏切ってもスクープ報道を優先するのかどうか」という点だ。自分ならどうするだろうー?

 マカフィー記者は議員の妻とも深い関係にあり、公私入り混じっての調査が続く。映画を観ている方も、記者の本心がどこにあるのかと疑問で一杯になる場面が多々あった。

―アナクロ?

 友情か真実追求かで悩むという大きなテーマをひとまず脇に置くと、この映画で最も注目されるのは新聞記者の描き方かもしれない。英新聞が指摘したように、クロウ扮するマカフィーはいかにも古いタイプの新聞記者。見た目がもさっとしていて、何日もシャワーを浴びていない感じだ。車で出勤する場面では一昔かふた昔前の音楽に合わせて車中で歌いだす。何だかいかにも古臭い。1970年代か1980年代をそのまま生きているように見えた。若い女性記者で同僚となるフライに対する態度も古臭い。ネットで情報を集める、ブログに書くのが当たり前というフライ記者を鼻で笑う。今時ネットに対してこんな態度をとる新聞記者なんて、ほとんどいないのではないか。別に見た目なんてどうでもよいのだけれど、あまりにもステレオタイプ的な新聞記者像だった。マカフィー記者がまるで昔の新聞記者(今は存在しない)のパロディーにさえ見えるのだった。

 ベテランの英女優ヘレン・ミレン(映画「クイーン」ではエリザベス女王を演じた)扮する編集長は、「クイーン」の演技が夢だったかと思うほど、薄っぺらい感じに見えた。発行部数や広告収入下落のプレッシャー(ここはリアル)に悩み、記者にハッパをかける編集長役だが、何だかヒステリー気味の上司にしか見えなかった。ちょっと残念である。マカフィー記者の相棒となるフライ記者を「経験不足」という理由で配置換えさせようとするのもさびしい。懐の深さが出るような場面があればと思った。

 終わりの方で、コリンズ議員とマカフィー記者が対決し、議員が「そんなことを言っても何の意味もないよ」というようなことを言う。「どうして?誰も新聞なんか読んでる人はいないからか?」と記者が問い返す。実際、米国の新聞は広告収入の下落と不景気で窮地にある。ドキッとするほどリアルだった。

 最後には事件は解決し、マカフィー記者とフライ記者が共に原稿を作り上げ、紙面に送るキーを押す(本当はゲラの確認などがあるだろうし、ここで作業は終わりではないのだが、それはそれとして)ー。二人の新旧の記者の間に温かい感情が流れる。右往左往したストーリー展開を最後まで見てよかったなと思う瞬間である。

 

 

 

 

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