ロシア人の心とは? 未知の世界に夢と理想を求めて葛藤

ru4 ロシアの物語は、よく次のように始まる。「むかしむかし、ある国のある家に誰それが住んでいました」。そして主人公は大体遠くへと旅に出かける。皇太子イワンは、自分の行き先もわからずに火の鳥を探しに、或いは賢女ワシリサを求めてはるか遠い国へと出発する。つまり、旅はロシアのおとぎ話でいつも使われる筋書きの主題なのである。主人公は必ず未知の場所に向かって出発し、大変な、さまざまな困難を克服する。おとぎ話の中には「未知の世界へ出かけて見知らぬものを持ち帰れ」という題名のものもある。

実際、ロシアの大地・空間は広大である。昔、人々が遠くに離れ去る時、例えば、娘が遠くに嫁いだり、息子が村から町に出たりする場合、何年もあるいは2度と会えない可能性があった。

ロシアに住んでいる人たちには自分と国を不可分の一体、即ち自分の「家」として感じることは難しい。「母国」はいつも遠方・遠地であり、「母国の広大な空間」なのである。

「母国の広大な空間」については、ロシアの小学生が初めて学校に入学したときに読む初等読本の「母国の広大な空間」」には、次のような歌が沢山載っている。

広き我が祖国

花咲く草原 畑よ森よ

これぞ偉大なる 労働のみのり

自由の大地 広き畑

美わし豊かな 我が大地よ

美わし豊かな 我が大地よ

何百万という人々がスターリンの収容所に入れらたあの恐ろしい1936年に作られたこの歌を、ロシア人たちは良く知っている。この歌は数年の間、ソ連時代のラジオ放送のコールサイン(呼び出し曲名)として使われていた。

人は国に境界があることを感じていないと、未知の地平線を越えて出かけていこうとするようになるのである。

無限の空間を「開拓すること」は、ロシアの特有な観念だ。長期間に渡ってロシアの旅人は地平線のはるかかなたへ向かい、シベリア・極東・コーカサスの土地を開拓してきた。ウラジオストク(東方を支配する)やウラジカフカス(コーカサスを支配する)という町の名前はその特徴的なものである。一昨年ロシアが北極圏の大陸棚の大きな部分をロシアの所有であると宣言したのは、その傾向の一つの現れである。

無限の空間というものはいつでも不確かで未知なるものだ。それ故、自由というものはいつでも無秩序、有名なロシア語の「タスカー:寂しさ・憂鬱」となる可能性がある。「タスカー」というのは魂が不確かな何かを求める感情であり、何かわからない不確かさ故に、人を悲しい感じにさせる。この感情があるために、人は運命や幸運といったものを信じたくなる

ロシア語の有名な “Авось”「アヴォシ」という言葉は普通、「多分」「ひょっとしたら」と訳される。だが、「アヴォシ」は常に、ひとりでにすべてがうまくいくのではないかという期待も表現する(「大丈夫さ」「何とかなるさ」)。自分では何もしなくても(ロシア語には日本語の「頑張る」に正確に対応するものがない)、不愉快な状況からの出口がひとりでに見つかる(というニュアンスがある)のである。

ロシアのおとぎ話「ひとりでに(カマスの命令で)」の主人公エメーリャも、このように振舞う。つまり、暖炉の上で寝ているだけで、すべてが自然にうまくいくのである。

“По щучьему веленью”「ひとりでに(カマスの命ずるところ)[抜粋] (カマス:細長い体の食用海魚)

昔々ある所におじいさんが住んでいました。彼には3人の息子がいました。二人は賢く、3番目のエメーリャは馬鹿でした。二人の兄弟は仕事をしていましたが、エメーリャはというと、一日中ペチカの上で横になっていて、何もしようとしません。ある時、兄弟が市場に行っていない時に、兄弟の嫁たちが、エメーリャを水くみにやろうとしました。

エメーリャはペチカの上から彼らに答えて言います。

―いやだよ

―行って来てよ、エメーリャ。

―もう、分かったよ。

エメーリャはペチカからはい降りて、川に行きました。エメーリャは氷にくり抜かれた穴にカマスを見つけました。カマスを手に捕まえると、それは、突然人間の声で話し出したのです。

―エメーリャ、僕のこと放してよ。そしたらあんたの役に立つからさ。

エメーリャは笑って言います。

―お前が何の役に立てるというんだい。

カマスは彼に聞きます。

―エメーリャ、エメーリャ、あんたが何を望んでいるのか言ってごらんよ。

―バケツどもが自分で歩いて家に帰って欲しいもんだよ、 しかも水がこぼれないようにね。

カマスが彼に言うことには、

―僕の言葉を覚えておくんだよ。何か望むことがあったら、「カマスの命ずるままに、僕が望むままに」とさえ言えばいいんだよ。

エメーリャは言いました。

―カマスの命じるままに、僕が望むままに、バケツども、自分で家に歩いていくんだ...

そう言うや否や、バケツはひとりでに家に向かって歩き出しました。エメーリャはカマスを穴に返し、自分はバケツの後を追って歩き出しました。

バケツが村を歩いていくと、人々は驚いている様子。でもエメーリャはその後をただ笑って歩いているばかり。バケツは百姓の家に入り、自分で長椅子の上に載り、エメーリャは、ペチカによじ登りました。.エメーリャは皇女マリヤと結婚し、国を治めることになりました(ハッピーエンド)。

他にも次のような例がある。ロシアの船乗りとスペインのイルミンコンチータとのロマンチックな愛の物語「ユノナとアヴォシ」というミュージカルだ。“アヴォシ”とは、船乗りレーザノフがアメリカへ航行する時に乗っている帆船の名前である。

「何事もないだろう(無事に済むだろう)」(橋が危ない状態であるのに、それを修理しない。今にも崩れ落ちそうな屋根を修理しない。原子力発電所を建設しているものの、しかるべき防御システムがない:何も悪いことは起こるまい)ー。

「На авось(運まかせに)」は、理性に反して何も悪いことは起こらないだろう、何とかうまくいく、或いは何事もないだろうと期待すること、幸運や僥倖、ハッピーエンドを当てにすることを指す。当てずっぽうに、あらかじめ何も考えずに、といった意味である。

有名なお笑い芸人アルカージイ・ライキンが買い物網を意味するавоськаという言葉を考えついた。(よもやそこから何も落ちることはないだろう。)これは糸で編まれた買い物網に穴が沢山あいているようなものである。もし、買ったもののサイズが穴よりも大きければ、落ちることもない。

ロシア人は СУДЬБА”(スヂバ)「運命」という言葉をавосьと同じように理解している。

ある人がいつも車を道路の真中に、時として何日も鍵を閉めずに放置している。

「どうして君は車の鍵を閉めないんだい?-と彼は聞かれた-今の時代じゃ皆、自分の車には鍵を10個ずつつけているよ。」「それは、運命を知らない奴らさ。」-と彼は冗談でも言うかのように答えた。

ロシア人はいつも理想・完全調和・究極の美を追い求めているが、それらは到達不可能なのである。20世紀の共産党のユートピアはこの典型的な例だ。

ロシア人は常に国の運命を心配する傾向がある。多くのロシア人作家や思想家が心を痛めながらもロシアの運命を扱うのは偶然ではない。彼らはただロシアの運命を定めよう(裁こう)とするのではなく、ロシアを住み良くして思考の中だけでも、その去りやらぬ秘密、永遠の謎を理解しようとするのである。(ソルジェニーツィン「ロシアをいかにして住み良くすべきか」)。

人間の魂の中の未知なる分野へと探求する心が偉大なロシア文学を生み出すことになった。「人間の心を、暗黒の部分も含めて、言い尽くす」という崇高な目標でドストイェフスキーは小説を書いた。ロシア文学の世界というのは到達不可能な理想に向かっての永遠の戦いなのである。

自分自身さえ理解できないのに、夢や現実における理想を求めて葛藤しているロシア人をいったい誰が理解できるのであろうか・・・・。

(日刊ベリタより転載)

英国国教会信者が過去400年以上の歴史を覆しても、改宗を望む理由とは

09.11.14 by   カテゴリー: ニュースあれこれ

「英国国教会には希望、愛情、品位のかけらもない」「沈み行く船を見捨てる時が来た」-元国教会の司祭で、18世紀の英国を舞台にしたベストセラー冒険小説「シャドーマンサー」の著者としても知られるGPテイラー氏は、英地方紙「ヨークシャー・ポスト」紙(11月6日付)にこう書いた。英国国教会の「行き過ぎたリベラルさ」(同氏)に嫌気が差し、カトリックに改宗予定だという。

16世紀、イングランド王ヘンリー8世の離婚問題をきっかけにカトリックから独立して成立したのが英国国教会(プロテスタント系)。その過去400年以上の歴史を覆すような動きが最近起きている。

10月下旬、ローマ法王庁(バチカン)は英国国教会の信者の受け入れ方針を表明し、今月9日には受け入れ規則を正式に発表した。「こちらに来たい人はウェルカム」というメッセージだ。テイラー氏は数千人にも上ると見られる改宗者の中の一人になりそうだ。

テイラー氏にすれば「胸がつぶれる思い」で改宗の決断をしたという。何故それでも改宗しようというのだろう?

「行き過ぎたリベラルさ」の具体例として問題視されているのは、女性聖職者や同性愛者の扱いだ。

英国国教会とその世界的組織である聖公会(アングリカン・コミュニオン)の中では、長年に渡って、保守派と自由主義派が女性聖職者、同性愛者の主教選出、同性愛者同士の「結婚」の祝福問題を巡り、議論を戦わせてきた。

2003年、同性愛であることを公表してきた聖職者ジーン・ロビンソン氏が米ニューハンプシャー州の主教になった。同性愛行為を罪としてきたはずの聖公会で、高い指導的立場を果たす主教が同性愛者となり、保守派にすれば最後の砦が崩れた印象を与えた。

女性司祭は90年代から認められていたが、主教就任まで認める方向で現在調整が続いている。保守派は聖書の教えを元に指導者は男性であるべきと考え、自由主義者派は女性主教が認められないなら、女性は男性より一つ下の存在になるとして、女性主教の実現を支持している。

「今どき、男女同権や同性愛を認めないなんて頭が固すぎる」「社会の変化に適応していない」―。多くの人は保守派に対してそう思うかもしれない。

しかし一方では、昨今の英社会では同性愛に対する認識や家族の形態が大きく変化しており、英国国教会信者ではなくても、戸惑いを覚える人が少なからず存在しているのも事実だ。

英国では結婚をせずに同棲したまま子供を産んでも眉をひそめられることはない。結婚した男女から生まれた子供の割合は全体の三十数%で、子供は結婚した夫婦が作るものと言えなくなって久しい。

異性同士の法的結婚の地位が低下する一方で、05年、同性同士の事実上の結婚を可能にする「シビル・パートナーシップ法」が法制化された。08年には、女性が体外受精の治療を受ける際、父親の存在が必須にはならないよう法改正が行われた。レズビアンのカップルが男性の介在なしに子供を持てるようにという配慮があったと言われている。同性愛のカップルだって、子供を育てたい人がいる。それを社会が疎外してはいけないという考え方があるのだ。もはや、「両親=一組の男女が構成するもの」という概念は崩れつつある。

家族とは何か、人と人をつなぐ絆は何になるのかー?英国に居住する一人一人が問いかけをする時代となった。

英国国教会信者のカトリックへの改宗は、社会が急速に変化し、家族の概念が大きく変わっている現況に対する、彼らなりの最後の抵抗なのかもしれない。

スペインの風力発電に新記録 サパテロ社会党政権の電力政策で

09.11.10 by   カテゴリー: ニュースあれこれ

スペインでは、風力発電による電力生産が8日午前3時20分~8時40分の間に消費量の53.7%(11,546メガワット)に上った。スペイン電力配信網管理局REEのルイズ・アチエンザ局長が9日発表したところによると、3月5日に達成された消費電力44%の生産記録を約10ポイントほど更新した。原発11基分に相当する電力量であるという。

記録更新の理由は、8日は強風がスペイン半島を吹きまくったからだという。サパテロ社会党政権は原発依存の電力体系から抜け出ようとしており、スペインではいたるところに風力発電器が建設されている。同発電器容量の規模も大型化している。スペインでは原発基地の新設はなされてない。

スペインの電力生産では水力発電の占有率は9%~10%で、太陽発電は2・5%である。隣国フランスは原発中心で同国の風力発電の生産能力は4、233メガワットだ。

10月、米高官がスペイン訪問時、「スペインの電力体系を見てみると、自分はスペインの未来が見えるようだ」と話していたという。これはドゴール仏将軍が「フランスの将来はエネルギーの独立にある」といって原子力を推進した話が下敷きになっているようだ。

スペインは、消費電力の需要が大きくなる時に風力発電が作動することを期待している。スペインの2040年の風力発電の生産目標は4万メガワットだ。

アフガン駐留英兵5人が地元警察官に射殺され、ますます深まる派兵への疑問

09.11.06 by   カテゴリー: ニュースあれこれ

1人、また1人と死んでゆくー。アフガニスタンに派遣されている英兵の死亡記事が途切れることなく続いている。

3日、アフガン南部ヘルマンド州で駐留中の英兵5人がアフガン人警察官によって射殺される事件が起きた。この日午後、警官は英軍とともにパトロールに出かけた後、発砲。その後に逃げ去ったため、動機は分っていないが、反政府勢力タリバンのシンパだったとする見方が強い。アフガン駐留中の英兵の犠牲者数は今年これで92人となった。

英兵たちはアフガン警察官らを訓練中で、同じ宿泊施設で寝起きを共にしながら教えていた。同僚・味方と思っていたアフガン警察官から銃を向けられた駐留英軍の衝撃は大きい。果たして、アフガン派兵は意味があるのだろうか、何らかの功績を残しているのだろうか、地元民からは歓迎されていないのではないかー?英国民の派兵に対する疑問が深まる。

4日、5人の死が伝えられると、英国内では若い死を悼む感情と「一体何故ここまでして英軍は駐留しなければならないのか」という声があがった。昨年まで政府のアフガニスタン戦略を担当してきたキム・ハウエルズ労働党議員は、テレビカメラの前で英軍撤退を訴えた。理由はこのまま駐留してもアフガニスタンの安定化を達成するのは困難で、テロ防止などに力を入れたほうが賢明と考えるからだった。

―砂の上の信頼感?

同日夜のチャンネル4のニュース番組には、アフガニスタンで駐留経験を持ち、警察官らの訓練を担当したダグ・ビートル大佐が出演した。大佐は、アフガン警察官が先進国で想像するような警察官とはやや違うことを説明した。

「アフガン警察がどんなものか、どこに欠点があるか、駐留英軍は十分に承知している。その殆どは元々警察官だったのではなく、傭兵のような存在で、出身地の部族の慣習や家族、反政府勢力から影響を受けやすい」「だから私たちは常に、いつかはこちらにはむかうことはあるだろうということを承知していた」。

アフガン警察と訓練を担当する英兵の関係は「非常に緊密」だという。「互いの人生について、家族について、よく話す。生活も一緒だ。同じ施設で寝て、同じ食べ物を食べて、共に戦う。ほとんどの場合は何の問題もない」

しかし、今回のような射殺事件は「非常にまれ」とする大佐自身も危険な目にあったことがある。「アフガン警察官が私に銃口をむけたことは何度もある。何とか落ち着くように説得したんだ」。

2006年、大佐がパトロールに出かけた時、反政府勢力とアフガン警察官らが混じった集団から撃を受けたこともあった。大佐を含めた英兵たちに銃口を向けて動けないようにした後、アフガン警察官らが囚人を殺す場面を見せられたこともあった。

麻薬も大きな問題の1つだ。警察官らはヘロインや大麻におぼれている場合が多く、検問所に行ってみると床に麻薬を注射した後の注射器が転がっているのをよく見たという。

チャンネル4は大佐の話の後に英兵らがアフガン警察官らを訓練している場面を映し出した。カメラが回っているせいだろうか、深緑色の制服に身を包み、西欧風の帽子を被り、どことなく茫然自失とした表情で一列に並ぶ警察官たち。英兵が指令を与えている場面では、英兵は母語の英語で話すが、警察官は英語が分らないようで、おそらく、誰か通訳を使っているのだろうけれど、どことなく物悲しい。着慣れていないような洋服に身を包む警察官らは、ヘルメットに重装備の英兵と比較して、頼りなげにも見えた。一体どんな思いで、外国の軍隊の指令を受けているのだろう?

アフガン警察官へのインタビューを見たわけでも、直接話を聞いたわけでもない。しかし、その胸のうちをーー分るはずもないのだがーー想像せざるを得なかった。胸をはった状態ではないことは確かだろう。

番組には、アフガンで息子を亡くした父親も出ていた。「私の目からすれば、政府はアフガンをこの先どうしようというのか、戦略が見えない。アフガン警官の訓練も小手先だけの方法に見える」「このままこの戦争に勝つことができず、戦略もないのであれば、直ぐにでも撤退した方がよい」と話す。「もし戦略があって、やる価値があると思うなら、もっと人材や資金を投入して、ちゃんと戦って欲しい」。

アフガン人の通訳も出演していた。「アフガン人からすれば、この戦争が2001年に始まってから、生活がよくなった感じがしない。だから反政府勢力タリバンへのシンパは常に生まれる」と話した。

アフガン警官たちは市民からどのように見られているのだろうか?

アフガニスタンでドキュメンタリー映画を撮り続けているナディーヌ・ゴーリン氏が5日のBBCのラジオ番組「TODAY」に語ったところによると、アフガン警察は「忘れられた存在」になっていたという。外国兵の訓練の焦点は当初アフガン軍に傾けられていたためだった。「戦略的に大きな間違いだった」。アフガン警察官でタリバン勢力の一部となる人が増えていったという。結果的に、普通の市民の安全を維持する警察の機能が十分に働かなくなった。誘拐、強盗、殺人にも手を染める集団として市民は警察官をとらえており、「不信感が強い」。

ー70%以上が撤退を希望

世論調査会社ユーガブがチャンネル4のために行った調査によると、英兵の早期撤退を求める人が増えている。2週間前の調査では、タリバンを打ち負かすことができると答えた人は42%だったが、5人の英兵の死が報道された後では、「アフガン戦争に英国は勝利できる」と答えた人は33%に。57%は「勝てない」と答えている。73%が直ぐにあるいは来年終わりまでに撤退するべき、とした。

現在、アフガニスタンには約9000人の英兵が駐留している。2001年の開戦から現在までに229人が亡くなった。

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チャンネル4・番組

http://www.channel4.com/news/articles/world/asia_pacific/afghan+policeman+kills+five+uk+soldiers/3410697

20世紀最大の知性、レヴィ=ストロースが101歳で死亡

09.11.04 by   カテゴリー: ニュースあれこれ

 世界の哲学・文学・思想界に多大な影響を与えたフランスの構造人類学者レヴィ=ストロースが10月31日夜から1日の朝にかけて亡くなった。同氏の代表作「悲しき熱帯」(1955)の出版社Plon社が3日発表し、多くのフランスの新聞・雑誌が報道した。

 同氏はアルザス地方のユダヤ人家庭に1908年11月28日に生まれた。今月101歳を迎えようとしていた。哲学で教授資格試験を得て高校で哲学を教えた。ブラジルのサン・パウロ大学へ社会学を教えるために旅たち、そこで部族社会の研究に取りかかる。

 1939年に帰国した後は構造主義を提唱した。1948年には人類学博物館副館長になっている。1959年に高等教育機関コレージュ・ド・フランス教授。1973年にアカデミーフランセーズ会員(座席29番)に就任している。

 1977年秋には国際交流基金の招聘で来日して東京(朝日講堂)と京都(国立京都国際会館)で講演をおこなった。

 昨年、フランスの知的宝庫であるプレーヤード全集に同氏の書籍が収められた。

 晩年は生物学的多様性を擁護し人類の発展主義を告発することに従事した。20世紀の巨大な知識人レヴィ=ストロースを社会学者のピエール・ブルデューは「不条理で証明不可能な先見的に理解できないと思われた事柄を理解するための概念的な道具を与えた」人だという。

 レヴィ=ストロースは、人類学者としての立場からはエントロピー論者で不可避的な無秩序という破壊的な世界が取り囲む人間の責任を意識していた人だともいわれている。

 レヴィ=ストロースは、「人類は毒された体制下に寄生して生きていて、それは私の好きな世界ではない」といっていた。

***

メモ
構造主義とは(ウィキペディアより)
―狭義には1960年代に登場して発展していった20世紀の現代思想のひとつであり、広義には、現代思想から拡張されて、あらゆる現象に対して、その現象に潜在する構造を抽出し、その構造によって現象を理解し、場合によっては制御するための方法論を指す言葉である。構造主義という名称から、イデオロギーの一種と誤解されがちであるが、今日では、方法論として普及・定着している。数学、言語学、精神分析学、文芸批評、生物学、文化人類学などの分野で構造主義が応用されている。

ジェノサイドの主犯とされるカラジッチ被告が旧ユーゴ戦犯法廷に初出頭

09.11.03 by   カテゴリー: ニュースあれこれ

 ボスニア戦争(1992-1995年)での戦争犯罪、人権違反のジェノサイド(大量虐殺)などの罪に問われている元セルビア人勢力指導者ラドバン・カラジッチ被告(64)が、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(オランダ・ハーグ)に3日出廷するかどうかが危ぶまれていたが、同日の現時時間14時15分、「ついに法廷に初出頭した」と仏語新聞「エル・ワッタン」やフランス通信(AFP)が伝えた。

 カラジッチ被告は黒い背広とピンクのワイシャツに赤いネクタイ姿で現れた。先ず初めに「沈黙しません」「総てを告白します」と誓約し、その後で被告は「何故自分が逮捕されなければならないのかその理由がわからない」と語った。

 同法廷は10月26日から同被告欠席のままに開廷されていた。今月1日の裁判長に向けた手紙の中で、被告は「自分がこの法廷に出席するのは光栄なことである」「手早く片付けるのではなく」「公正な裁判の解決法を見つけるよう希望する」と書いていた。また、弁護士無しの裁判をするのかと非難し、自分の無実を訴えた。

 既に弁護側の準備が整ってないとする時間稼ぎで裁判は数ヶ月も引き伸ばされてきてた。

 ボスニア・ヘルツェゴビナ戦争では1万人が民族浄化され、220万人が国外追放された。特に1975年7月にイスラム教徒の大人と子供7000人ほどが大量虐殺された。サラエボでの戦闘では1万人の市民が犠牲者となり、アラン・ティエジェー検事はこの事件の責任者で司令官であったカラジッチ被告を告発している。

 カラジッチ被告は13年の逃亡の後にセルビア共和国の首都ベオグラードで2008年7月に逮捕された。この裁判に際し、虐殺にあった子供たちの母親がオランダの国際刑事裁判所の前で集会を開いた。

なぜロシア語には「頑張る」と言う動詞はないのでしょうか?

A:「今は何をしていますか?」 B:「何もしていません」。このような応答が外国人ためのロシア語教科書の最初の課にあることは珍しくありません。「何もしない」というのは、「今は仕事中ではない」、「大したことではない」、「楽しむことをやる」を意味します。例えば、音楽を聴くこと・絵を描くこと・ソファーに横になって夢想にふけることなどなど。一人一人のロシア人は自分らしい「何もしない」すべを知っています。
「ニェヂェリャ」(週間)というロシア語は「何もしない」を意味します。一週間の間中何もしないことはロシア人の理想的な生活でしょうか?実は、古代スラブ語では「ニェヂェリャ」という言葉は、元々は「日曜日」の意味でした。平日は仕事をして日曜日には休むことは当り前のことです。しかし、ロシアでは988年になって、日曜日は「ヴォスケレシェニイェ」(復活)を意味し始めました。スラブ民族の人々はキリスト教に抵抗して、「週間」を「ニェヂェリャ」(何もしない)と名付けたのです。
「何もしない」ことの楽しみの由来は、昔のロシアの田舎の生活にあるのだと思います。暑くて短い夏は畑の仕事が沢山ありとても忙しいのですが、秋の収穫が終わると寒い季節が来て、それまでの生活とはすっかり変わってしまうのでした。人々は家の中で温かいペーチカの周りで生活するのでした。ペーチカの中で毎日料理を作りました。ペーチカの上は温かい寝床になっていて、その上で寝そべって過ごしたり、うとうとと夢を見たりして過ごすのでした。
冬が長いので(ロシアの北方では9月中旬から4月までが冬将軍が居座っています)、家の中にこもって家事をしたり、針仕事をしたり、手細工をしたりするだけでした。又、長い冬は「ポシデールキ」(農村の若者の夜会)とお祭りの「何もしない」時期でした。ロシアのことわざの「仕事にも遊びにも、それぞれの『時』というもの」
があるは「よく働き、よく遊べ!」を意味します。
「落ち着く」ことは日本人だけでなく、ロシア人も大事にします。しかし、ロシア人は「頑張らない」のです。何故ならば、「必要以上」の行動・活動というのは不自然だという考え方によっているのです。
何かの行動や活動中に、急に思い立って「とても大事なこと」を、例えば人生の目的とか人生の無常などを考え始めることは、ごく自然なことなのです。運や思いがけない巡り合わせに任せ、それに従って人が自分の人生を生き、普段の生活を送ることは自然なことなのだと考えているのです。運命がそうさせているのだと考えると、それに逆らってまで頑張る必要性はない、という意識なのです。
それを表している一つの象徴は、ロシアの有名な言葉「アヲシ」です。「アヲシ」は自分がなにもしなくても、すべてがうまくいくという意味です。網には「アヲシカ」という名前が付いています。「アヲシカ」の意味は「穴があるが、大丈夫かもしれない」という意味です。
モスクワの一番短い通りには「レニヴカ」(怠け者)という名前がついています。ロシア人が「何もしない」ことを大事にしている知恵の表れだと思います。ロシア人は「怠け」について良い感情を持っていると思います。ロシア文化の中で一番有名な怠け者はゴンチャロフの小説『オブローモフ』(Обломов)の主人公です。小説の始めから三分の一まで、主人公オブローモフは寝床から一歩も出ないのです!
ロシア語では「がんばる」という動詞がない理由は、いろいろあります。そして最近、ロシアにおける日本研究者たちの間で新語が生まれました。「ガンバリツァ」という言葉です。恐らく、その理由は、「頑張る」ことなくして日本語をマスターすることはかなわないからだと思います。将来多分、日本語を学ぶロシア人の数が増えるにつれて、ロシア人は徐々に「頑張る」ことを始めるようになることでしょう。…でしょうかね!
―日刊ベリタより転載

http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200910311546576

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