施行直前で差し止めとなった、米アリゾナ州の移民法の波紋
29日から施行される予定だった、米アリゾナ州の移民法が直前に差し止めとなり、波紋が広がっている。
同州フェニックスの連邦地裁は、28日、不法移民取り締まり強化に向けた移民法の主要部分の施行差し止めを命じた。移民政策は連邦政府の管轄下にあるとして差し止めを求めていたオバマ政権の主張を受け入れた格好となった。
今年4月に成立したアリゾナ州移民法は、警察が路上質問をしたすべての人物が、自分は米国に合法的に住んでいることを示す義務を課す。合法的な書類を提出することができなかった場合、逮捕される。不法移民を雇用する、あるいは助ける人物も刑事罪に問われる可能性がある。オバマ大統領を含めた、この法の反対者たちは、移民法が「人種選別」につながると述べてきた。
移民政策は連邦政府の管轄下にあるが、同州政府は連邦政府が不法移民対策を怠ってきたために同州で移民法が必要と主張してきた。
米アリゾナ州のブリュワー知事は29日、差し止め命令の解除を求め控訴した。同知事は声明で、連邦政府の不法移民に対する無策を見過ごせないとして、「州の納税者たちは不法移民にかかる法外な費用を負担し続けることはできない」と述べた。
一方、州都フェニックスでは同日、ヒスパニック系の住民ら500人以上が法律全廃を訴えるデモを行い、逮捕者も出た。人口約660万人の同州には約46万人の不法移民がいるといわれている。BBCによると、米国内でアリゾナ州のような移民法を導入しようと考慮している州は20近くに上り、国民の60%近くが新移民法を支持している。
英国で、電子書籍の印税を巡る戦い
日本の書籍の印税は10%・・ということを、佐々木俊尚さんのツイッターか「電子書籍の衝撃」のどちらかで目にした。
英国(米国も?)は著者取り分が50%だそうである。これを聞いて、私は非常に驚いた。例えば日本語と英語で本を書いた場合、日本語では本当にせっせと大量に売らないと、なかなかまとまった収入は期待できない。英語だと半分なのだから、非常に効率が良い稼ぎ方になるだろうーあくまでも仮定の話だが。
ところが、電子書籍の場合、これが25%に下がるのがザラなようだ。そこで、著者(そして作家のエージェントたち)が、これを何とか50%にあげようと、戦いが起きている。
エコノミスト The Day of the Jackal
http://www.economist.com/blogs/prospero/2010/07/andrew_wylies_publishing_deal_amazon
何でも、出版エージェントのアンドリュー・ワイリーという人が、アマゾンを通して、直接電子書籍を売ることにしたらしい。同氏が手がけた作家はフィリップ・ロス、サルマン・ラシュディー、ジョン・アップダイクなど著名な人がたくさんいる。ワイリー氏は、通常の出版社を通して売ると、電子書籍での著者の取り分が少なくなるので、電子出版専門の出版社を自分で立ち上げ、アマゾンと2年間の契約をした。これに対し、大手出版社ランダムハウスは、もうワイリー氏とは仕事をしない(問題が片付くまで)と言っている。
関連記事
http://www.thebookseller.co.uk/news/124047-agent-andrew-wylie-launches-e-book-list-on-kindle.html
http://www.thebookseller.co.uk/news/124089-page.html
英国の「作家協会」のトム・ホランド氏は、英国の書籍市場で電子書籍は「まだ1%ぐらい」だが、今後どんどん伸びると見ており、「25%」という数字は低すぎるという。(メディアガーディアン報道、12日付)
教育分野の出版社ピアソン(でもエコノミストやFTが傘下にある)のトップ、マジョリー・スカルディノ氏が、中間決算発表時にこの点について聞かれ、「現在は過渡期だが、印税は上がるだろう」と述べている。
ただし、スカルディノ氏によれば、紙や印刷など経費は、本の価格の「25%」程度だそうで、電子書籍になったからといって、ものすごく大幅に経費がカットされるわけではない、と釘をさしている。それでも、電子書籍の「正当な印税」を払うべきだという考えを述べた。・・・ということはつまり、25%のままではない、ということだろう。
さて、日本は一体どうなるんだろう?
(英国メディア・ウオッチより)
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日本の印税の詳しい話:本の印税ってどのくらい?
http://homepage2.nifty.com/osiete/s653.htm
メキシコ系季節労働者
メキシコ・アリゾナ州国境から国道95号線を北上。アリゾナには4つの米・メキシコ国境の町があるが、その中の一つサン・ルイスは1930年に国境が開かれた。海抜約30メートル、気温は5月下旬ではや日中40度を超える。サン・ルイスから20キロ北にある人口1万人のサマートンでは夏場はメロン、冬場はレタスと季節労働者で人口は1、5倍に膨れる。労働者のうち、99%がメキシコ人。早朝、バスで国境を越え、1時間かけてやってくる。
今はカンタロープとよばれるメロンの収穫時。週に7日、午前5時からメロンの収穫が始まる。10ヘクタールはあろうかと思われる畑の中をトラクターが収穫機を引っ張り、その収穫機の左右にあるシュートへ、10人ほどの男性労働者がメロンを拾上げ投げ込んでいく。トラクターが動くにつれ、労働者たちも移動していく。収穫機の内部では、2人の女性を含む数人がメロンを選別、その場で箱に詰めていく。積み上げられた箱は、トラックでクーラーのある倉庫へと運ばれた後、契約されたスーパーへと流れていく。
実に能率的な手際だ。正午まで、30分間の食事時間、10分間の2回の休憩をはさみ作業は続く。畑横の道路には、労働者たちをメキシコから運んでくるバス、簡易トイレが見られる。
ー米国人の優越メンタリテイー
「いい給料をあげていると思うよ」と言うのは、労働者を雇い入れている収穫会社のアンソニー・ロットさん。ロットさんの仕事は労働者の監督で、特に彼らの健康面に気を遣う。労働者への時給は8ドル。2009年アリゾナ州での最低賃金は7ドル25セントだから、額的には悪くはない。収穫に応じてボーナスも出る。
しかし、8時ですでに気温は35度を超え、きつい日差しは体にまとわりついてくる。メロンを拾上げる単純作業を「アメリカ人はしない」と、ロットさんは言い切る。まず、アメリカ人にはこの仕事を毎日続ける体力がない。また、「このような作業は、社会的に蔑まれている。ここには黒人やアジア系はあまりいない。よって近い国、メキシコからの労働者の仕事となる。アメリカ人の、特に白人のプライドが許さない」
「しかしー」とロットさんはつけ加える。「ここにはローンで苦しんでいる人はいない。物価の安い自国で十分に生活できる。みじめなメキシコ人がきつい仕事をしていると思っているのは、アメリカ人。自分たちで人種階級を作り、リッチなアメリカ人にはできないと思いこんでいるよう」と話す。
カメラを向けていると、「メロン」と、ある男性労働者は4個拾上げて手渡してくれる。別の男性からも大きなメロン一つ。彼らは英語が話せず、私はスペイン語は話せないので、詳しいことは聞けなかったが、写真を撮っていても嫌な顔も見せず、屈託のない笑顔を見せてくれた。
近くで野菜と果物を売っているルデイー・ゴンザレスさんは、米国に住み始めて45年になるという。「もともと、ここは我らの先祖の領土。メキシコ人はよく働くよ。あと2、30年もすれば、ここでのマジョリテイーはメキシコ人になるよ」と得意げに話す。
統計によると、現在アリゾナでは15歳以下の40%がメキシコ系というから、ゴンザレスさんの言うように、白人マジョリテイの時代は終わりを告げる日も近いかもしれない。
(Newslog USAより)
アリゾナの新移民法は人種選別か
(29日、警察当局の不法移民取り締まり権限を強化する移民法が、米アリゾナ州で施行される。オバマ政権は、この法律が連邦政府の移民政策の執行を阻害し、憲法違反になるとして、今月上旬、アリゾナ州と同州知事を提訴している。不法移民に対する不満が高まる米国で、大きな注目を浴びる法律の成立経緯に注目したーニューズマグ)
米アリゾナ州では4月23日、新移民法が成立した。新法では、警官は不法滞在らしき者への職務質問が義務づけられ、移民が合法的IDを携帯していなければ即時逮捕できる。市民や人権擁護団体からは「人権を脅かす」と抗議の声は高まっている。
東西約1100キロにおよぶ国境沿いでは、日に千人単位でメキシコからの不法入国者が逮捕、拘留された後本国へ返される。国境には1、5メートルほどの高さの柵があるが、簡単にのり越えられ、国境パトロールとのいたちごっことなっている。この法案可決の背景には、減少しない不法入国者と、メキシコの麻薬密輸抗争に伴う犯罪に市民が飽き飽きしているというのがある。 アリゾナでは多くのメキシコ系移民が、農業・建設業などに従事している。その中に、推定で46万人の不法移民がいると言われている。不法移民といっても、何世代にわたって同じ地区に住んでいる人や、よく知られている会社に勤め隠れ市民として生活している人もいるという。
法案が下院を可決した4月21日までに、共和党ジャン・ブリュワー州知事事務所には、賛成約1300、反対約12000の手紙や電話が届き、事務所の外では、連日反対者が知事に拒否権を発動するように訴えてきた。
民主党・ジャネット・ナポリターナ前アリゾナ州知事は、在職時これらの移民法に拒否権を行使してきた。しかし、ナポリターナ氏が国土保障省長官となり、ブリュワー氏が受けついで、取り組みが大きく変わった形だ。
警官は不法入国者かと疑えば、職務質問する権限が与えられるのだが、問題は警官がどのように合法か不法かを判断するかということである。メキシコ系、または移民らしい者が対象となる。簡単に言うと、人種による選別である。しかし、米国は移民の国、メキシコ系であろうがなかろうが、ここで出生すれば市民権が与えられる。ということは、一見「メキシコ系」は「移民」ということにはならない。
「不法移民かも」と、職務質問をすること自体が、「人種差別」「人権無視」にあたるという非難の声が、人権擁護団体からは起こっている。フェニックスにある州議会議事堂前では、数千人が抗議集会を開き、「新法は憲法違反」と気炎をあげた。
この新法は、主な歳入が観光というアリゾナ州の財政を脅かすかもしれないと見る向きもある。実際、アリゾナでのビジネスを拒否する動きが出ている。米国移民弁護士協会は、今年のアリゾナでの会合をキャンセルすることを発表している。
法案可決後オバマ大統領は、「この法案は、アメリカ人として我々が守り育ててきた公平の基本的観念を脅かす。また、警官と市民との信頼関係をも同様に脅かすものだ」と同法案を厳しく批判した。
また、メキシコのフェリペ・カルデロン大統領は、「メキシコ政府としては遺憾だ。この法案は、国境での共通の問題解決への障害となるだろう」と非難している。
(Newslog USAブログより 筆者は在米ジャーナリスト)
今こそ優秀な外国人学生の獲得を! 日本での進学説明会への参加者が倍増
日本学生支援機構 (以下Jasso)が主催する「外国人学生のための進学説明会」が7月11日(日)、池袋サンシャインシティ文化会館にて開催された。Jasso は、奨学金貸与事業や留学生支援事業および、学生生活支援事業を行う独立行政法人。同説明会は、今年度で17回目を迎える。今年の参加大学は 135校、来場した外国人学生は約4,000人にのぼり、昨年度の2,546人を大きく上回って、これまででもっとも来場者数が多かった2002年の 4,515人に次ぐ数となった。内訳は、中国・韓国・台湾などで8割を占める。
ー激化するアジアからの留学生の争奪戦
グローバル化と少子高齢化が進むなか、先進各国は、中国をはじめとしたアジアからの優秀な人材を取り込もうと争奪戦を繰り広げている。日本がその競争に打ち勝ち、優秀な人材を確保するためにはどうすればいいのか?Jassoで留学情報センター長を務める吉野利雄さんに、お話をうかがった。
Q:今年の『外国人学生のための進学説明会』は、昨年の倍にあたる外国人学生が来場したそうだが、急増した背景にはどんな理由があると思うか?
吉野:例年、来場する学生のなかでもっとも多いのが中国人学生で、それは今年度も変わりない。人数が急増した背景に関しては、まだ正確な統計が出ていないのだが、7月に中国向け個人観光ビザが緩和されたことが、少し関係しているのではないかと推測している。
例年は日本語学校に通っている学生が来場するのだが、今年は7月から個人観光ビザが緩和された関係で、日本語学校に所属していない旅行者が来場している可能性もある。もちろん、それほど数は多くないだろうが「日本は来日しやすい国になった」ということで、関心が高まっていることは確かだろう。
Q:日本への留学を目指す外国人学生たちに、意識の変化は見られるか?
吉野:中国人学生に関しては、経済的に恵まれた学生が増えている。80~90年代には、国を背負って来日し、「日本で学んだことを祖国に帰って役立てよう」というような勤勉で真面目な苦学生が多かった。しかし最近では、たんに「異文化を体験したい」と、軽い気持ちで留学する学生も増えているようだ。
また一方で、日本での就職を真剣に考える学生も増加している。なぜなら、少しずつではあるが、日本企業が外国人学生たちに門戸を開きはじめたからだ。Jassoは、中国国内でも留学フェアを開催しているのだが、最近は日本の就職事情について質問する学生が増えてきた。
以前は、日本の大学を卒業しても、日本国内で就職するのは難しかったので、卒業したら帰国して祖国の発展のために貢献する、というのが外国人学生のパターンだった。
しかし、福田政権下で「留学生30万人計画」が打ち出されて以降、優秀な人材を育成して日本企業で就職していただこう、ということが政府のねらいになっている。そうした背景があるため、外国人学生たちは「どの大学に入れば日本での就職が有利になるか」を具体的に知りたいと考えるようになってきている。
ー「どの大学が就職に有利か」
Q:では大学側も、外国人学生の就職に対して、より一層力を入れなくてはならないのではないか? 現在は、企業の門戸が開かれてきたとはいえ、まだまだ外国人学生の日本での就職は厳しい状況だと思うが。
吉野:その通りだ。大学側としても、入学だけさせて後は知らん顔、というわけにはいかなくなってきた。出口である就職のところもしっかりとケアをしないと、学生に選んでもらえない時代になってきたのではないかと思う。今年度の来場者が増えたのも、「日本での就職に有利な大学を選びたい」と考える学生が増えたことと関係しているかもしれない。
Q:大学側は、外国人学生獲得にあたって、どのような努力をしているのか?
吉野:日本国内で日本語学校に通う外国人学生をリクルートするだけでなく、積極的に海外に拠点を設けて、直接、学生を獲得しようとする動きが活発になっている。
しかし、人口の多い中国は、欧米諸国の大学が早くからねらいを定めて動いていたため、日本は出遅れた感がある。北京や上海ならばまだしも、少し内陸部に入れば「日本の大学なんて東大くらいしか知らない」という学生も山ほどいる。だから、よほど積極的に広報活動を行わないと、学生を獲得できない時代になっている。
また、「日本語」というマイナー言語の壁も大きい。中国では小学校低学年から英語を勉強しているので、優秀な生徒なら、大学に入学するくらいの年齢になると相当な英語力を身につけている。そんな学生に、あえて全く勉強したことのない日本語の大学を選んでもらうためには、カリキュラムを見直すなど相当な工夫が必要だろう。
Q:大学はカリキュラムの改革などで、外国人学生を集めるための工夫をしているのか?
吉野:最近では、英語だけで授業を行い、単位が取得できるようにしている大学も増えている。また、“ダブルディグリー・プログラム”といって、日本の大学と海外の大学が提携し、学生が相手校へ留学して所定の単位を取得することで、卒業時に同時にふたつの大学の学位を取得できるというプログラムも導入し始めている。
しかし、こうしたプログラムはメリットも多い反面、弊害もある。これまでの外国人学生は、来日してから日本語学校に2年間ほど通い、語学力をつけてから大学に入学していたが、最近では日本語を学ばずに大学に編入する学生が増えている。そのため、日本語能力が不十分な学生も少なくない。これでは、いざ日本社会に出たときに困るのは外国人学生だ。
このような事態を解消するためには、大学と国内の日本語学校が連携を深め、外国人学生への日本語教育をしっかり行う必要がある。
ーグローバル化と少子化への未来戦略を
Q:最近は、外国人学生に対する奨学金も減らされており、非常に厳しい状態だと聞くが。
吉野:その通りだ。日本は現在、財政的に厳しい状況にあるので、仕方がない面はあるだろう。しかし日本には、経済途上国からやってきた外国人学生が多いので、とくに私費留学生の場合は、奨学金が減らされると非常苦しい状況に追い込まれる。
たしかに、財政難の現状において、外国人学生のために資金を投入することに対しては賛否がある。しかし、日本のグローバル化や少子化の未来を考えるならば、今こそ海外からの優秀な学生の受け入れに力を注ぎ、ともに “アジア”を引っ張っていく人材を育成せねばならないのではないか。
経団連をはじめとして、「グローバル人材を受け入れたい」とおっしゃっている企業が奨学金を提供いただけるなら、外国人学生たちは助かるだろう。
たんに「外国人学生を呼び込めさえすればいい」という安易な発想ではなく、外国人学生たちが心から「日本に来て良かった」と思えるような受け入れ体制を、大学・専門学校・日本語学校、そして企業が一体となって整える必要がある。その間をつなげるのが我々、Jassoの役割だと思っている。
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日本が斜陽だといえども、まだまだアジアの国々は日本に憧れ、その後ろ姿を追っている。この日、会場にあふれていた外国人学生たちの熱気を消さないためにも、早急な対応が求められている。(筆者は日本に住む外国人をテーマに取材を続けるジャーナリスト)
(日刊ベリタより)
内部告発サイト「ウィキリークス」Wikileaksが、アフガン戦争機密書類公開:「戦争全体を現す」のが目的
昨晩、ツイッターを見ていたら、「アフガン戦争の米軍機密書類が大量に公表された」「内部告発サイト、ウィキリークス(Wikileaks)が暴露」といったつぶやきが、ガーディアンやチャンネル4などのアカウントから続々と流れてきた。
何でも、9万2000点という大量の米軍機密書類が、数週間前に米ニューヨークタイムズ、独シュピーゲル、英ガーディアンにウィキリークスを通じて渡され、26日に各紙が一斉公開したという。
アフガン戦といえば、2001年に開戦したものの、タリバン勢力を制圧どころか、一人また一人とゲリラ戦で米英兵士が命を落としているのが現状の、にっちもさっちも行かない状態。参戦している政府側にとっては、さぞ自国民から隠したい情報が多いだろうと思わせる戦争である。
さて、日本のメディアはどう報じるのだろうと楽しみになった。今朝、新聞社の電子版を見ると、ワシントン発のいくつかは、米政府の側に立って、「けしからんことが起きた」というスタンスであるーというか、新聞社の意見らしい意見は皆目見当たらないのだが(紙の新聞には出ていた可能性が大だが、私は無料サイトの速報のみ見た)、米政府の反応(=けしからん)をそのまま、そっけなく伝えることで、足場を米政府側に置いたように見えた。AFPは、情報を肯定的な文脈で伝えているようだった。
内部告発サイト、米軍機密資料9万2000点公表 http://www.afpbb.com/article/politics/2742943/6012373
内部告発サイト「ウィキリークス」とは?創設者が語る「使命」 http://www.afpbb.com/article/politics/2743297/6012826
英国で力が入っているのが、情報公開の3つの新聞の1つに選ばれた、ガーディアンである。日本時間の午後9時(英国の昼1時)から、調査報道記者デービッド・リー氏がサイトを通じて読者の質問に答える、というコーナーまで作っている。(質疑応答は以下。) http://www.guardian.co.uk/world/2010/jul/26/afghan-war-logs-david-leigh-webchat
ウィキリークス創始者ジュリアン・アサーンジ(アッサンジ、Julian Assange) 氏の会見の様子が、昼ごろ、ユーストリームで配信された。(以下のウェブサイトで、後でも録画が見れるようになるかもしれない。http://frontlineclub.com/)時々途切れがちになったので、ほんのメモ程度などで私が拾ったのは以下である。質問は会見場にいた記者で、答えがアサーンジ氏。答えの順序は若干入れ替わっている(メモの紙の順番がごっちゃになったのでー)。***
―公開した情報の信憑性は?
これまでやってきたように、情報源や内容の信憑性を確認している(ので大丈夫)。
―低レベルの情報だったのではないか?最高機密は含まれない内容だが?
今回の情報に含まれていないものは、最高機密=トップシークレット、特殊部隊に関わる情報、CIA情報などだ。通常の米軍の活動を公表した。
―あえて出さなかった情報があるか?
ある。少なくとも1万5000の情報がある。
―米政府があなたに関わる情報を出身国であるオーストラリア政府から得ようとした動きはあるか? ある。オーストラリア政府は常に拒否している。
―今回の情報で、特にこれだ!という情報は何になるか?
一つのこれだ!というのは、ない。しかし、戦争全体を現している。小さな出来事の積み重ねによる戦争の全体像だ。例えば、181人のアフガンの民間人が米軍による攻撃で亡くなった事件など。
―新聞社との協力体制を教えて欲しい。
米ニューヨークタイムズ、ウィキリークス、英ガーディアン、独シュピーゲルと協力し合い、いつ情報を公開するかを決めた。ガーディアンで糸口になったのは、調査報道記者のニック・デービス。そして、各紙の編集長と話を進めた。
―英国はウィキリークスにとってどんな意味合いを持つか?
英国はご存知の通り、監視社会だ。しかし、その一方では、活発な政治ジャーナリズムとこれを支える人たちがいる。西欧社会、そして英国で、自分がウィキリークスの活動のために逮捕される可能性はないと思う。
―米国防省は機密を公開したことで、国防に悪影響が出る、と言っているが。
米政府が軍に関する情報を出したがらないのは、2つの理由があると思う。1つは、関係者が軍法裁判にかけられること、もう1つは不正を隠すためだ。日々の軍事行動に関わる機密情報は、消え行く存在(=古くなる)だと思う。今回の公表は2004年から2009年末までに関わる情報だから、悪影響はないと思う。
私が今着ているTシャツには、ノルウェー語の文句が入っている。ノルウェーで雪が積もり、不正を隠そうと思ってその深い雪の中に入っていても、(いつか雪は消えて)真実が明るみに出る、と意味をあらわしている。
今回の情報は、かつての「ペンタゴン文書」(ベトナム戦争に関する極秘文書、1970年代に公表され、物議をかもす)に匹敵すると思う。しかし、こちらのほうが情報量がはるかに大きい上に、(米国とベトナムのみではなく)はるかに大きな読者層を相手にしている。また、インターネットで公開しているので、人々はコメントを残せる。
―ウイキリークスと政治圧力との関係は?
個人から集めた資金で運営されているので、政治勢力からは独立している。しかし、同時に、大衆にその活動の説明責任が生じると思う。
―情報の価値とメディアについて
今回の情報はアフガン戦争の6年間の軌跡だ。例えば、米国の部隊ごとにアフガン人何人を殺害したのかの数字を作成し、これを政府発表の数字とを比較する手がある。大きな、戦略図を壁に描くことができるーやってみてはどうだろうか。
―米軍関係者からのリークが多いようだ。英軍関係者からはないのか?
たくさんある。ちなみに、英国防省はリークを防ぐために、BTに頼み、同省内からウィキリークスへアクセスできないようにした。
また、独の情報機関から、コソボでの汚職疑惑の情報を出すなと言われたことがある。裁判に訴えるぞ、と。「どうぞ訴えてください。どんな法律に違反したことになるのでしょうか?」と聞いたら、訴追は起きなかった。
―実際に、今回の情報公開のために、米軍などで犠牲者が出たらどうするのか?
何故そうなったのかを見て、問題があったら、これを直したい。必要に応じてポリシーを変える。
―何故今回、新聞社だけに限って情報を公開しようとしたのか?何故放送業者に声をかけなかったのか?
私はもともと、紙媒体のジャーナリストなのでー。今まで番組放送をしたことがないので。今後は考慮する。
―どれぐらいの人数で作業を行っているか?
「非常に小さい数」といっておきたい。これに、800人のボランティアがいる。支援者は数万人規模だ。***
ガーディアンの特集記事 Afghanistan the war logs http://www.guardian.co.uk/world/series/afghanistan-the-war-logs
ガーディアンってすごいな、新聞ってすごい、新聞のウェブサイトってすごいな!と思わせる事件だった。いつもはウェブのみの閲読の私だが、早速、紙のガーディアンを買いに、近くの小売店に走った(一軒目は売り切れだった。)
関連過去記事: ガーディアンの調査報道に関する原稿 http://ukmedia.exblog.jp/14423428
ところで「アフガン戦争って、何だっけ?」という人に、「英国ニュースダイジェスト」のニュース解説によるアフガン情勢 http://www.news-digest.co.uk/news/content/view/6586/263/
日本語ウィキペディアの「ペンタゴンペーパーズ」もご参照を。
(英国メディア・ウオッチより)
問われていたのは「団結の価値」~新聞労連結成60周年戦争と平和, 沖縄, 新聞・マスメディア, 労働・労働組合
22日の夜、東京都内で開かれた新聞労連(日本新聞労働組合連合)の「結成60周年記念の集い」に参加しました。新聞労連は1950年6月30日の結成から1期1年で執行部をつなぎ、わたしが委員長に在籍した2004、05年度は55期、56期ということになります。年に一度の定期大会にあわせて開かれた「記念の集い」は、全国の加盟組合の大会代議員のほか、歴代執行部の役員OBや他産業の労組からの来賓らで盛況。時間がたつのをとても早く感じました。
※新聞労連ホームページ http://www.shinbunroren.or.jp/
60周年の記念事業の一つとして記念誌「明日へ 証言・新聞労働運動史1990~2010」の発行があり、歴代の専従役員経験者にも執筆依頼がありました。わたしも「問われていたのは『団結の価値』」とのタイトルで小文を寄稿しました。在任2年間を振り返って思うことですが、労働組合が何のためにあるのか、何をなしえていて、何をなしえていないのかをいつも考えていました。一人一人のままでは圧倒的に弱い立場にある働く者が、団結することで地位の向上と待遇の改善を目指す労働組合は、団結それ自体が「団結権」として憲法や労働法でも保証されている権利です。その権利は既にある労働組合の専有ではなく、働く者があまねく手にすることができてこそ、価値が高まる権利のはずだと考えていました。しかし日本の社会の現実はそうなっておらず、既存の労働組合は既得権益にしがみつく「抵抗勢力」としてしばしば批判を浴びる状況は、わたしの在任当時も今も基本的には変わっていません。まさに、「団結の価値」が問われ続けているのだと、寄稿した小文にはそんな思いも込めました。
新聞労連委員長在任の2年間では、いくつか労働組合の結成に立ち会い、お手伝いをすることができました。このブログでも紹介した沖縄県・宮古島の宮古毎日新聞労組は、結成当初から正社員も契約社員も組合員でした。経営者から切り崩しに遭いながらも、労働委員会を舞台にした争議に勝利して奮闘を続けています。所属する企業に加入できる組合がない人たちが個人で加入できる個人加盟労組「新聞通信合同ユニオン」も発足から6年目になり、外資系メディア企業の解雇案件などに取り組んでいます。「記念の集い」では、これらの組合の方々とも久しぶりにお会いすることができました。今は個人として支援する立場ですが、団結の権利の拡大がさらに進んでいくことを切に願っています。
※参考過去エントリー
「先進性が色あせない宮古毎日新聞労組~アエラ『珊瑚礁の島の労組つぶし』掲載」2009年7月20日 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20090720/1248028676
「宮古毎日新聞労組が全面勝利~契約社員の雇い止め撤回(追記:動画あり)」2009年10月7日 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20091007/1254849559
「明暗2つのニュース~内外タイムス社破産と宮古毎日新聞社の不当労働行為認定」2009年12月2日 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20091202/1259687887
「記念の集い」の会場では、ほかにもたくさんの懐かしい方々にお会いすることができました。お一人お一人と様々に話が弾むうちに、時間はあっという間に過ぎていきました。本来ならきちんとごあいさつを申し上げなければならないのに、声をお掛けすることもなく礼を欠いたままになってしまった方もいらっしゃいました。このブログを読んでいただいているようでしたら、まずはこの場でお詫び申し上げます。
「記念の集い」では、新聞労連が戦後60年を記念して2005年8月に創刊した「しんけん平和新聞」の最新号を含めた全6号をいただきました。2005年の創刊号は、日本とアジア太平洋地域におびただしい住民の犠牲を強いた挙句に日本の敗戦で終わったあの戦争を、今日のわたしたちが報じるとしたらどんな記事になるだろうか、という観点から制作したいわば「再現報道」でした。ヒントになったのは広島の中国新聞労組が戦後50年に制作した「ヒロシマ新聞」と、沖縄の琉球新報が前年の2004年から連載を始めていた「沖縄戦新聞」でした。1面に「日本が無条件降伏」「15年戦争 2000万人犠牲」「アジア各地 独立機運」などの見出しを並べた創刊号の最終面に、当時委員長だったわたしは次のように書いています。
「平和と民主主義の危機が続く限り、平和憲法の危機が続く限り、この新聞の発行を続けていく」。今回を「創刊号」としたのは、そんな決意からです。戦争は最大の人権蹂躙(じゅうりん)です。戦争がいかに悲惨な愚行であるかを歴史に学びながら、「新聞」の仕事に携わるわたしたち自身が「今」と「未来」を考え、行動するために「しんけん平和新聞」の発行を続けていきます。
この新聞が、職場で、家庭で、地域で、一人でも多くの方の手に取っていただけるよう願って止みません。そして皆さんとわたしたちが、平和と民主主義を守る決意を共有し、ともに声を挙げていくための「絆」の役割を果たすことができるとすれば、これほど嬉しいことはありません。(「『しんけん平和新聞』創刊にあたって」から)
毎年1回の発行を重ねてことし7月22日付の第6号は1面に「沖縄『屈辱の日』」の見出しを掲げ、サンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約が発効した1952年4月28日を「再現」しています(右上、写真)。沖縄が日本から切り離され、米国の施政権下に置かれて軍事要塞化に進むことを強いられた日でもありました。新聞労連・新聞研究部長の犬飼直幸さん(毎日新聞労組)は編集の狙いを「第6号となる今号では、より戦後に比重を移し、今を生きる私たちにとって引き付けやすいよう工夫しました。戦後日本が意識的・無意識に排除した痛みを描く意味で、テーマを『日本が切り捨てたもの~排除と忘却~』にしました」と書き、昨年来の沖縄の米軍普天間飛行場移設問題をめぐって、本土の新聞が沖縄の「切り捨て」に加担してこなかったか、自ら振り返る必要があることも指摘しています。 従軍記者経験を持ち、敗戦直後に自らの戦争責任を取るために朝日新聞社を退社した95歳のむのたけじさんのインタビューや、米軍占領下の沖縄の言論状況についての門奈直樹・京都産業大教授のインタビュー、取材・報道の現場に身を置く3人の記者(中国新聞・林淳一郎さん、沖縄タイムス・謝花直美さん、共同通信・太田昌克さん)の座談会も掲載しています。この新聞が一人でも多くの方の手に取ってもらえるよう、わたしも願っています。
新聞労連での活動のこと、労働組合運動に専従活動家として身を置きながら考えたことは旧ブログ「ニュース・ワーカー」に様々に書きつづりました。委員長退任から既に4年がたち、当時とは必ずしも同じ考えではなくなっていることもないわけではありません。それも含めて一人の個人の歩みとして、旧ブログの記述はそのままに残しています。 ※旧ブログ「ニュース・ワーカー」http://newsworker.exblog.jp/
ブログ「ニュースワーカー2」より
酒を飲んで死刑を執行 アブグレイブ刑務所の死刑執行人、悪夢を語る (ベリタ・アーカイブより)
「ひと月に100人から150人を処刑した。そのうち数えることをやめた」ー。サード・アブドル・アドミルさんは悪名高いイラク・バグダッド郊外のアブグレイブ刑務所で死刑執行人として、11年間に数千人に上る人々の絞首刑の執行をした。意に反して死刑執行人の役割を与えられたアドミルさんは、フセイン政権がなくなった現在でも、悪夢の11年間を忘れることができないでいる。(日刊ベリタ・アーカイブ記事より)
殺すほうも殺されるほうも人間であったことを思い出させるエピソードを、英デイリー・テレグラフ紙(5月2日付)が伝える。
14年前、アドミルさんがタクシーの運転手をしている時、お客として乗せた若い女性から、アブグレイブ刑務所で警備員を探しているということを知った。刑務所の警備員なら収入も安定するし、家を買い、家庭を持つことを夢見たアドミルさんは、早速刑務所に職を求めた。
しかし、独り者だったアドミルさんは、まだ家庭を持っていないという理由から、死刑執行人の仕事を割り当てられた。もし拒否すれば、自分自身も牢獄に入れられると脅され、12人いた死刑執行人の一人にならざるを得なくなった。
「仕事の内容を聞いた時は、そのあまりの衝撃に、倒れそうになった。全くどうしたらいいか、分からなくなった」
アドミルさんは、仕事を始めるにあたり、二晩、眠ることができなかった。落ち着いて眠ったことは今にいたるまで一度もない。
「どれくらいの人を絞首刑にしたのか、分からない。ひと月に100人から150人と思うが、数えるのをやめてしまったので」
死刑執行は、水曜日と日曜日の週に2回。死刑になったことを告げられた囚人は牢獄を出て、30メートル近く歩いて2階の特別室に入る。ここで数週間、「矯正のために」過ごす囚人もいる。この後、絞首台のある部屋に進むが、ここでは数日間、拷問が行われる。拷問のために顔が見分けがつかなくなるほどはれ上がる場合もある。
死刑執行者たちは、刑務所の他の勤務者とは接触をしないようにして暮らす。一人一人がそれぞれの部屋に住み、テレビを見たり、強いアラックというお酒を飲む。
「アラックは一日中飲めるほどの量を与えられていた。一日に一瓶くらい。飲まないと生きていくことができない。スケジュール表を見て、その日が自分の仕事の日だと分かると、すぐに飲み始める。一日の終わりにはかなり酔ってしまうが、それでも、仕事を実行できるようになっていた」
フセイン元大統領は死刑の命令を正午に出す。警備員が執行される人とその人の母親の名前を確認する。囚人は別室に連れて行かれるが、絞首刑は日没になってから行われるため、そこで数時間待機する。「大統領は、絞首刑は日没後にするものとしていた」ためだ。
今でも絞首刑の様子を思い出す。「ある男性の囚人が、どうしても牢獄から出ようとしないので、警備員が金属の棒で殴り、意識不明にした。この男の叫び声が忘れられない。私が絞首刑のための縄を男の首にまわしたとき、自分で立っていることができず、2人の警備員が、男の頭を支えなければならなかった」
最後に絞首刑をしたのは2年前だが、昨日のことのように覚えている。「40代の男性で、大統領に反抗するイスラム勢力の人だった。首を絞められる間、神の加護を叫び続けていた」
アドミルさんは、4月28日をほっとした思いで過ごした。この日はフセイン元大統領の誕生日で、もし政権が倒されていなかったら、誕生祝いということで、通常より多くの受刑者を絞首刑にしないといけなかったからだ。
現在は仕事もなく、バグダット郊外にある小さなアパートに住むアドミルさんは外に出かけることはほとんどない。夢だった家を買うこと、結婚することは、実現不可能になった。
「結婚しようと思って仕事を探したのに、すべてを失った。イラクを逃げたい。家庭を作りたい。でももう無理。船乗りになってどこかに行きたい。海を見たことはないが。きっとすべてを忘れさせてくれるのではないか。フセイン元大統領を思い出させるすべてのことから離れたい」ー。
(日刊ベリタ・アーカイブ記事2004年から)
【現代史のなかの農業】② 作る自由を奪った戦争 国家総動員体制のもとで
2002年5月、有事法制が国会に出され、さまざまな人が反対に立ち上がっていた。ぼくもいたたまれない気持ちで、連休中の一夜をさいて「戦争に食料と土地・水を渡さない百姓宣言」を書き上げた。有事法制として国会にかかっている法案は、戦前の国家総動員法そのものだったからだ。
ーいもを作らないと非国民
国家総動員法が制定されたのは、日本が中国侵略を開始した翌年の1938年だった。同法は、「戦時二際シ、国防目的達成ノ為、全力ヲ最モ有効二発揮セシムル様人的及物的資源ヲ統制運用」(第1条)することを目的としてつくられた。この「人的・物的」資源のなかには言論出版」も含まれており、文学や絵、映画、歌謡など精神世界をも覆う包括的な戦争遂行へ向けての体制が敷かれていった。
戦時体制のなか、当然、国民の生命に直結する食糧の生産と配給はきびしい統制のもとにおかれた。アメリカとの戦争を始めた1941年には国家総動員法に基づき臨時農地管理令が交付された。その第10条は次のように述べている。
「農商大臣又ハ地方長官必要アリト認ムルトキハ農地ノ権利者ニ対シ一般的ニ農作物ノ種類、地域其ノ他ノ事項ヲ指定シテ作付ヲ制限又ハ禁止スルコトヲ得」
この条項をもとに、農民は米、麦、いもなど腹の足しになる作物への作付けを強制され、「不用不急」の作物は作付けすべきでないと制限された。
ぼくは1940年生まれなので、当時の村の様子はほとんど記憶になく、あとで聞いた話にすぎないが、ぼくが育った四国山地の村でも、桑を抜き、サツマイモを植えさせられた。
農業記者として40数年間の村歩きの間に、こうした話をいくつも聞かされた。牛の代わりに馬を農耕に使う長野県のある村では、かわいがって育てた馬を軍馬としてもって行かれたときの悲しみを語った老農民がいた。それでもみんな従うしかなかった。国家の命令に従わない者には刑罰が待っていたし、なにより「非国民」として世間から指弾されたのだ。
ー花を抜き取り、リンゴを伐採
1942年には農業生産統制令がしかれ、農業への締め付けが一段と強まった。なにをどのくらい作るか生産計画をたて、地方長官に届けなければならなくなったのである。当事、花の二大産地だった千葉県と長野県では花つくりが禁止され、植えられている花の抜き取りや、種・苗・球根の焼却が強制された。
少しでも花を作っている農家は「非国民」呼ばわりされ、青年団は畑や納屋を見て回って監視した。こうして花畑は麦畑、いも畑に変わっていった。
統制令に基づきリンゴ地帯である青森県では、1943年にリンゴ園1千町歩の伐採が進められた。同県船井村(当事)では、田植え前にリンゴの袋かけ作業をおこなったことで、翌日、警官隊が村を襲い、農民約30人が検束された。
地元紙『東奥日報』は、「田植えせず 林檎の袋かけ」「初の農業生産統制令違反」という見出しで、一粒でも食糧を増産しなければならないこの非常時にリンゴの袋かけとはなにごとだ、と報じた。
ー有事法制に百姓宣言を書く
ぼくは連休の一夜を割いて書き上げた「百姓宣言」を、長年農村女性問題と取り組んできたジャーナリスト西沢江美子と連名で、40年の村歩きのなかで知り合った全国の村の友人に送った「かつて多くの百姓を戦場に駆り出してたくさんの死者を出し、アジアの人々にはかり知れない惨禍を強い、同時に、銃後農村では百姓の作る自由を奪った歴史を繰り返さないために」という手紙を添えた。
10日間で500人を超える賛同が集まり、なかには「この宣言を消費者に送っている宅配便の中に入れます」と添え書きしたものもあった。宣言文と署名はすぐに首相官邸と各政党に送った。(つづく)
(日刊ベリタより)
酒場へも実弾入りのピストルOK
米アリゾナ州では、4月、銃携帯を緩和する新銃法が成立した。ピストルを隠した状態で携帯する場合には、許可書が必要だったが、今夏から許可書の義務づけはなくなる。新法では、バーにも実弾入りのピストル携帯が可能となるのだ。
4月16日、ジャン・ブリュワー州知事は、上院で通過した新銃法案に署名した。「個人の権利と責任を強く信じる。この法案は、憲法修正第二条の銃保有と携帯の権利を守るだけでなく、これらの権利をまた復活させると信じている」としている。
アリゾナは、かねてから銃には寛大な州である。「オープン・キャリー」、銃身の一部を見せた状態ならば、郵便局など連邦政府施設を除いた場所へ携帯可能である。しかし、合法とはいえ、銃を見せた形で携帯することには社会的にためらいがあり、多くの人はバッグやシャツの下に隠した状態で携帯している。このように携帯する銃は、「コンシールド・ウエポン」と呼ばれている。「コンシールド・ウエポン」携帯には、今まで州発行の許可書が必要であり、許可書申請には、実技・法律の講習会を受講、テストに合格という条件が必須であった。
ジャネット・ナポリターナ前知事(民主党)は、知事在任の7年間、10以上もの銃法案に拒否権を発動してきた。バーやレストランに、実弾入りの銃を持ち込むことにも反対してきた。共和党の新知事へ交代してから、銃政策にも大きな変化が見られたこととなる。
アリゾナでは、銃は簡単に手に入る。購入時に、銃店はFBIに購入予定者の前歴がないかどうか、電話で問い合わせる。10分ですむ。ライフルは18才以上、ピストルは21才以上ならば購入可能である。各地で開かれている中古銃の展示即売会では、FBIチェックは必要ではなく、時にはガレージセールで銃が売られていることもある。
この新法の背景には、保守派の銃愛好家たちの支持がある。レッドネックと言われる無学で偏狭な人々は、一般に銃を好む。多くが、NRA(全米ライフル協会)の会員でもある。私が住む片田舎では、住民のほとんどが銃保有者である。一家に一丁ではなく、一人に一丁という具合に。ライフル、散弾銃、ピストル入り混ぜて30丁保有という収集家もいる。
ジョン・ウエインの時代は終わったはずだが、実弾入りのピストルを酒場に持ち込んでもいいという新法は、これらのレッドネックを喜ばせるとしかいえない。
(写真はオープンキャリー Flickr ONE/MILLION)
Newslog USAブログより



