自立支援を応援したい! 女優サヘル・ローズさんが、難民のネイルサロン「アルーシャ」の広報大使に就任

「第三国定住プログラム」による難民受け入れが始まったとあって、にわかに注目を集めている「難民」。だが、以前から日本にも「難民」がいることを知る人は、意外と少ない。母国での迫害を逃れ、命からがら日本にたどり着いた人たちなのだが、日本に到着したから安心かというと決してそうではない。難民申請をしてから結果が出るまでには、早くて2年、長い場合は10年ほどかかる。その間は、いつなんどき母国へ強制送還されるかも分からず神経が休まるときはない。また、晴れて難民認定が下りたとしても、難民が生活を安定させるのは極めて難しい。なぜなら日本国内には、難民に対して偏見を持つ人も少なくなく、安定した職を見つけることが難しいからだ。
そこで「難民たちに手に職をつけてもらおう」と起ち上がったのが、ネイルサロン「アルーシャ」を経営する岩瀬香奈子さん(35歳)だ。難民の女性たちに無償でネイル技術を学んでもらい、スキルが高かった数名を、プロのネイリストとして採用。現在は、ミャンマーからの難民女性を含む3人が同サロンで働いている。この取り組みに共感し、このたび「アルーシャ」の広報大使に名乗り出たのが、イラン生まれの女優・タレントのサヘル・ローズさん(25歳)。彼女自身、イラン・イラク戦争で両親や兄弟をすべて失う、という壮絶な経験をしている。そんな異色の女優サヘルさんに、難民支援の取り組みについてお聞きした。
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ーサヘルさんが、「アルーシャ」の広報大使になったキッカケを教えてください。
私の知人が、とてもキレイなネイルアートを施していたんです。「ネイル素敵ですね」と声をかけたら、「実は難民のネイリストさんが施術をしてくれたのよ」とおっしゃって。それがキッカケで、「アルーシャ」の取り組みを知りました。お恥ずかしい話なのですが、知人から話しを聞くまで、日本に難民がいるなんて知らなかったんです。
私の母国イランには、イラクから逃れてきた難民がたくさんいましたが、まさか日本にも……、という思いでしたね。私が生まれた1985年当時は、イラン・イラク戦争のまっただなか。多くの子どもたちが親を亡くし、孤児院に預けらました。私も、その中のひとりだったんです。でも、当時救いの手をさしのべてくれたボランティアの女子学生が、後に私の義母になってくれた。そのおかげで、今の私がいるのです。だから私も、「いつかは自分が支援する側になって、恩返しがしたい」という思いがあった。だから、「アルーシャ」の広報大使を引き受けたのです。
ー実際に、「アルーシャ」でネイルアートを受けた感想はいかがでしたか?
私、「アルーシャ」に来るまでは、一度もネイルサロンに行ったことがなかったんです。でも、ここでネイルアートをしてもらうようになってからは、仕事関係の方や友だちから、「ネイルかわいいね! どこのサロンに通っているの?」と聞かれるようになりました。
「難民の女性がネイリストとして活躍しているサロンがあるのよ」とお話すると、みんな興味を持ってくれて、「キレイになれて貢献ができるなら、ぜひ行ってみたい」と言ってくれますね。私のネイルを通じて、難民の方の存在を知ってもらえたら、こんな嬉しいことはありません。
ー難民ネイリストの方々とお話ししてみて、何が一番印象に残りましたか?
ある難民ネイリストの方は、ネイルのお手入れをしながら私にこう話してくれました。「いつかミャンマーに民主政権が戻ったら、母国に戻って自分のお店を持つことが夢。日本で学んだことを活かして、ネイルやメイクもできる美容院をオープンしたいんです」
そしてまた、違うネイリストはこう言っていました。「手に職をつけて堂々と仕事をできるようになりたい。日本社会で認められる存在になりたい」
彼女たちの中には、子どもや家族を母国に残したまま、弾圧を逃れて日本にやってきた人も少なくありません。家族がバラバラで暮らすのはとっても悲しいこと。一日も早く、一緒に暮らせるようになってほしい。そのためには、日本にいる彼女たちが、経済的に自立することが第一。そういった意味でも、「アルーシャ」の取り組みの意味は大きいと思います。
また、「難民=何もできないかわいそうな人」というイメージを持っている人も多いと思うのですが、彼らは高い教養を持っているし、機会さえ与えられれば、このような立派な技術を習得することもできる。広報活動を通じて、難民に対する正しい知識も伝えていきたいですね。
ーサヘルさんご自身の体験と、難民の方々の境遇が重なって見える部分はありますか?
私は8歳で来日し、今までずっと日本で暮らしてきました。ときには、イラン人というだけで「犯罪者」や「麻薬の密売人」と言われてしまうこともあって……。それが苦しかった。きっと難民の方たちも、私と同じように偏見の目で見られることがあると思うんです。
でも、それは無知から生じる誤解。難民の方々の多くは、家族や仲間のことを心から大事にしながら、地に足をつけて生きようとしています。彼らの生き様に学ぶことは、とても多いと思います。幸いなことに、今私は人前に出る仕事をさせていただくことで、少しずつですが、母国イランのイメージを変えることができるようになりました。それと同じように、難民の方々の実情も知っていただくことで、イメージを変えていけたらと思っています。
ー日本に暮らす私たちが、難民の方々に対してできる支援とは何でしょうか。
ひとりひとりが、自分のできることをするだけでいいと思うんです。もちろん、寄付をすることだって大事だと思うけど、ひとりが寄付できる額なんて限られているでしょう。だから、自分が得た難民に関する知識を、友だちや知り合いに伝えていくだけでも十分意味がある。周りに伝えることによって、関心を持ってくれる人がひとりふたりと増えていきますから。大勢集まれば、みんなで知恵を出し合って大きなサポートができるはずです。
また、近くで困っていそうな人を見かけたら「大丈夫ですか?」と声をかける勇気を持つことも大切じゃないかな。日本人はとてもシャイでしょう。(笑)だから、心の中では気になっているのに、声をかけられない人も多いのではないでしょうか。
私自身、日本に来たばかりのころ、住むところを失って継母と公園でホームレス生活をしていた時期があったんです。そのとき、通っていた小学校の給食のおばちゃんが、「何か困ったことがあるんじゃないの?」と声をかけてくれました。そして、家に招いてご飯を食べさせてくれたり、継母の仕事を探す手助けをしたりしてくれたんです。おばちゃんから声をかけてくれなければ、自分からは言い出すことができなかったでしょう。当時の私と同じように、皆さんの近くにも声をかけてくれるのを待っている人がいるかもしれません。
難民、日本人を問わず、困っている人を見つけたら、声をかける勇気を持ってほしいですね。
ーサヘルさんの今後の夢を教えてください。
私には二つの夢があります。ひとつは、「世界に通用する役者になる」こと。いつか全世界の人が見守る前でアカデミー賞を受賞し、オスカー像を継母にプレゼントしてあげたいんです。実は私の継母は、私ががれきの下に埋まっているときに助け出してくれた女性。彼女は、自分のすべてを私に捧げて、今まで育ててくれました。血はつながっていないけど、本当の親子以上のつながりがあります。だから、世界の舞台でオスカー像を彼女にプレゼントすることで、恩返ししたいと思っています。
もうひとつの夢は、私の母国イランに孤児院を建てること。イランには、私と同じような孤児が多いので、彼らが安心して快適に過ごせる場を作ってあげたいんです。また、手に職がつけられるように、学ぶ機会を与えてあげたいと思っています。
アルーシャの取り組みを見て感じたことですが、やはり手に職があると、自信を持って社会に出て行くことができますからね。どちらの夢も、叶えるまでには時間がかかりそうだけど、歩みがゆっくりなほど確実に進んでいける。私も難民の人たちと一緒に、前を向いて歩んでいきたいと思っています。(写真撮影も和田秀子)
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アルーシャ(Arusha)
http://www.arusha.co.jp/
サヘル・ローズ オフィシャルサイト
http://sahel.mlacky.net/
ド・ビルパン仏前首相が、「カラチ仏人殺害事件はテロと無関係」、「賄賂と大統領選挙資金に強い疑惑」と証言
2002年5月8日、パキスタンのカラチ南部で潜水艦アゴスタを建造をしていた仏造船局DCN(当時は国営)の技師11人が、爆破テロで亡くなった(カラチ仏人殺害事件)。この潜水艦契約にまつわる賄賂疑惑をめぐり、犠牲者の遺族側は事件の真相解明を政府に求めていた。ドミニク・ド・ビルパン前首相(事件当時、大統領官邸エリゼ宮殿官邸書記総監)は、今月19日、この事件の証人として、テロ事件担当のルノー・バァンリュインベック判事へ情報の開示を申し出た。
ド・ビルパン氏は、25日午後17時45分、4時間半に及ぶ証言を終えた直後の記者会見で、「賄賂(コミッション)とテロは関係ない」、と述べた。一方、フランス側へ逆流する違法の「差し戻し賄賂(レトロコミッション)」に関しては、それが「1995年の大統領選挙資金に運用された疑いが強い」との確信を表明した。しかしその具体的な人物が誰であるかについては、今回は明らかにしなかった。
―二つの賄賂、コミッション(合法)とレトロ・コミッション(違法)
賄賂といっても「カラチ事件」では二種類のコミッションが想定されている。
当時、フランス政府は外国に軍備設備を売り込む場合に、前もって賄賂(コミッション)を渡し受注獲得を有利にすることは合法的な行為とみなしていた。
これは(フランス → 仲介者 → カラチ)という金の流れのコミッションで当時は合法的であった。
もう一つのコミッションは、同じくフランス側から金が仲介者へ一度わたるのだが、それがカラチ側へは届かずに、仲介者から直接にフランス側の潜水艦売り込み関係者へと逆流するコミッションのことである。図式でいうと(フランス → 仲介者 → フランス)というコミッションの流れがこれで見返り手数料(レトロ・コミッション)として不正な汚職行為となる。フランス国民の税金の横領となるからだ。
フランス側から一度仲介者を通してカラチ側への取引関係者へ手渡された現金コミッション(合法)の中には、カラチ側へ渡されずに仲介者から直接にフランスの潜水艦取引関係者へと金が回っていた部分があった。これが見返り手数料(レトロ・コミッション)というものだ。
ジャック・シラク前大統領が1995年選挙に勝利した直後に、カラチだけでなく多くの賄賂(コミッション)慣行を停止する決断をした。そのことで政敵バラデュー元仏首相(1993 -1995)へのレトロ・コミッション(非合法)の流れが停止したが、同時にカラチへのコミッション(合法)も留まることになった。(しかし、実際にはその後もコミッションは最近まで支払われていたことを旧フランス造船局DCNの責任者は証言している)
コミッションの額だが、パキスタン政府関係者(政府、軍人など取引で利益を合法的に得る者)には契約金の10.25%にあたる約8千万ユーロ(約104億円)がコミッションとして渡され、フランス側へのレトロ・コミッションはその4%(約34億円)が流れたと見られている。
―シラク前大統領の停止決断
先週、ド・ビルパン前首相は「シラクがコミッションの停止を決断した」と発言している。
2002年の大統領選挙予選でバラデューは落ちて決戦投票では、シラク氏とジャン・マリー・ル ペン(フランスの極右系政党、国民戦線FN)総裁との対決となった。5月6日、シラク大統領が再度当選した。カラチ事件はその直後の5月8日に起こった。
経済協力開発機構(OECD)は2000年にコミッションを禁じたが、「それ以前はコミッションは認められていたのだ」、とバラデュー氏は反論していた。しかしフランス側が受け取ったとされる見返り手数料(レトロ・コミッション)の場合には、アゴスタ潜水艦契約当時でも非合法であることにはかわりがなく、それが汚職である故に疑問視されている。
この問題を指摘されたサルコジ大統領は2009年6月のベルギーでの首脳会議の折にインタビューに答えている。「これはまるでおとぎばなしのようだ」との発言はフランスでは何回もテレビでも報道された。その少しあとの6月18日にはフランス国営放送テレビのインタビューの質問にバラデュー元仏首相が答え、わたしの「知る所では完全に合法的に行われていた」と語っていた。
コミッションの支払い停止によりカラチ側にコミッション(合法)が渡らなくなったために、怒ったカラチ側が報復措置として、現地でアゴスタ潜水艦の建造にあたっていたフランス人技師に報復したとする「コミッション不払い報復説」ははじめから存在したが、非常に弱いものであった。国際テロ組織のアルカイダ犯行説が事件直後では主流であった。現在はこのコミッション不払い報復説からレトロコミッションの非合法性が指摘されて国家の疑惑問題にまでなってきている。
カラチ仏人殺害事件は、カラチのシラトン・ホテルに宿泊していたフランス造船局DCNのエンジニアが、毎朝カラチ南部の潜水艦組み立て場へと向かうパキスタン海軍の通勤バス(メルセデス)に乗り込んだ所、バスに横づけされた日本車(カローラ)搭載のTNT爆弾が爆破し、多くの死者と被害を出した事件だ。今はその原因をめぐりフランス国家の中枢を震撼させている。
―カラチ仏人殺害事件のポイント、二つの筋
カラチ仏人殺害事件が何故問題になっているかの重要なポイントの一つは、不正なコミッションの流れでフランスの国税から私的な利益を得た者がいるという疑惑があるからだ。
そのレトロ・コミッション疑惑は、当時のバラデュー内閣の財務相で、バラデュー氏の大統領選挙のスポークスマンを担当し、カラチへの潜水艦売買契約では取引署名をしたとされるサルコジ現大統領に影を落とすからだ。この不正なコミッションが大統領選挙運動資金に注がれていたという強い確信が、今回のビルパン氏が判事へ証言を行った中で特に強調された筋でもあった。
ところが、25日のフランス国営放送・テレビA2の夜のニュースでは、ド・ビルパン前首相が判事に話したのは「賄賂とカラチ仏人殺害事件とは無関係だ」という筋が強調されたものであった。が、もう一つの筋である「賄賂の見返り手数料(レトロ・コミッション=非合法)が 対シラクとのバラデューの大統領選挙に注ぎ込まれたことに関し強い確信を表明した」とのビルパン氏のもうひとつの主張の方はぼやけて報道されていた。しかし、夕刻の国営ラジオFrance Infoでは、その二筋をド・ビルパン氏が明確に強調して話したとする明快な報道がなされている。
重要なのは、20日のリスボンでのNATO北大西洋条約機構会議の折に、カラチ問題で記者会見したサルコジ大統領は「要求があればすべての国家機密の開示をする」と宣言したことだ。つまり、これまで国家機密は全部明かされたとしていたが、これが誤っていたことになった。このことで直ぐにフィヨン首相は国家機密の開示を拒否すると宣言している。野党社会党などからは「汚職を隠すのが国家機密なのか」と批判が高まった。
―ド・ビルパン前首相の判事への証言
ド・ビルパン前首相が25日に、判事の前で事件の真相を証言したのには経緯がある。これが重要なので少し説明したい。
カラチでテロの犠牲になった遺族側は、「シラク前大統領とド・ビルパン前首相にとって、コミッション停止によって引き起こされる帰結、つまり停止に腹を立てたカラチ政府関係者側が、潜水艦の建造にあたっていたフランス人技師を殺害報復することは予想できたものであり、両政治家は人命の危険に及ぶ行為を行った」として先週、提訴した。
同日中に、ド・ビルパン氏は「遺族の提訴は非常に重要なことなので、来週すぐにでも真実を判事に話したい」と宣言した。
しかし、このド・ビルパン前首相の発言の直後に、今度は遺族側はド・ビルパン前首相らへの告訴は取り消したいと発表した。そしてド・ビルパン氏の確信を最後まで追及することに敬意を表したいと宣言している。
その遺族側がド・ビルパン前首相らを訴えたのには、事情がある。当時のフランス政府のカラチへの潜水艦売り込み事情を知るある政府高官(カラチへの潜水艦契約と同時代にサウジアラビアへ武器売り込みを担当)が、先週、(自分は当時)「コミッションの停止は相手国から報復措置を招く危険なものだと警告をしていた」との突然の発言があった。この発言の直後に、父親を亡くした娘さんら遺族がド・ビルパン氏らを訴えたのだが、今はこれを取り消している。
ウィキリークスによる外交公電の暴露 ―米ニューヨーク・タイムズは事前に政府に相談していた
28日から、内部告発サイト「ウィキリークス」が機密文書も含む米外交公電を公開している。サイトが入手したのは、米国の在外公館と国務省との間の公電約25万点。この一部を米ニューヨーク・タイムズなどが独自に編集し、同じ日にいっせいに報じた。
その内容は続々と日本語でも報道されているので、ここでは省くが、どのようにして今回の一連の記事が出たのかという点に、まずは注目したい。
まず、報道されるまでの経緯だが、ウィキリークスは情報公開前にいくつかの世界の大手メディアにコンタクトを取り、情報を渡して、公開日に関する取り決めをしている。これを各メディアが独自に分析し、編集して、あらかじめ決めた日に一斉に出した。生情報をどのように料理するかは、そのメディアの編集者が決める。そのメディアが本拠地とする国にもっとも身近な情報を中心に「料理」・編集するのは自然の流れであろう。これは今までのウィキリークスの大量データ公開時と同じパターンである。
ガーディアンによれば、ウィキリークスと大手メディアとの間でこのように情報をシェアし、一定の日に同時に各メディアが報道を開始するーというパターンを作ったのは、同紙の調査報道記者ニック・デービス氏であるという。デービス氏がウィキリークスの創始者ジュリアン・アサンジ氏にコンタクトをとり、これを持ちかけた、と。
今回、事前に情報を渡されていたのは、スペインのエルパイス、フランスのルモンド、ドイツのシュピーゲル、英国のガーディアン、米国のニューヨーク・タイムズ。
ガーディアンでは20人ほどのチームを作って、情報の分析と編集にあたったという(BBCニュース)。
昨晩、ツイッターを見ていたら、ガーディアンのメディアジャーナリスト、ダン・サバー氏が、「ニューヨークタイムズは、出版前に、米政府に対してどの公電を使うかを相談していた」とつぶやいた。私は非常に驚いた。どんな報道にしろ、コメントを取るため、あるいは事実確認のために、書いている記事の中に出てくる人や事実に関係のある人に、メディア側が連絡を取ることは良くあるだろう。通常の業務の一環である。
しかし、リークされた政府情報を元にした記事を載せるとき、政府側と「相談」する必要があるのだろうか?これはおかしいのではないか?
そう思って、実際にニューヨークタイムズのサイトに飛んでみた。以下がそのアドレスである。
A Note to Readers: The Decision to Publish Diplomatic Documents(読者のお知らせ:外交文書を報道する決定について)
http://www.nytimes.com/2010/11/29/world/29editornote.html
これによると、ウィキリークスからの情報に対し、ニューヨーク・タイムズは独自の判断で秘密を持っている人物や国家の安全保障を脅かすような項目を「編集」したという。実際には、いくつかの項目をあえて出さないようにした、ということであろう。どの項目を「編集」したかは他の新聞やウィキリークスに伝えたという。「他のメディアやウィキリークスも同様な編集作業をする」ことを期待している、とサイトには書かれている。
私は、この段階での「編集」は各メディアの編集部の判断であるから、これはこれでよいと思う(ウィキリークスが各メディアの判断に従って、サイト上の項目を「編集」するかどうかは、ウィキリークスが決める)。ガーディアンも、特定の個人が危険な目に合うことを避けるため、あるいは名誉毀損罪で訴えられることを防ぐためなど、さまざまな理由から一定の項目をあえて出さない、消すなどの編集作業を行っている。
その後、ニューヨーク・タイムズは、同紙が出版予定の外交公電をオバマ米政権側に送った。該当の公電が「国家の利益に損害を与えると政府側が判断する情報であれば、異議申し立てをしてほしい」と頼んだのである。政府側は「追加の編集作業」(つまりは、消して欲しいあるいは隠して欲しい項目の追加)を伝えてきた。ニューヨーク・タイムズは「すべてではないが、(追加の編集作業の)いくつかに同意した」。そして、米政権の「懸念」を、他の新聞とウィキリークス側に伝えたのである。
私は、「すべてではないが、(追加の編集作業の)いくつかに同意した」点に大きな疑問を持った。これはつまり、米政府との共同作業、ということになりはしないだろうか?また、米政府の懸念事項を他の新聞に伝えているあたり、なんだか米国の使い走り的な役目を担っているようにも見えるー何を出して、何を出さないか、どのようにどれぐらいのスペースで出すかは、各紙の編集長が決めるはずなのだ。例えばだが、「xxxの項目に関しては、米政府が『かなりまずい』と言ってました。なので、私たちは出さないことにしました」・・という言い方をしたのかどうかは、もちろん分からない(憶測のみ!)だが、なんだかそんな感じに見える。
ニューヨーク・タイムズは米政府に近すぎるのではないだろうか?愛国心が強いともいえるのかもしれないが。(私の記憶が間違っていなければ、「愛国心が強い」米新聞各紙は、イラク戦争開戦前夜、大量破壊兵器がイラクにはないことを見抜けなかった、あるいは政府の参戦理由を十分に分析し得なかったはずである。確か、後で謝罪したような記憶があるのだがー。)
・・・と思って(当初、私はニューヨーク・タイムズが「原稿」を事前に見せていたと勘違いしてつぶやいていたので、内容が少々ずれてはいたのだが)、「けしからん!」というようなことをツイッターでつぶやいていたら、「何を最優先するかの価値判断が違うのではないか?」ということをつぶやかれた方がいらした。
なるほどなあと私は思った。確かに、イラクにもアフガニスタンにもたくさん兵を送る米国の外交文書の暴露の衝撃が、最も大きいのは米国。英国やフランスのように高みの見物ではない。リアルな危機があって、リアルな懸念もある。そこで米国の新聞ニューヨーク・タイムズは、政府の意見を事前に聞いて、アドバイスを受けたのだろうー想像だが。
ところがまた別のつぶやきを出した方がいた。ちょっと紹介すると
nofrills nofrills メモ魔ですhttp://twitter.com/#!/nofrills
ウィキリークスに関してNYTの行動がまるでスパイのようだったのは前回のイラク戦争ログのときから顕著(アフガン戦争ログでも変な挙動を示していた)。今回もNYTなど見ないで、ガーディアンを見ましょう。ウィキリークスに関しては、ガーディアンはガチ。nofrills nofrills メモ魔です
英メディアは、取材源の秘匿と国家安全保障を天秤にかけて後者を選ぶということを原則的に しない。北アイルランドで英軍を襲撃したリパブリカン武装組織と直接インタビューしたジャーナリストに対し、当局が情報源開示を求め法廷に訴えたとき、法 廷は情報源は秘匿すべきとの判断を示した。
そうなのかーと改めて思い、「さて、ガーディアンは英あるいは米政府にお伺いを立てたのかな?」と疑問になった。お伺いは立ててはいないとは思うけれど、ひょっとしてと思い、ラスブリジャー編集長にツイッターで聞くと、「ない」という返事(念のためだが、私は個人的にラスブリジャー氏と親しいわけではない。タイミングがよければ、英メディア関係者は結構ツイッター上で返事をくれるのである。これは日本でもそうだろう)。
やっぱりなあとひとまず思って、今朝起きてから、じっくりと上のニューヨーク・タイムスの記事を最後まで読んでみて、また驚いた。
それは、この一連のリーク情報の告発者と推測され、今米軍に逮捕されている、若き兵士マニング氏の表記である。この人が告発者であることはほぼ確定しているというか、少なくとも「告発者そのものである」という前提で、今のところ、話が進んでいる。(何かの陰謀説で全くの別人という可能性もあるが。)
ガーディアンとニューヨーク・タイムズのマニング氏の描写を見ると、その書き方の違いに唖然とする。日本の英作文の授業にでも使えそうなぐらい、同じ人物を全く違う角度から書いている。
つまり、ガーディアンでは、マニング氏は公益のために情報をリークした、一種の英雄である。ところが、先のニューヨークタイムズの記事では、そのまま書き抜くと、
「a disenchanted, low-level Army intelligence analyst who exploited a security loophole.」になる(訳せば、「・・・セキュリティーの抜け穴を(不当に)活用した、幻滅を覚えた、低いレベルのインテリジェンスの分析家」である。
日本語だとうまい具合にニュアンスが出ていないが、文章の前後を見ると、low-levelであることを指摘する必要性がない。セキュリティーの抜け穴をexploitした、というのも、まったくその通りではあるけれど(事実としては)、文章全体として、この人物をやや暗いイメージで描き、少々貶めることに成功している。これをまともに受け取れば、「そんな人物から受け取った情報を、天下のニューヨーク・タイムズが大々的に報じていいのか?」とも思えてしまうー。まあ、こちらの深読みの部分もあるかもしれないが、ガーディアンとニューヨーク・タイムズの人物像に大きな開きがあって、驚いてしまう。
結局のところ、「ニューヨークタイムズ、大丈夫?」と聞いてしまいたくなるような雰囲気である。そんなに政府に近くて、大丈夫か?と。
さて、ガーディアンの外交公電報道に関し、編集長、記者、元外交官、歴史学者、情報公開で本を書いたジャーナリスト(テレグラフが暴いた下院議員の灰色経費疑惑のもともとはこの人の仕事がきっかけ)などの短いインタビューが入った動画は、以下のアドレスから見れる。
「外交情報の伝達の仕方を変えないといけなくなった(電子ではもれる)」という意見から、「何が秘密で何が秘密でないかを再度検証するべき。今回の情報もほとんどが秘密のレベルではないと思った」(ジャーナリスト)、「外交の秘密はこれからも必要で、続くとは思うが、国民にはもっと情報が出たほうが良い」(元外交官)など。
http://www.guardian.co.uk/world/video/2010/nov/28/us-embassy-leaks-data
(「英国メディア・ウオッチ」より)
ヤマトメディアの論調に差異も~沖縄知事選の大手紙社説
前回のエントリーでも予想していましたが、28日の沖縄県知事選を取り上げた本土(ヤマト)の大手紙社説は、それぞれのメディアのスタンスを反映させた内容になっているように思えます。29日午前のネット上での検索がベースですが、各紙の社説の見出しを書き留めておきます。
【朝日】重い問いにどう答えるか
【毎日】首相は普天間現実策を
【読売】普天間移設の前進を追求せよ
【日経】宙に浮く普天間問題をどう打開するか
※産経、東京は見当たらず
見出しからはどのような主張になっているのか、分かりにくいことが共通しています。その中で、対照的なのが朝日と読売のように思えます。
朝日の社説は「普通の首長選とは意味合いが大きく異なる選挙戦だった。県政の課題を超え、『沖縄対ヤマト』という険しい対立構図が色濃く打ち出されたからだ」と指摘し「日米両政府と本土のすべての国民は沖縄が突きつける重い問いに今度こそ真剣に向き合わなければならない」としています。ただ、米軍普天間飛行場の移設問題をめぐっては、では沖縄以外に移設先を見出すべきなのかなど、具体的な方向性には触れていません。この、言ってみれば「政府は選挙結果と真摯に向き合い、逃げずに誠実に対応すべきである」というスタンスは毎日や日経にも共通しているように思います。朝日については、為政者のみならず「本土のすべての国民」をも含めた点に、他紙にない視点があります。
対して読売は「仲井真知事は昨年まで辺野古移設を支持し、今も県内移設への反対は明言していない。政府との協議に応じる意向も示している」「菅政権は、仲井真知事との対話を重ね、日米合意へ理解を得るよう最大限の努力をすべきだ」と、普天間飛行場移設については明確に現行の日米合意案、すなわち沖縄県名護市辺野古崎への移設を主張しています。この選挙結果を踏まえてもなお、とのメディアとしてのスタンスと理解していますが、個人的には違和感をぬぐえません。
あらためて各紙の社説をながめてみると、在日米軍の存在自体への疑問は見当たらないことが共通しています。尖閣諸島沖の中国漁船と巡視船の衝突事件や北朝鮮による韓国砲撃などを引き合いに、日米安保体制(日米同盟)の重要性を強調する点は、各紙とも従来通りです。この点は、自社特派員をワシントンに送り、米議会での海兵隊不要論などを積極的に紹介している琉球新報など沖縄メディアと大きく異なる点です。
ヤマトの大手マスメディアの間では、従来通りの日米同盟重視が共通する一方、沖縄の基地負担の問題ではそれぞれのスタンスに差異も生じてきていると感じます。ヤマトのメディアの論調が多様化し、幅に広がりが出ることは悪いことではないと思います。(ブログ「ニュースワーカー2」より)
もはや沖縄に「県内移設受け入れ」の世論はない
事実上の一騎打ちとして激戦が伝えられていた沖縄県知事選は28日、現職の仲井真弘多氏が前宜野湾市長の伊波洋一氏を破り再選されました。マスメディアは本土(ヤマト)メディア、沖縄メディアを問わず、米軍普天間飛行場の移設問題を最大の焦点と位置づけていました。日米両政府が移転先を沖縄の名護市・辺野古崎とすることで合意しているのに対し、仲井真氏は県外への移設を要求。伊波氏は県内移設を完全に否定したうえで、国外移設の要求を掲げていました。両氏の主張や公約を仔細に検討すれば違いも分かるのですが、日米両政府が合意している現行案は両氏とも認めない点が一致しているために、基地問題の側面からは争点が先鋭化しにくい選挙だったと思います。
仲井真氏再選の結果に対しては、明日以降もさまざまに分析がされ、評価がされるでしょうし、どの立場に身を置くかによって、評価は変わるでしょう。しかし、見誤ってはならないのは、選挙を経て沖縄にはもはや「辺野古移設受け入れ」の世論はない、という点です。
今夜(28日夜)、沖縄から届いた記事の中に、伊波氏が開票結果を受けて報道陣に語った内容がありました。「沖縄全体が辺野古移設反対という新しい県政がスタートする。政府は受け止めるべきだ」と。政府に限ったことではなく、むしろいちばんこのことを意識しておかなければならないのは、本土のマスメディアだろうと思います。これから日本政府と沖縄側との協議が再開され、沖縄側に「うん」と言ってもらいたい日本政府からは、さまざまな情報が発せられるでしょう。その時々で、沖縄の民意が軽んじられることはないのか、マスメディアは十分に留意していくべきだと思います。(ブログ「ニュースワーカー2」より http://d.hatena.ne.jp/news-worker/ )
仏がユダヤ人のドイツへの輸送を初めて謝罪 米国でのTGV入札が狙い
フランス国鉄(SNCF)のギヨームー・ペェピ総裁はこのほど、第2次世界大戦中に同鉄道を使ってユダヤ人をドイツの収容所に送り込んだことを認め、初め て正式に文書で謝罪した。だが謝罪は、米国フロリダ州などの高速鉄道建設の入札にフランスの超特急列車(TGV)を参加させる狙いがあったと見られ、同州 の「ユダヤ人虐殺の教育普及と資料センター」副会長ロジッタ・ケニスブルグ女史は、「的外れなことをしないで、謝罪するなら犠牲者に直接すべきだ」と述 べ、総裁の謝罪を拒絶している。
フランス国鉄は貨車を使って、パリから約76000人のユダヤ人をドイツに輸送したといわれる。
米国の高速鉄道はフロリダ州とカリフォルニア州で計画されている。パリジャン紙やルモンド紙によるとフロリダの超特急列車の入札にはドイツのシエメンや日本の日立、中国が競争相手として参入していると指摘している。
両州では、入札に参加する企業がユダヤ人輸送に関わっていなかったかどうかを追及する動きが出ている。カルフォルニア州の民主党議員ボブ・ブルメンフィル ド氏は、契約候補のすべての企業に1942年から1944年のユダヤ人輸送とのかかわりを明示する法案を要求していたが、アーノルド・シュワルツェネッ ガー知事はこれを拒否している。
ペェピ総裁は、在米ユダヤ人組織などと接触しながら今年8月頃にユダヤ人輸送への関与を認める資料を米国側に提出、今月12日に総裁がこれを初めて文書で発表した。
フランスからドイツ収容所へ輸送されたのは、ユダヤ人だけでなくジプシーと呼ばれるロマ人やチガン人、同性愛者の人々などマイノリティー集団もいた。
ペェピ国鉄総裁が米国でユダヤ人への謝罪に奔走している今夏、フランス国内ではロマ人やジタン人らがユダヤ人の歴史を繰り返すように、フランス内務省から の知事通達で人種差別的な特定指定を受けた。特にロマ人たちは不法占拠の掘っ立て小屋を倒壊されて、国外追放の憂き目にあっていた。
(日刊ベリタより)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201011261043015
クルド語で話したために10年間投獄されたトルコ元国会議員の訴え -日刊ベリタ・アーカイブより
トルコの元国会議員でクルド人女性のレイラ・ザーナさんは、トルコの国会で母語クルド語を使って発言したことがきっかけで10年間投獄された経験を持つ。2004年の釈放から4年経ち、在英クルド人団体の招きでロンドンを訪れたザーナさんは、トルコ内で「抑圧が続くクルド人」の問題を解決するには「時間はかかるが、対話が最も重要」と集まった聴衆に語った。トルコではクルド語の使用が厳しく規制されており、ザーナさんは「言語の抹殺は『虐殺』に等しい」と述べながら、苦しい投獄期間に思いをはせて涙ぐむ場面もあった。ザーナさんの投獄までの経緯と、ロンドン大学での集会の様子を紹介する。(日刊ベリタ・2008年掲載記事からの転載です。)
「みなさん、よく来て下さいました・・・」。レイラ・ザーナさんは、ロンドン大学の一室に集まった聴衆に向かって、母語クルド語で語りかけた後、しばらく絶句した。下を向き、涙をこらえている様子が伝わってきた。聴衆の多くは在英クルド人で、ここでは誰にも気兼ねなくクルド語が使えるーそんな思いがザーナさんを感無量にしたのだろうか。
世界で約3000万人いるとされるクルド民族は統一国家を持たず、トルコ、イラク、イラン、シリアを含む数カ国に住む。
ザーナさんの住むトルコでは、憲法で「トルコ国民はトルコ人」と定められ、クルド民族の存在は否定されたも同然だ。公式言語はトルコ語で、少数民族のクルド人は母語の使用を数十年に渡り厳しく制限された。1980年代の軍政時代にはクルド語の教育、放送、出版が禁止された。現在、トルコは欧州連合(EU)への加入を望んでおり、加入のための民主化政策のおかげでクルド語による放送や教育の規制は緩和されたものの、公的場所でのクルド語使用は未だに許されていない。
ザーナさんは1961年、クルド人が多く住むトルコ南東部の都市ディヤルバクルに近いシルバンで生まれた。フランス人映画作家キュドレット・ギュンさんが撮った2002年のドキュメンタリー映画「レイラ・ザーナ」によれば、少女の頃から「議論好き。男性に負けない」女性だったと言う。14歳で21歳年上のメーディ・ザーナ氏と結婚。夫はトルコ労働者党のシルバン支部の支部長で、後ディヤルバクルの市長となった。夫婦は2人の子供をもうけるが、1980年の軍部クーデーターの後、メーディはディヤルバクル軍用刑務所に投獄され、16年間を過ごした。
先の映画の中で、釈放されたメーディは「ありとあらゆる種類の拷問や精神的圧力をかけられた」と語っている。「例えば、し尿が入ったタンクがあって、囚人はこれを飲むように強制された。男性の囚人の尻の穴に鉄の棒を入れ、その後でこの棒を口の中に突っ込まれることもあった。刑務所では人の叫び声ばかりが聞こえていた」。クルド人囚人たちは「自尊心を粉々にされる扱いを受けた」。
夫が刑務所に入っている間、ザーナさんは2人の子供を育てながら自分も政治活動を続け、1991年、クルド人女性としてはトルコで初めて国会議員となった。議員となることを誓う演説で、ザーナさんはクルド独立を象徴する旗の色(赤、緑、白、黄)を使ったヘアバンドをつけて宣誓を読み上げた。「ヘアバンドをはずせ!」国会議員たちはザーナさんに向かって怒声をあげ、机を叩いて抗議の声をあげた。
ザーナさんは数々の罵声の中で、一心不乱に就任の誓いを読み続けた。「憲法に忠誠を誓います」と述べた後で、最後に「トルコ人とクルド人との間の兄弟愛のために」とクルド語で宣言した。
公的場所でのクルド語使用の禁止をザーナさんは破ったことになった。しかし、国会議員という立場上、処罰を免れた。ところが、ザーナさんが民主党に所属後、この政党が解党令を受けたため、結果的に議員としての免責は取り除かれることになった。1994年12月、ザーナさんは、他の民主党員4人とともに逮捕され、国家反逆罪とクルド人の独立国家を目指す武装組織クルド労働者党(PKK)のメンバーであるとして有罪となった。ザーナさんも他の民主党員もPKKのメンバーではないと主張したが、全員が15年の禁固刑になった。
人権団体アムネスティー・インターナショナルはザーナさんを「良心の囚人」と呼び、1995年には、欧州議会が人権と自由のために命を捧げる人物を讃える「サハロフ賞」を授与した。しかし、1998年、牢獄で書いた手紙がクルド語の新聞で出版され、これがトルコを分裂させようとする目的で書かれたとされ、禁固刑は延長されてしまった。
EU加盟に向けてのトルコ国内法の整備や国外からの人権擁護の圧力を受けて、トルコ最高裁がザーナさんと他の元民主党員を釈放する命令を出したのは2004年だった。10年に渡る投獄生活がようやく終わりをつげた。
ザーナさんは同志とともに「民主社会運動」を開始し、2005年、クルド民族主義政党の民主社会党を立ち上げた。現在もクルド問題の平和的解決のために運動を続けている。
ロンドンの聴衆の前に立ったザーナさんは黒いスーツに身を固め、先の仏ドキュメンタリー映画「レイラ・ザーナ」の中で見せた長めのボブヘアから、ところどころに銀髪が混じる短髪スタイルとなった。投獄時は33歳。現在は47歳だ。笑顔と感涙とが交互する集会となった。
クルド語での挨拶のあと、ザーナさんは「現在でもトルコではクルド人への抑圧が続いている」とし、「最も重要なのは対話だと思う」と語った。
「対話による解決には忍耐が必要で、時間もかかる。暴力を使った方が解決の道が早いと思えることもあるだろう。しかし、私たちは忍耐を維持し、明晰な頭脳で問題の解決にあたるべきだ。今ここでクルド人の国の設立に失敗したら、全ての人にとって不公平な、不平等な事態が続いてしまう」
「イラク、イラン、シリア、トルコの4つの国にまたがって住むクルド人は共通の国を持たない。歴史を振り返れば、クルド人が統一の国を作ろうとすると、いつも国際的な勢力に邪魔されてきた。イラク北部のクルド人地区の独立にも、イラク政府のみばかりか、周辺国がストップをかけようとする。問題解決には周辺国の協力が必要で、広く深い見地から道を探ることが必要だ。クルド人だけに関わる問題ではない」
「クルド人は自由が欲しいだけだ。自分たちのアイデンティティーを自由に表現したいだけだ。私が望むのは4つの国に住むクルド人たちが統一された一つの国に住み、自由に生きられるようになることだ」
ザーナさんの後ろには、ザーナさんの映画を上映するためのスクリーンが張ってあり、在英クルド人団体が集めた、前トルコ首相エルドアン氏のクルド問題に関するコメントのいくつかが投影されていた。
その1つは、クルド人が多く住むディヤルバクル市での発言で、「この問題に関して、政府に間違いがあった。クルド問題は私の問題もである。みんなの問題なのだ」(2005年)と語っていた。クルド民族にシンパシーを寄せた発言とも取れるが、エルドアン氏の姿勢は場所によって変わってくる。同様にスクリーンに投影されていた、マドリードでの発言がその一例だ。「クルド問題と言うのはない。実質的にはテロリズム(注:PKKの活動)の問題だ」。また、オスロでは、「クルド問題のことを考えなければ、クルド問題というのはなくなる。クルド問題と言うのはないんだ。想像上の話だ」とまで述べている。
PKKによって3万人以上の民間人が死亡したと言われており、トルコ政府にとって「テロリスト」PKK征伐は大きな課題となっている。隣国イラクでクルド民族の独立国家が成立すれば、トルコ国内のクルド民族への影響が大きいと見るトルコ政府は、イラク北部を活動の拠点とするPKKへの爆撃も実行している。クルド問題と言えばPKKの闘いというスタンスを示す政府には、もし弱腰の態度を見せれば、他政党から批判を受けるという事情もある。
ザーナさんは、ロンドンの集会で、「クルド人の人権について話せば、すぐ『テロリストの話』と言われてしまう。クルド人たちは誰か他の人の土地を征服したわけではない。自分たちの土地で自由に生きてゆきたいだけなのだ。トルコ与党はクルド人問題を未だにまともに認めようとはしない」
「クルド人の子供たちが学校でクルド語を教わることができるようにしたい。2004年から05年にかけて、トルコ政府はEUへの加入を求めて、クルド語学習の許可を含める民主化政策を実行してきたが未だ十分ではない。実質的にクルド語を学習しようとすると規制が非常に多い」とし、「『虐殺』という言葉がある。私は言語の虐殺、抹殺こそが最大の被害だと思う。母語を学べない苦しさを想像してみて欲しい。世界の様々な人からの支援が欲しい」
「助けになるのは、学問界やメディアだ。問題を議論し、報道することで、人々の認識が深まる」と締めくくった。
会場からの一問一答では、以下のやり取りがあった。
―もし可能だったら、刑務所にいたときの体験を話して欲しい。もしつらくなければだが。
ザーナさん:体験を話すことは全く何でもない。ただ、私よりももっともっと壮絶な体験をしたクルド人たちがいる。それに比べればたいしたことはないのだから、とてもじゃないが語るほどではない。(と言った後で、下を向き、何かを思い出したのかしばらく目をつむった。)他のクルド人に起きたことと変わらないことが私の身にも起きた、とだけ言っておこう。
―トルコは最近、表現の自由にからむ条項などで様々な法改正があった。世俗分離を死守するトルコで、現在の(親イスラム派)与党AKPはイスラム教的な政策を実行しようとしている、と言われている。これをどう思うか。また、世俗分離の原理を脅かす政党は閉鎖されるべきか?
あなたは今、トルコ語で質問しましたね。だから本当は答えたくはないけれども、まあ、答えましょう。私は与党AKPの側でも、世俗原理主義のケマリ派でもない。また、どんな政党でも閉鎖されるべきではないと思う。
―また投獄される可能性はないのか?もしそうなったらどうするか?
投獄の可能性はあるかもしれない。もしそうなったら、おそらく60年ぐらいになるので、そうなったらもう私は生きていないと思う(笑い)。
―暴力的手段は否定する、とあなたは話したが、では、米国やEUによると「非合法テロ組織」となるPKKをどう見ているか?
PKKはその活動を通して、クルド統一に向けての新たなた運動家を増やしてきた、とだけ言っておきたい。
(レイラ・ザーナさんを囲む集会は2008年5月23日、ロンドン大学SOASで開催された。)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200805252045320
忘れられたアフガン戦争に警告 Newslog USA
9年に及ぶアフガン戦争は、もはやメデイアのトップ記事に現れない。しかし、今だ軍事行動は続き、軍事費は毎月約70億ドル。最近、アフガン戦略調査特別委員会は、進展のないアフガン戦争での高コストに関して警告レポートを発表している。
過去2か月、米軍はカンダハルの南パシュトゥーンで、武装勢力追い出し作戦を行ってきた。しかし、作戦は成功とは言えず、11月の2日間だけで10人のNATO軍が死亡。長引く戦闘で地元の多くの農夫は穀物を失い農場を離れ、カンダハルのスラム地区で日雇い労働をせざるをえないという。
これらのニュースは、最近ではメデイアにはあまり登場しない。よって多くの市民には、膨大な軍事費が使われていることも驚異である。
今回の中間選挙で、共和党は企業救済、緊急経済対策など膨大な政府支出を非難してきた。しかし、この膨大な軍事費に関して批判は上がっていない。共和党支持者の多くは、「防衛費」は削減すべきではないと思っている向きはあるが、軍事費情報が十分伝わっていないこともある。
12日発表された警告レポートは、アフガン・パキスタンでの米戦略に関する「独立した調査特別委員会」が発表したもの。オバマ政権の12月の米戦略レポートに先立って発表された。委員会は、リチャード・アーミテージ元国務副長官を中心に軍関係者、学識経験者、ジャーナリストなど25人からなる。
同委員会は、アフガニスタンでの治安部隊訓練の改善など、希望的兆候は見られるが、他の点では奨励すべきものはないという見解を示している。
98頁に及ぶレポートでは「米国は、パキスタン・アフガニスタンの安全な将来を構築するよう統率するべきである。直面する現実の脅威に注意しながらも、現在の軍事コストを考えなければならない。もし進展する兆しが見えなければ、これらの軍事費は受け入れがたく、軍事活動を狭めるべき。9年の戦争の後、時間と忍耐には限界がある」としている。
このレポート発表の翌日、米紙ワシントン・ポストとのインタビューで、アフガニスタンのハミド・カルザイ大統領は、米軍行動を縮小するよう望むと話した。オバマ大統領は、来年7月から現在駐留の約10万の兵士を撤退させ始め、2014年に戦闘任務を終える予定としている。
(写真:アフガン、ヌリスタンで 国防省マルチメデイアより)
新しいメディアの時代② 佐々木俊尚さんが示す、メディアの将来の構成図
「新聞(紙)の発行部数は落ちている。ネットでニュースを取るほうが早いし、簡単だ、まして無料である」ーそんなことを考えて、「紙かネットか」という敵対・対立構造でものごとをとらえる時代は、とりあえず、終わったとしよう。
もちろん、現況を敵対・対立構造でとらえて、「困った」と考えるのはあくまで新聞経営者側であって、読む方・情報を得る側からすれば、特に困ったこともなく、むしろネットで多様な意見を拾える点からは、「良い方向に向かっている」とさえ言えたのかもしれない(新聞ジャーナリズムが縮小化することで、見落としてしまうあるいは報道されなくなるトピックがあるかもしれない、という問題が残るのだが、やや具体性に欠ける、つかみどころのない話になるので、一旦、ここでは論外とする)。
そこで、では一体、今後、ジャーナリズムはどうなるのか?「ジャーナリズム」という言葉が堅苦しければ、メディア報道は、あるいはマスメディアとネット言論とはどんな風な生態圏を作っていくのだろうかー?
その答えは人によってさまざまで、私自身、これといった一つの答えがなかった。
―ウィキリークスとメディア
それをすっぱりと解決してくれたのが、ITジャーナリスト、佐々木俊尚さんが書いている有料メルマガの最近の内容であった。同氏の有料メルマガは、全文そっくりそのままではない限り、内容の引用を可としているが、せっかく有料でやっているということでもあり、その一部のみをご紹介したい。
まず、例のウィキリークスである。大量の「生データ」(戦闘ログなど)をサイトで出す、告発サイトのウィキリークス。ウィキリークス自体は報道機関ではない。
ウィキリークスはイラク戦争やアフガン戦争に関する米軍の戦闘ログなどの大量の機密文書を、大手メディア(英ガーディアン、ドイツ・シュピーゲル、米ニューヨークタイムズ)に対し、発表の数週間前にあらかじめ渡していた。メディア側は生データを分析の上、ウィキリークスのサイト上での発表と同時に、紙面に大々的に掲載した。
ここで(日本の文脈で特に)肝心なのは、英米の大手メディア側がウィキリークスを「何か不正なもの・正体が怪しいもの」と考えて、あるいは自分たちより一つ下の存在と見て、もらったデータを調査・分析したのではない、ということ。
佐々木さんのメルマガ(11月15日号:マスメディアとインターネットはどう補完しあえるのか?前編)から引用すれば、
「9万点以上もの書類を整理するのは容易ではありませんし、それらの書類の中から何らかの意味を見つけ出すのは専門家の手を使わなければ不可能といっていいでしょう。だからこれらの情報をウィキリークスがジャーナリストたちに事前提供したのは非常に良い戦略であったといえます。」
「実際、提供を受けた各紙は詳細な分析を行っています。ニューヨークタイムズは、パキスタン政府が時刻の情報機関員がタリバンと接触することを容認していたことを資料の中から発見しました。またガーディアンは、アメリカ軍によって多数の一般市民が誤って殺害されてしまっていることが明るみに出た、と報じています。」
そして、佐々木さんが紹介するのは、米教授&ジャーナリストのジェフ・ジャーヴィスの、ガーディアンの編集長に対するインタビュー。編集長は、ガーディアンを含む新聞とウィキリークスは「相互補完(mutualization)」の関係にある、と説明している。
「ジャーヴィスはコラボレーションと言い換えています。内部告発者とメディアのコラボレーション。そしてそのコラボレーションを実現する『場』として、ウィキリークスのような媒介者がある。そういう構造。そしてこの媒介者の場で、ジャーナリズムは内部告発者の提出した情報に対して価値(意味)を付与するわけです。」
ネットサイトのウィキリークスと大手メディアガーディアンが、互いに補完しあう関係―。上下関係ではないのである。
―データジャーナリズム
ところで、生データや情報をドンドン出しているサイトは何もウィキリークスばかりではない。政府もかなりの情報をネット上に出しているし、統計や数字、世論調査、生の声(ブログ、ツイッター、SNS)など、かなりの情報が氾濫する状態となっている。
そこでこうしたデータ・情報を分析し、解釈する、意味を与える行為としての「データ・ジャーナリズム」という概念がある。(興味のある方は、英語でこの言葉を検索してみればと思う。)
「データジャーナリズムは、政府などが持っている膨大な量の統計資料などのデータを分析し、それらをわかりやすく可視化していくというジャーナリズムです。これは調査報道手法から、デザインやプログラミングまでをも含む非常に広い分野の手法を統合させて、そこにひとつの重要な物語を紡いでいくというアプローチ」(佐々木氏のメルマガ、後編)。
同氏によると、もともと、この概念が出てきたのは、「オープンガバメント(開かれた政府)という考え方の台頭」があり、その中でも「最も有名なのはアメリカのケースで、オバマ大統領が就任直後の2009年1月、「透明でオープンな政府」という考え方を発表し、Transparency(透明性)、Participation(国民参加)、Collaboration(政府間及び官民の連携・協業)という3つの原則のもとに政府のデータをできる限り開放していくような政策を採り始め」たことによる。
しかし、
「残念ながら日本政府については、オープンガバメントはまだスタート地点にさえ到着していません。もちろん情報公開制度はありますが、これはあくまでも国民の側が情報を「引き出す」という行為を行わなけれ情報は公開されない。オープンガバメントではこのような手続を経なくても、さまざまなデータセットがウェブ上にオープンに公開されているという考え方で、情報公開制度とはかなり異なる性質のものです」(同氏メルマガ)。
「あー、やっぱり。残念」と思わざるを得なかった。
細かい部分はメルマガを購読するしかないのではしょるが、最後の結論が、本当にすごいと思う。
「情報の存在場所がかつてのような政府・企業の広報文や官報など紙のデータにあった時代は、そのデータにアクセスできるのは館長などに出入りしているマスメディアの記者に限られていました。しかし多くのデータがウェブで公開されるようになってデータはオープンになり、誰でもアクセス可能になってきています。こういう段階になってくると、データの分析自体もクラウドソーシングのように集合知化され、ネット発でさまざまな分析や可視化が行われてくる可能性が浮上してくるでしょう。そういう意味で、データジャーナリズムというのはウェブときわめて親和性が高いのです。」(佐々木氏メルマガ)
「このようなオープンなデータをもとにした集合知的ジャーナリズム。先週号で紹介したウィキリークスのような内部情報告発プラットフォーム。そして制限された一次情報にアクセス可能な新聞やテレビの組織ジャーナリズム。さらにフリーランスのジャーナリストが行っているような専門的な分析能力。こうしたモジュールが相互に補完しあうことによって、未来のジャーナリズムは成立していくということがいえるのではないかと思います。」(同じ)
ここまで、それぞれのメディアの役割やポジショニングをきっちりと1つの文章にした人は、(日本語では?)ほかにいないのではないか?(『英国メディア・ウオッチ」より)
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関連:ご参考
ガーディアン紙による、ウィキリークスのデータ分析サイト http://www.guardian.co.uk/news/datablog/interactive/2010/nov/08/wikileaks-data-visualisations-iraq-afghanistan
「データの分析に、ジャーナリストの将来がある」:ティム・バーナーズ=リーの講演 http://www.guardian.co.uk/media/2010/nov/22/data-analysis-tim-berners-lee
フランスの「ある深夜テレビ番組」の人気の秘密

フランスの深夜テレビ番組に「夜は寝ないよ」というフランス国営放送・テレビA2がある。政治的な色彩の極めて強い論争(デバ)番組なのだが、若い人にも高い人気がある。これは毎週土曜の深夜11時頃から始まるが終わるのはいつも2時30分前後で、約3時間30分も延々と論議が続くのだ。これがまさにフランス的だとは思うのだが、見始めるとそれがだいたいいつも面白いので、最後までテレビの前に釘付けということになる。見逃した人はその週末の日曜日の再放送を待っているほど人気がある。
本やレコード、演劇などで新しい話題になった人を何人かゲストに招待し、その週のニュースと絡ませて話題に取り上げている。この複数の招待者とレギュラージャーナリスト2人、それと司会者のロラン・ルキエール氏が渾然一体となって何のタブーもなく討論するというものだ。
議論は透明性を求めていくために、不透明な人ははじめから招待しても来ないということになっているようだ。そのためか番組ではしばしば「誰々は招待したのだが、今日は来られない」と何回か繰り返される。その度ごとに観客からは残念だとの表現のワーというざわめきが、お決まりのように必ず起きる。
最近ゲストになった幾人かをここに紹介すると、フランス中道右派の民主運動(モデム)のフランソワ・バイル議長。
実力と羨望がありながら2012年の大統領選挙には出馬はしないと宣言しているヨーロッパ・エコロジストのダニエル・コーン=ベンディット欧州議員。
先週から再び話題になっている、カラチ潜水艦売り込みマージン疑惑を巡りバラデュー元仏首相側への賄賂払い戻し(レトロコミッション)疑惑事件関連でサルコジ大統領と対立し戦争状態になっている、ドミニク・ド・ビルパン前首相などがいる。(ここで扱った13日のテレビ出演時ではこの問題はまだ惹起してなかった。)
学者では、元ノルマンディーの首都カン市で市民大学を運営し、反フロイド心理学の本を最近書いた哲学者のミッシェル・オンフレイ氏が出演している。
ー政治風刺画選び
ド・ビルパン前首相が出演した11月13日のテレビの模様を少し紹介する。
この番組の慣例で、登場した人は全員が最近の新聞記事に掲載された政治風刺画を一枚選び、その選んだ理由を説明するという時間が組まれている。
出演していたステファン・ギヨン氏が選んだのはフランス政治の風刺と暴露で有名な週刊紙カナール・アンシェネに掲載された飛行機の絵だ(写真上部)。
ギヨン氏というのはラジオ・フランス・アンテールの番組を担当してブラック・ユーモワで有名で、ラジオの独立性の喪失を指摘し抗議していたが、最近になってサルコジ大統領から任命された国営ラジオ放送の総局長ジャンリュック・ヘス氏から解任された人だ。
風刺画にはパイロット同士の会話として噴き出しがある。「OK! 大統領、操縦室に入ってもいいよ」、「でも、操縦機に触らないように大統領にいってくれ!」とある。
この風刺画は、改造飛行機のパイロットのいる操縦室のすぐ後方が大統領の寝室になっている事を知ってないとあまり面白くない。またサルコジ大統領が何にでも口を出す人だということが前提になっている。
そしてさらに全然別な読み方があるが、これはフランス人のもつコノタション(言語に影をおとした文化背景)から来る理解によるもで、外から見ると誤解が生ずる場合が多い。が、実はここに良きにつけ悪しきにつけ最大の笑いが爆発する秘められたダイナマイトが隠されている。
ー「エアー・サルコ1」とは
以下、直訳ではなく理解のために解説的に意訳して紹介してみると。
この風刺画は、11日から始まった韓国ソウルG20首脳会議に参加するために、サルコジ大統領がはじめて使用することになった大統領専用特別ジェット機を描いている。
国が不況で失業が増大し国民は経済的に逼塞して苦しい時に、約210億円という莫大な資金をつぎ込んで大統領専用ジェット機を調達したことを批判したわけだ。
ギヨン氏は、他国の大統領やローマ法王ベネディクト16世でもこんな巨額な金を出して旅をする人はいないとして、それがどんな誇大妄想な飛行機なのかを説明した。ド・ビルパン氏は膝をたたいて、「うまく言い当てている。その通りだ」と笑って評した。
サルコジ大統領の作った外国訪問専用機はA330-200を改造したもので、改造費は17600万ユーロ(約210億円)だ。機内の3分の2を占めるスペースには大統領専用のキングサイズのベットが置かれ(浴室がある)、サロンと15脚ほどの会議室が2つあるが、後部の3分の1にあたるスペースに約70席のエコノミークラスがあり、そこに随行員、大臣や大企業のVIPがひしめき合って乗ることになるというのである。
ーフランスで愛されるデバ
すかざす、エリック・ゼムールという右派系の当番組レギュラーのジャーナリストが、誇大妄想の指摘に拒否を申し立てた。
すると、同席者のド・ビルパンは、「そんな飛行機は今の世相とかけ離れていて、フランスにはその飛行機を必要とするどんな緊急な理由もないのであり、誇大妄想といえる」、「すでに2機も飛行機があって問題なく動いているのに」と、横から発言する。
さらにだがとして、「この飛行機には一つのパラシュートしか装備されてない」と冗談を飛ばすと、会場の観客からは一瞬間をおいてから、拍手と声援が沸いた。
ゼムール氏の表情にも言葉にも先ほどの威勢は消えてしまったようだ。が、内心はわからない。
ジェット機には、テロに備えて2基の迎撃用ロケットが装備されているという情報も仏国営放送テレビA2のニースではあったが、この番組では触れられなかった。
地方紙のバール・マタン紙などによればこの「エアー・サルコ1」とあだ名された飛行機は、普段はルーアン近くのエブルー軍事基地に格納されているという。また多くの新聞は、この飛行機には最初の3年間で約180億円の保守・整備費がかかることを指摘している。
フランスでは政治論争は「デバ」と呼ばれていて、舞台対決の闘争のようなところがある。かなり厳しいことを相手に突きつけるが、ヒステリックにならずユーモアがあるので観客には楽しいものだ。
デバが受けるのは、それだけ嘘や仮面の虚構がフランスでは日常性の伝統なのだという裏返しの事実の現れだともいえなくもない。日本や英国のように嘘つきが蔑視されるコノタションがないのかもしれない。
そこに一般のテレビやラジオ、新聞が真実をつたえない虚偽の報道も指摘されるわけだ。その一般のメディア情報では満たされない人々が、一瞬の不満のはけ口がを求め、まるで圧力鍋のスーパップ(*爆発を防ぐため水蒸気を少しづつ抜く排出弁)のようにある種の希望の出口を探そうとしてこの番組に集まってくるのかもしれない。それが人気の秘密なのだろうか。
(興味がある方は、以下のビデオでも見られるみたいです。)



