二・二六事件から75年
きょう2月26日は、1936(昭和11)年の二・二六事件から75年です。このクーデター未遂事件については、わたしはその後の1945年の敗戦まで続く「戦争社会」のありようを考える上で、今日の社会にとっても依然として小さくない意味を持つと考えています。今日では文献以外にはなかなか追体験が困難な事件ですが、事件の様子を直接知ることができる「物証」が岩手県水沢(奥州市)の「斎藤実記念館」にあります。事件で暗殺された内大臣の斎藤実は、この地出身の元首相、元海軍大将。記念館は遺品とともに斎藤実の足跡をたどる内容になっていますが、二・二六事件当夜、凶行の現場となった寝室にあった鏡台も展示されています。銃弾が貫通し大きなひび割れが走る鏡台を見ることで、この事件が確かに「あった」ことを実感できました。
昨年のエントリーになりますが、この記念館についての過去記事を読んでいただければ幸いです。
※「二・二六事件の凶行を映した鏡」=2010年2月26日
http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20100226/1267144159
※今週、東京から大阪に転居しました。初めての関西暮らしですが、まずは無事に新しい生活を始めています。落ち着いてきたら、こちらに来て感じたこと、気付いたことなども書いていこうと思います。
〔ブログ「ニュースワーカー2」より)
TUP速報891号 イーモン・マッキャン 「英国と米国によるエジプト独裁政権糾弾の偽善」
◎ 中近東諸国が揺れる今、英米政策をふりかえる
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エジプトの人々が開いた新しいページに、これからどんな物語が描かれていくのか。2月12日付ニューヨークタイムズ紙ではコラムニストのニコラス・クリストフが「米国は、チュニジアやエジプトにおいて後手に回っていたばかりか、中東全体において何十年も[理解と対応が]立ち遅れてきた」と述べている。ムバーラク政権に巨額の助成金を出してきた米国だが、民主主義の旗手を自認するなら中東の民主主義を名実共に支援してほしい。
無論、他国の政権に関わる動きについては、内政干渉と反発されるリスクを考え(イスラーム圏など西欧と異なる文化圏については、相手国の価値観を尊重する慎重さが特に要求される)、長期的視野に立った、時には微妙な外交が必要だろう。けれども人権という重要な点において「欧米=二枚舌あるいは日和見主義」などというイメージが増大するようでは、人権擁護という理想の土台が骨抜きになるばかりか、地球規模での経済や政治的バランスを模索する上での切り札に効力がなくなる。国際外交は微妙なステップの絡み合う複雑なダンスなのかもしれないが、踊り手は姿勢に一つ筋を通しておかないと、ダンスにならない。
エジプトの新しい朝を、またイスラーム圏に押し寄せる新しい波の行方を希望をこめて見守るとともに、欧米の(また日本の)対応が相手国の、そしてそこに生きる人々の、「いま」に根ざしたブレのないものとなることを望む。「望み」を少しでも現実に近づけるためにわたしたち一市民にできるのは、いま起こっていることに目をこらすことだけでなく、「これまで」起こってきたことを知り、覚えておくことでもある。「昨日」があるからこそ「今日」があり、「明日」があるのだから。
邦訳・前書 渡辺/TUP
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2011年1月31日月曜日2:17PM投稿:2011年1月31日月曜日2:36PM更新
社会主義労働者党(英国)のウェブサイトより
エジプト市民蜂起以前の英米両国政府の発言をお忘れなく
――イーモン・マッキャンの提言
バラック・オバマ米国大統領は[1月28日]金曜日にこう語った。「世界の誰もが持つ普遍的な権利を、エジプトの人々も持っているのです。それは、平和的な集会と結社の権利、言論の自由、そして自らの運命を決められることを含みます。すなわち人権です。米国はいかなる場所においても、これらの権利を支持します」
過去50年間で、米国政権がエジプトにおける民主主義運動に賛同したのは、これがはじめてのことだ。
昨年11月10日、ワシントンでの記者会見で、ヒラリー・クリントン国務長官はエジプトの独裁者ホスニー・ムバーラクの外務大臣、アフメド・アブルゲイトの隣に立ちこう語った。「外務大臣以下、使節団の皆様をワシントンに再びお迎えできて光栄に思います。外務大臣と私は緊密かつ生産的な協力関係を築いてきました。このように協議できる機会を私はいつも心待ちにしています。
合衆国とエジプトの協力関係は中東および周辺地域の安定と安全の礎石であり、我々は様々な問題に関し、地域的および世界規模のリーダーシップをエジプトに期待しています。両国の関係は、互いへの敬意と共通の利益、協調の歴史、そして共に分かち合う未来への展望に根ざしているのです」
クリントンの国務長官就任からひと月足らずの2009年2月[註1]、国務省はエジプトにおける人権に関し、以下の報告を行った。「政府は政権交代に関する市民の権利を制限しており、1967年以降ほぼずっと非常事態を継続させている。
[註1:原文では「2月」となっているが、国務省ホームページ記載の報告書は3月11日付になっている。2009HumanRightsReport:Egypt
http://www.state.gov/g/drl/rls/hrrpt/2009/nea/136067.htm]
治安部隊は不当に破壊的武器を用い、囚人や被収容者を拷問にかけ、虐待し、多くの場合、責任を問われることすらない……治安部隊は、時には政治的目的のために恣意的に人々を逮捕および拘禁し、公判前に長期勾留していた。行政機関は司法に制限を加え、圧力をかけていた。政府は過去一年間、報道や結社、宗教の自由をますます軽視するようになり、また政府はその他の市民的自由、とりわけ言論の自由に対しても制限を続けていた」
エジプトの人々が街頭に出る前に、米国政府が何らかの対応を行った記録は皆無である。
先週末、ウィリアム・ヘイグ外務大臣は、英国も常にエジプトにおける「より大きな自由と民主主義、より開かれた柔軟な政治体系と表現の自由を支持して」きたと語った。
英米両国は「30年に亘る戒厳令と抑圧」を援助してきた、と国際原子力機関のエジプト人元事務局長ムハンマド・アル=バラーダイー(エルバラダイ)がその後主張したことに対し、意見を求められたデヴィッド・キャメロンの答えは「そんなことはなかったと思う」という、きっぱりした否認したとは程遠いものだった。
ムバーラク独裁政権の29年間で、英国政府がエジプトにおける人権擁護の立場を表明した記録は皆無である。
そのうえ、オバマ支持者は驚くかもしれないが、なぜか「普遍的な」人権は、まだサウジアラビアにさえ適用されているようには思えない。エジプトに関する報告の翌月、国務省はサウド一族の封建支配下における人権状況評価を公表した。「失踪。拷問や身体的虐待。刑務所や留置場の劣悪な状況。独断的な逮捕や外界との連絡を禁じた抑留。司法制度における公判の否認や適正手続きの欠如。政治犯。(インターネットを含む)言論、集会、結社、移動など市民的自由の制限や、信仰の自由への厳しい制限。汚職、政府における透明度の欠如。女性への暴力、児童の権利侵害、性差や宗教、宗派、民族性に基づく偏見も頻繁に見られた」
それから10ヶ月後、2010年1月、ワシントンポスト紙の報道によれば、合衆国政府高官がドバイで次のような発言を行った。「オバマ政権はサウジアラビアやその他ペルシア湾の同盟国と、粛々と協力作業を進めている」。同紙は、「軍用機や対ミサイルシステムを友好的アラブ諸国に売却する、というジョージ・W・ブッシュ政権の約束を推し進める努力」に触れ、「特にサウジアラビアとアラブ首長国連邦などの湾岸諸国は、数十億ドルかけて米国産の防衛システムの購入を進めている」と報じた。
サウジの首都リヤドの英国大使館ウェブサイトには、英国からの訪問客向けに同国の紹介記事が掲載されている。「サウジアラビアと英国は長年緊密な友好関係を保っており、英国とサウジ王国との関係は益々幅広く、また深いものになっている…[中略]…英国とサウジの王族同士も親密な関係を保っており、両国の関係の深さを示している。両王国の相互貿易も成長を続けている」
サウジ独裁政権との関係を英国法よりも優先させようとする英国政府の姿勢は、2006年12月、トニー・ブレア[元首相]が重大不正捜査局の捜査を中断させるべく介入したことに現れている。捜査の対象となっていたのは、大手国防企業BAEシステムズが、腐敗したサウジ王族に贈っていた数億ポンドもの賄賂で、支配者[サウド]一族との420億ポンドに上るアル・ヤマーナ[註2]兵器売買契約を進めるためのものだった。
米国と英国が突然エジプトでの人権保護に目覚めたきっかけは、怒りの声と人々が行進する足音、それ以外の何ものでもなかったのである。
[註2:アル・ヤマーマal-yamamahの誤りと思われる。アル=ヤマーマ取引(al-yamama)1985年に英国とサウジアラビアの間で合意された、英国最大の武器輸出計画。20年間にわたり総額420億ポンド(当時で約10兆円)におよぶ取引で戦闘機などの軍用機120機など大量の武器を輸出した。これにからみ英重大不正捜査局が英国兵器会社BAEシステムズからサウジ王家のスルターン・ビン・アブドゥルアジーズ皇太子に10億ポンド(2400億円)もの裏金がコンサルタント料との名目で支払われていたことに対して調査を行なっていた。なお、アル=ヤマーマとはリヤドにある国王の宮殿の名前。(参考 2007年06月07日AFPニュースなど)]
(C)ソーシャリスト・ワーカー
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原文:
Eamonn McCann: Britain and the US’s hypocritical condemnations of the Egyptian dictatorship
http://www.socialistworker.org.uk/art.php?id=23733
posted: 2.17pm Mon 31 Jan 2011 | updated: 2.36pm Mon 31 Jan 2011
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何故コサックは“しゃがみ踊り”をするのでしょうか?(下)
11.02.23 by タチヤーナ ・スニトコ カテゴリー: 世界の窓, 文化
ところで、ロシアの祭りには一つの特徴があります。田舎では祭りが多く、時には喧嘩や争いになることがありました。この祭りの伝統はとても古いものです。13世紀の記録には既に祭りでの争いの記録があります。寒い時期には氷の張った河や湖でその争いは行なわれました。まずは手始めとして、一対一の決闘がありました。その後は、“壁” 対“壁” (“壁”は一列もしくは数列の男性のグループ同士)での争いとなりました。もっと規模が大きくなる場合には“通り”対“通り”、“村”対“村”などの争いがありました。
さて、それらの喧嘩には喧嘩としての暗黙のルールがありました。相手に対して恨みがないようにする。倒れた相手を打ってはいけない。相手を後ろから打ってはいけない。手に重い物を握ってはいけない。足を相手にかけてはいけない。服を引っ張ってはいけない。相手を足で蹴ってはいけない。・・などでした。
ところで、“ルールのある喧嘩も時には怪我人がでたり、死者がでるような乱闘になることがありました。乱闘には十代から年寄りまでの全ての年代の男たちが参加するのでした。こんな野蛮な住民同士の争いの風習は、戦争のときに住民から国民兵を募るのに都合がよい風習でもありました。ロシアは戦争が多く、戦いに慣れた兵士が必要でした。
興味深いことには、ブザ(буза) 「又はロマーニイェ(ломание)“気どる“(もったいぶる)という“踊り”」の闘いです。それは“踊り”と“殴りあい”が一緒のものでした。通常の踊りが終わると、特別な“ブザ”の曲が鳴って、踊り手は一人一人別々か二人組かグループで“ロマーニイェを始めるのでした。“ロマーニイェ”の前には踊り手は頭を振って、髪の毛をかき乱すのでした。(今もこのユニークな動作はロシア舞踊団の舞踊に見ることができます。)
“ロマーニイェ”の特徴はリズムの変化です。“ロマーニイェ”の振り付けは殴り合いの動きです。この“踊り”は一人の相手が倒れるまでか最初に血をみるまで続くのでした。曲の演奏者が演奏をやめると、“ロマーニイェ”もまた終わりになるのでした。
もう一つのスラブ民族の男性の踊りは“ヴップリシャヅク”(しゃがみ踊り)です。ウクライナには“ヴップリシャヅク”というダンスは多いのですが、ロシアのダンスでは、“しゃがみ踊り”はダンスの中の一つの振り付けです。
“しゃがみ踊り”はコザックのトレーニングの一部でした。スラブ民族では戦士を二つのタイプに分けていました。一つのタイプは「活発な人」でもう一つのタイプは「善良な人、がまん出来る人」でした。善良な人には“ロマーニイェ(ブザ)”をトレーニングさせました。活発な人には“しゃがみ踊り”をトレーニングさせました。
かつて、軍隊では騎兵が重要な役割を果たしていました。コザックはいつも自分が育てた馬と共に戦争に参加しました。戦場では、コザックは走っている馬の胴体の周りを回って戦うトレーニングをしていました。コザックには、サーベルで突くこと、射撃、曲乗り、側面攻撃などは欠かせない能力・技量でした。落馬しても“しゃがみ踊り”というトレーニングしているコザックはサーベルの突きを避けることができました。駆けて行く馬の腹の下にとびつくことができました。歩兵戦では“しゃがみ踊り”のトレーニングは混み合った闘いの場面では役立つものでした。
面白いことに、昔の戦いではよく戦闘前の踊りから始まりました。武器を持つ兵士が前に出て“ゴパク”(“しゃがみ踊り”の一種)という踊りを踊りました。ロシアの内戦(1918-1922)のときには、兵士の軍列は小銃を肩に掛け手風琴の音をかきながしながら前進しました。陣の前で(前線の前で)踊り手役の兵士たちは踊るのでした。そしてそれを見た敵は退却しました。何故かという合理的な理由は説明できませんが、敵は楽しげに踊っている相手を見て怖くなってしまったようです。
もちろん、“しゃがみ踊り”というトレーニングだけではなく、曲乗りも大事でした。
ロシアとウクライナの舞踊から真似たユニークなコサック兵の冗談っぽい“ズダローワツァ・トレーニング”「“挨拶トレーニング”;“ズダローワツァ”здаровацца“は挨拶する”の意」はサーベルの突き方向で相手の手を打ちます。それは合計8タイプの打ち方で互いにリズムの変化で手を打つのです。それはサーベルの突き方向で打ちます。剣道の上段の構え、中段の構え、下段の構えなどを想像していただければおわかりになるかと思います。
ロシアの軍隊では、昔も現在も多くの部隊には歌舞団があります。ロシアの軍隊は徴兵制です。楽器を弾けるとか歌か踊りの上手な新兵はラッキーです。兵役期間中は踊りや歌といった仕事に従事することが出来るからです。
ロシア海軍の水兵には“リンゴ”(ヤブロチコ;яблочко) という“しゃがみ踊り”があります。
それにしても、なんて奇妙なダンスなんでしょうね! 〔日刊ベリタ・連載より)
憲法メディアフォーラム6周年シンポ「マスメディアとナショナリズム」4月23日に東京で
新聞労連や民放労連、出版労連などメディア産業や映画演劇・音楽家の産業別組合でつくる日本マスコミ文化情報労組会議(略称MIC)と、日本ジャーナリスト会議(JCJ)が共同で運営しているサイト「憲法メディアフォーラム」が4月に開設6周年を迎えます。毎年4月、「憲法とメディア」の時々の状況にかんがみて、時宜を得たテーマでシンポジウムなどのイベントを開催するのが恒例になっています。ことしは「マスメディアとナショナリズム」をテーマに据えました。4月23日(土)に東京で開催。
憲法メディアフォーラム開設6周年記念シンポジウム
「マスメディアとナショナリズム」
日時◇ 4月23日(土)13時30分~16時30分 資料代◇500円
場所◇ 文京シビックセンター26階・スカイホール
文京区役所の建物です
東京メトロ丸ノ内線 後楽園駅>4bまたは5番出口【徒歩3分】
東京メトロ南北線 後楽園駅>5番出口【徒歩3分】
都営地下鉄三田線 春日駅
都営地下鉄大江戸線 春日駅(文京シビックセンター前)
基調講演:小森陽一さん(東京大学大学院総合文化研究科教授)
パネリスト
安田浩一さん(ジャーナリスト)
楠本 孝さん(三重短期大学助教授)
石山永一郎さん(共同通信編集委員)
コーディネーター:藤森 研 (専修大学准教授)
わたしは参加できるか微妙です。
※憲法メディアフォーラム トップ
※参考過去エントリー
憲法メディアフォーラムでは、編集委員5人が昨年1年を振り返りつつ、ことしのマスメディアの課題と展望を示すキーワードを3つずつ選んだ新春特集を元日にアップしました。合わせてご覧ください。
「『2011年 メディアの課題と展望』憲法メディアフォーラム・新春特集」2011年1月1日
http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20110101/1293811460
(ブログ「ニュースワーカー2」より)
爆発的ヒットにならない「NHKオンデマンド」とダントツ人気の英BBCアイプレイヤー
(「週刊東洋経済」(2月19日号)の筆者記事の転載です。)
NHKの多メディア展開戦略の一つとして2008年12月から開始された、放送済み番組を有料で視聴できるサービス「NHKオンデマンド」。昨年12月末、PC会員(ブロードバンドにつながったPCでサービスを利用する人)数は57万人に達し、第3四半期(2010年10月―12月)の売上げ総額は過去最高の1億4176万円に達した。3期連続の上昇である(NHK「業務報告」)。
しかし、いまだ「爆発的成功」とはいえないようだ。NHKオンデマンドの今年度の売上げ収入は昨年12月末時点で総額3億8500万円。今年度末までの達成目標額は11億円となっており、約3割にしか達していない。3月末までの目標達成は、逆立ちしても無理そうだ。
一方、英国では公共放送BBCの番組再視聴サービス「BBCiPlayer(アイプレイヤー)」が大人気だ。
アイプレイヤーへの番組視聴リクエスト数は、昨年12月で1億4500万回に上り、これまでで最高となった。前年同月比では27%増だ。民放局や有料衛星テレビのスカイが提供する同様のサービスの利用率と比較すると、BBCアイプレイヤーの人気はダントツだ。
英国の放送局によるネットを使っての番組配信は2006年頃から本格的に市場に登場し、BBCは後発組。しかし、その後の巻き返しが目覚しい。実験配信の期間を経て、2007年12月、子供から大人まで幅広いファンを持つSF連続ドラマ「ドクター・フー」を再視聴できることを売りものに本格スタート。その後何度かの技術変更を経て、番組(テレビ及びラジオ)の放送から7日間の見逃し番組の視聴、30日間のダウンロードといった基本サービスに加え、連続番組のスタッキング(7日間を過ぎても、シリーズが終わるまで初回放送分から視聴できる)、フェイスブックやツイッターでお勧め番組の情報を友人たちと共有できる仕組みなど、サービス内容を拡充させている。バージン・メディアやBTなどのブロードバンド・プロバイダーと契約すれば、テレビの前に座って、リモコンを使って番組を楽しめる。ソニーのパワーステーション、任天堂のWIIなどのゲーム機、携帯電話からも視聴可能だ。
アイプレイヤーの最大の功績は、英国の視聴者の行動を変えたこと。オンデマンド・サービスは他局もやっていたが、視聴率シェアが最も高いBBCが2007年末に本格市場参入したことで、サービスが一気に普及した。民放の「プラス・ワン」のチャンネル(あるチャンネルの放送内容を、そっくりそのまま一時間遅らせて放送する)も人気で、放送局側が決めた時間にテレビの前に座るのではなく、「自分の都合がよい時間に、見たい番組を取り出してみる」のが英国で普及している。
―簡単でタダ
NHKオンデマンドと比較したときのBBCアイプレイヤーの最大の利点は、ズバリ、無料であることだろう。PC上から、アイプレイヤーの独自デスク・マネージャーを立ち上げて選ぶか、テレビの前に座って、リモコンを操れば好きな番組が難なく視聴できてしまう。アイプレイヤーは、とにかく楽なサービスなのだ。どれほど見ても全く懐が痛まない。貧乏人から金持ちまで英国に住んでさえいれば誰でもが視聴できる。
残念ながらNHKは、国内法の制限から見逃しサービスの提供に受信料を使ってはいけないことになっている。「無料で放送された番組に何故再度お金を払うのか」という視聴者側の割り切れなさがいつまでも付きまとう。
放送と通信の融合が刻々と進展する英放送業界で、今年最大の注目が無料ネット・テレビのプラットホーム・サービス「YouView(ユービュー)」の開始だ。BBCのほかには民放3局、通信業界からはBT,Talk Talk、 Arqivaが参加する。視聴者はブロードバンド・インターネットに接続された「セットトップボックス」をテレビの上に備え付けて番組を視聴する。高品位画像設定や番組の途中での巻き戻しや録画ができ、有料・無料のオンデマンド番組の視聴ができる上に、インターネットのコンテンツにアクセスできる。複数の配信サービスの一元化で、利用者にとっては、オンデマンドの利便性がぐっと向上することになる。インターネットにつながったテレビは現在英国で200万台ほどで、年内には700万台に増加すると言われている。
―運営予算削減の逆風
BBCの目下の悩みは予算面での不透明感だ。緊縮財政を進める英政府は、昨年秋、2014年から4年間のBBCの受信料収入を「値上げなし」とする方針を決定した(BBCの受信料収入の値上げ幅は時の政府と交渉の末に決まる。)BBC試算によれば、値上げの凍結は、実質、年率16%の予算削減に当たるという。また、外務省が運営資金を出していたBBCの商業部門、BBCワールドワイドに対し、政府は資金の拠出を14年から停止と決め、BBCが自力で運営することになった。
BBCオンラインの予算も13年度末までに大幅削減され、今後2年で360の職が消える。アイプレイヤーがどれほど国内で人気となっても、所詮は無料サービス。何とか収入を上げられないかと経営陣は頭をひねる。
BBCは現在、アイプレイヤーで提供される番組を他のオンデマンド・サービスに組み込んだ形で提供する「シンジケーション」サービスを、原則許可していない(例外がバージン・メディア)が、アイプレイヤーから他局のオンデマンド・サービスに飛べるようにする「アウト・リンキング」の技術を開発中だ。これが実現すれば、トラフィック増大を切望する民放には朗報で、BBCに一定の収入が入る可能性もある。
BBCが将来の大きな収入源の一つとして期待するのが、現在国内でのみ利用可能なアイプレイヤーの海外展開だ。商業部門BBCワールドワイドの手によって、有料購読サービスとして提供するのである。すでに、約1千本の個別の番組がアイチューンズなどを通して販売されており、2008-2009年で1000万ポンドの売上げとなっている。
そこで年内に、まず米国で有料サービスを開始予定で、当初はiPadでの視聴のみとなるようだ。「お金を払ってもBBCの番組を見たい」という声は世界中で強い。ネットを利用して番組を視聴する時代となりつつある今、BBCは英国内のみならず世界のオンデマンド市場でトッププレイヤーになる可能性を秘めている。
BBC「QI」と米ゴールデン・グローブ授賞式に見る、英国の「危ない」ジョーク
BBCのクイズ番組「QI」(被爆者を題材にしたエピソード)はずいぶんとネット上で話題になりました。
他の英国ジョークのトピックとあわせて、「英国ニュース・ダイジェスト」最新号に書いてみました。以下はそれに補足したものです。サイトには、話の中に出てくる、スティーブン・フライとリッキー・ジャベイスの比較の表があります。
http://www.news-digest.co.uk/news/content/view/7541/263/
また、gooニュースで加藤裕子さんも書かれていますのでご参考のほど。
BBC番組がいかに二重被爆者を取り上げたか 彼らは何と言っていたのか
http://news.goo.ne.jp/article/newsengw/world/newsengw-20110125-01.html?pageIndex=1
英国のジョークは危なすぎる? -矢面に立つコメディアンたち
今年1月、BBCのクイズ番組「QI」の被爆者に関わるジョークが、在英日本人の抗議の対象となる事件が起きた。在英日本大使館が邦人らの抗議をBBCに伝え、BBCは謝罪した。一方、英国の人気コメディアン、リッキー・ジャヴェイスの皮肉たっぷりのジョークが、米国でひんしゅくを買った。英国のジョークは他国では受け入れられないのだろうか?2つの事件の経緯と顛末を追った。
まずはBBCのお笑いクイズ番組「 QI」(Quite interesting)の例だ。昨年末、この番組の中で、司会役のスティーブン・フライが、広島と長崎で二重に被爆し昨年93歳で死去した男性を「世界一運が悪い男」として紹介した。
「93歳まで長生きしたなら、それほど不幸ではない」「原爆が落ちた次の日に列車が走っているなんて、英国では考えられない」などとゲストがコメントをすると、会場内で笑い声があがった。スタジオにはきのこ雲や男性の顔写真が掲げられた。日本への原爆落下や被爆者の男性を笑ったというよりも、英国の鉄道制度のふがいなさをジョークの種として笑っていた(下記の抜粋紹介を参照)が、不快感を感じた在英邦人らが大使館に連絡を取り、今年1月7日、「被爆者をこういう形で取り上げるのは無神経」と担当公使名でQIに書簡を送った。
21日以降、日本の大手報道機関複数が「日本の2重被爆者を嘲笑」(時事通信)などと報道し、BBCがユーチューブ上に掲載していた約3分間の動画は約9万7000回再生された。BBCと番組制作会社は連名で「不快な思いをさせ申し訳ない」と謝罪声明を発表し、BBCはユーチューブ上の動画を削除した。2月、フライは別の番組収録のため来日することになっていたが、これを取りやめる事態にまで発展した。
―ジェベイスのジョークに米映画界で怒り
1月末のもう一つの事件とは、米ゴールデン・グローブ賞の授賞式で司会をした英コメディアン、リッキー・ジャベイスの発言である。「今宵はパーティー、そして深酒だ。おっと、チャーリー・シーンにとっては、朝食だな」と切り出し、授賞式に集まった米映画関係者を驚かせた。シーンといえば、アルコール依存症で入院したこともある米国の人気俳優である。また、麻薬不法所持で刑務所へ入所経験を持つロバード・ダウニー・ジュニアの過去をジョークの種にした。
ダウニー・ジュニアは舞台上で「すごく意地悪で、悪意のあるトーンがあるけど、これを除けば、授賞式は最高の雰囲気だよね」と皮肉をこめてやり返したが、ジャベイスのジョークは「やりすぎ」というのが大部分の出席者の感想だった。
後にトーク番組に出たジャベイスは「悪いことをしたとは、全然思っていない」と述べた。ハリウッドでは「自分はよそ者」で、スターを「酷評すること」こそ、自分の役割だという。自分なりの信念があってのきつい「おちょくり」だったというが、来年、ゴールデングローブの授賞式の司会役が回ってくるかは定かではない。
―英国のジョークはきつすぎる?
英国のジョークは他国の人にはきつすぎるのだろうか?この評価は、おそらく人によって異なるだろう。また、その国に住む人でないとジョークは理解できないとするのもおかしい。
しかし、どんなジョークも、文化、歴史、価値観など、その社会を構成する複数の要因を共有することで、おかしみが生まれてくる。もしこうした要因を共有しない人が英国流ジョークに触れたとき、笑いよりも怒り、悲しみ、不快感を感じる場合があることは想像できる。ジャベイスの授賞式でのジョークを痛快に思った人は英国内でさえ多くないかもしれないー私自身、どきりとした。しかし、彼の代表作で、人を食ったジョークが満載のドラマ「The Office」の主人公〔ジャベイスが演じた〕がそのまま舞台に出たのだと思えば、例え共感はせずとも、理解はできよう。
BBCのQIが被爆者のトピックを取り上げた件は、被爆者自身を笑っていたのではない点やすべてを風刺の対象とする英国ジョークの原則から言って、英国内の視聴者には受け入れられるはずであった。しかし、原爆落下や被爆者体験をジョークの対象にされたくないという思いが強い多くの日本国民からすれば、とうてい我慢がならない手法であった。
笑い一つをとっても、自分自身の立ち位置や、価値観、歴史観が色濃く表れる。笑いで自分を知るーそんな勉強の場をBBCのQIやジャベイスのキツイジョークは与えてくれたのかもしれない。
―BBC「QI」の被爆者を題材にした動画の内容(抜粋)
スティーブン・フライ:世界で一番不幸な男の何が幸福なんだと思う?(略)えーと、この人は見方によって、最も幸運だとも言えるんだ。(略)彼の名前はツトム・ヤマグチ。2010年に93歳で亡くなっている。ずいぶん長生きだったから、それほど不運だったとも言えないね。(略)
アンディー・デービス:爆弾がその人の上に落ちて、跳ねとんだとか。(会場笑い)フライ:この人は原爆が爆発したとき商用で広島にいて、ひどい火傷を負ったんだ(略)。次の日、彼は汽車に乗って、ということは驚いたことに、原爆が落ちた翌日なのに鉄道は動いていたわけだよ。なので彼は長崎へ汽車に乗って、そこでまた原爆が落ちたんだ。(会場内、笑い。回答者の一人がすごいな・・と言いたそうな顔で首を横に振っている。背景には、2つのキノコ雲の写真とその間に山口さんの大きな写真)
フライ:彼は称えられ、ある種の英雄のように扱われて、でも2度被爆した人としてようやく正式に認定されたのは90年代になってからだった。(略)
ロブ・ブライドン:要はあれだね、杯は半分空だというか半分入っているというかで。でもどちらにしても、放射能を浴びているわけだ。だから、飲んじゃダメだよ。(会場笑い)(略)
フライ:でも僕が何に驚いたって、広島に原爆を落としたのに次の日には鉄道がもう動いていたっていうのが。だって、この国だったら・・・。(略)
ビル・ベイリー:枯れ葉が何枚か落ちただけで、もう終わりだ。(注:英国では列車遅延の理由として、落ち葉や「雪の種類がダメ」と説明して国民に馬鹿にされるので、これに引っ掛けたジョークが続く。)(略)
ベイリー:爆弾の種類がダメなんですよ、爆弾の種類がダメなんです。(みんな大笑い)。
フライ:(駅のアナウンスを真似して)明らかに、爆弾の種類が合っていましたから、大丈夫ですよみなさん。心配しないで。爆弾の種類は合っていますから。
(翻訳:加藤裕子さんのコラム、gooニュース、1月25日付)
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Jerry Springer:The Opera:
「ジェリー・スプリンガー・ザ・オペラ」という名前のミュージカル。ジェリー・スプリンガーが司会をする、米国の視聴者参加型トークショーを元にしている。この番組は、不倫、離婚、同性愛嫌悪、人種差別、売春などのリアルな問題に悩む登場者がスタジオにやってきて悩み事を話し、会場の聴衆から問題解決の糸口をもらう形を取る。登場者同士が喧嘩をするほど盛り上がるのはたびたびで、「最悪の低俗番組」と呼ばれたことも。ミュージカルはオムツ姿のイエス・キリストが登場したり、4文字言葉が満載など、「キリスト教を冒涜する」要素が多々入っている。2005年、BBCが舞台版の放映を予定に組むと、放送差し止めを求める5万件以上の苦情が殺到した。BBCは苦情にもかかわらず、放送を決行。キリスト教団体がBBCのディレクター・ジェネラルを神への冒とく行為を行ったとして訴えたが、2007年、敗訴した。
〔ブログ「英国メディア・ウオッチ「より)
コーラン焼却の牧師、こりずに挑戦 Newslog USA
昨年9月「コーランを焼こう」と呼びかけ、世界中から批判を浴びたフロリダ州の牧師は、新たな企画を立てている。3月20日ネットでコーラン審判を行い、もし有罪ならどのように処刑するかを一般投票するという。
フロリダ州ゲーンズビルにあるキリスト教福音派教会のテリー・ジョーンズ牧師は、米同時テロ事件記念日に「国際コーラン焼却」イベントを企画し、世界に波紋を起こした。イスラム教団体から抗議の声は広がり、世界中で反米集会をも引き起こした。ジョーンズ牧師の計画は米兵を危険にさらすと、ロバート・ゲイズ国防長官は直接牧師にイベント中止を呼びかけるなど、記念日を前に緊張は高まったが、牧師は最後にイベントを断念した。
それから半年後、ほとぼりがさめたと見たのか、今度は「国際コーラン審判の日」イベントに打って出た。昨年と異なり、最初からコーランをゴミにというのではなく、今回は「まず裁判にかけよう」という企画である。
ジョーンズ牧師の教会ダブ・ワールド・アウトリーチセンター(http://www.doveworld.org/)は、このイベント用に別のウエブサイトを立ち上げた。サイトの名前は「立ち上がれ アメリカ」。(http://www.standupamericanow.org/judge) 同牧師はそのサイト上でビデオ声明を出している。「いわゆる平和的なイスラム教徒へ」と前置きし、「我々はコーランを、殺人・強姦・世界中でのテロ行為への罪で告発する。イスラム教徒に挑む。弁護士を立ててコーランを弁護しろ」とかなり挑発的な内容である。
ジョーンズ牧師は、罪状に同意しない者は審理に参加し、弁護するように勧めている。もし、教会側が間違っていれば、謝罪するとしている。もし有罪となれば、どの方法で処刑すべきか、ウエブサイト上の投票で決定するという。方法は焼却、溺死、ズタズタに裂く、銃殺の四つである。
ジョーンズ牧師側の検察官は、すでに決定している。イスラム教からキリスト教へと改宗したアフマド・ムスタファ・アバザ氏。今のところ、誰もコーラン弁護を申し出ていないと教会側では言っている。
裁判は午後6時開始。その模様は、アバザ氏が立ち上げたキリスト教ウエブサイトThe Truth TV で、アラビア語で英語の翻訳付きでライブ放送する予定である。
ジョーンズ牧師やその信者たちは、真剣に「イスラム教は悪」という姿勢をとり行動を正当化しようとしているが、人種差別と闘う米人権擁護団体「南部貧困法律センター」は、同教会をヘイトグループ(差別扇動集団)のリストに載せている。〔ブログ「Newslog USA」より)
何故コサックは“しゃがみ踊り”をするのでしょうか?(上)
11.02.17 by タチヤーナ ・スニトコ カテゴリー: 世界の窓, 文化
清水先生(清水 馨八郎;しみず・けいはちろう)は『手の文化と足の文化―先端技術ニッポンの謎を探る』という本の中で、日本文化を“手の文化”、西洋の文化を“足の文化”と述べています。それぞれの文化の中で生まれた踊りを観察すると、清水先生が気づいて述べられた特徴がよく理解できます。
スラブ文化の中から生まれてきたロシアやウクライナのコサックダンスには高くジャンプするとかしゃがんで踊る「従来のスラブ民族のフプリシャーヅク(вприсядку)と呼ばれるダンス」とかの動きが多いことが特徴的です。
どうしてこのようなダンスが生まれてきたのでしょうか?北国ロシアの寒冷な気候がその理由でしょうか? 人は寒い時には体を温めるためにジャンプをしたりしゃがんだりするのでしょうか?
確かに、ロシアではお祭りは秋や冬に祝うことが多いのですが、寒冷な気候のためにこのような奇妙な特徴的なダンスが生まれてきたと説明するのには疑問が残ります。
実は、“しゃがみ踊り”の伝統はかなり古いのです。6世紀の秘宝の一つとして、ダンスをしている4人の男の銀製の像が発見されました。両手を腰に当てて立ち、膝を曲げています(ソビエト時代の考古学の調査から6~8世紀の東スラブ民族のものとされています)。
男性のダンスには大胆さがあり、しばしばユーモアがあります。女性のダンスは柔らかさ・しとやかさ・軽いあだっぽさ(肩掛けを利用しての媚びる・色目を使う・たわむれるというようなジェスチャー)など特徴的です。
もう一つのロシアのダンスの特徴として、“勝負踊り”があります。例えば、有名な“バーリニャ”(Барыня)というのは一種の“呼びかけ”で、普通の女性がより高い階級の女性に話しかける形態として普通の庶民の女性によって使われたものです。この踊りは、男性二人と女性一人で踊ります。なぜ男性二人と女性一人かというと、二人の男性が一人の女性をめぐって競争しているからなのです。ダンスの振り付けには決ったやり方というものはなく、踊っている人は絶え間なく振り付けを変えます。上手に踊ったほうの男性が勝つというのが決まりでした。
“勝負踊り”にはいろいろなものがあります。“ヴァーレンキ”ダンス(「ヴァーレンキ:валенки」はロシアで伝統的に履かれているフェルト製の防寒長靴)、“ヴェセゥーハ” ダンス「愉快で陽気な気持(веселуха)」、“トポツーハ”ダンス「足踏み(топотуха)」など。“勝負踊り”の多くのものは鳥(鶴やガチョウなど)の動きを真似ているダンスです。
昔は“勝負踊り”は縁日に催されました。一人の踊り手は振り付けをし、もう一人はそれに従って踊るのでした。そしてダンスを競うもう一つの方法がありました。踊り手たちが新しい振り付けをし、別の踊り手がその新しい振り付けに従い踊らなければならないというものでした。新たな振り付けに従ってもう踊ることが出来なくなった踊り手は“負け”となります。どの踊り手が勝つかにお金が賭けられました。賭けに勝った踊り手はご褒美をもらうことができました。それで、踊り手は一生懸命に練習するのでした。新しい振り付けに従い一生懸命に競って踊るのでした。
そして新しい振り付けは思いつかなくなった時に、“しゃがみ踊り”を思いつき始めたではないでしょうか? 〔日刊ベリタ・連載)
*「コザック (казаки)というのは15~17世紀ロシアの自由民であり、帝政ロシアのコサック兵やその出身者のこと」
オンラインの写真雑誌「fotgazet」、創刊
日本ビジュアルジャーナリスト協会が責任編集を行った、オンラインマガジン「fotgazet」が、15日、創刊となった。
その主旨をウェブサイトから拾ってみるとー。http://www.fotgazet.com/about/
エスペラント語を語源に写真グラビア誌を意味する「fotgazet(フォトガゼット)」。雑誌とWebの機能を組み合わせたPDF形式のオンラインマガジンです。
各自の自由な視点で取材と撮影を積み重ねてきたフォトジャーナリストとビデオジャーナリストが、自ら編集し発行する独自の媒体です。
ネットメディアの隆盛は、メディアの多様性と活力を生む可能性を秘めています。そのなかで、取材し伝える責任を果たすための新しい挑戦でもあります。
平和と民主主義の最大の敵は、無関心だと言われます。暮らしに直接かかわり公正さを危うくする問題は多岐にわたり、私たち自身の無関心が問われています。「fotgazet」は、写真や映像、時にはペンで、この無関心を打ち破る挑戦を続けたいと思います。
ネット時代の新たなメディアによる挑戦は、私たちの力だけでは実現できません。届けたいメッセージを受けてくださる読者のみなさんがあってこそ可能となります。読者参加型のコミュニケーションマガジンでもある「fotgazet」を応援してください。
創刊号のラインアップをご紹介すると、
1 私たちはどんな未来を創るだろう(日本ビジュアル・ジャーナリスト協会)地球はすべてを与えた。森はすべてを恵んだ。土は種を育んだ。しかし人間は…。
文明の衝突、または核の脅威を自ら生み出し、環境を破壊し、生命そのものの存続を危機にさらしている。私たちは、人間の記憶をどのような言葉で、何を未来へと語り継ぐのか。写真と言葉で紡ぐ「fotgazet」創刊号のフォトストーリー。
2「エチオピア 岩窟の祈り」(佐藤文則)
エチオピア北部のティグレ州に点在する岩窟教会。断崖の岩肌に建つ修道院や洞穴状の教会など、エチオピア正教徒にとっての聖地だ。しかし1991年まで、反政府勢力の拠点だったため、外国人が訪れるのは、容易ではなかった。人々は、どうしてこのような辺鄙な地を、今日まで信仰の場としてきたのだろうか。
3「ガザの子どもたち」(古居みずえ)
私が初めてパレスチナに行ったのは1988年だった。私が通った20数年間の中で、もっともひどい出来事が2008年末から2009年にかけて3週間にわたるイスラエル軍によるガザ侵攻だった。爆撃で家族を失い一人ぼっちになったエルクレム(15)、不発弾で負傷したアヤド(9)など、生き残った6人の子どもたちの悲しみを伝える。
4「インド 地の底の子どもたち」(豊田直巳)
インド東北部メガラヤ州のジャインティア高原には、5千とも1万とも言われる炭坑がある。「去年、坑道が崩れて、友人が生き埋めになったよ」 、炭塵にまみれ、まだ幼さの残る少年が言った。彼らは「ねずみ穴」と呼ばれる坑道に入り、1日に7~8時間も地の底で働き続ける。危険と隣合わせで働く少年たちの姿をリポートする。
5「おかしなマネー 政治とカネ」(林克明)
民主党元代表の小沢一郎氏の話ではない。2007年7月の参院選をめぐるヒゲ隊長こと佐藤正久・参院議員の選挙とカネである。自衛隊のイラク派遣の隊長を務め一躍名をはせた佐藤氏は、鳴り物入りで自衛隊から国会へ送り込まれた。その佐藤正久参院議員の“選挙演説”に、血税から謝礼金が支払われている。その背後には何がうごめいているのか。
6「人間の住んでいる島」(阿波根昌鴻)
沖縄戦の激戦地になった伊江島。この島で、阿波根昌鴻さんは非暴力で米軍と闘った農民のリーダーだった。阿波根さんは高額な二眼レフカメラを購入し、米軍の無法行為や闘いを記録し続けた。写真集「人間の住んでいる島」から、ジャーナリズムの原点とも言える作品群を紹介する。写真の持つ記録性という力が、見るものを突き動かす。
7「沖縄 高江ヘリパッド」(森住卓)
沖縄本島の国頭村と東村にまたがるヤンバルの森に、米軍北部訓練場がある。東村高江区をぐるりと取り囲むように、6カ所のヘリパットが建設されようとしている。「豊かな自然の中で子育てをして、平和に暮らしたい」と願う住民たちは基地ゲート前で座り込み、建設に反対してきた。翻弄されてきた高江の人々の、切なるメッセージ。
8「戦争の記憶」(山本宗補)
お隣の普通に見えるお年寄りも、忘れられない「戦争の記憶」を脳裏に刻んでいる。しかしその記憶も、刻々と消え去ろうとしている。日本各地の戦争体験者を尋ね、丹念に聞き集めた証言と肖像写真で、戦争があった事実さえも知らない若い世代にも伝えたい。ひとりひとりの肖像に畏敬の念を覚えると同時に、その脳裏に深く刻み込まれ た「戦争の記憶」を語り継がねばならない。
9、「いのちつなぐ」(國森康弘)
島根県の沖合に浮かぶ隠岐諸島のひとつ、知夫里島。人口700人弱の島には病院も特養もない。この島に存在した介護・看取りの家「なごみの里」を舞台に、逝く人が満足し、残る人も救われる看取りのかたちを伝える。死は、代々受け継いできた命のエネルギーを、次の世代に受け渡していく、命のリレーなのだ。
サイト内には参加しているジャーナリストたちによるニュースブログ〔閲読無料〕もある。
「モスクワ空港爆破・ウマーロフの犯行声明の謎」http://fotgazet.com/news/000027.html
購読はウェブサイトからできるが、料金は4冊分(創刊号~Vol.4)で2,400円。データはダウンロード販売となる。
購読方法ほかはウェブサイトをご参照のこと。 http://www.fotgazet.com/
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ウィキリークスと英・米メディア ―大手紙がメガリーク参画、 「公益」理由に機密情報公開
内部告発サイト「ウィキリークス」が、昨年来注目を集めている。数十万点に上る米軍の機密情報や外交公電を、世界の複数の報道機関と協力し、あらかじめ決められた日に一斉に、かつ大々的に暴露したいわゆる「メガリーク」報道で、一躍その名を世界中にとどろかせた。こうした共同作業が一段落した今、「共闘」の中心となった英国と米国でのジャーナリズム議論を紹介したい。以下は、新聞協会報2月15日号掲載分に補足したものである。
―ジャーナリズムか?
ウィキリークスは、情報漏えい者から届いた機密情報(一次情報)を、10人程度の専従スタッフと800人ほどのボランティアたち(ジャーナリスト、弁護士、IT技術者など)が協力して信憑性などを検証し、サイトに掲載する。サイトの自己定義は「メディア組織」で、創設者のジュリアン・アサンジ氏は自分を「ジャーナリスト」と呼ぶ。サイトの目的は「真実を提供すること」で、伝統的報道機関の目的と合致する。
しかし、サイト上で一次情報を出すのみでは報道組織とはいえないとする考えが、当初から根強くあった。アサンジ氏が元ハッカーであることから、現在の同氏を「国家転覆を試みる」意図を持つハッカーとみなし、「ジャーナリストではない」、そして「ウィキリークスはジャーナリズム組織ではない」と述べたのは米「MITテクノロジー・レビュー」誌の編集長ジェイソン・ポインティン氏であった。
一方、いち早くウィキリークスを新たなメディア組織として定義づけたのはニューヨーク大のジェイ・ローゼン教授だ。ネット上に存在し、特定の本拠地や国を持たないウィキリークスを「世界で最初の無国籍のニュース組織」と呼んだ。
ウィキリークスと共同作業を行った英ガーディアン紙のイアン・カッツ編集長は、1月末、「ウィキリークスはジャーナリズムだ」と筆者に語った。これまで、ジャーナリズム機関は「情報を取得し、検証し、分析し、文脈を与えて記事の形にして読み手に公開する」という一連の作業の全過程に従事した。ウィキリークスは全過程には参画しない。ガーディアン自体ももはや全過程には参画しない。リーク情報のみに限らず、ネット上で大量の一次情報やさまざまな論評が出るようになった現在、「全過程に参画しないからといって、ジャーナリズムではないとはいえない。それぞれが『ジャーナリズム』と呼ばれる時代になった」という。
―国益との兼ね合いは
国家機密を暴いたメガリークをめぐるジャーナリズム議論の中で、頻繁に話題に上ったのが国益。例えば国家の安全保障と、国民に広く情報を公開することの意義、つまり公益との兼ね合いをどう取るかであった。
米政府がウィキリークスを批判したのも、まさにこの点であった。「(リークは)米国の安全保障に危害を及ぼす危険性がある」(ギブス米大統領補佐官、アフガン戦闘記録の公開後、2010年7月26日)、「情報を漏えいさせた者や流出情報をネットに公表したものは無責任極まりない」(ゲーツ米国防長官、同27日)、「米国や同盟国の兵士、民間人の命を危険にさらす」(クリントン米国務長官、同年10月22日、イラク戦争文書公開後)、「米国の外交政策や国際社会への攻撃だ」(同長官、11月29日、外交公電報道後)など。
これに対し、ウィキリークス側は「戦争の全体像を示す」(7月26日)、「戦争犯罪を示す説得力のある証拠を提供している」(10月23日)、「(情報公開は)世界をよりよくする」(12月3日)、「ウィキリークスにより人命や安全保障が脅かされている主張はでたらめだ」(12月8日)と反論している。
2月上旬時点で、一連のメガリークによって大きな安全保障上の危害がもたらされた形跡はないが、既に危害が出ていても表面化していない場合がありえる。メガリークの影響の全貌が判明するのは何十年も先という声もある。
メガリーク報道に参画した米ニューヨーク・タイムズ紙は、アフガン戦闘記録公開の前に、「国益と公益をはかりにかけ」今回は情報公開が公益にかなうと判断して情報を出したと説明した(7月25日付)。11月末の外交公電公開前には、大統領官邸にどの公電を報道するかを知らせ、「国家の利害に損害を与える箇所があれば指摘してほしい」と協力を呼びかけた。官邸の異議申し立てを「時には受け入れて」報道した(11月28日「読者へのお知らせ」)。
一方のガーディアン紙は同様の説明の中で「国益」という言葉は使っておらず(米国の機密情報であったことが一義的理由と推測される)、「公益」を公開の理由として挙げている。
先のガーディアンのカッツ副編集長は「情報を隠すよりも、掲載して間違いを犯す」方を選ぶという。原則として「編集部が知っていることは読者も知るべきだ」というのが同紙の基本方針である、と。
ウィキリークスからメガリークの生情報を提供された組織の一つ、ロンドンの調査報道センター(CIJ)のギャビン・マクフェイデン所長は、「政府が『国益』を理由に情報を公開しないと主張するとき、何かを隠そうとしている場合が多い」と述べる。「民主主義社会では、国民は全ての公的事柄に関して知る権利がある」「政治家は国民が選んだ人たちだ。もし情報の公開で政治家が困惑する思いをしたら、それまでだ」と話す。「例外は情報の公開によって人命が失われるなど、ごくまれな場合のみだ」。
また、報道機関の主要な役目が国民のために真実を明らかにすることだとすれば、「国益を考慮するのは政府の役目であって報道機関の役目ではない」と続ける。
―ネットの落とし子
為政者や大企業が外に出したがらない情報を明るみに出す「無国籍ニュース組織」ウィキリークスは、どの国の法律にも縛られない、ネットの落とし子として存在する。その評価の決定にはまだ時間がかかるであろうが、ともすれば国内の法規やしがらみに縛られて権力に対する監視を十分に行使できなくなっている既存の大手報道機関への一種のカンフル剤ともいえるかもしれない。
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補足:公益について若干付け加えると、英国の論壇の中では、メディア側がこの「公益」という言葉を過度に使いすぎている、または自分たちの行動を正当化しすぎているのではないか、という批判がある。
例えば、犯罪の容疑者として捕まった人物(容疑者)の過去の経歴を報道したり、犯人視した報道をすれば、法廷侮辱罪に抵触することになる。陪審員裁判に影響を与える(と思われる)ので、司法審理に介入した=侮辱罪、と。それでも、新聞は部数を売りたいので、例えば容疑者の家族や恋人の話などを大きく出したりする。これに限らず、何でも、「公益のため」という理由で、様々な報道をする。
こうした傾向は大いに批判されるべきだろうけれど、また一方では、政治家や政府が自分たちにとって都合の悪い事実を明るみに出したくないために、報道差止め令を裁判所に申請したり、金持ちの個人であれば名誉毀損として裁判所に訴えることがある。
どこまで何を報道するかは、2つの勢力のせめぎあいで決まる。つまり、「機密情報だ」など、いろいろな理由を挙げて情報を出させまいとする政府や大企業側と、ニュース価値があると思ったものを何でも出そうとするメディア側との戦いの結果である。
こうして、どこまでを「公益」として正当化できるかは人(=どこに自分を置くか)によって変わって来るが、公益を理由として報道するとき、そのココロは、「国民が主権を持つ民主主義社会の中で、この社会が機能するために、社会の構成員である国民が知っておくべきと思われる事柄」を報道するべき、と考えるからであろう。
・・・とした場合、「公的事象に関わる(ほぼ)すべての事柄」=「公益として報道の価値がある」ーという解釈(マクフェイデンさんのような)が成り立つ。
公的情報はいったい誰のものかー?答えは国民であるに違いない。もし国民にある情報を出さないのであれば、十分な理由付けが必要となろう。
―というようなことを、今の私は考えている。
〔ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)



