英サンデー・テレグラフに「福島50」の原発事故作業員の声
英サンデー・テレグラフで、「福島50」(フクシマ・フィフティー)と名づけられた、福島原発事故の作業に当たる人々(約50人といわれていたことから「フィフティー」と呼ばれた)への取材記事が載っている。顔写真つきで、はっきりと声が出ている。
福島で取材をしたのはアンドリュー・ギリガンとロバート・メンディック記者である。これまで、顔が見えないと言われた作業員たちは、「狭く、暗い空間で作業をすることの恐怖、家族への思い、それでも作業を続けていくという意志」を語ってくれたという。
顔写真が出ているのは、電気技師の田村アキラさんと、チームのリーダーの一人鈴木ノブヒデさんである(名前は漢字が不明なので、ここではカタカナ表記)。作業員たちへの取材は、原発から2-3キロの距離の海岸沿いに浮かんだ、カイオウ丸船上での休憩中に行われた。
カイオウ丸の乗組員によると、作業員たちは「非常に静か」で、食事中もほとんど会話はない。ビールを勧められると、断ったという。
福島原発第3号のメルトダウンで、東京消防庁の消防救助機動部隊を率いたのが福留カズヒコさん。作業中、あたりは「真っ暗でした」と語る。「真夜中で、見えるのは自分たちの頭につけたトーチのみ。原子炉からは煙と蒸気が立ち上っていました。全てが失敗してしまったので、海水を入れて冷却するために(政府は)私たちを呼んだんです」。
「私たちは国家公務員じゃないんです。東京都の職員ですから。でも、政府はほかに手立てがなかった。最後の手段だったんでしょう」。
救助作業の指示が出たのが午後11時。福留さんは自宅にいた。「簡潔な指示で、チームを集めて、福島に行くように、と。それで電話は終わりでした」「妻の方を見て、『福島に行くよ』と言ったら、妻はショックを受けていましたが、落ち着いた表情を見せて、『気をつけて』と言ってくれました」
福島に行く指令を断るということは福留さんの頭には浮かばなかったという。「作業員たちは大きな懸念を抱えていました。たいていの作業を私たちは練習して来ましたが、これは経験したことがない敵なのです」
午前2時に現場に到着し、チームは二班に分かれた。消防車の1つは、海水を汲み上げるため、できうる限り海面に近い場所に行った。2台目の消防車は、放水をするために、原子炉から6メートル以内の場所に置かれ、3台目はその途中に置かれた。
「すべてが瓦礫におおわれて、私たちが想像していた状況よりも悪い状況でした。」
「コンクリートの塊があちこちにあって、マンホールのカバーは吹き飛ばされていました。道も通れないようになっていました」。海水を汲み上げることができる場所に消防車を置くことができず、真夜中の真っ暗な中を、作業員たちはホースを持って800メートル近くを走り、海面にホースを入れたという。
放射能が危険なレベルに達したときに、いつでも退避できるよう、車を待機させていたが、この作業の間、放射能は原子炉から流れ出ていた、とギリガン記者は書く。
お互いに声をかけながらーー呼吸マスクをつけていたので、叫び声になりながらーーもっとホースを引いてくれ、あと少しだぞ、といいながら作業を続けた。水がホースに流れ出すと、作業員たちは、歓喜のこぶしを宙にあげたという。
呼吸マスクを除くと、作業員たちが身に着けていたのはオレンジ色のボイラー・スーツだった。26時間の作業後、休憩所に連れて行かれ、検査を受けた。衣類は放射能を浴びていたので、押収された。身体を洗い、放射線照射をテストされた。「完全にクリアになったわけではないが、大丈夫ということで、解放された」と福留さん。「自分は大丈夫だと思う。衣類は汚染されたけど、自分の身体は大丈夫だと思う」。
「電気が戻ってよかったと思う。あれほど暗い中で作業をするのは大変だったから」と田村アキラさんが言う。「作業をしたケーブルの一部はとても高い場所にあった。こちらが思うほどには作業はうまく行かなかったので、心配だ」。
多くの作業員は、簡素な、白い使い捨て用のオーバーオールを着ていた。放射性物資が直接肌につかないよう遮断できても、ほとんどの放射能の被爆を予防はできないという。
作業員は2つのバッジを身に着ける。放射能が危険なレベルに達したときに、知らせてくれるバッジである。「最悪の場所に長時間いないようにしたいと思う。常時いるのでなかったら、大丈夫と言われた」とある男性が話す。(ギリガン記者が作業員に取材をした日、別の作業員チームの二人が被爆した報道が出た。)
原子炉を冷却化する作業の中で、田村さんを含む作業員は、当初、発電所の床で寝ていたという。「シフト制になっておらず、私たちは24時間体制で働いています」「また明日は原発に戻ります」「1時間作業をして2時間休むというやり方をしてきました」「最初は10人の作業員でしたが、今は30人に増えたので、休みを取って食事を取ることができます」
チームのリーダー、鈴木ノブヒデさんが言う。「私たちは非常に神経質になっています。緊張感が漂っています。でも、作業を続けなければいけません。肩に大きな責任を感じます。世界中が見ているし、みんなが応援してくれています。私たちが孤立していないと感じています」。
外の世界へのメッセージはと聞かれ、鈴木さんは「今考えられるのは作業を続けていくことです。毎日、戦っています。応援してください」。
32歳のある男性作業員が言う。「とっても怖いです。いつも恐怖におびえています」「でも、これは重要だし、やらなければならないことーこれが私を動かしています」。
記者が取材した作業員たちは、事故発生から家族に会っていない。「妻と両親にできれば会いたい」と田村さん。「メールで連絡を取っています。とても心配しているようです」。
「電話で一度話したきりです」と鈴木さん。「子供は応援するといってくれましたが、妻とは話してません。妻は動揺が強すぎて、話せなかったのです」。
こうした勇気ある作業員たちの家のほとんどが原発事故による避難地域にあるため、大部分の作業員たちには、戻る家がないのだとギリガン記者は記している。(ブログ「英国メディアウオッチ」より)
リビアのカダフィを独裁者として「殺害や空爆を許す」西欧の哲学と宗教認識の貧困性
フランスの青年が世界チェス大会で詐欺行為 道徳的な退廃を嘆く
フランスチェス連盟(FFE)は19日、3人の選手のカンニング行為の処罰を発表した。これは2010年9月、ロシアのハンティ・マンシースク(西シベリア)で開催された第39回世界チェス大会で、フランスチームの3人が詐欺行為を行ったとして、連盟が処罰したもの。チェス選手の道徳的な退廃にフランス人の多くが嘆いている。
セバスチャン・フェレー(19才)には、2年の執行猶予付き5年の出場停止、シリル・マルゾロには5年の停止処分、キャプテンのアルノー・オシャーは終身懲戒処分となった。
フェレー選手が駒を動かしている間に、フランスにいるマルゾロがコンピューターの特殊プログラムで好手を解析した。これを200回ほどのSMSを使って暗号化し、試合場にいるキャプテンに送っていたという。チェスが紳士のゲームであるだけにフランス人のショックは大きい。
しかしフランスの政治家などを見ていてもわかるが、フェレー君など青年たちには道徳的な良い手本が身近にいないということだろう。(ブログ「フラネット・パリ通信」より)
TUP速報901号 ドナ・マルハーン アフガニスタンから第1報
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オーストラリア人女性ドナ・マルハーンは、2003年の春にはイラクで「人間の盾」に参加した。04年春にはイラクで米軍包囲下のファッルージャに入り、その帰路地元レジスタンスによる拘束を経験し、つぶさにその報告をしてくれた。04年冬から05年春にかけてはイラク・パレスチナ「巡礼の旅」を伝えてきた。05年8月には、シンディ・シーハンのキャンプ・ケーシーに駆けつけ、アメリカからの報告は、ほとんど実況中継だった。05年12月にはオーストラリアがイラク戦争に最も貢献してきたパイン・ギャップ秘密基地に侵入し、「市民査察」を強行して逮捕されたが、08年2月に無罪判決を勝ち取った。09年末から10年初頭には、イスラエルによる包囲封鎖に苦しむパレスチナ・ガザ地区に入って援助を届け、現地から報告してきた。10年2月に、『普通の勇気――わが旅、人間の盾としてバグダードへ』を出版した。前回、「速報895号 ドナ・マルハーン、アフガニスタンに向かう」 http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=927 で、ドナがアフガニスタンに行くことをお知らせしましたが、3月14日、無事にアフガニスタンの首都カーブルに到着しました。ドナからの第1報です。
(翻訳:福永克紀/TUP)
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カーブルからご挨拶
ドナ・マルハーン
2011年3月18日
お友達の皆さんへ
アフガニスタンのカーブルからご挨拶です! 今週ずっとここに居て、できるだけ多くを見て回り、できるだけ多くのアフガン人に会い、その意見を聞けました。幸いにも私には、計り知れないほど貴重な個人的通訳(マーティンです)が居るのです!
私のブログ www.pilgriminkabul.wordpress.com を覗いて、写真を見て、私たちがどんなふうに過ごしているか読んでください。これから何日か、ブログのアップデートを続けるつもりです。
昨夜「アフガン青年平和ボランティア」の人々と会ってみると、戦争終結を訴えている大変印象深い若者のグループでした。皆さんはアフガニスタンでの平和運動を聞いたことはありませんか。なるほど、でも昨日この若者たちが他の40名ほどに加わり、カーブル中心部での平和ヴィジルに参加して、自分の国に平和を取り戻そうと呼びかけたのです。彼らは武装警官に迎えられたけれ
ど、ただ微笑みながら平和を訴える横断幕を掲げ続けました。警官のひとりが彼らに言いました。「俺だって、平和が欲しいよ」。続く数日は、アフガン人が春の始まりを祝い、アフガニスタン新年の祝日期間とその祝賀を迎える特別な時期です。このアフガニスタンの平和ボランティアがこの機に合わせて様々なイベントを催し、平和と非暴力を求めるキャンペーンを開始します。カーブ
ルでの行進、植樹の式典、そして燭火祈祷会です。こういうイベントすべてが戦火に引き裂かれたカーブルで行なわれようとしていることは、驚嘆に値します! 勇気あるこのような若者を支援し、彼らが声をあげることができ、そのメッセージを世界と分かち合える手助けをしようと、私たちは当地に来ています。
彼らはまた「世界で耳を傾ける日(Global Day of Listening)」に参加します。アフガニスタン並びに世界中の人々の声に耳を傾ける素晴らしい機会ですので、皆さんも参加されるよう望みます。
「愛の第一のつとめは、耳を傾けることである」――パウル・ティリッヒ、神学者、哲学者
皆さんがどのように関わることができるか、ウェブサイトをチェックしてみてください。http://globaldayoflistening.org/Home.html
[訳者注:Global Day of Listening 世界で耳を傾ける日 世界標準時2011年3月19日午前7時から20日午後10時(日本時間19日午後4時~21日午前7時)まで、スカイプなどで世界中を電話で繋ぎ、アフガニスタン、イラク、パレスチナ、イスラエル、エジプト、イエメン、その他で、戦争に疲
弊している国で生きるとはどういうことか、戦争を無くして生きたいと願う一般庶民の生の声を聞き、討論するイベント]
世界中でも連帯イベントが行なわれようとしており、シドニーとメルボルンでも行なわれるので下記で詳細をご覧ください。
今日はこれぐらいで止めておきますが、できれば数日中に私が感じた印象をお伝えしたいと思います。マーティンと私は無事で元気です。ここでは太陽が照っていて、私はちょっぴり日焼けもしています! 一方で、今週、国のあちこちで暴力的行為により殺された多くのアフガン人に思いを馳せています。すべての人の安全を祈り続けましょう。
皆さんの巡礼者
ドナより
【アフガニスタン新年記念 世界で耳を傾ける日】
(オーストラリア人が話をする時間は、日曜正午)国際的な電話接続は、 http://globaldayoflistening.org/DayOfListening_Schedule_.htmlで参加を。
【アフガニスタン行動に連帯するメルボルン・ヴィジル】
3月21日(月)午後5時~7時
アフガン青年平和ボランティアが3月21日に、国際的な支援者と共に、アフガニスタンのカーブルで植樹の式典と燭火祈祷会を計画している。彼らは世界中の人々にも支持のヴィジルを開催するように要請している。場所――フリンダース通りとスワンストン通りの交差点、聖パウロ大聖堂前各自ろうそくを持参のこと。この公開ヴィジルのあと、参加者はコーバーグに行って夜のヴィジルを続行し、最近アフガニスタンを訪れたジェシカの報告を聞き、アフガニスタンの国際派遣団と繋げた(午後8時~9時半)話し合いに参加するように誘われる。 連絡――アフガニスタン連帯ヴィジルの詳細については、ジェシカ[訳注:電話番号省略]に、またはhttp://www.livewithoutwars.org/lwwarsproject.htmlを参照。
【アフガニスタン連帯シドニー・ヴィジル】
3月21日(月)正午 国防省ビル前、ピット通り(パーク通り側)268アフガニスタンの紛争に非暴力的解決をもたらそうとするアフガン青年平和ボランティアのビジョンに連帯して、「創造的非暴力の声」(www.vcnv.org)のキャシー・ケリー率いる国際派遣団がカーブルを訪れている。派遣団のオーストラリア人には、ドナ・マルハーンとサイモン・モイルが含まれる。派遣団は、アフガニスタンの新年、3月21日にカーブルで行なわれる植樹の象徴的な式典に参加する。植樹は、戦火に引き裂かれた国に平和をもたらす象徴として国際的に認識されている。勇敢なこのアフガン青年リーダーたちと国際的に連帯して、シドニーの国防省ビル入り口で行なわれるこの植樹ヴィジルに参加しよう。小さな植木鉢を持参し、自分自身で木・植物を植えよう。我々は小さな苗木、
培養土、手袋を供給する。その苗木を持ち帰り、世界に非暴力を育成する象徴として育てよう。バナーの持参は歓迎するが、これはデモではなくヴィジルなので、拡声器の持ち込みはご遠慮願う。詳細は、ジャスティン・ウェラン[訳注:電話番号省略]、ギル・バローズ
[訳注:電話番号省略]まで。
原文:Greetings from Kabul! by Donna Mulhearn
URL: http://groups.yahoo.com/group/ThePilgrim/message/249
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福島の事故を受け、米国原発見直し Newslog USA
近年米国では反原発ムードは薄らぎ、政府内では党派を超えて原子力エネルギーを推進する動きが広がってきていた。その中で起こった福島の原発事故は、米国にも大きな衝撃を与えた。議員・市民レベルで原発見直しを求める声は上がってきている。福島第一原発と同じタイプの原子炉をもつバーモント州ヤンキー原発前では、集会が開かれ人々は日本への支援と祈りをささげた。
ペンシルベニア州スリーマイル島で起きた原発事故は、全米に反原発運動を広げ、政府も原発建設に臆病になってきた。それから約30年、中東原油に依存せず、国内でのエネルギー生産への気運が高まってきた。2001年の同時テロも、その機運に拍車をかけた。
現在米国で104基の原発が稼働し、国内電力の約20%をまかなっている。オバマ大統領は、共和党と足並みを揃えて原発建設に力を入れてきた。現在20の建設申請が米原子力規制委員会(NRC)に出されている。3基が建設予定で、中でもオバマ大統領はジョージア州の2基に、今年2月80億ドル(約6500億円)の融資保証をしている。
しかし、福島での事故はこの勢いにブレーキをかけたようである。NRCのヤツコ委員長は、「国内原発は日本に起こった災害のタイプに対応できる」と強気な姿勢を見せたが、米国内での原発の安全性を問う声は高くなっている。
その懸念の一つにあるのが、施設自体の老朽である。NRCによると、104基の内の半数は建設されてから30年以上経つ。さらに、その内の23基は、福島の原発と同じタイプのゼネラル・エレクトリック社の沸騰水型原子炉マーク1を使用している。
バーモント州のヤンキー原発も、このマーク1を使用している。ヤンキー原発は、2012年に操業終了予定であったが、10日に20年の更新許可を得た。しかし、昨年放射線漏れを起こしたこともあり、州議員・市民団体から更新を見直し閉鎖すべきという声が上がっている。
地元ブログ「バレー・ポスト」によると、20日には600人以上が、ヤンキー原発の前で反原発集会を開き祈りをささげた。主催は「原子力公害ニューイングランド同盟」、「安全・グリーン運動」、「市民の意識ネットワーク」。この平和の祈りは、福島で放射能の危険性と隣り合わせにいる人々との連帯・支援を示している。
また環境・原子力監視団体「憂慮する科学者同盟」(UCS)は、昨年14基の原発で安全性に問題があったというレポートを発表し、NRCの監視体制を批判した。
このように、議員・専門家・一部市民の間では、福島の事故は原発見直しになるきっかけとなっているようだ。広がる不安の声に対し、オバマ大統領は、「米原発の安全性を強調」しながらも、「原発施設の包括的見直しを考える」としている。とはいえ、原子力エネルギーの重要性をあらためて強調した。
米連邦緊急事態管理局(FEMA)によると、米国では300万人が原子力発電所から16キロ以内に居住しているという。人為ミスというスリーマイル島事故での「原発安全神話」は崩れたにもかかわらず、30年経った今も、多くの人が危険と隣合わせに住んでいる。
しかし、危機感は一般に薄いようである。筆者の住むアリゾナ州には、米国最大のパロ・ヴェルデ原発が砂漠の真ん中に立っている。無視することができない程の大建造物群であるが、住民の間でこの原発が話題に上ったことはない。その安全性を信じきっているのか、触れたくないのか。あえて住民に尋ねると、「そうよね、誰も話題にしたことがないね」と口をそろえて言う。
パロ・ヴェルデ原発が出しているプロモーションDVDを見た。大まかに施設を紹介し、それぞれの部署の従業員が現れ、いかに安全かと繰り返す。しかし、どれだけの大災害に耐えうるかの説明はない。
一部活動家は原発の恐怖を真剣にとらえているが、一般市民には、原発事故は起きるまでテロ同様に考えられているようだ。「テロは起こるかもしれない。でも、まずうちの町では起こらないだろうね」という安易な考えである。(ブログ「Newslog USA」より http://www.newslogusa.com/ )
TUP速報900号 カイロのつぎはウィスコンシンだ!市民と連帯する「冬の兵士」
雪の降り積もるアメリカはウィスコンシン州で、労働者運動がいま熱く動いている。運動の背景は後述しているので参照していただきたいが、ともあれ、労働組合をつぶそうとする州政府に反対して、労働者や市民約7万人が、「カイロの次はウィスコンシンだ」と掲げ、州都議事堂(キャピタル)を占拠し抗議している。昼間の間は公共の建物であるキャピタルのなかで、夜になると屋外でテントをはる抗議活動を続ける。
ウィスコンシンでは、このような市民に対し州知事が「州兵を動員する」ことを示唆した。念のためにいっておくが、これは「人権を尊重する」、「民主主義の国」アメリカの政治家がとっている行動である。
そんな状況のなかで、「戦争に反対するイラク帰還兵の会」のメンバーが州都キャピタルにかけつけた。同じ軍務という公務につくものとして州兵に出動しないことを呼びかけている。この光景はチュニジアで、エジプトで、民衆に銃を向けなかった軍を思い起こさせる。短い映像だが「連帯」する民衆に力強いエールをおくっている。Youtubeの映像から、聞き取りを訳して皆さんにお届けしたい。
***ウィスコンシン州労働者デモの背景
2011年2月25日、ウィスコンシン州マディソンで新たに知事となったスコット・ウォーカーは、赤字予算対策のために労働組合の団体交渉権の削除法案を議会に提出した。
ウォーカーの法案は、ウィスコンシン州の公務員の福利厚生的な利益、労働条件に関する交渉は一切禁止している。教育・医療・公共施設など市民生活に不可欠な場所で働く公務員の人数を削減し、その「労働条件を交渉する権利」にいたるまで認めない法案は、その一方で、警察や消防などに関わる公務員の利益は除外し、赤字予算対策のためにこういう法案を提出したとしながら、二つの法人税の減税を認め[1]、保守的な医療政策実験に1億2千万ドル(約100億円)の税の追加支出を認め、そのうえ高速鉄道建設を否決し、工事に対して連邦政府からつけられた予算8億1千万ドル(約670億円)を返上している。[2]
ウォーカーのこのような措置は、彼の属する共和党や、減税と「小さな政府」を提唱するティー・パーティが理想とする社会がどんなものであるのかを如実に教えてくれる。彼らが理想とする社会というのは、3月5日にウィスコンシン議会を占拠している市民を応援に来たマイケル・ムーアが言ったように「米国の上位400人の金持ちの収入は、国民の半数以上の収入を集めたものより上回る」、貧富の差を極端にまで広げていく社会に他ならない。
[1] Ezra Klein, “Unions aren’t to blame for Wisconsin’s budget,”
Washington Post, February 18, 2011.
http://voices.washingtonpost.com/ezra-klein/2011/02/unions_arent_to_b....
[2] http://milwaukeecourieronline.com/index.php/2010/12/18/walker-rail-de...
(前書きと翻訳:金克美(キム・クンミ)/TUP)
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反戦イラク帰還兵の会、ウィスコンシン州マディソンの州議会占拠に現る
http://www.youtube.com/watch?v=f7K0wn73uJU
ドラムの音がなり、数名が州議会ホールに入ってくる。
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マディソンからきたクロッドです。友人を連れてきたので少しお騒がせします。(歓声)
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我々はウィスコンシン州兵たちに出動しないよう呼びかけに来た。労働者は自らの権利のために戦っている。 軍の任務に就き、公共のために働く者は立派な人間だ。私は米国海軍の公務員で原子力潜水艦サンタフェの予備役です。
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ゲーリックです。2004年のイラクで第1騎兵師団で任務についた公務員です。軍隊をサポートしたのと同じように公務員をサポートします。
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イラクで2003年から2005年まで、第一大隊第七海兵隊で任務につきました。戦争に大金をつぎ込みながら、組合に入っている教師や労働者を解雇しようとしてるんだ!
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ブレンダン・ボラッサ、ルイジアナ州ボックスデール基地の空軍で任務についたイラク戦争の帰還兵です。
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ミネソタの退役した元曹長です。組合の労働者諸君! 我々はイラクとアフガニスタンでの任務から戻り、この政治法案と戦っている! 自分でやろう! 我々は連帯のために立ち上がる!ウィスコンシン州兵とともに!組合のために!(歓声)
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中部イリノイの反戦イラク帰還兵の会から協力しにきました。([観衆] ありがとう!)私はイラクとアフガニスタンにかかわったが、間違いなくこの二つの戦争に反対する。戦費とは本来国内で支出すべき資金だ! 労働者との連帯に立ち上がろう!
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反戦イラク帰還兵の会のスコット(聞き取り不能)。ウィスコンシンの納税者は年間27億ドルもイラクとアフガニスタンの戦争に出資している!27億ドル!一方で、我々労働者の権利は奪われてきた!社会政策の削減に、何か言うことはないか!([観衆] ノー!)僕はここにいる!僕らは皆ここにいる!僕らは労働者のためにここに留まる!我々は成功するまでここを退かないぞ!
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ジェーン・クラーク、イラクには2004年にイラクに配備されていた帰還兵です。仲間の抗議行動にやっとこうして参加できて嬉しいです。イラクとアフガニスタンの戦争には、本当に、全く反対です!その資金は間違いなくここに帰属するものです! 仲間とともに、連帯に立ち上がります!
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インディアナからきたモリス・ドルーズ、2003年から2007年、米海兵隊員でした。(観衆:いいぞ、インディアナ!ありがとう!)いい? インディアナのどこが?(笑)。僕の母は教員で父は組合職員、そして息子は帰還兵です。
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スティーブ・ハドソン、米陸軍軍曹を5年間務めました。2005年にイラクに任命され、そのときは初めての民主的な選挙が行われたときでした。バグダッドの街中に立ち、本来なら本国のためにあるべき血税でイラク国民を護衛しました。労働者の権利を守ろう!ウィスコンシンの権利を!
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ビンス・マニオリ。同じくインディアナ在住で、同じく米海兵隊で任務についた帰還兵です。もはや我々はこのことを別々のもののように扱うべきではない!年間に1兆ドルを使い、軍が我々を最初の戦地となってはならなかった場所に送り込んだことはちっとも別のことじゃない!(歓声のため、聞き取り不能)ここにいる労働者諸君、人権グループ、マイノリティグループ、反戦グループの皆が力を合わせなければならない!この戦いは明日に終わらない、この戦いは永遠に続く!ありがとう、ここにいる一人ひとりの皆さん、ありがとう!
ドラムの音とともに退場
Youtube:Iraq Veterans Against the War in Occupied Capitol, Madison, WI
http://www.youtube.com/watch?v=f7K0wn73uJU
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訳者後書き
この聞き取りを仕上げている最中に、日本では大地震、津波、そして原子力発電所の起きてはならかなった事故がおきてしまいました。私はニューヨーク在住ですが、見知らぬ人からも日本で被災に遭われた方々にどうすれば力になれるのかと声をかけられ、会う人ごとに家族の安否や日本の状況に心よせる言葉をかけられます。この場を借りて、日本国外の多くの人々の気持ちが日本の皆様に寄せられていることをお伝えしたいと思います。
ウィスコンシン州の状況ですが、この記事のあと、3月11日(金)にウォーカ知事によって、州外に逃れていた14人の民主党議員がいなくても法案が通せるように予算修正案を予算案と集団交渉権剥奪をはじめとする様々な組合に不利益な条項を盛り込んだ法案の二つに分けられ、可決されてしまいました。その後、同様の団体交渉権の剥奪をはじめとする法案がミシガンやオハイオでも吹き荒れています。
一方、民主党議員をはじめとして、ウィスコンシン州での決議の方法に問題があったとして法的措置をとることや知事のリコールを求める声も高くなっており、まだまだ余談の許されない状況が続いており、マイケル・ムーア監督が「階級闘争」と呼ぶこの事態の行く末を見守っていきたいと思います。
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福島原発の「放射能汚染雲」がフランス到着 忘失した「原子力文明」の迂回
英「エコノミスト」のドミニク・ジーグラー氏:日本の「静かな革命」とメディア批判
昨日に続き、東洋経済オンラインにもう1つのインタビュー記事が出ている。
東日本大震災を試練に日本は自信を取り戻す――英メディアが見た大震災下の日本http://www.toyokeizai.net/business/society/detail/AC/7b78588dd49be0ae5802692dd4fe2e26/
今回は、英「エコノミスト」誌、アジア担当エディターのドミニク・ジーグラー氏のインタビューである。同氏はコラム「BANYAN」を毎週執筆。1994年から2000年、中国特派員、05年から09年、東京支局長を含め、過去18年間、アジア地域の報道を担当している。
取材時のこぼれ話だが、もっとも盛り上がった話題の1つはメディア批判。それと、日本に「静かな革命が起きている」という話も印象的だった。
ジーグラー氏は、ジーンズにセーターの楽な姿で受付に姿を表し、まず日本語であいさつ。非常に気さくな雰囲気を持つ人で、これだったらどこに行っても、その土地の情景の一つになるのだろうなあと思わせた。
私は前にもエコノミストの人に、「何故雑誌が売れているのか」「質の高い記事が出せる理由は何か」を聞いてきた。今回も、ジーグラー氏に聞いてみると、まず、「質の高いジャーナリストがいるから」という私が挙げた理由に同意しながらも、同氏は、もっと大きな理由として「取材する相手の質が高いから」を挙げた。内部事情をよく知る人、政府や組織の上部にいる人への取材に加え、経営職などにいない、普通の市民、さまざまな職業で働く人などと、広く「会話をしているから」だそうだ。
「取材相手の質が高いから、質の高い情報をとることができ、質の高い情報を発信できる」-これは、まさに、言われてみるとそうだなあと思った。ここでエコノミスト好調の秘密が、また1つ分かったように思えた。
そして、質の高さのほかの理由として、エコノミストが報道機関として独立している点を挙げた。「エコノミストの所有者が編集部にああしろ、こうしろということはない」。所有者からは独立している理事会が間に入ることによって、エコノミストには独立した編集権が与えられている。
「私たちは自分たちが信じる文脈を報道している。外部からの制約はない」
では、日本のメディアはどう見えるのだろう?
「日本での経験から言うと、大手報道機関のほとんどが、自分たちが知っていることあるいは考えていることを報道しない印象を持った。大手報道機関が制約を受けるのは、特に政治エスタブリッシュメントとの関係があるからだ。報道機関の所有者と権力者側との馴れ合い関係があるからだ。不健全な関係であり、時にはプロとしてのレベルに達しない報道になってしまう」。政治エスタブリッシュメントは政治家、政治界で働く人のみならず、政治家に近い学者なども入るだろう。
エコノミストのスタッフは、今、世界中で80人ほどだという。日本では政府の記者会見などに出席できているのかと聞くと、
「できるが、かつては難しかった。記者クラブ体制の問題の1つは、クラブに所属する記者と管轄省庁との関係が親密になってしまう点だ」「外部の人を入れない排他的なクラブのメンバーにはなりなくない。この非常に緊密なクラブ体制の外で仕事をしたい」。
この後で、日本で起きている「静かな革命」、つまりは、民主党政権の発足を国民が選択したこと、インターネットメディアの勃興・成長、若者層が様々な意見を出すようになってきたことなどの話になり、最後は、「メディアは変わっていると思うか」という質問になった。これは東洋経済のネットの記事にも出ているのだが、日本のメディアは「あまりにも政治エスタブリッシュメントに対して、慇懃・ていねい過ぎる」という話になる。
ジーグラー氏は、日本の大手報道機関が、政治エスタブリッシュメントに非常に丁寧すぎて、本当の問題を国民のために報道しないことを指摘する。「これは日本のメディアの大きな弱点だ」。
面白いのは、同氏は東京支局長だったころ、同じ質問を何度もされたという。日本のメディアを論評して欲しい、と。答えはいつも同じだったという。「テレビ局にも何度も同じ質問を受けた。しかし、私が今のように答えると、インタビューの後、私のコメントは一度として、放映されることはなかった」という。―取材をしているときのトピックにあわなかったので放映されなかったかもしれないが、お互いに、沈黙してしまった瞬間だった。
(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)
【イサーンの村から】⑯ うちのおコメ、日本の有機農家も感動
タイ・イサーンの農家の年間の主な収入源は米の販売である。イサーンでは灌漑設備が整っている地域が少ないため(塩害などの被害により、大規模な灌漑施設は作れないという環境条件もあり)、米作りは天水に頼っている。よって、田植えができるのは雨季に入ったときなので、米作りも年に1回だ。
イサーンの農家の土地の所有面積は他の地方に比べて大きいので、3ヘクタール、5ヘクタールという土地に一気に米作りをする。耕起こそ今ではトラクターを使うが、個人農家では田植えも稲刈りも手作業がほとんどだ。大型機械の購入費、維持費、燃料費よりも、人件費の方がずっと安くつく。家族、親戚、または日雇いの人に頼んでそれらの作業をこなすのだ。1ヶ月間ずっと田植えや稲刈りを続けるのは本当にきつい作業だけれど、イサーンの農民にとっては、慣れていない私達が想像するほどではない。定年まで毎日満員電車に乗って通勤するよりはずっといい・・という農民も多いかも。
それでも田植えの準備、水の管理、雑草の処理、稲刈り、稲運び、脱穀などの作業を考えると、米作りは本当に大変だ。そして気になる米の値段だが・・。
農民は収穫した米(籾米)を精米所に売る。米の品種やその年の状況にもよるが、去年の精米所が買い取った籾米の値段は、約14バーツ(40円)/キロだった。これだけの苦労をして作ってこれだけか・・と日本人ならすぐにでも農家を辞めたくなる値だが、物価の差があるだけで、日本の農家も同じ状況だろう。
市場やスーパーで売られる時の白米の値段は20~40バーツ(56~112円)/キロ。昨日スーパーで見たら、一番安いのはそのスーパーのブランドで、高いのは一番人気のジャスミンライス(香り米)だった。日本でいうところの「こしひかり」だろうか。スーパーのブランドは米に限らず多くの商品を出しているが、安いが質も最低・・のものがほとんどだ。有機米は売っていなかった。知り合いの有機農家で有機市場などで直売する機会がある人たちは、35~50バーツ(98~140円)/キロで売っている。もちろんこの場合は、自分で精米して袋詰めする必要があるので、自分で精米機を所有しているか、村内の小さな精米屋さんに精米してもらう。
精米屋さんでの精米費は無料のところもあるし、払っても一袋(約40キロ)で10バーツ(28円)とかそんなものだ。そのかわり精米屋さんは精米によって出た米糠は全てもらえるというシステムだ。米糠は家畜のエサになるのでよく売れる。なので、一度に3トン、4トンの米(籾米)を収穫するイサーンの農家にとっては、直売することができれば、一部自家消費用に残しておいたとしてもかなりの利益になる。ただ、農村では少々高くてもお金を出して有機米を買おうと考える人は少ないので、有機米に付加価値をつけるのは難しい。
バンコクのデパートや自然商品店などをみてみると、有機米の種類はそれほど多くないものの、50~75バーツ(140~210円)/キロで売られていた。都会に住む人の方が安全な食品に関する知識があり、それを求める高所得者層が多いのは事実だけれど、実際に売れているのか?商品の陳列をみても、売れている商品には見えない。
ところでタイ米の味だけれど、日本人はどうも「タイ米はまずい!」という印象を持つ人が多いようだ。昔、日本が米不足でタイ米を輸入したときに食べたときのイメージが強いのか。あの時輸入された米は、かなり質の悪いものだったらしい。実際には、タイ米も日本米に劣らずかなり美味しいのだ。屋台などで出される米は、パサパサで香りも味もないけれど、新米ならピカピカ光って香りもよく、とても美味しい!日本から来た人がうちのお米を食べると、「タイ米ってこんなに美味しいの?!」と驚きながらもたくさん食べてくれる。
日本の有機農家の人が来た時でさえ、美味しい美味しいと何キロも持って帰ったほどだ。そして、「うちの子供たちは、うちの米より美味しいと言って食べてます(笑)」と嬉しい便りもくれたりした。タイ料理にはタイ米が合うし、和食には日本米が合う。刺身に香りの高いジャスミン米は合わないように、タイカレーに日本米は重たすぎる。だから日本でタイ米を主食にするのは無理があるが、米自体の質、味は、日本米に劣らないのだ。そもそも米を作っているタイの農民は、米の質の良し悪しはちゃんとわかっている。
バンコクの人たちがどこまで米の味を認識しているかはわからないが、米を主食とするタイ人だけに、家庭での米の消費量は日本人よりずっと多い。先日、バンコクでタイ語を習っていた時のタイ語学校の先生を訪ねた時に、うちのお米をお土産に持っていった。先生はとても喜んでくれ、「バンコクでは美味しいお米が手に入らないのよ~」と言っていた。普段はスーパーでお米を買っているらしい。デパートでお米を買うのはかなりの高所得者層か外国人。
自然商品店はどこにでもあるわけではない。市場やスーパーでも新米の時期にはそれなりのお米が出回るのだろうが、質や味はどうなのだろう。高い値段がついているデパートや自然商品店の米も、質や味についてはよくわからない。新米なのか、前年の米なのかもわからない。知り合いの有機農家は「美味しいお米を食べたい」という人に自分のお米を売りたいと言っている。美味しいお米を売りたい農家と食べたい都会の人。それなりに流通はあるのに、両者がうまく出会う場所・機会が意外に少ないようだ。
コンピューターを使いこなす農民はまずいないし、日本のように確実に指定日に郵便物が届くような配達システムもないので、農産物のネット販売は発展していない。そろそろお米直売方法を考えるか。まずはタイ語学校で先生向けに、お試しのお米を売ってみることにした。さっそく自家用精米機も探しめよう。(日刊ベリタ連載より)
FTプレンダー氏の取材こぼれ話 「金融は人間ドラマが面白い」
フィナンシャル・タイムズのコラムニスト、ジョン・プレンダー氏に取材をする機会があった。週刊「東洋経済」(21日発売)の震災特集の中にあるロンドン・リポート用取材の一環だったが、インタビューの一問一答は、今オンラインに掲載されている。
日本再生の資金は米国債売却で捻出できる――英メディアが見た大震災下の日本 http://www.toyokeizai.net/business/society/detail/AC/870fb968e55638d3c19f7ef827d80475/
プレンダー氏自身のコラムのサイト http://www.ft.com/comment/columnists/johnplender
同氏の論評の評価については、日本でも詳しい金融・経済関係者がたくさんいらっしゃるだろうと思う。
私自身は、1980年代から90年代にかけて金融業界(米英系投資銀行、投資顧問)で働いてたこともあって(といっても、本当に下っ端。気概のある人はMBAを取り、どんどん上に上る)、お金の動きに関心を持っていた時期があった。
金融業界を離れてからも、フィナンシャル・タイムズの記事を読むうちに、プレンダー氏のコラムに出会い、本も数冊、手に取った。
金融業界での勤務経験から、どうも金融というのは「濡れ手に粟」的な部分があるなあ、と感じてきた。外資投資銀行で過ごした1980年代半ばは、バブルの最高潮の時代である。「自分の上司たちは、何故これほど巨額のお金を稼げるんだろう?」大きな疑問であり、驚きであり、うらやましいぐらいでもあった。「インサイダー取引」という言葉は知らなかったが、後で思い起こすと、それに近いことを目撃したり、他の人から話を聞いたような気もした。といって、証拠があるわけではなく、前の会社などに訴えられては困るのだけれど(!)、次第に分かってきたのが、白黒で割り切れないことが起きている、ということ。
つまり、すべてがグレーなのである。違法行為を働いたかどうかの証明は非常に難しい。法律でルールを作れば必ずこれをかいくぐる人が出る。結局、最後は、その人の良心とか正直さとかになるのかもしれない。
最近の金融危機の後では、何人もの論者、作家たちが、結局のところ、「グリード(欲)」にかられていた金融業界の失敗を指摘した。行き過ぎであった、と。いつしか、特に英国では銀行に対する大きな不信感ができてしまった。国民の税金でいくつかの大手銀行がつぶれないようにしたせいもあるだろう。今、英国全体が緊縮財政で大変なのに、税金を投入した銀行が大きなボーナスを出しているのは、どういうわけだ!と。
私は今はメディアの話を書くようになって、FTはたまにしか読まないようになったのだけれど、プレンダー氏の著書の中で見えてくるのは、同氏も金融業界の「欲」の部分を認識しているようで、読むと頭がすっきり、胸が晴れる思いをしていた。
そこで、プレンダー氏と会ったときに、私が個人的に聞きたいと思っていたのは、金融に対する同氏の率直な見方であった。
まず同氏の経歴とそれからこぼれ話を紹介したい。
プレンダー氏はオックスフォード大学。1967年から、デロイット、プレンダー、グリフィス社に勤務した。1970年には公認会計士になる。その後、ジャーナリズムに転じ、1974年、英エコノミスト誌の金融エディターとなる。1980年には、外務省の政策スタッフの一人に。その後、フィナンシャル・タイムズのシニア・エディトリアル・ライター(論説委員)及びコラムニストに。同時に、BBCや民放チャンネル4などで時事番組を作る。株主活動の組織「Pensions and Investment Research Consultants」の一時、会長であったこともあり、ロンドン証券取引所のマーケットアドバイザリー委員会の委員の一人でもあった。著書には「The Square Mile」(1984), 「A Stake In The Future 」( 1997) 「Going Off The Rails – Global Capital And The Crisis Of Legitimacy 」( 2003)など。
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―銀行業というのは、どこかに人をだますような要素があると私は感じる。どう思うか?
プレンダー氏:銀行には、国民に対する若干のペテンという部分が、ある意味、あるかもしれない。というのも、銀行は、預金者がいつでも預金を引き出せるという概念を基礎に置くことで、機能している。しかし、ある日、もしすべての預金者が預金の全額を銀行から引き出そうとした場合、実際には、銀行はこれを実行できない。預金者から預かったお金を他の資産に投資しているからだ。そういう意味では、銀行は、銀行に対する預金者の信頼感を利用している、と言っても良い。
実際には、預金全額の支払いに銀行が応じられないと知っているからこそ、政府は預金保護手段を講じ、最後の貸し手という役目を持っている。
―投資銀行についてはどうか?インサイダー取引との関連では?
過去、インサイダー取引が行われたのは事実だし、ギャンブルといってよいような取引が行われていたことも事実だ。たくさんの間違った行為が横行する、奇妙なビジネスともいえる。
―誘惑が大きすぎるのかもしれない。情報の行き来で、巨額が得られてしまう。あまりにも簡単すぎるのかも。
確かに。
―でも、そんな金融に関して、これまであなたはずっと記事を書いてきた。金融業に魅せられているということか?
そうだ。金融業は実に面白い。人間のドラマがあるからだ。金融業ばかりか、ビジネス全体にもいえると思うけれども。例えば、経営陣同士のドラマだ。たった一つの企業の取締役会の中を見るだけでも、人間の営みの全てが見える。通常の議会での政治の駆け引きとは少々違うが、もちろん、政治もドラマの要素だ。
―日本の新聞社では、一般的に、記者は一定の年齢になると管理職として記事を書かなくなる。プレンダー氏はこれからもFTで書き続けるのか?
そのつもりだ。
(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)



