聡明な二人の結婚―ウィリアム英王子とケイトさんが挙式
ウイリアム英王子とケイト・ミドルトンさんが、29日、ロンドンのウェストミンスター寺院で結婚した。王子はチャールズ皇太子の長男で、王位継承権順位は2番目になる。
私はこの日、諸処の事情で外に出ることができなかったので、主にBBCテレビとウェブサイトで結婚式の様子を見た。
その様子はすでに日本のメディアでもだいぶ紹介されているが、二人を画面で追っていて私が思ったのは、なんと落ち着いて、聡明な新郎・新婦かということだった。
スコットランドのセントアンドリューズ大学で知り合い、友人同士から恋人になった二人は、足掛け8-9年ほどの交際を続けてきた。誕生日が早く来たミドルトンさんは、現在29歳だが、ウィリアム王子は28歳である。早い年での結婚ではない。一旦は破局に至ったものの、縁が復活し、今日に至った。一時は一緒に暮らしていたこともあるというし、十分に知り合った仲だ。
ケイトさんのウェディング・ドレスは、最後の最後まで公表されなかった。前の晩に宿泊先のロンドン市内のホテルから、結婚式が行われたウェストミンスター寺院までの車に乗り込む姿さえ、囲いを作って報道陣が写真を十分に撮れないようにしたほどである。ケイトさんの全身は、寺院の前に立って初めて、他の人が見ることができた。
このウェディング・ドレスは、英ブランド「アレクサンドル・マックイーン」のデザイナー、セーラ・バートンが考え出したものだった。私は、ファッションには詳しくないが、一目見て、感心してしまった。ウィリアム王子のお母さんにあたる、ダイアナ元妃のドレスとはずいぶん違う。もちろん、当時ダイアナは20歳で、スタイルが違うのは当たり前だろうけれど。
ダイアナ元妃のドレスは、首の部分が大きくあいていた。フリル使いの襟で、大きなちょうちん袖がつき、ドレスにつく長いトレイン部分(後ろに引きずる部分)は、7メートル以上あった。まさに「御伽噺のような結婚」のドレスだった。
ケイトさんのドレスは、上半身がレースになっていて、首の両側や長い腕をレースがぴっちりとつつんでいた。そして、お尻の部分に大きな詰め物をして、後ろがふっくらするようになっていたーこれはビクトリア朝時代のスタイルだという。トレイン部分は2メートル70センチとずいぶん短くなった。なんとも見事なレースはケイトさんの身体をつつみながらも、肌をレースの隙間から見せていた。なんと奥ゆかしくかつセクシーなのだろう。大きく肌を露出することでは競わず、むしろ隠すーしかもレースなので透けているのだ。
結婚式が始まって、ウィリアム王子とケイトさんが誓いの言葉を述べる場面になった。二人は互いに向かい合った。誓いの言葉の文句を、カンタベリー大主教が言うので、これをウィリアムあるいはケイトさんは繰り返すだけでよい。この時、二人の表情に、やや緊張した感じが出たが、それは大きな儀式なので緊張しているというよりも、真面目な顔をしなければ、ついつい笑ってしまいそうなのをこらえているようにも見えた。―何年も交際してきた二人が、真面目に改まって誓いの言葉を言うなんて、ちょっと笑ってしまうーそんな印象を受けた。
カメラが映し出すケイトさんの顔の表情は、やや疲れているようにも見えたが、決して有頂天にも、夢見心地のようにも見えなかった。自分がどこにいて、何をしているのか、次には何をするのか、全てを知っているような、ある意味では醒めたような顔をしていた。私はこれを非常に頼もしく思った。ウェディングドレスの選定も、式の進め具合も、自分の頭でちゃんと理解し、了解し、了解できなければ何故そうかを相手に説明することができる人物の顔に見えた。自分の頭で考え、ものごとを判断し、権威があるものや人に気おされないーそんな、きちんとした自分を持つ人のように見えた。
結婚式の後、二人はバッキンガム宮殿に向かい、バルコニーの上から、集まった約50万人の国民に向かって、手を振った。恒例のバルコニー上のキスを、なぜか二人は2回行った。
その後、二人は600人ほどのゲストを呼んでの昼食会を開いた。数時間後、夜の晩餐会のために、一旦宮殿を出て、皇太子の公邸クラレンス・ハウスに二人は戻ることになった。
午後3時ごろ、今か今かと報道陣と集まった国民が待つ中、バッキンガム宮殿から、1台の車が出てきた。オースチン・マーティンの車の運転席に座っていたのは、なんとウィリアム王子だった。隣にはケイトさん。二人は民衆に向かって手を振り、ウィリアム王子はクラレンス・ハウスまでの道を運転していった。「自分の人生を自分で切り開きたい」「自分が納得して公務をこなしたい」-そんな二人の思いが強く出た。スタントとしても珍しく、度肝を抜かせる動きだったが、深い意味がこめられているのだろうと思った。
周知のように、王子の母ダイアナはメディアに追いかけられた人生を送った。最後には、パリでパパラッチたちに追跡された後で、交通事故で命を落とした。ウィリアムは母のようにケイトさんをパパラッチに追わせる生活を送らせたくはないと、当然思っているはずだ。
大学で友人として知り合い、後に恋人なったウィリアム王子とケイトさんのことを考えるとき、日本の皇太子妃雅子さんのことを思い浮かべざるを得ない。雅子妃は今、すっかり元気になられたのだろうか?英国留学経験のある聡明な雅子妃とケイトさんは良い友人になれる可能性があるのではないか?そんなことなどを考える、ウィリアムとケイトさんの結婚式の日だった。
結婚後、ウィリアム王子とケイトさんはケンブリッジ公爵、公爵夫人という爵位を得た。(「英国メディア・ウオッチ」より)
所持金のない貧しいチュニジア革命の移民は仏国境外へ連行待遇
「異人種間結婚は違法とすべき」 Newslog USA
米国では、異人種間結婚禁止法が廃止されてから約40年。現在では450万以上の異人種間カップルが生まれている。社会的に認められているように見えるが、最近の調査では、南部共和党員の約半数が異人種間結婚は違法にするべきと回答している。
世論調査会社「パブリック・ポリシー」によると、南部ミシシッピ州共和党員の約46%が異人種間結婚は違法にすべきだと思っているという。今まで通り合法とするべしという回答は40%、14%はわからないとしている。
米国では1960年代まで、南部州でジム・クロウと呼ばれる黒人差別法が施行され、白人と黒人は公的な場所で隔離されていた。さらに白人と非白人との結婚禁止法も長く存在していた。
その結婚禁止法が廃止されたのは1967年。1958年、夫が白人、妻が黒人のカップルが、バージニア州で逮捕されたのがきっかけとなった。二人はリチャード、ミルドレッド・ラビング夫婦。ワシントンDCで合法的に結婚したが、バージニア州に移り住み異人種間結婚禁止法にふれたのだった。
その後夫婦は州を相手どって訴訟を起こし、最高裁は同禁止法は違憲という判決を下した。判決は黒人差別の最後ともいえる法を無効とし、禁止法を施行していた南部15州に適応された。
人権擁護団体「南部貧困法律センター」によると、異人種間結婚は1980年代後半まで完全には受け入れられてはいなかったという。それから20年以上経て、米国がオバマ氏を大統領として受け入れ、人種差別の時代は終わるかのように思えた。
しかしこの共和党調査結果を見る限り、そうではないようだ。ミシシッピは全米で最も保守的な州といわれ、南北戦争の南部連合戦旗を州旗に取り入れている。調査結果は他人種への深い偏見がまだ根強いことを語っている。(ブログ「Newslog USA」より)
TUP速報906号 チェルノブイリ・ベイビーから「福島の子どもたち」へ(後編)
本編は、<チェルノブイリ・ベイビーから「福島の子どもたち」へ(前編)>からの続きです。
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もう一度、イアンの話をしよう。
イアンは反核活動家として、核兵器に反対する行動だけでなく、核再処理施設や原子力発電所での抗議行動にも参加してきたそうだ。イアンがそうであるように、世界の反核活動家はしばしば原子力発電(核発電)にも反対の立場にたつ。チェルノブイリ原子力発電所の爆発以降、その傾向は顕著で、「NO NUKES」と言えば、それは核兵器と核発電の両方に反対する意見表明にもなる。イアンは言う。施設の前で抗議行動をしていると警備員が出てくるだろう。そうすると帽子を取って頭を見せてやるんだ。これが放射能のやったことだって。イアンには核に反対するだれにも負けない動機がある。
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かれの話を聞いて考えた。
日本人はしばしば「日本は唯一の被ばく国だ」と言う。実際には、核実験場をはじめ世界の至るところに被ばく地はあるが、とりあえずその点はおいておくとする。「唯一の被ばく国である日本は核兵器の使用にも所持にも反対である」と言うが、そこで問題にされる「世界で唯一の日本の被ばく」とは、どうやら「爆発」を伴う兵器による直接的な被ばく、わけても「体外被曝」にほぼ限られるようにみえる。原爆の破壊力は確かに凄まじい。中規模の二つの地方都市が一瞬にして死体と瓦礫の山に変わった。爆発を生き延びたうちの少なくない人々が、爆発によって放出された放射線によって急性放射線障害を負い、数日から数ヵ月を苦しみ抜いて亡くなった。これらの被害は原爆の空間的な破壊力と定義することができるだろう。核兵器の必要性を説く人たちが問題にするのも、核兵器のこの空間的破壊力だ。一瞬で大量の破壊をもたらすことによって敵に脅威を与え、それ以上の戦争の継続を断念させる効果がある、と。そして、この恐怖感を互いに煽ることで、冷戦は不思議に均衡していた。
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しかし、原爆の恐ろしさの本質は、実は空間的なものより時間的な破壊力にある。
原爆投下の翌日、数日後、1週間後、けが人の救助や家族を捜して広島や長崎の市内に入った人々(入市被ばく者)が、急性放射線障害と同じ症状でばたばたと亡くなった。これはいまでは内部被ばくが原因とされている。また、原爆を生き延びた人や残留放射能によって被ばくした人々は、数年後、数十年後に、複合的なガンに冒されることがしばしばある。ガンにならないまでも、疲れやすくて集中力が続かないなどの重度の倦怠感が原因で仕事に就けなかったり、一見怠けているようにしか見えないことから「ブラブラ病」などと揶揄され、苦しい生涯を送った人も多いと聞く。仮に被ばくした本人は比較的健康に人生を全うすることができたとしても、次の世代、また次の世代に身体的な異状が現れることもある。そして、この情報が歪められて広がった結果、心ない差別に苦しめられてさえいる。そればかりか、ガンを患った子どもや孫が、自分より先に死ぬ不幸にもしばしば立ち会う。こうした原爆の時間的な破壊力に注目すると、爆発を伴うかどうかよりも、放射能の拡散こそが問題だと気づく。放射性物質がいったん環境に放出されてしまえば、その物質が放射能を出し切って別の無害な物資に変わるまで、時には何万年も何十万年も放射線を出し続ける。そして、そのあいだずっと危険は去らない。放射能は閉じ込めておくべきものという視点に立てば、放射能を閉じ込める器が核兵器の形をしているかどうかは、二次的な意味しかもたなくなる。
核兵器と原子炉が同じものでないように、核兵器の使用と原子力発電所の事故は同じものではないとの主張は、大量の放射能の環境への放出という点からみれば、あまり有効ではない。「日本は唯一の被ばく国である」という前提が、「核爆発による被ばく者」とそれ以外の被ばく者のあいだにヒエラルキーを作っているのではないか。放射線の被害者であるという点において、爆心地の被ばく者と入市被ばく者のあいだに差がないように、原発の事故によって被ばくを余儀なくされている人々とのあいだにも差はないはずだ。「日本は唯一の被ばく国である」というこの決まり文句がフクシマ以降も有効かどうか、わたしたちは夏までに答えを出さなければならない。
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数十年前に爆発してしまった核爆弾の被害をいまから防ぐことはできないが、いま日本の核施設から拡散される放射性物質によって被ばくする被害者の数を、出来る限り低く抑えることは可能だ。広島や長崎の上空で爆発した爆弾が、いま、福島第一原発の3つの原子炉と炉心冷却プールで、ゆっくり時間をかけて爆発していると置き換えてみよう。一瞬の爆発に逃げ場はないが、ゆっくりした爆発からは逃げ出すことができる。数十年後にはできないことが、いまならできる。
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福島の子どもたちに対して文部科学省が出した「児童の放射線許容量を年間20ミリシーベルトとする安全基準」を、いますぐ変更前の基準に戻すべきだ。そして、そのような高レベルの基準にしなければ外遊びもままならないような地域の子どもたちは、学校まるごと疎開させたらいい。少子化によって教室の余っている学校が全国にあるはずだから、それらの教室に担任ごと子どもたちを疎開させたらどうだろう。空き教室が3つあるなら福島の3学級が、ひとつしかないなら1学級が、同じ市町村のいくつかの学校に分散してクラスごと疎開すれば、子どもたちもそれほど寂しさを感じなくてすむのではないか。いまの緊急事態が収束し、放射性物質の除去が行われるまでの1~2年の措置であるし、子どもたちは同じ学校に通う子どものある家にホームステイさせてもらったらどうだろう。何か支援したいけれどどうしたらいいかわからない、子どもの世話ならできるしやってみたい、力になりたいと申し出る人は多いと思う。
教室の整備や子どもの移動にかかる費用は税金をあててもらっていいのではないか。また、ホームステイ先にも食費などの補填があるともっといいと思う。子どもたちが安全なところで暮らしているとわかっていれば、被災地に残る親たちも安心して生活の建て直しに集中できるだろう。被災した子どもたちが教室にいれば、わたしたちも福島の被害を身近に感じ続けていられるはずだ。
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福島第一原発の事故がチェルノブイリと同じレベル7に引き上げられた日、BBC24のニューススタジオでキャスターがふたりの専門家に話を聞いていた。ひとりの専門家が「これは日本が隠し事をやめるという意思表示でしょう。共産圏じゃないんですから、もっと情報をオープンにして解決策を広く求めるようになるのでは」といった楽観的な展望を述べると、もう一方の専門家は別の立場から意見を述べた。「レベル7になったということで、避難地域が拡大されるはずですが、全体主義の国じゃないので避難圏の住民を強制移住させるわけにもいかず、いっそう混乱するかもしれません」と。政府が子どもの疎開を決断すれば、福島の人たちは不満を述べながらもほっとするのではないだろうか。たいへんなのはわかっているが、いま限られた時間を心配するほうが、将来にわたって心配し続けるよりずっといいはずだ。政府の決断など待たずに、市町村ごと、地区ごと、学校ごと、子どもを受け入れると名乗りをあげてもいいと思う。あなたの周りの人と話してみて欲しい。決断を遅らせるべきではない。危険の度合いは放射能に曝される時間が長くなるほど高くなる。「フクシマの子どもたち」と呼ばれる世代を作り出してはならないと、「チェルノブイリの子どもたち」が身をもって教えてくれている。
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TUP速報906号 チェルノブイリ・ベイビーから「福島の子どもたち」へ(前編)
<チェルノブイリ原子力発電所事故25周年>
見えない恐怖を可視化する
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英国時間の2011年3月11日朝、日本の東北太平洋岸を襲った大地震の第一報をBBCのモーニングショーで知った。学校に出かける息子に「今日は携帯電話をオンにしておきなさい」と言いつける一方で、東京の家族に電話をかけ続けたがいっこうにつながらず、すっかり地震のニュースだけになったテレビ画面では津波が村や町を飲み込んでいく様がNHK経由で実況されていた。福島第一原発が津波にやられて炉心冷却装置が働いていないらしいとのメールを受け取ったのは、地震発生後3時間ほどしたころだ。電話がつながらないので家族にメールを書き始めていたが、その情報を得て以降、文面は単に安否を気遣うものから、可能なら西へ逃げてというものに変わった。電話が通じるようになってからは呼びかけの範囲を友人にも広げ、根拠もなく煽るなと時々叱られたりもしたが、なんでもなければ笑い話になるから、できるなら逃げてと答えた。チェルノブイリ並みの大爆発を危惧してのことだったが、幸いなことにそこまで大きな爆発はなかった。しかし、ふたつの水素爆発から6週間が過ぎたいま、環境に放出された放射能の量で言えば、事態は確実にチェルノブイリの方向に近づいている。にもかかわらず、その危機感が日本の多くの人に共有されていないのはなぜだろう。わけても政府の中枢に。放射能は目に見えないから危険さの実感には想像力が必要だ。一般的に「おんな子ども」は恐がりなので、見えないものの恐怖については「おとこ」より敏感なんじゃないかと思う。そして、おそらく放射能は、そのような態度で怖がるべき対象だ。なぜなら、その恐怖が見えるものになったときでは何をするにも遅過ぎるし、その見えない放射能によって数年後につけを払わされるのは、しばしば「おんな」と「子ども」だからだ。しかし、困ったことに世の中を動かしているのは、多くの場合、その鈍感な「おとこ」たちなので、見えない恐怖に説得されない「おとこ」のために、チェルノブイリから飛びだした放射能に支払いを要求された「おんな」と「子ども」を可視化してみようと思う。登場するのはふたりの若い男女とその親だ。かれらはチェルノブイリの公式の被害者には記録されていない。
前書き・本文:藤澤みどり (TUP)
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[TUPエッセイ]
チェルノブイリ・ベイビーから「福島の子どもたち」へ
2003年11月のはじめごろのことだ。ブッシュ大統領のロンドン訪問にあわせた大規模反戦デモを翌日に控えて、ロンドンの議会前広場で抗議行動をしている最中に、顔見知りの反戦活動家がひとりの青年を紹介してくれた。
「反核活動家のイアンだ」
イアンと呼ばれた背の高い青年は人なつこい笑顔で握手を求めながら、「日本人だって?」と話しかけてきた。ジャーナリストの森住卓さんが撮影したイラクの子どもたちの写真展示を通して、イラク戦争と劣化ウラン兵器に反対する活動を行っているとわたしが自己紹介すると、イアンは、劣化ウラン弾によって発生した放射性物質でイラクの人々、とりわけ子どもたちがひどく苦しめられていることを知っていると言った。そして、日本の人はヒロシマの経験があるから放射能の悪影響に敏感だねと続け、「放射能がどんなにひどいことをするか、ぼくもよく知ってるよ」と言いながら、かぶっていたキャップをとった。イアンの頭は、火傷を負ったばかりように広い範囲にあちこち赤剥けていて、実際には乾いていたのかもしれないが、濡れたようにてらてらしていた。そして、そのただれた赤い皮膚のあいだに、金色か薄い茶色の髪の束が少しずつ、ここが頭であることの申しわけのように生え残っていた。赤剥けた皮膚は頭から首筋のほうへ、その下へとずっと続いているようだった。
「どうしたの?」と尋ねると「チェルノブイリの灰をかぶったんだ」と答え、外したときと同じぐらい素早く帽子をかぶってしまった。チェルノブイリ原子力発電所の4号炉が爆発した翌日、まだその爆発が隠蔽されていた4月27日日曜日の昼間、イアンは自宅の近所の海岸にいた。「ビーチで遊んでいたんだ」。ひとりではなく、友達か家族といっしょで、他にも大勢の人がいたらしい。「なにしろいい天気だったそうだから、その日は」
放射性物質の付着したホコリや灰が北西の風にのって千キロ以上離れたイギリスの東海岸まで到達し、雨粒とともに地上に降り注いだ結果、放牧されていた羊が放射能に汚染された牧草を食べて被ばくし、食用に適さなくなったといった話は聞いていた。しかし、チェルノブイリの灰で被ばくした人に遭うのはイアンが初めてだった。放射性物質を直にかぶっただけでなく、海で泳いでもいたので口から体内にも取り入れた可能性があり、その影響か、ひどく体が弱いという。スウェーデンの原子力発電所にある放射線管理区域外の敷地で、そこにあるはずのない放射性物質が検出されて放射能漏れが疑われたのは、イアンが海岸で遊んでいた翌日だ。世界をかけめぐった最初の報道では、放射能漏れをおこしたのは放射性物質の見つかった当の原子力発電所だとされていたが、やがて、どうやら出所はソ連圏だということになり、同じ日の夜(欧州時間)になって、ソ連の通信社がチェルノブイリ原子力発電所(現ウクライナ共和国)での2日前の大爆発を報じた。その大爆発を知っていたら、どんなに天気が良くても子どもを海岸になどやらなかったろうに、外でなど遊ばせなかったろうにと、イアンの母親は悔やんでも悔やみきれず、きっと何度も泣いたろう。
* * *
福島第一原子力発電所のふたつの原子炉建屋で水素爆発が発生してからまもなくの3月17日に、ロイターのウェブサイトに「チェルノブイリ・ベイビー」の証言が掲載された。「フォールアウト・ゾーン(放射性物資が降った土地)での暮らし、人生」について、その地で生まれ育ったロイターの新米特派員が自ら語る記事だった。ナスターシャ・アストラシェウスカヤという名のその特派員はイアンよりさらに若い世代に属していて、イアンが長男とすれば、少し年の離れた妹あたりの年齢だ。ナスターシャはチェルノブイリで爆発が起きたときは、まだ生まれていなかった。それどころか胎児でさえなく、まだ母親の体の中の卵子のひとつに過ぎなかった。ナスターシャは語る。
*
チェルノブイリが爆発したとき、私はまだ生まれてもいませんでした。にもかかわらず、私の子ども時代は命にかかわる負の遺産につきまとわれていました。同じ学校の女の子の一人は片手の指が6本ありました。 私の甲状腺はいつも肥大していますし、私も家族もずっとガンを恐れていくことになるでしょう。
津波に襲われた福島原子炉の暗い影の中で生活し、この先の影響を心配されている日本の方々が、そんな運命にならないようにと願っています。私は1989年8月31日、チェルノブイリから500キロ離れたベラルーシのモギリョフで生まれました。モギリョフは、1986年4月に起きたウクライナのチェルノブイリ原発の火事の後、ベラルーシに向かって飛ばされた放性の雲の中心にありました。私はその時、起きたことを直接経験していませんが、両親がその話をするのを何度も聞きました。
そのスモッグが何日も漂っていたとき、何が起きていたか、両親は知りませんでした。公の説明は何もありませんでした。テレビでもラジオでも、役人の口からも一言もありませんでした。
本当のことを知っていた人たちは、自分の子どもに家の中にいるように指示しました。でも一般人のあいだにパニックを起こしたくなかったんです。一般人は自分の吸っている空気がどんなものかすら気づかずに、汚染された通りを歩いていました。チェルノブイリの爆発が隠しおおせるものではないとソ連政府が悟るまでに数日かかりました。大量の放射性物質が放出されたと外の世界では知っていたのに。
危険に気づくと、両親はすぐ決断しなくてはなりませんでした。母と兄はモスクワへ行くことにしました。モギリョフより放射能の影響が少なかったのです。父はモギリョフに残って仕事を続けることにしました。息をするのも危険でしたが、家族にはお金が要りました。「あなたのお兄ちゃんはそのとき五歳だった」と母は話してくれました。「連れ出さなくてはならなかったの」
荷物の支度をしてモスクワに向かい、母方の伯父の家に滞在しました。「五カ月いたの」と母は言いました。「でもすぐには何も変わらないとわかって、お父さんのところに戻ったの」。移住するのは無理だったんです。私はその3年後に生まれました。出生率は急激に下がり始めていました。事故のあとに生まれた赤ちゃんにいろいろな異常があって、みんな子どもを持とうとしなくなったんです。私と一緒に学校に行っていた女の子は腕に異常がありました。こわかったけれど、慣れました。事故のあと、ベラルーシで暮らしていたほとんどの人がそうでしたが、私の甲状腺はふつうよりずっと肥大していました。いつも甲状腺ガンになるのを恐れて暮らしていました。
ベラルーシはチェルノブイリから出た放射性降下物でもっとも汚染された国で、汚染が完全に取り除かれた地域はまだほとんどありません。水のせいで歯が悪くなりました。放射能レベルが他より低い場所があって、きのこやベリーを摘むことができました。広大な森の地域が鉄条網で立ち入り禁止にされていて、 「放射能危険」という黄色の標識があちこちにあったのを覚えています。私の世代の、特にウクライナとの国境に近い地域に住む人は、「チェルノブイリの子どもたち」として知られるようになりました。気の毒に思った外国の人たちが団体を創設して、汚染地域の子どもの健康状態が改善するように手助けしてくれました。毎夏何週間か、歯の治療を受けたり、健康にいい食べ物を食べたり、新鮮な空気で肺をきれいにしたりできるよう、ベラルーシから欧米に連れて行ってもらいました。今日、爆発から25年経って生まれる子どもも、やはり脅かされています。その子どもも孫もです。放射能はそんなにすぐには消えないからです。子どものころに放射能にさらされたので、その影響はずっと体に残るし、子どもがどこで生まれても、たぶんその子にも伝わるとわかっています。でも今できることは何もありません。立ち入り禁止の森や野原に入らないようにするだけです。[翻訳協力:荒井雅子(TUP)]
http://www.huffingtonpost.com/2011/03/17/chernobyl-japan-nuclear-crisis_n_837213.html
本編は、<チェルノブイリ・ベイビーから「福島の子どもたち」へ(後編)>に続きます。
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原子力の「花」無残 チェルノブイリの時間は25年間停止のまま
11.04.26 by タチヤーナ ・スニトコ カテゴリー: ニュースあれこれ, 世界の窓, 環境
4 月26日でチェルノブイリの原発事故の悲劇から25年となります。
原子力の技術ができた時には明るい将来の希望がありました。核実験が行われても畏怖の念を起させられることはありませんでした。1949年8月29日にはカザフスタンのセミパラチンスク核実験場において旧ソヴィエト連邦での最初の核実験が行われました。セミパラチンスク市の住民たちは核実験を見学するために良く見えるようにと家の屋根に上りました。あるカザフ人は自分の娘に「アトムグーリ」(原子力の花)と名づけました。
セミパラチンスク核実験場では40年間で地上・地下・空中合わせて616回にのぼる核実験が行われました。爆心地では土がガラスに変わりました。何千平方キロメートルもの土地が放射能により広範囲にわたり汚染されました。セミパラチンスク核実験場はその後わずか50年で1991年8月29日に閉鎖されました。
1986年4月26日にはウクライナで一番美しいポレーシイェ地方にあるチェルノブイリという小さい町の原子力発電所で爆発事故がありました。ところで、このチェルノブイリは遡ること1000年の歴史を持つ古い町です。チェルノブイリの近郊には古墳や考古学上の遺跡の発掘場があります。現在はここは「立ち入り禁止地区」となっています。半径30キロメートルの区域は鉄条網で囲われています。中に入るには特別な許可証を得なければなりません。
チェルノブイリ原子力発電所の近郊は奇異な野生生物保護区に変わってしまいました。原発事故の後,いなくなった燕は又戻ってきて又巣を作っています。そこには,ウサギ・イノシシ・キツネ・オオカミ・鹿など沢山います。一番多いのはプルジェヴァーリスキー馬です。森の中にはベリー類やきのこ類が沢山生えています。湖・川・池には魚が溢れています。しかし、すべての生き物は危険な放射能で汚染されています。
過去25年以上にわたって土壌が放射性で汚染され蓄積されてきました。その土壌から放射能が苔・きのこ・草・灌木・木の根に入り込み吸収され,その後動物の体内に入りました。研究者によれば,禁止区域内のイノシシには 通常の100倍にあたる体重1キログラム当たり30,000 ベクレルの放射能を帯びており,きのこには1キログラム当たり120,000 ベクレルの放射能が含まれています。
放射能には色・香り・味がないので、沢山の人々が苦しみました。現在も原発の石棺近くの放射線量は時間当り220マイクロレントゲン,石棺の中の放射線量は3000レントゲンです。
半径30キロメートル以内の“立ち入り禁止区域”内には今でも250人が住んでいます。その人々は放射能があるとは信じていません。プリピャチ川で魚釣りをし,畑作もしています。更に、10キロ圏内には一組の夫婦が住んでいます。
チェルノブイリの衛星都市であるプリピャチは原発石棺から3キロメートル離れています。大通りは狭い道に変わり、全てが森に変わってしまっています。建物の屋根やバルコニーには樺の木が茂り,全ては放射能で汚染されています。ある場所では時間当りの放射線量は3500マイクロレントゲンです。一番放射能で汚染されているところは鉄条網で囲まれています。
建物を爆破することはできません。何故ならば,そうすればもっと自然環境へ汚染を拡げることになるからです。建物をブルドーザー壊してしまえばいいと考える人がいるかもしれませんが,そうすれば瓦礫の保管場所を作らなければなりません。しかし,市全体を保管場所にするなど想像もできません。
今日では,約3,500人の人たちが毎日その「立ち入り禁止区域」に入っています。しかし、元通りに復元するには少なくともまだ50年かかると言われています。
過去何年も、チェルノブイリは観光客の訪れる場所となってきました。最近は毎年8,000人の人がチェルノブイリを訪れています。
既に25年が経過していますが,依然として人々はセシウム137で汚染された食べ物を食べて放射能を体内に取り入れています。牛乳や肉にはより多くのセシウム137が含まれています。摂取量は都市部の住民より田舎に住む人たちのほうがより多く摂取しています。
チェルノブイリでは時間は停止しています。ここでは時計は実際の時間を示していません。ここでは時計は放射能のレベルを示している。
最初に発見された放射性物質はラテン語で「発光する」を意味する「ラジウム」と呼ばれました。しかし、明るい希望をもたらしはしませんでした。
ロシアの「ロスアトム社」(Russian Atom)は来年カムチャッカで海上に浮かぶ原子力発電所を建設する計画です。
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シベリアのトムスク市の近くではある実験が行われています。放射性廃棄物は地下280~460メートルの深さの穴に水のある地下の池に入れるのです。そこに何千万立方メートルの放射性廃棄物を投入しました。その放射線量は何億キュリー(Ku)にもなっています。
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世界中(日本・台湾・中国・韓国・インド・パキスタン・米国)で76(既存の原発の10%に相当)の原子力発電所が沿岸に設置されています。それらは津波の災害の可能性があります。(日刊ベリタ・連載)
ひと言:JR尼崎脱線事故6年
25日は、2005年に兵庫県尼崎市のJR福知山線で通勤電車が脱線、転覆し、乗客106人と運転士が死亡、562人が重軽傷を負ったいわゆる「JR尼崎脱線事故」から6年の日でした。大阪発行の新聞各紙は夕刊で、尼崎市内で開かれた追悼慰霊式や、6年前と同じ月曜日の朝の事故現場のもようを、一面や社会面で大きく伝えました。
追悼慰霊式の「慰霊のことば」で、長女を亡くした遺族の男性は東日本大震災に触れ「天災、人災の違いはありますが」としながら、二つの災厄の犠牲者が同じ恐怖を味わったであろうと述べたと、報道は伝えています。この事故も、大震災も、生死を分けたのはまったくの偶然であったことが共通しているでしょう。あらためて脱線事故や大震災で亡くなった方々のご冥福をお祈りします。
この事故のきわめて今日的な意味として、東京電力の福島第一原発の災禍が収束できずにいる中で、経営効率の追求と安全確保を両立できなかった前例である、ということもあらためて想起しておきたいと思います。
大震災と福島第一原発の事故、あるいはこの二つをめぐる報道についても、いずれ書いていこうと思います。(ブログ「ニュースワーカー2」より)
TUP速報904号 福島原発は「カチカチと音を立てる時限爆弾」日本政府は放射線量が下がったと主張するがー
◎日系人物理学者ミチオ・カク博士インタビュー:前例のない原子力発電の危機
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米コロラド州ボルダー在住のパンタ笛吹氏から第二弾の翻訳原稿が届きました。
(宮前ゆかり/TUP)
コロラド州ボルダー市でも、さまざまな東北大地震への募金活動がおこなわれている。4月10日には、「がんばれジャパン」というイベントが街の広場で催された。道行く人びとに、お寿司、おにぎり、カレーライス、山形の芋煮鍋などを無料で配り、特設ステージは和太鼓、琴、尺八、踊りなどでにぎわった。
中でも列ができるほど人気だったのが折り紙のコーナーだ。アメリカのある基金が折り鶴1羽につき、2ドルの寄付をしてくれるということだ。生まれて一度も折り紙をしたことのない老若男女が、日本人女性に教わりながら、一生懸命に鶴を折る姿が印象的だった。
こちらでも原子力発電所事故に対する関心は高く、多くのニュースを目にする。日本のマスコミとは違った視点での報道も少なくない。そんな中から、「デモクラシー・ナウ!」のエイミー・グッドマンが、日系人物理学者のミチオ・カク博士におこなったインタビューを訳出した。
翻訳・前書き:パンタ笛吹
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福島原発は「カチカチと音を立てる時限爆弾」日本政府は放射線量が下がった
と主張するがー
エイミー・グッドマン
デモクラシー・ナウ! 2011年4月13日(水曜)
日本政府は、原子力発電所事故の評価レベルを最高水準まで引き上げたにもかかわらず、深刻な破損を受けた福島第一原発周辺地域の放射線量や食品の安全性への不安を鎮めようと努めている。
ニューヨーク市立大学とそのシティー・カレッジの教授であり、理論物理学者のミチオ・カク博士は、「原子炉から放射線が漏れ続けていて、状況はまったく安定はしていません。1号機から3号機まで、ほんのわずかな異状でも起れば炉心全体に及ぶメルトダウン(炉心溶融)を引き起こしかねません。そうなれば、チェルノブイリをはるかに越えた被害が出るでしょう」と語った。
エイミー・グッドマン:ようこそデモクラシー・ナウ!へ。またお会いできてうれしいです。
ミチオ・カク博士:この番組に出演できて私もうれしいです。
エイミー・グッドマン: まずは、日本政府が原子力発電所事故の評価をチェルノブイリと同じレベル7に引き上げたことについてご意見を伺いたいのですが。
ミチオ・カク博士:そうですね、東京電力はこの原子力発電所事故による重大な衝撃を過小評価して、わざと軽く扱ってきました。しかし、どれくらい事故が深刻なのかを判断するやり方があるんです、数学的な公式がね。
今回の原子力発電所事故では、50,000兆ベクレル単位での放射性物質をすでに放出しています。ちょっと計算してみれば分かるでしょう。これは、原子力発電所事故評価レベル7のちょうど真ん中の数値なわけです。まあそれでも、チェルノブイリよりは少ないですが。
しかしながら、原子炉から放射能が引き続き漏れていて、状況はまったく安定していません。なので基本的には、私たちはカチカチと音を立てる時限爆弾を見守っているようなものです。ちょっと見は安定しているようでも、ほんのわずかな異状でも起れば、、、例えば、余震とか、配管の破損とか、現場作業員が避難する事態とか、、、3つの原子力発電所で、炉心全体におよぶメルトダウン(炉心溶融)を引き起こしかねません。そうなれば、チェルノブイリをはるかに越えた被害が出るでしょう
エイミー・グッドマン:日本のこれらの原子力発電所で実際に何が起きたというのでしょうか? 物理学者として私たちにも分かるように説明していただけませんか?
ミチオ・カク博士:車を運転している時のことを想定してみてください。車が急に暴走し始めて制御できなくなり、ブレーキを踏んだけど壊れていて効きません。地震と津波のために、原子力発電所の安全保護系にも同じようなことが起ったのです。
そして暴走し続けると、車のラジエーター(冷却装置)がどんどん熱くなり、しまいには爆発します。これは原子力発電所の水素爆発にあたります。そして最悪の場合は、車の燃料タンクもヒートアップし、突然、車全体が炎に包まれます。これが原子力発電所の炉心全域に及ぶメルトダウン(炉心溶融)です。
そこで炎上を防ぐために、運転手はどうしますか? 熱くなった車を冷ますために、車ごと川に突っ込みますか。それと同じようなことを東京電力はしました。炉心の空炊きを止めるため、必死の試みとして、太平洋の海水を注水したのです。ところが海水には塩分が含まれています。その塩分があなたの車のラジエーターにべとついて、おじゃんにしてしまいます。そこでどうします?あわてて地元の消防署に電話して助けを求めるんですね。
まあそういうわけで、日本のサムライの魂を持った戦士たちが今、原子力発電所にいるわけです。彼らはこれが自殺的な任務であるということを心得ています。彼らはホースを持ってきて、ホースの水で溶融した炉心が露出しないよう放水を続けています。それが今の現状です。
そういうわけで、東電が「状況は安定している」と言うとき、それはまるで、絶壁に指先でしがみつき、爪をたててなんとかぶらさがっているという意味での「安定」なんです。それも時間が経つにつれて、爪の一つひとつが割れていってる。それが今の状況です。
エイミー・グッドマン:食品の放射能汚染の度合いはどうですか? 政府は食品輸出の制限を広げているようですが?
ミチオ・カク博士:この原子力発電所事故による悲劇は、チェルノブイリの事故と同じように、計りしれないほど大量の放射性ヨウ素131を空気中に放出しているということです。まあ、チェルノブイリに比べれば約10分の1の量ですが。
ヨウ素は水溶性なので、雨が降ればヨウ素も土壌にしみ込みます。牛が汚染された草を食べ、体内で乳を育み、最後には牛乳となります。放射能汚染がひどいので、酪農家はいま、搾乳したミルクをそのまま捨てています。他の食品も、汚染地域から外には出荷できません。
正直言って、あなたは「チェルノブイリ産」と表示された食品を買う気になれますか? 同じように日本の人びとも、「福島産の食品を買った方がいいのかどうか?」と考えます。
これは近隣の地方経済の破壊を意味します。日本政府がさまざまな検査値を少なめに告げようとしたり、事故の深刻さを実際より大したことなさそうに見せても、それは事態を悪化させるだけです。
エイミー・グッドマン:では何をしたらいいと思いますか? 最大の問題の一つは秘密主義だと思います。日本政府や、原子力発電所を運営している東京電力は、両方とも事故の当初から現状を過小評価してきました。
ミチオ・カク博士:多くの人びとが避難生活を余儀なくされ、補償を求めています。東電に対して大きな抗議デモがあったばかりです。避難した周辺地域の人びとが、仕事もなくお金もなく、「われわれは補償を要求する」と声を上げています。
そうですね、東電の対処の仕方は、まるで役に立たない子ども並みですね。堤防に突然ヒビが入ったのでこちらの穴を指で塞ぎ、あちらの穴を指で塞ぎ、そしてまた突然、もっと大きな漏れが生じて、もう手に負えなくなっている、という感じです。
私が助言したいのは、東電の責任者すべてにリーダーの座から退いてもらい、相談役として残ってもらうということです。そして優秀な物理学者や技術者の国際チームが現場を仕切り、彼らに日本の自衛隊を動かす権限を与えるのです。
この荒れ狂った原子力発電所事故を制御可能なレベルまで治めることができる組織は、日本では自衛隊だけだと思います。それこそが、1986年にゴルバチョフが取った手段です。ゴルバチョフは、チェルノブイリ原子力発電所から火の手が上がるのを見て、ソ連空軍の出動を命令しました。
ヘリコプターに戦車、装甲人員運搬車を発動し、5000トンのセメントや砂やホウ酸を使って、チェルノブイリ原子炉を埋葬しました。それはもちろん、土壇場の手段でしたが、私は日本の自衛隊が出動するべきだと思います。
エイミー・グッドマン:それは、何をするためにですか?
ミチオ・カク博士:実際のところ、原子炉周辺の放射線量が非常に高いので、作業員は一回につき、おそらく10分か15分しか作業ができません。短時間でも1年分の許容放射線量を被爆する恐れがあります。
高濃度汚染区域にもし1時間いれば急性放射能障害を起こします。嘔吐を催し、白血球の数値が下がり、毛が抜け落ちたりします。危険区域内に一日もいれば、致死量の放射線を浴びてしまいます。
チェルノブイリ原子力発電所事故の時には、60万人が動員され、原子炉に近づくのは一回につき一人数分間に限って、砂やコンクリートやホウ酸をまいたのです。それぞれ皆、あとで勲章をもらいましたがね。暴走した原子力発電所事故をコントロールするには、それだけ大掛かりな作戦が必要だったということです。でも東電の場合は、ただただ圧倒されてうろたえているだけのような気がします。
エイミー・グッドマン:それでも作業員たちは、もっと長い時間を原子力発電所周辺ですごしていますね。
ミチオ・カク博士:そうなんです。実のところ、彼ら作業員がどれほどの放射線を浴びているのか分かりません。というのは、原子力発電所周辺の多くエリアには放射線を計測するモニターがないからです。ですから、作業員の被ばく量が正確には分からないのです。だからこそ、先ほども言ったように、自衛隊を出動できれば、原子炉を砂埋めにしたりコンクリートで固めたりするオプションも考えられます。少なくとも、予備の部隊を動員させ、隊員一人ひとりが交代で短時間だけ汚染地域に近づき作業すれば、この怪獣のような原子炉を手なずけることができるはずです。
エイミー・グッドマン:避難区域についてはどうですか? その範囲は十分だと思いますか?
ミチオ・カク博士:痛ましいかぎりです。米国政府はすでに50マイル(80キロ)圏内をアメリカ人の避難区域に指定しています。フランス政府においては、すべてのフランス人に日本列島から離れることを考慮するよう勧告しました。
それなのに日本政府は10キロや20キロという話をしています。住民は、「政府は何を考えているのか? なぜ彼らは国民に本当のことを伝えないのか?」と憤っています。放射能汚染は今では避難区域をはるかに上回り、原子力発電所から25マイル(40キロ)圏にまで広がっています。
これから先日本では、白血病や甲状腺ガンの患者が増えていくことでしょう。空気中に莫大な量の放射性ヨウ素が放出されれば、それらの病気は避けることのできない必然的な結果です。
エイミー・グッドマン:福島原子力発電所は最終的にはどうなるのでしょうか?
ミチオ・カク博士:そうですね。東電が描いている最良のシナリオは、今年の末までになんとか制御できるようにすることでしょう。彼らが望んでいるのは、年度末までに冷却ポンプを作動させ、最終的には炉内を安定停止に持ち込むことです。
エイミー・グッドマン:奇妙なことですが、英国石油がメキシコ湾で海底油田の穴を塞ごうとしていた時と似たように聞こえます。
ミチオ・カク博士:そうですねえ。
エイミー・グッドマン:「大丈夫、何とかなる。大丈夫、何とかなるとー」
ミチオ・カク博士:日本政府や東電は文字通り、事態の成り行きにしたがって、急場しのぎに取り繕っています。今回の事故では、いまだかって人類が経験したことのない領域を体験しています。もし原子力工学の本をお持ちなら最終章を開いてみてください。地球上のどの原子力工学の教科書にも、今回のような原子力発電所事故の解決法は書かれていません。
だから彼らは、事態の成り行きにしたがって、急場しのぎに取り繕っているのです。私たちは現在進行中のこの科学実験のモルモットというわけです。 原子炉を解体するには10年かかるかもしれません。
最終的には「埋葬」ということになるでしょう。これがいま東芝が公式に提案している案です。何年もの時間をかけて、原子炉を墓に納めるのです。チェルノブイリでも似たような埋葬をしました。
エイミー・グッドマン:埋葬というのは、具体的にはどこに埋めるんですか?
ミチオ・カク博士:巨大なコンクリート板の中に埋めるんです。地下にドリルで穴をあけ、コンクリート板を敷きつめ、炉心が溶融してそのまま地中にまで達することがないようにします。そして原子炉の上から5000トンのコンクリートと砂をかけるのです。
エイミー・グッドマン:日本産の食品に、私たちは気をつけた方がいいですか?
ミチオ・カク博士:日本産だけではありません。原子力発電所周辺地域、そして近海では、法的規制値を数百万倍も越える放射性物質が検出されています。まあ、遠くに離れれば離れるほど放射線レベルは格段に下がりますが。
エイミー・グッドマン:ではここで、米国の原子力政策について伺いたいと思います。私たちは日本でのこの恐ろしい原子力発電所事故を目のあたりにしているわけですが、日本はもともと、米国の「核時代の幕開け」の標的だったわけでしょう?
ミチオ・カク博士:ええ、ええ。
エイミー・グッドマン:アメリカは広島と長崎に原爆を落としました。核時代の歴史上で最も重要なことが起っている今、博士ご自身のご家族が実際にそれを体験されているわけですよね。米国の核政策にうつる前に、少しばかりそのことについて話していただけますか?
ミチオ・カク博士:はい、まず始めに、私には東京に親戚がいるのですが、彼らは東京から避難した方がいいのかどうか考えています。実際、親類のうちの何人かはすでに東京を離れました。小さな子どもたちがいますからね。
東京の水道水からはすでに放射性物質が検出されています。なので、特に小さな子どもを抱えた親や妊婦たちはいま、東京から疎開した方がいいかどうか迷っています。人びとは移動するかしないかによって、原子力発電に対する意思表示をしているのです。
たくさんの都民が自主的に東京から避難しています。なぜなら彼らは東電が発表している、常に低く見積もられているであろう放射能汚染の数値を信じられないからです。
エイミー・グッドマン:あなたの家族の歴史についてですが、ご両親が過去に日系アメリカ人強制収容所に抑留されたことがありますね?
ミチオ・カク博士:はいその通りです。私の両親は1942年から1946年までの4年間、カリフォルニア州の強制収容所に抑留されていました。米軍監視下のもと、有刺鉄線と機関銃に囲まれて過ごしました。
エイミー・グッドマン:興味深いことに、それでもあなたは原子物理学者になられたのですね。そしてあなたは、日本に落とした原爆を作った人たちとも一緒に働いていたとのことですが。
ミチオ・カク博士:はいそうです。実際、私の高校時代の恩師は、「水素爆弾の父」と呼ばれたエドワード・テラー博士でした。博士は私がハーバード大学へ行くための奨学金を手配してくれ、そのおかげで私は核科学者としての道を歩き始めることができたのです。
もちろんテラー博士は、私が「スターウォーズ計画」で働くことを望みました。彼は、「さあ、ロスアラモス国立研究所かローレンス・リバモア国立研究所に行って、水素爆弾を設計してくれたら、君に奨学金でも報奨金でもあげようじゃないか」と言って、私に強い圧力をかけてきました。
でも私はその話を断りました。「自分の専門分野での知識を、戦争目標の発展のために使いたくはありません」と言ったのです。
エイミー・グッドマン:博士は米国の原子力政策については、ずうっと遠慮なく意見を述べてきましたね。もちろん今回の事故は、世界中の原子力発電所について大きな問題を投げかけています。多くの国々がすでに原子力発電推進を再検討すると発表しています。
でもオバマ大統領はそれと反した姿勢を示しています。大統領こそは、本気で原子力ルネッサンスを目指している人物です。彼は原子力発電所事故にも後ずさりすることなく、原子力ルネッサンスを口にしています。大統領は実際、「福島の事故があったからといって、数十年振りに建設する新たな原子力発電所を中止することにはならない」とくり返し唱えていますね。
ミチオ・カク博士:そうですね。私は「ファウスト的な契約」という言葉を思い浮かべます。神話的な人物であるファウストは、悪魔に魂を売ることと引き換えに無限のパワーを得たといいます。日本政府はこのファウストのように、いちかばちかの賭けをしたということでしょう。日本には化石燃料や水力発電がほとんどないので、核燃料を選んだのです。
しかしながら米国では、この歴史の重要な岐路にさしかかった今、政府が次世代の原子炉に移行すべきかどうか決めかねていて、どっちつかずの状態です。次世代の原子炉というのは、いわゆるガス冷却のペブルベッド原子炉です。これは現在使われている原子炉よりは安全ですが、それでもメルトダウンは起こりえます。
原子力ルネッサンスを中心となって唱えている人たちは、たとえ炉心溶融が起きたとしても、夕食に出かけてのんびりとした会話を楽しむことができると豪語していますが、炉心が融ける時には融けるのです。それが肝心なポイントです。
エイミー・グッドマン:それではこれからどうしたらいいとお思いですか? わが国に原子力発電所が建設されるべきでしょうか?
ミチオ・カク博士:私はもっと全国規模の論議をするべきだと思います。原子力発電の一時停止の可能性も含めての広範な論議です。米国民は原子力発電に関してのすべての真実を知らされてはいません。例えば、たった今私たちがいるニューヨーク市の北方約30マイルの地点にインデアンポイント原子力発電所があります。米国原子力規制委員会(NRC)は、わが国にあるすべての原子力発電所で地震の恐れがあることを認めています。中でもニューヨーク市のすぐそばにあるインデアンポイント原子力発電所は、NRCの危険リストの第一番にあげられています。
1980年にさかのぼりますが、当時の政府は、もしこのインデアンポイント原子力発電所で事故があった場合の損害額を2000億ドルに及ぶと見積もっていました。1980年当時のドル計算でですよ。
エイミー・グッドマン:一般の企業では、原子力発電は高価すぎて作ることもできませんね。納税者に勘定が廻されるのでしょうかね。
ミチオ・カク博士:プライス・アンダーソン法と呼ばれる法令を行使しないといけなくなるでしょう。これは米国政府がその原子力発電所の保険を補償するという法令です。もし事故が起れば2000億ドルも支払わなくてはいけないような保険など、どこの保険会社も高すぎて補償できません。
そのために米国政府は、すべての原子力発電所の保険費用を負担することにしたのです。原子力発電所には保険をかけることができないので、米国政府と納税者にその費用を支払う義務を負わせたのが、連邦議会で決められたプライス・アンダーソン法なのです。
原文リンク:
http://www.democracynow.org/2011/4/13/expert_despite_japanese_govt_claims_of
本速報は、TUPウェブサイト上の以下のURIに掲載されています。
http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=936
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TUP速報 http://www.tup-bulletin.org/
配信責任者:坂野正明
TUPへの問い合わせ:
http://www.tup-bulletin.org/modules/main/index.php?content_id=8
過去の TUP速報:
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フランス政府のチュニジア移民に対する姿勢は、ロマ人排斥と同様
仏政府の移民排除を不適切な対応だとして仏社会党(PS)は批判した。エデット・クレッソン元首相は「フランスのイメージを損なう」と国営ラジオで発言した。
イタリアのベルルスコーニ首相はチュニジア人2万人に6ヶ月のヨーロッパ回遊のビザ(パスポート)を発行し、チュニジア人が家族や親戚を頼ってフランスにも押しかけている。
TUP速報903号 牛乳や飲み水、そして空気中からも放射性物質を検出――アメリカは安全なのか?
放射性物質に国境はない
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米コロラド州でもあちこちで福島支援のイベントが開かれている。先週ボルダーの市民広場で久しぶりにTUPのOB笛吹氏とばったり顔を会わせた。タイムリーなゲスト翻訳作業に感謝します。(宮前/TUP)
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私の住んでいるコロラド州でも、3月30日、デンバーの水道水から1リットルあたり0.17ピコキューリーの放射性ヨウ素131が検出された。これがどのくらいの値なのか、日本の水道水の汚染度と比べてみた。 3月23日に東京の水道水から検出されたヨウ素は1リットルあたり210ベクレル。これをピコキューリーとして換算すると、約5670ピコキューリーとなる。デンバーの水道水に含まれるヨウ素の約3万3千倍だ。 驚いたのが、水道水に関する日米の安全基準のおおきな隔たりだ。米国環境保護庁(EPA)の定める飲み水の最高汚染基準値は3ピコキューリー。日本の原子 力安全委員会が定めた水道水の基準値は300ベクレルだが、これを換算すると約8100ピコキューリーとなる。つまりアメリカの基準値の約2700倍なの である。 翻訳・前書き:パンタ笛吹
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牛乳や飲み水、そして空気中からも放射性物質を検出――アメリカは安全なのか?
著者:マイク・ラディックトゥルースアウト 2011年4月12日(火曜)
米国環境保護庁(EPA)によると、福島第一原子力発電所事故で発生した放射性物質が、雨と共にアメリカ中の大都市に降っているという。
環境保護庁によると、牛乳や飲み水、そして空気中からも放射性物質が検出された。環境保護庁や他の政府機関は、原発事故の後、ある程度の放射性物質が米国の地表に降下すると予測していたが、現時点での放射線量では健康への被害はないと主張し続けている。
しかしトゥルースアウトは政府のデータにずれを確認しており、原子力監視団体らは公共機関が米国民に全容を伝えていないのではないかと懸念している。
アイダホ州のボイジーを検討してみよう。環境保護庁によると、雨水に含まれる放射性ヨウ素131の値は、3月22日に1リットルあたり242ピコキューリーだったのが、3月27日 には390ピコキューリーにはね上がった。その他の12の都市で検出された雨水のヨウ素131の値は、8から125ピコ キューリーだったという。
ボイジーでの検出結果は、飲料水における最高汚染基準値に比べるとずいぶん高いのではないか。安全飲料水法では、長年にわたり人びとが飲む水の安全基準を、ヨウ素131に関しては1リットルあたり3ピコキューリーと定めている。
ボイジーの人びとにとって幸運だったのは、ヨウ素131の半減期が約8日間なので、最近の飲料水検査では、ヨウ素の値が0.2ピコキューリーに下がっていたことだ。しかしいくつかの疑問に対する答えはまだ得られていない。
原子力監視団体、「ギャップに橋渡しする委員会」(CBG)のダン・ハーシュ氏は、「雨水はすでに放射能汚染されているようだが、その汚染雨は放牧地や農業用地にも降っている。しかし私たちは農産物についての検査値をまったく知らされていないし、牛乳についてもわずかしか情報がない」と語った。
ハーシュ氏はトゥルースアウト紙のインタビューに、「政府は十分な検査を実施していないし、関係省庁が測定結果を発表するにしても、情報操作をするので、私には実際に放射線が人びとの健康を脅かしているかどうか確信が持てない」とも語った。
米国内のいくつかの都市で、牛乳から放射性物質が検出されたが、ボイジーでは牛乳に対する放射線検査は行われていない。アーカンソー州のリトルロックで、3月30日に牛乳を検査したところ、1リットルあたり8.9ピコキューリーのヨウ素131が検出された。同じ週、アリゾナ州フェニックスでの牛乳検査では3.2ピコキューリー、カリフォルニア州ロスアンジェルスでは似た数値の2.9ピコキューリーが測定された。これらの検査結果は、サンプルを採取してから約1週間後に発表された。
最もショッキングな数値は、米国本土より日本により近いハワイ島のヒロで測定された。4月4日にヒロで採取された牛乳サンプルからは、1リットルあたり18ピコキューリーのヨウ素131、24ピコキューリーのセシウム134、そして19ピコキューリーのセシウム137が検出されたのである。
これらの数値は、飲料水における放射性ヨウ素の最高汚染基準値、3ピコキューリーに比べると気がめいるような高数値だと思うが、政府機関は、この汚染量は健康に被害を及ぼすレベルよりはるかに低いから安心だと断言している。
それは、牛乳には安全飲料水法による最高汚染基準値が適応されていないからだとハーシュ氏はいう。そのかわり政府機関は、米食品医薬品局(FDA)により制定された放射線緊急時の「派生介入レベル」(DIL)の基準値に頼っている。「派生介入レベル」では、牛乳などの食品は、ヨウ素131の基準値を、1キログラムあたり170ベクレルと設定している。この基準値は、飲料水の最高汚染基準値の1500倍も高い。
放射性物質で汚染された食品が一般消費者の手に渡るのを防ぐために、食品医薬品局などの政府機関がどの時点で規制を始めるべきかを決めるガイドラインとなるのが「派生介入レベル」だ。しかしその基準値は強制的なものではない。
食品医薬品局のホームページを見ると、「派生介入レベルは、人びとが大量の放射線被爆を受けないように推薦された保護的な基準値であり、放射能濃度が安全か危険かをはっきりと規定するものではない。」と書いてある。
ハーシュ氏はまた、「派生介入レベルは、放射能汚染がどの程度広がれば政府が緊急時の介入を起こすかの手引きではあるが、その基準値はとうてい安全な値だとは考えられない。派生介入レベルは、米国内で原発のメルトダウンや汚い爆弾(ダーティー・ボム)が爆発した場合という緊急状況に対応するために、誇張された値になっている。基準値を高めに設定しておけば、政府職員が緊急時に被害者の援助などの優先順位を決めやすくなるからだ」」と主張する。
ハーシュ氏や他の原発批評家は、放射線被ばくに安全だといえる基準値などはなく、たとえ微量の被ばくでもガンを引き起こしえる、という見解で合意している。その見地は2005年に発表された国立科学アカデミーの研究報告によっても支持されている。
環境保護団体「フード&ウォーターウォッチ」の副所長、パティー・ラヴェラ女史は、こう批判している。
「政府機関は、日本から輸入する食糧や製品について、健康に被害を与えるほどのものではない、とただ一律の発表を繰り返すのではなく、もっと放射線検査を広げる必要がある。政府はこぞって、食品や飲み水から検出された放射線量を、レントゲン検査やCTスキャンでの被爆量と比較してその類似点を強調しようと努めているが、それはおかしい。なぜならそれは、リンゴとオレンジを比べるようなものなのだからだ。」
食品医薬品局は、通常は輸入水産物のうち2%を点検し、1%を検査にかけているが、ラヴェラ女史は、日本からの輸入食品の検査をどうしたらもっと厳しく徹底させることができるか、具体策を練るように食品医薬品局に要求している。
米国の食品医薬品局はすでに福島第一原発周辺地域からの野菜や牛乳の輸入を禁止しているが、他の国々の例に習って、日本からの水産物の輸入も一時的に禁止すべきだともラヴェラ女史は言っている。
年齢や健康状態のそれぞれ違う米国民一人ひとりが食品について正しい選択ができるよう、環境保護庁から発表されたレベルにおいてさえも、政府機関は放射能汚染により考えられる健康被害についてもっと正直に発表するべきだと、ハーシュ氏と同様、ラヴェラ女史は求めている。
ラヴェラ女史はこうも語っている。
「政府内では、放射能汚染に関するきちんとした論議はされておらず、ただ『心配はいりません。緊急事態になった時には皆さんにお報せしますから、それまでは安心してください』と繰り返すだけです。しかし低濃度の放射線摂取でも健康被害をもたらすという見解が増す中、個々人が自分で食品を選べるように、政府はもっと多くの情報を公開すべきです。」
食品医薬品局などの政府機関は、十分な情報を提供するだけの手腕を持ち合わせていないのでは、とラヴェラ女史は心配している。それに対してハーシュ氏は、政府内に潜在的な利害の対立があるのではないかと危惧している。というのは、米国は新しく原発増設のプロジェクトを推進しているから、その支持層を傷つけることは避けたいので、福島原発の放射能汚染の危険性をわざと軽く扱っているかもしれないからだ。
オバマ政権は米国に多くの原子力発電所を建設する公約を断言しており、議会でも、新しい原発を建設するための540億ドル(約4兆5千億円)もの補助金融資法案を急いで通そうとしている、とハーシュ氏は指摘する。
カリフォルニア大学サンタクルーズ校で原子力政策についての講義もしているハーシュ氏は、「福島原発事故と似たような大災害はわが国でも起こりえる。これは米国政府にとってある種のリハーサルみたいなものだ。わたしが米国政府の成績評価をするなら、落第点しかあげられない」と語った。
原典リンク: http://www.truthout.org/radiation-detected-milk-air-and-water-america-safe
引用リンク: http://www.epa.gov/japan2011/rert/radnet-sampling-data.html#water http://www.committeetobridgethegap.org/ http://www.fda.gov/NewsEvents/PublicHealthFocus/ucm247403.htm http://www.nirs.org/press/06-30-2005/1
本速報は、TUPウェブサイト上の以下のURIに掲載されています。 http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=935
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TUP速報 http://www.tup-bulletin.org/ 配信責任者:坂野正明 TUPへの問い合わせ: http://www.tup-bulletin.org/modules/main/index.php?content_id=8



