「公務員組合の体質を改めることにしか日本再生の道はない」のか?~橋下大阪市長が労組と対決姿勢

11.12.30 by   カテゴリー: ニュースあれこれ, メディア

大阪以外の地域ではどのように報道され、どの程度知られているのでしょうか。大阪市の橋下徹市長が28日に市議会で行った就任後初の施政方針所信表明演説の中で、市職員の労組に敵意をむき出しにし、“適正化”に執念を燃やすと表明しました。産経新聞のサイト「産経ニュースwest」にアップされている演説の詳報によると、橋下氏は「市役所の組合問題にも執念を燃やして取り組んでいきたいと考えております。市役所の組合体質はやはり、おかしいと率直に感じます。庁舎内での政治活動は許されません」「大阪市役所の組合の体質というものが、今の全国の公務員の組合の体質の象徴だと思っています」「大阪市役所の組合を徹底的に市民感覚に合うように是正、改善していくことによって、日本全国の公務員の組合を改めていく、そのことにしか日本の再生の道はないと思っております」などと述べ「大阪都構想と組合の是正、これによって日本再生を果たしていきたいと思っております」としています。

※産経ニュースwest【激動!橋下維新】施政方針演説(1)「知事時代はあえて議論を呼び起こす発信をした」

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/111228/waf11122814430023-n1.htm

労組批判は施政方針演説(5完)「私はしつこい 組合問題は執念燃やす」に

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/111228/waf11122817200027-n1.htm

この労組攻撃には前段の経緯がありました。大阪発行の新聞各紙27日付朝刊の報道によると、26日の市議会交通水道委員会で、橋下氏が代表を務める地域政党「大阪維新の会」の市議が、市営バス運転手らでつくる大阪交通労働組合の幹部が勤務中に組合活動をしていたと指摘。交通局側は、同労組の執行委員のバス運転手が今月20日、市長選報告の組合集会に参加するため、勤務時間の終了前に所属先とは別の営業所に出掛けていたことなどを認めました。この委員会の場で橋下市長は「職務と政治活動が区別できないのなら、まずは建物から出て行ってもらう」(毎日新聞)「組合と市役所の体質をリセットする。組合の事務所には庁舎から出て行ってもらう」(読売新聞)などと述べ、市役所内にある職員の複数の労働組合の各事務所に退去を求める方針を表明していました。毎日、読売両紙はともに社会面トップ(大阪本社発行の最終版)の大きな扱いで「橋下市長 組合追放」(毎日)「『労組 庁舎から出て行け』」(読売)の主見出しです。

市議会委員会での「追放宣言」に続いて、所信表明演説では労組の「適正化」に踏み込み「そのことにしか日本再生の道はない」とまで言及したわけです。この演説の前半は、持論であり選挙公約でもあった大阪都構想の実現に向けて、施政方針の理念を語っていたのですが、終盤はもっぱら労組批判でした。この演説を新聞各紙はどう報じたか、主な記事の扱いと見出しを書き留めておきます(いずれも大阪本社発行の最終版紙面)。

【朝日】

▽1面3段「大阪市改革『日本変える』」「施政方針 橋下市長が演説」※労組批判はなし

▽第1社会面トップ4段「ねじれ市議会 変動」「会派に軟化の兆し、無力感も」

▽第1社会面3段「組合のさばるとギリシャになる」「口撃ヒートアップ」

【毎日】

▽1面トップ5段「『大阪から公務員改革』」「橋下市長が施政方針」

▽第1社会面トップ5段「アドリブで組合批判」「『ギリシャを見よ のさばらせると国が破綻』」

▽第1社会面3段「政治活動問題 労組、直接謝罪意向」

▽第1社会面3段「『批判しても火に油』」「市長と距離保つ他会派」

▽9面全10段(広告以外の全面)・演説要旨

【読売】

▽1面全4段「橋下市長『既得権を破壊』」「大阪市議会 施政方針」

▽第2社会面4段「『日本再生 労組改善しかない』」「市長 闘争宣言」

▽第3社会面全6段・演説要旨

【産経】

▽1面トップ4段「『組合の適正化に執念』」「新たな『敵役』提示」「市役所解体 第2幕」

▽第1社会面トップ5段「組合に宣戦布告」「橋下市長 政治活動に激怒」「演説当日『批判』追加、アドリブも」

▽第1社会面全5段「労組幹部『謝りたいがお忙しい方なので』」「早期退職希望 交通局で18倍」

▽第4社会面(ほぼ全面)・演説要旨

【日経】

▽第1社会面トップ5段「大都市制度、大阪から発信」「『現役世代に重点投資』」「橋下市長が施政方針演説」※労組批判あり

▽第1社会面3段「市政改革、早くも正念場」「公募制区長導入/組合との関係…」

目を引くのは、演説要旨を掲載した毎日、読売、産経のその扱いの大きさです。注目を集める橋下市長ということで、なるべく正確に発言の一言一句を伝えようとの試みでしょう。また、各紙とも1面などの本記に、橋下氏が労組攻撃を展開したことを盛り込んでいるのに対し、朝日新聞には1面の本記にそのくだりがないことも目立ちます。対照的なのは毎日新聞でしょうか。1面の本記はいきなりの書き出しで「大阪市の橋下徹市長は28日、市議会で施政方針演説に臨み、『大阪都構想』の実現と『職員組合の是正』を2大方針に掲げた。」と明快です。

日経は社会面だけの掲載ですが、演説後の橋下市長への取材の様子も紹介し、橋下氏が「組合の話はアドリブで演説に入れた」「巨大な公務員組織と対峙しようと思ったら、力づくでいかないといけない面もある」と述べたことを書いています。読売は労組側の反応も比較的丁寧に紹介し、大阪交通労組の幹部が「市長が多忙と思い、書面で謝罪を伝えようとした。会ってもらえるのなら、直接面会したい」と説明したことや、仕事始めの1月4日に、橋下市長が新年最初の公務として市労連委員長と面会することに触れています。

橋下氏は市長に就任した12月19日の記者会見では、国への厳しい批判はあったものの、市職員についての発言は穏当で、労組批判もありませんでした。わたしは前回のエントリーで感想を以下のように書きました。

やや意外だったのは、一貫していた〝公務員バッシング〟が表向きなかったことです。市職員については「面従腹背でも何でもいい」「民意に向かって一致団結して頑張っていく」と述べましたが、大阪府知事時代の激しい口調に比べれば随分と穏当に聞こえました。総じて市政への抱負と言うよりは、国政マターに関して国を批判する内容が多く、「統治機構を変えることが重要」「このままでは日本は沈没」と強調。「次の敵は『国』だ」と宣言したようにも受け取れる会見でした。

※「次の敵は『国』と宣言~橋下徹氏が大阪市長就任」2011年12月11日

http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20111220/1324311204

やはり公務員に対するスタンスは変わっていなかったということでしょうか。橋下氏や大阪維新の会の特徴の一つは、公務員や教職員に対する厳しいスタンスで、時に「敵意」と表現してもいいほどの激しさも感じます。公務員、ないしは公務員組織を代表する労組に対する厳しい姿勢は「民意を体現しているのは選挙で選ばれた自分である」との強烈な自負に因っているのだと思います。これまで通りに、橋下氏は大阪市長としても公務員に厳しく服従を求めていくのでしょう。そして職員の労組に対しては、徹底的に対決姿勢で臨む、そのことを宣言した演説でした。

しかし、この橋下氏の施政方針、中でも「日本全国の公務員の組合を改めていく、そのことにしか日本の再生の道はない」との主張には、いくらアドリブとはいえ、唐突感・違和感を持つ人は少なくないのではないでしょうか。バス運転手の勤務時間外の組合活動についても、それが組合内で組織的に奨励されていたのならともかく、まずは個別事例として調査と指導なり処分なりが行われるべきで、事務所の退去を求める必要があるかどうかを判断するのはその後でも遅くありません。会見の詳報を見ると、橋下氏は組合から市民の代表である自分に直接の謝罪がないことにこだわっているようですが、そこに「職員は自分の使用人」との感覚がないか気になります。「大阪市役所の組合の体質というものが、今の全国の公務員の組合の体質の象徴」との主張についても、この演説からは根拠がよく分かりません。

橋下氏と維新の会の政策、政治的スタンスをめぐっては、例えば教職員に君が代の起立斉唱を義務付けた府条例案の強行可決や、政治の教育への全面介入を掲げたり、教職員や公務員が職務命令違反を繰り返した場合の免職規定を盛り込んだ教育基本条例案、公務員基本条例案の策定などに対し、異論や批判が絶えません。橋下氏の組合敵視政策に対しても、敵視するだけにとどまるならともかく、組合事務所の退去命令などが実行されるようなら、賛否双方の意見が出てくるでしょう。

自治体首長による職員や労組の敵視の先例には鹿児島県阿久根市のケースがあります。また公務員の労組のありようをめぐっては、労働組合の憲法上の位置づけや、公務員の労働3権(団結権、交渉権、行動権)の制限と身分保障との関係などの問題も絡んできます。マスメディアが橋下氏の言動を紹介する一方で、先例や専門家の見方、解説も紹介すれば、それだけ社会で問題への理解は深まります。

人は、それまで知らなかったものの見方や考え方に触れると、考えが変わることがあります。だから民主主義社会では少数意見の尊重が重要です。マスメディアの役割も、多様な意見、ものの見方、考え方を社会に伝えることです。2012年も橋下氏と維新の会をめぐって、大阪ではいろいろな動きが続くでしょう。マスメディアが橋下氏の言動を追うことはむろん必要ですが、それにとどまらず、賛否双方を含めた多様な見方、意見の紹介に引き続き努めていかなければなりません。

橋下氏への高い支持について、週刊金曜日の12月23日・1月6日合併号(877号)に、同誌編集委員の中島岳志氏の論考「橋下主義=ハシズムを支えるもの」が所収されています。興味深く読みましたので、簡単に紹介します。

中島氏は、11月の大阪ダブル選挙での維新の会の勝利は「リア充(リアルな生活=現実の生活が充実していること)批判」と「リセット願望」という二つの社会的心性に依拠しており、この二つは近年、新自由主義体制の中で苦しんできた弱者に通底する感情だと指摘します。「大阪都構想」について「大阪市役所の職員をターゲットとする『引き下げデモクラシー』である。『大阪市職員は恵まれている』『楽をしている』という一方的な印象操作を行い、彼らに既得権益というレッテルを貼り付ける。そして、彼らを引きずり下ろす姿を可視化し、大衆の欲望を満たす」と解説しています。そして、内田樹氏が用いた「嗜虐的な愉楽」という用語とともに「自分に何らかの利益が約束されているわけではないものの、市職員や教員が権利を失って弱体化し、右往左往する様を見て『ざまあみろ』とほくそ笑む悦楽が共有されているのではないか」との内田氏の橋下氏支持者への批判を紹介し、「この『愉楽』を乗り越えていかなければならない」「私たちは『嗜虐的な愉楽』に加担していないか。ハシズムを批判しながら、ハシズムを起動させていないか」と問い掛け、週刊金曜日の原発をめぐる特集記事にも疑問を表明しています。(ブログ「ニュースワーカー2」より)

 

この地に生きる百姓の思いを描いたテレビドキュメンタリー「原発事故に立ち向かうコメ農家」

12月4日夜10時からNHK教育テレビで、原発事故による放射能汚染に苦しむ農家の苦闘を描いたドキュメンタリー番組が放映された。「原発事故に立ち向かうコメ農家」、監督は原村政樹さん。これまで有機農業の世界を描いて、数々の秀作を世に送り出してきた人だ。

作品は二つの物語を軸に進む。一つは天栄村で環境に配慮しながらおいしいコメ米作りを追求してきた農民グループ。もう一つは借金を抱えながら大規模経営を作り上げてきた大玉村の農民。いずれも手練れの百姓衆で、インターネットで情報を集め、専門家と会い、それにこれまで培った経験と知恵と技能をフル動員して、汚染のない、安心して食べてもらえるコメをつくろうと苦闘する。

秋、収穫したコメを計測した。いずれも「検出せず」。彼らは自信をもって数字を公表する。しかし、売れない。大玉村の鈴木さんの倉庫には袋詰めされたコメが山と積まれたまま。これまで親しくつきあってきた取引先からは何の注文もないまま、日が過ぎていく。そんなとき、全国の稲作経営者の集まりが温泉地であった。鈴木さんは苦衷を訴えるため演壇に立った。淡々と話していて、突然口ごもった。こみ上げてきたのだ。口調が変わった。

「助けてくれよ。仲間だろ。農家の長男に生まれて、代々の農家を継いで百姓になって、土地があって、家があって、墓があって。おれだって逃げたいよ。だけど逃げられないよな。みんなわかるだろ」。涙声だった。

なにかと批判の多い既成メディアだが、日曜夜10時の教育テレビという地味な時間帯で思いがけない掘り出しものにぶつかる。この映像は、既成メディアは信用できないとレッテルを張る脱原発運動のインターネット情報が持っているある種のゆがみを照らし出していると、テレビを見ながら感じた。そのゆがみとは、「おれだって逃げたいよ。だけど逃げられないよな」という、「その地に生きる」ことを選択した、あるいは選択せざるを得ない人たちの声や思いに対する無視あるいは見てみぬふりである。

3月11日に大地震と津波が来て、続いて福島第一原発が爆発し、暴走を始めた。4月に入り、福島の村に通い、地域の農と食の再生をめざす小さな取り組みを、地元の人たちと共同で進めている。その過程で、何度「逃げたいよ。だけど逃げられないんだ」というつぶやきを聞いたことか。

しかし、脱原発活動家らが構成するメーリングリストやツイッター、ブログなど、インターネット市民メディアといわれるものをのぞくと、自分たちの安全や福島から避難した人たちの「避難の権利」のついては激しく発言し行動するが、避難できない人、避難しないでそこで生きていくことを選択した人たちの「そこで生きる権利」についての言及はほとんどない。先の見えない不安にさいなまれながら耕し種をまく原発被災地の農家の苦悩に寄り添う思いや想像力が、都市の脱原発運動からは見えてこないのだ。

独裁政権に対するアラブ民衆の運動「アラブの春」の原動力となったといわれるブックフェイスやツイッターなどインターネットを駆使した市民メディアの成長は確かにすばらしいものがあるが、そこに内包されているある種の“危うさ”を日本の脱原発運動が発信するインターネット情報から嗅ぎとらざるを得ない。     私もかかわっている国際有機農業映画祭は、11月19・20日に開かれた第五回の催しのテーマを「それでも種をまく」とし、映画祭として同名の自主製作映像を作り、上映した。福島で長年有機農業を営んできた何人かの農家の原発事故後の農の営みを追い、インタビューを重ねて構成したものだ。郡山市のコメ農家中村和夫さんが「やっぱり種まかないと百姓じゃなくなるもんな」と呟いていたのが印象的だった。

映画祭当日、中村さんにも登場いただき、シンポジウムをやった。最後に司会が話を振った。「福島の農家として、どういう支援を望みますか」。

中村さんはこう答えた。「買ってくれとは言いません。全国の皆さんが、自分の地域で原発をなくす運動をして下さい。それが福島の百姓への最大の支援です」。

中村さんの田んぼは土作りが行き届き、土壌が粘土質ということもあって、放射能は出ていない。それでも収穫したコメのほとんどは倉庫に積まれたままだ。(「日刊ベリタ」より。筆者は農業記者でベリタ編集長)

 

番組案内 31日深夜はぜひぜひEテレを

(大妻女子大でライフデザインを教える、波津博明先生が学生に送っているメールの一部を掲載しています。)

さて、卒論指導、連続する会議などで、このところずっと、時間がとれず、かなりいい番組をいくつも紹介できませんでした。 しかし、年末年始、超ド級(もう死語か)のドキュメンタリーが、何本も再放送されます。絶対見逃してほしくない、S級の内容です。すでに見た人も、2度見る価値があります。 とくに、31日深夜のEテレ「ETV特集 原発事故への道程(上下)」は、一押しです。これはぜひ、録画して見てほしいと思います。永久保存版です。見た後の感想を送ってもらえると幸甚です。場合によっては、みんなで共有したいと思います。

●は、「とくに推薦」。◎は「ぜひ見て!!」印。◎◎は、「絶対見て」、◎◎◎◎は「見ないと、一生の損失です」

あす29日(木)  ●午後6時55分 NHK教育テレビ(Eテレ)「サイエンスZERO 巨大津波の謎を探る」

午後9時 NHK BS1 「BSドキュメンタリー ターゲット ビンラーディン 奇襲作戦の全貌 前篇」(再放送)

午後10時 同上 後編   ●午後10時25分 Eテレ 「グランジュテ 私が跳んだ日 NPO代表 林恵子」若者たちの未来を気付く活動

◎深夜1時05分 Eテレ 「ETV特集 原発災害の地にて 対談 玄有宗久 吉岡忍」(再放送)

◎◎ 2時05分 Eテレ 「同上 ネットワークで作る放射能汚染地図 福島原発事故から2カ月」(同上)

◎◎ 3時05分 Eテレ 「続報 放射能汚染地図」

※以上3本は再放送です。とくに、2本目は、5月に放送されるや、大反響を呼んだ、原発事故報道におけるNHK報道陣の金字塔です。浪江町赤宇木(あこうぎ)地区という、今では最悪の汚染地区として有名になった場所で、異常な放射能が出ていること、そこに人がいること、政府も県も町も、その危険を知っていること、住民には全く知らせていないこと、などを初めて伝えた、画期的な番組案内でした。あまりの反響にその後何度も再放送され、これが4回目か5回目のはずです。

NHKは、一般ニュースでは、東電と政府の「健康に影響はない」「安全です」というデマを繰り返し流すだけで、独自取材もせず、疑問も呈さず、要するに、メディアとしての任務も機能も完全に呈放棄しました。この教育テレビ取材班の番組が、そのNHKの恐るべき怠慢と反社会的姿勢を免罪するわけではありません。しかし、こういう番組は、「NHKは・・・」というふうに、一概に論じることは、実はあまり生産的でないことを示してもいます。NHKにも、テレ朝にも、いろいろなプロデューサー、ディレクター、記者がいるということです。経営陣に近い主流派は、恐るべき「報道犯罪」を犯しましたが、NHKには、記者魂を持つジャーナリストもいることを、この番組案内が示しました。  こういう記者たちのために、我々は受信料を払っているんだ、ということでしょう。その意味でも、今年の最後に、未見の人は、是非見てください。そして、受信料を払った分だけの成果を受け取るという、視聴者としての当然の権利を享受してください。

30日(金)  午前9時半 NHKBSプレミアム 「フランダースの犬」(アニメ 1997年)

午後1時 NHK総合 「スペシャルドラマ 坂の上の雲 最終編 日本海海戦」

午後9時 NHL総合 「異端の王 歴史ロマン紀行 数千年前リビアとスーダンを動かした異端の王」

◎深夜1時45分 Eテレ 「ETV特集 ネットワークでつくる放射能汚染地図③子供を被爆から守る」

◎ 3時15分 Eテレ 「ETV特集 海jのホットスポットを追う」  ※以上2本も再放送。前夜の番組の続々編と、海洋編です。   31日(土)  午後6時05分 NHK総合 「建築家 伊東豊雄 復興に挑む」

◎◎◎◎深夜0時20分 Eテレ 「ETV特集 原発事故への道程(前)」安全神話はいかに作られたか」

◎◎◎◎ 1時50分 Eテレ 「同上 (後) 安全神話の成立」

※今年1年間を通じて、おそらく、最も重要なテレビ番組です。 さきの「ネットワークでつくる放射能汚染地図」は、現状の生々しいレポートでした。その後、しばらくして、ETV取材班が取り組んだのが、そもそも、これほど危険でいい加減な「日本の原発」がなぜ、生まれたのか、という「出生の秘密」です。知る人ぞ知る、しかし、ほとんどの日本人は全く知らない、原発導入の1950年代の恐るべき現実が、白日のもとにされされます。こんないきさつで、我々は、原発を受け入れてしまったのか。腰から力が抜けていきます。これを見ないで、原発を論じることはもはやできないでしょう。「ぜひ見て」印の◎を4つもつけました。「ネットワークでつくる放射能汚染地図」の2倍ですが、理由は3つ。 ①それだけの価値ある内容であること、 ②内容的に永久保存版であること。浪江町の汚染は、今ではだれでもしっています。その意味で、「ネットワークでつくる放射能汚染地図」は、「今ではもうニュースではない」といわれるかもしれません。しかし、こちらの番組は、日本原発の恐るべき誕生の歴史を再現したもので、いつ見ても、同じ価値があります。1年後、3年後、10年後にも見てほしい番組なのです。 ③「ネットワークでつくる放射能汚染地図」ほどの反響がなかったのか、9月に放送されたきり、1度も再放送されておらず、今回は貴重な再放送です。

ウィキリークス、いまだ死なず 

11.12.27 by   カテゴリー: ニュースあれこれ, 世界の窓

 内部告発サイト「ウィキリークス」の創始者ジュリアン・アサンジが、性犯罪容疑に関わる身柄移送問題で逮捕・拘束されたのは丁度1年前の12月であった。ウィキリークスの現況と今後をまとめてみた。

***

ウィキリークス、いまだ死なず

オーストラリア出身のジャーナリストでインターネット活動家ジュリアン・アサンジが立ち上げた内部告発用のウェブサイト「ウィキリークス」は、2006年、世界の権力者や大企業が隠したがる情報を公益のために外に出す仕組みとしてスタートを切った。

ケニアの元大統領一家による汚職情報の暴露(07年)、高速増殖炉「もんじゅ」の火災事故に関わる非公開動画の公開(08年)、アイスランド・カウプシング銀行の内部資料公開(09年)などを通じて、着々とその認知度を広めてきたが、大きな注目を浴びるようになったのは、昨年夏から秋にかけて行った、米英独の大手報道機関との共同作業による、大量の米軍の機密情報(昨年7月、10月)や米外交公電(同年11月)の公開であった。

政府や企業などの内部事情を知る人物が公益目的で行う内部告発には長い歴史があるが、その人物の素性が明るみに出た場合、雇用先からの解雇あるいは何らかの社会的制裁を受けがちだ。

ウィキリークスではウェブサイトを通じて情報を受け取るが、暗号ソフトを通して情報が渡るため、ウィキリークス側にも告発者の素性が分からないようになっている。告発者を守りながら、外に出るべき情報を出せる。これこそネット時代の内部告発のあり方であると新鮮さを持って受け止められ、世界の最強国米国の機密情報を暴露して泡を吹かせたという意味からも、創設者アサンジは一躍時代の寵児としてもてはやされた。ウィキリークスの活動資金となる募金は世界中からやってきた。

果たしてウィキリークスは新しい形のジャーナリズム媒体と言えるのか、また、「公益」のために国家機密を暴露することは正当化されるのかどうかなど、公益・国益に関する熱っぽい論争も発生した。

―「自滅」?

しかし、カリスマ性を漂わせたアサンジ個人がウィキリークスの活動に影を落しだす。

昨年8月、アサンジは滞在中の英国からスウェーデンに出張し、女性2人と性的関係を持った。アサンジが英国に戻った後に、女性たちはアサンジが性的暴行を働いたと主張し(アサンジ側は否定)、スウェーデン検察局は「欧州逮捕状」(施行03年から)を用いて、アサンジが同国に戻るよう要求した。

4ヵ月後(2010年12月)、アサンジはロンドンの警察に出頭し、その場で逮捕され、数日間を刑務所で過ごした。著名人らが巨額保釈金を積み、刑務所から出たアサンジだが、足元には電子タッグをつけられ、毎日、地元の警察署に出頭する不自由な生活を送っている。

アサンジはスウェーデンへの移送を拒んでいる。もし身柄がスウェーデンから米国に移送されれば、機密情報を暴露したサイトを運営する自分がスパイ罪(もし有罪となれば死刑もあり得る)に問われることを恐れる。

移送問題は裁判にまで発展した。既に、英裁判所は第1審、2審でスウェーデンへの移送を支持する判決を出したが、今月5日、英高等法院がアサンジの最高裁への上訴を容認する判断を出した。そして、22日、最高裁が来年2月から審理を行うとする報道が出た。移送問題の解決は長丁場になりそうだ。

話をウィキリークス自体に戻すと、今年9月上旬、ウィキリークスの信憑性に疑問符がつく事件が起きた。

昨年11月末、ウィキリークスは米国の外交公電を複数の大手報道機関との共同作業を通じて編集し、公開した。公電内容を精査し、暴露しては人命に危険が生じるなどの箇所を出さないようにした後、一部を公開していたのである。

ところが、無修正の公電情報がネット上に出回っていることが判明し、アサンジは自暴自棄ともいえそうな行動に出る。もう既に出てしまった情報だから隠してもしょうがないと思ったのか、ウィキリークスのサイト上に無修正の公電情報全てを掲載したのである。この無修正公開は、人権保護団体、大手メディ機関から「無責任だ」と大きな批判を浴びた。

アサンジは協力した報道機関の1つ英ガーディアン紙の記者が書いたウィキリークスに関する書籍の中に、公電ファイルを読むための暗号が記載されていたから、ネット上に無修正のファイルが流れたのだと主張し、ガーディアン記者らに対し激怒したが、ウィキリークスの内部あるいは以前に内部にいた人物が外に出した、という説もある。

同じく今年9月のこと。アサンジの個人的な事情がまたウィキリークスの足を引っ張る。

スウェーデンへの移送に関わる裁判費用を工面しようと、アサンジは自伝の出版を準備してきた。ドラフト原稿が出きあがった後、これを著作権保持者である自分が最後の承認を与える前に、出版社が9月末、出版してしまったのである。出版社側は、既にアサンジに前金を支払っている、本人から連絡が来ないなどの理由から、しびれを切らした末に行動を起こしたという。出版社もアサンジもウェブ上でそれぞれの主張を公表した。どちらの主張が正しいのかは第3者には判別しがたいが、アサンジといえば「自己管理を上手にできない人物」というイメージが増幅されてしまった。

10月末、資金難のためにウィキリークスは一時的に活動を停止せざるを得なくなった(11月末、復活)。ビザ、マスターカード、ペイパル、ウェスタン・ユニオンなど、送金に関わる米企業が、米政府の機密情報を暴露したウィキリークスへのサービスを停止してしまったからだ。資金難による活動停止というリスクを抱きながらの活動が続く。

目が離せないのが、ウィキリークスに対し、機密扱いの米外交公電を漏えいし、機密情報不正入手などの罪などで訴追されているブラッドリー・マニング米陸軍上等兵の処遇だ。

マニング兵は、昨年5月イラクで拘束された後、長い間、独房に監禁されてきた。複数の容疑をかけられているが、その1つが敵のほう助罪。これも有罪になれば、最悪で死刑もあり得るという。

今年12月16日、軍法会議を開くかどうかの予備審問が米メリーランド州のフォートミード陸軍基地の法廷で始まり、22日には弁護側の最終弁論が終了した。軍法会議にかけるかどうかの決定は、来月以降になる予定だ。

米外交公電の暴露からほぼ一年を経た現在、ウィキリークスについて、当時のようなばら色のイメージはない。一時は「消滅」の危機も噂されたが、もし「消滅」するとすれば、その原因には①アサンジの自己管理能力(自己の振る舞いについての配慮不足及び管理する組織内部の情報保持に落ち度)や②敵の巨大さ(米国)が挙げられるだろう。

―ジャーナリズムの賞を得る

しかし、内部告発サイトのパイオニアとしてのウィキリークスの存在意義は今でも不変だ。個人や数人の仲間でも技術と覚悟さえあれば、世界に挑む戦いができることを証明した。世界各国の政府、特に米国を敵に回しての情報暴露は、並外れたずぶとさと覚悟、「事実を外に出す」という意味でのジャーナリズム精神がなければ、実現できなかった。ジュリアン・アサンジという人物がいなければ、ウィキリークスも存在しなかっただろう。

2011年を通じてごたごたに見舞われたウィキリークスだが、12月2日には、私たちの日々の生活を監視する企業の情報を「スパイ・ファイルズ」と名付けて公開し、「いまだ死なず」というスピリットを見せた。

ウィキリークスの存在理由の根幹が、不当な権力の行使に挑戦し、権力者側が隠そうとする情報や事実を広く市民に公開すること、つまりはジャーナリズムであったとすれば、ウィキリークス的なものはこれからも続く。ネットを使うか否かに関わらず、世界中のジャーナリストや世の中を良くしたい人、もっと情報が出るべきと思う人によってウィキリークスの次が続々と生まれている。

11月27日、ウィキリークスは、オーストラリアのピューリッツアー賞と言われるウォークリー賞の「ジャーナリズムへの最優秀貢献賞」を受賞した。アサンジにとって、今年、最もうれしい出来事の1つだったかもしれない。(「週刊東洋経済」12月19日発売号の筆者記事に補足。)(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)

クリスマス、美容整形ギフトが人気 Newslog USA

11.12.26 by   カテゴリー: 世界の窓

不景気、高失業率とはいうものの、今年の米クリスマス商戦はなかなか好調だったようだ。しかし、売上が伸びれば、その分返品商品が増える。時間をかけて選び包装されたプレゼントだが、「趣味じゃない」と多くの人が返品・交換に走るからだ。そこで、そのような無駄な時間を避けるために、近年人気が高まっているのがギフト券。色々なギフト券が販売されているが、今年のホットなプレゼントは「若返り美容整形」だという。

アメリカン・エキスプレスの調査では、62%の人がクリスマスプレゼント返品・交換を想定して、プレゼントにレシートを添えると回答。さらに56%の人はプレゼントが返品されても気にしないと言う。一方、レシートのついていない「気に入らない」プレゼントは、一般に始末に困りオークションやヤードセールに出されるようだ。

このため昨今、ギフト券はより人気を集めている。スーパー・デパートのギフト券から、デイナー券、「銃トレーニングコース」といった体験コースギフト券など様々だ。その中でも今年「若返り美容整形ギフト券」が、メデイアで注目を集めた。

米ABCテレビの番組「グッド・モーニング」では、カリフォルニア州のニューポート・ビーチの美容整形クリニックを取り上げている。最近彼と別れたというテイナ・フランクリンさん(41歳)が妹と登場。「目尻の皺がずっと気になっていた」フランクリンさんに、妹は「元気付けに」と650ドル(約52000円)の「ボトックス治療ギフト券」を贈った。フランクリンさんは、ずっと欲しかったプレゼントをもらって大喜びである。

同美容整形クリニックでは、「このボトックス治療は今年のクリスマスギフトNO.1」という。ボトックス治療は、食中毒 を起こす細菌の一つ、ボツリヌス毒素から抽出した成分を目尻・眉間・口元など皺が気になる部分に注射する美容法。メスを使わないので人気が高い。しかし、ボトックス注射の効果は約4か月間しか持続せず、張りを保つには繰り返し注射を受ける必要がある。

同番組内で医師は、「ボトックス注射は、200ドル程度からできる」と言う。「あと、クリスマスシーズンで人気が高いのは、脂肪吸引や豊胸手術」と話す。脂肪吸引・豊胸・皺改善すべて含めた「若返り変身コース」なら7000ドル(約56万円)から15000ドル(約120万円)。ウエブサイトによると、この若返りコースは5時間かかり、1晩クリニックにいなければならない。

「美容整形ギフトはショッピングモールでは売っていない。もらったら誰でも嬉しい」と、クリニック側は宣伝する。ギフト券はパンフレットとともに送られ、どの治療を受けたいか決めることができる。女性だけでなく、皺改善にはボトックス男性版「ブロトックス」も好評。若返り美容整形は、恋人・夫婦間、または子供から両親への素晴らしいギフトという。

米美容整形協会によると、このような美容目的の治療は10年前に比べ81%増加している。2010年だけで、米国人は100億ドル(約8千億円)美容整形に費やしているという。

この数字を見る限り、高額ではあるが美容整形ギフトは一時的な流行ではなく、今後もギフトリストに定着しそうである。(ブログ「Newslog USA」より)

仏週刊誌「ヌーベル・オブセルバトワール」がネットサイトの「Rue89」を支援へ -仏メディアの大事件

 21日、フランスのインターネット新聞「Rue89」が、左派系の週刊誌「ヌーベル・オブセルバトワール」と合併することになったと発表された。

資本は31日にヌーベル・オブセルバトワールの創立者クロード・ペルドリエル氏が買うことになる。編集権の独立は尊重すると言っているという。

2007年5月に創立されたRue89は、メディアパーと並ぶ、フランスにおけるインターネット新聞の草分け的存在で、ネット新聞の新しい経営の可能性を模索してきた左派系メディアだ。

訪問者数は今年11月時点では月に200万人以上を記録。ジャーナリスト学校からの収入と広告料が主な収入源とする点が、有料購読者を主な読者とするメディアパーと異なる。

筆者はRue89のパスカル・リッシェ編集長に2010年1月にインタビューしており、このときの模様は日本の「週刊金曜日」に掲載された。

Rue89の編集室の片隅では、青年たちのボランティアに支えられて誕生したメディア「バクッシシ」も紙とネット版の編集作業を行っていた。少し気になったのはサルコジ仏大統領のポスターが掲げられていたことだ。副編集長格の青年は、「権力批判がなければ売れない」と筆者が話すと笑っていたが、バクッシシは経営困難で、ニコラ・ボー編集長は、今回は青年たちが期待していたようにはどこからも資金を集めて来れなかったようだ

どこも小さなメディアは経営が困難だ。すこし回顧的になるが私がリッシェ編集長に会った時にバクッシシの話が出た。編集長は「あそこは記事の出し方が分ってない」と話していた。また、地下鉄メトロに置かれている無料新聞「20ミニット」は数ある同種の無料新聞の中では最良だとのコメントもあった。

私は新聞は民主主義の鏡だと考えているので、何が書かれ何が情報となっているかが、いつでも気になる。フランスの国営放送はテレビもラジオもかなり右傾化している。ネットや左派系新聞の健闘がバランス的にも重要だ。ヌーベル・オブセルバトワールのRue89支援は、フランスのメディア界にとっては非常に大きな、歴史的な事件となったと思う。(ブログ「フラネット(パリ通信)」より)

 

 

ディケンズ生誕200年を祝う -読者とともに生きた作家

 

ディケンズの伝記「Charles Dickens: A Life 」の表紙

 小説「クリスマス・キャロル」や「大いなる遺産」などで知られるのが、ビクトリア朝を代表する作家チャールズ・ディケンズ(1812-1870-年)だ。来年2月には生誕200周年を向かえ、英国各地で様々なイベントが開催される。「英国ニュースダイジェスト」(12月22日号)にディケンズの生涯や作品群を振りかえるコラムを書いた。以下はそれに若干付け足したものである。

ニュースダイジェストのウェブサイトでは、きれいな表をつけたものが載っているので、PCで見ている方はそちらへどうぞ。

http://www.news-digest.co.uk/news/news/in-depth/8317-charles-dickens.html

また、いま非常に評判が高いディケンズの伝記で、私も読んでいる最中なのが以下の本である。

Charles Dickens: A Life  著者:Claire Tomalin

***

いよいよ、今年もクリスマスの時期がやってきた。この時になると頁をめくりたくなる小説の1つが、けちで意地悪な商売人スクルージが心を入れ替えるまでを描いた作品「クリスマス・キャロル」だろう。「スクルージ」といえば「守銭奴」として英語の語彙にもなっている。「クリスマス・キャロル」や、「オリバー・ツイスト」、「大いなる遺産」など、いまや英国の社会や文化の一部となった作品をたくさん書いた小説家チャールズ・ディケンズの生誕から、来年2月で200年となる。

ディケンズが生まれたのは、イングランド地方南部ハンプシャー州ポーツマス郊外、ランドポートであった。

父は海軍の会計士。中流階級の長男として生を受け、お金には不自由なく暮らせるはずであった。ところが、両親はそれほど金銭感覚に長けた人たちではなかったらしく、負債が急増。1820年代初期、一家は破産状態となり、ディケンズは12歳で靴墨工場で働くことになった。ディケンズの小説にはロンドンの債務者監獄マーシャルシーの様子が出てくるが、実際にこの頃、父親がこの監獄に収監されている。

法律事務所で働き出したディケンズは、速記を学ぶようになり、ジャーナリストを目指した。日刊紙「モーニング・クロニクル」の記者となったのは1834年、22歳頃のこと。靴墨工場での勤務から、独立独歩でここまでやってきたディケンズは、意思が相当強い人間であったに違いない。

記者の仕事の合間に「ボズ」という筆名でエッセイを書き始め、雑誌に掲載されるようになる。エッセイを集めた作品が1834年に出版され、ディケンズは夕刊紙「イブニング・クロニクル」紙編集長の娘キャサリン・ホガースと結婚した。公私ともに、また1つ階段を上がったわけだ。

―いよいよ、作家に

ディケンズが長編小説「オリバー・ツイスト」を、自分が編集する雑誌「ベントリーズ・ミセラニー」に発表したのは1837年であった。その数年後には「クリスマス・キャロル」を出版。後者はその後も毎年刊行するようになる、クリスマスに関わる本=「クリスマス・ブックス」の最初であった。その後も次々と小説を発表し、国民的な人気を得る作家となってゆく。作家であると同時に複数の雑誌(「ハウスホールド・ワーズ」、「オール・ザ・イヤー・ラウンド」)編集長でもあった。また、自分の作品の公開朗読も英国内の各地や米国で積極的に行った。米国にも出かけ、朗読会を敢行している。

ディケンズの作品はリアリズム、喜劇的表現、優れた散文表現、性格描写、社会評論では群を抜くといわれているが、過度に感傷的と批判する人もいる。

小説では主人公が貧しい少年・少女で、幾多の事件を乗り越えて、最後は幸せを掴むというパターンがよく見受けられる。幼少時の貧困の体験、自力で成功していったことなど、ディケンズ自身の人生とダブるようにも見える。しかし、暗い話ではあっても楽天主義とユーモアが隅々に顔を出し、読者に充実した読後感を与えてくれる。

ディケンズはビクトリア朝(1837-1901年)の時代を生きた。英国が最も繁栄した時代だったが、貧富の差が拡大した時でもあった。晩年のディケンズが目を向けたのは社会の底辺層を救うこと。小説やエッセイを通じて、貧困対策や債務者監獄の改善などを主張した。

1865年、ディケンズは列車事故に遭遇し、九死に一生を得たものの、その5年後、1870年6月8日、ケント州の邸宅で脳卒中の発作に見舞われた。亡くなったのは翌日である。書きかけの「エドウィン・ドルードの謎」は未完成となった。享年58。各地を回った朗読会が死期を早めたという説がある。

妻キャサリンとの間には10人の子供をもうけたが、本当に結婚したかったのはキャサリンの妹メアリ(後、病死)であったといわれている。夫人とは亡くなる12年ほど前から別居していた。ディケンズの遺体はウェストミンスター寺院の詩人の敷地に埋葬された。

小説を書くばかりか、朗読会で読者と直接つながる場を持ち、社会問題の解決にも言論人として積極的に関わったディケンズ。いまもし生きていたら、ブログやSNSでたくさんのファンを作る人気者となっていたかもしれない。生誕200周年を記念するイベントや作品は、英社会の貧富の差について考えたり、ユーモア精神を楽しむ良い機会になりそうだ。

―関連キーワード Christmas carol:クリスマス・キャロル(=クリスマス聖歌)。キャロルには元々、踊りのための歌という意味があるが、共同体の「祝歌」あるいは宗教儀式などにおいて歌われる賛美歌の一種とされるようにもなった。クリスマス・イブの夜に歌うのがクリスマス・キャロル。「清しこの夜」、「もりびとこぞりて」など複数の歌が日本でも著名だ。チャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」で冒頭部分に使われているのが、1830年代に出版された「世の人忘るな」(God Rest Ye Merry,Gentlemen)というクリスマス・キャロルである。

***

「生誕200年」を記念するイベント、ウェブサイト

「ディケンズ2012」

http://www.dickens2012.org/

ディケンズの生誕200周年を記念する各種のイベント、テレビ番組の放映予定など、あらゆる情報を集約するウェブサイト

「ディケンズのロンドン」展(ミュージアム・オブ・ロンドン、2012年6月10日まで) http://www.museumoflondon.org.uk/London-Wall/Whats-on/Exhibitions-Displays/Dickens-London/Default.htm

「チャールズ・ディケンズ生誕地での祝賀会」(ポーツマス、2012年2月5日―12日) http://www.portsmouthmuseums.co.uk/events.htm

「チャール・ディケンズ・レクチャー・シリーズ」(大英博物館、2012年2月21日―24日)http://www.bl.uk/learning/tarea/secondaryfehe/dickenslectures/dickenslectureseries.html

サイモン・カウエル著「チャールズ・ディケンズと世界の大きな劇場」の紹介(ニューシアターロイヤル劇場、ポーツマス、2月7日) http://www.newtheatreroyal.com/index.php/whats-on/simon-callow

ディケンズの映画回顧展(2012年1月ー3月、BFI Southbank、ロンドン http://www.dickens2012.org/event/dickens-screen

BBCのディケンズ特集(現在―2012年2月) http://www.bbc.co.uk/mediacentre/mediapacks/dickens/

(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)

日本のメディア・出版界に聞く②-2 中公選書・編集長が語るーどんな企画を探しているのか

11.12.24 by   カテゴリー: メディア, 文化

横手拓治・中公選書編集長に、前回は出版事情と選書シリーズ創刊の背景を聞いてみた。今回は、どういう企画を選書シリーズに入れようと思っているのかについてうかがった。

―今度は編集者に関する質問をします。横手さんは選書の編集者ですが、書き手が横手さんに出版を考えてアプローチした場合、どういった展開になりますか。気になる人は多いと思います。「こういう企画が欲しい」という方向性が先にあるのでしょうか? 刊行したいと思ってもらえる本は、どういう基準で選ばれるのですか?

横手氏:正直にいいます。公的には「編集方針」みたいなことを言う場合はありますが、究極は主観というか、カンですね。答えになっていませんか?

―その「主観」っておっしゃったのは、いままでの経験則から判断する、という意味ですか?

経験則は大きい。それがないと素人と同じになります。それから情報、そしてデータです。とりわけ数字のデータ。これは営業関係者など、会社の他の人間に説得するためです。ただ数字というのはあくまで近過去のもの。本は将来の読者に向かって出すのですから、数字は判断材料の、多くのもののうちの一つに過ぎません。

その上で決定的に重要なものとして、「なにか惹かれる」というニュアンスがあります。これも「好きだ」といった、趣味的な、アマチュア的なレベルに過ぎないと、説得力、パワーを持ちません。やはり何らかの、プロフェッショナルな知見に基づき、その上で、動物的なカンを働かせるのです。「説明しろ」と言われれば、苦し紛れに理屈を出せるのですが、どうもウソっぽくなる。「何か」を感得した、それはカンであり、主観だ、と言いきるほうがむしろスッキリしています。

カンというのは、答えになっていない答えのようですが、今回の小林さんの本『英国メディア史』の中で、「同じジャーナリストとして、すごくシンパシーを感じた人がいる」と書かれていましたね。あの感覚とよく似ています。人だったり、活字だったり、作品だったり。たくさんある中で、特定の一つに強いシンパシー感じる、というのは、私のいうカンとか、主観というのと、かなり似ていますよ。

―主観というと誤解があるかもしれませんね。

主観という語は誤解がありますね。訂正します。感覚的なものも含めての、経験の総合力だといったほうが正確でしょう。そこには、ある種の客観性みたいなものが宿されます。そして「何か」を直感的に把握するきっかけが、そこからもたらされます。

―すると、つまるところ、このシリーズで出版される本というのは、個人的趣味嗜好ではなく、プロ編集者としての横手さんが選んだ本、ということですね?

経験による総合力ですから、個人の好みだけではないのです。経験を積ませてくれたすべての人や会社に感謝しつつ、その総合力を、価値ある本の制作を行うことで、業界にフィードバックしたいわけです。

―話題を転じますが、日本の出版社との交渉で驚いたのは、編集者と遣り取りしているとき、お金の話が一切出てこないこと。お金を稼ぐ仕事とは思っていない、という印象でした。

商業出版ですから、お金の話は欠かせないのですが、著者の方とは普通、その話はしません。海外ではビジネスとしてきちっとやるようですね。お金の話をツメてから、編集活動をはじめる、といったシステムだと聞いています。その点、日本はまだのんびりしていますね。

―コストがいくらかかるとか、そういうことは別に置いておいて、考えていないように見受けましたが。

いつも考えていますよ。そればっかりです。ただ、著者の方との話では出てこないだけで。

―ビジネスの考えを持ち込むと、何かが失われてしまう、と日本の出版社人は考えているのかな、と思いました。

そう思ってくれて、こそばゆいような、複雑な気持ちです。根本はビジネスなのですが、確かに、少なくとも私は、取引相手となる著者とはビジネス的な話はあまりしない。考えてみれば不思議ですね。信頼関係で成り立っている、といえばそうでしょうが。ただこれで、30年近く、無事にやってこられたわけです。

―中公選書は今後、どういったペースで出していかれるのでしょうか?

最初からガツガツやらないようにしよう、とは思っています。現時点では、2か月に2冊程度のペースでやっていくつもりです。定期刊行物という位置付けはずっと変わりません。

―書き手は、ふだんどうやって探すのでしょうか?

基本的にはものすごくアナログ的、かつ原始的です。論文をひたすら読み、人の評判を聞き、の繰り返しです。

―シリーズの狙いとして、やはり、質の良いものを出してゆきたい、というのがあるわけですよね? 「知は自在である」というキャッチコピーが、選書創刊時のシリーズ紹介文には入っていましたけれども。

そうです。質というのは、これまた論議のあるテーマですが、端的にいえば、中公の教養書の基本路線でやります、ということです。新しい時代に、中公の教養書の基本を踏まえて本を出していく、ということになります。その意味では原点回帰、コンサバティブでしょう。ただし、守旧ではない。「知は自在である」としたのは、「知」とか「教養」を、なにか固定的な、堅いものと考えないようにしよう、という意味です。柔軟にみていこうという、こちらの心構えでもあるのです。

著者も、大家・中堅の方々とお付き合いするのは当然ながら、一方で新人発掘を必ずやります。小林さんもその一人で、今回ご一緒に仕事ができて、ほんとうに光栄でした。それから旧人の新才能発掘。これもやります。編集者をやっていて最も面白いのは、わくわくするのは、やはり新人発掘と旧人の新才能発掘、この2つですから。

中公新書ラクレのとき、まだ京都大学の院生だった中島岳志さんを著者に迎え、『ヒンドゥー・ナショナリズム』を作りました。その後、中島さんは、大佛賞をとり、研究者のみならず、論壇人として大きな存在になったのですが、いまだに最初、電話を掛けて、「書きませんか」と話したときのことを覚えていますよ。やはり、デビューを手伝った新人著者がのちのち偉くなるのは、嬉しいのです。子育てと同じ。またやりたいですね。いや、きっとやります。中公選書でデビューした新人はみんなすごい存在になる、という、「伝説」を作りたいですね。もちろん、旧人に新しい方向性でものを書いてもらう、というのも、必ず、そして頻度多くやりますよ。(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)

日本のメディア・出版界に聞く②-1 中公選書編集長「電子出版の時代だからこそ、じっくり読む本を出す」

11.12.24 by   カテゴリー: メディア, 文化

中公選書の横手編集長

先日、『英国メディア史』という本を、中央公論新社が創刊した「中公選書」シリーズから出させていただく機会を得た。このとき、担当者として面倒を見てくれたのが、前中公新書ラクレ編集部長であった、横手拓治・現中公選書編集長である。

横手氏は約30年の編集者経験があり、850冊余の雑誌や本を出してきた、プロ中のプロ。手がけてきた分野は漫画以外のすべてという。

仕事をともにした書き手も多数だが、中公新書ラクレの時代では、『リクルート事件・江副浩正の真実』(「当事者がすべてを語った、現代史の証言にしてすぐれたノンフィクション」と言われている)や、渡邉恒雄氏の『わが人生記―青春・政治・野球・大病』などが記憶に新しい。一方で、『世界の日本人ジョーク集』(77万部)『となりのクレーマー』(26万部)ほかベストセラーも生みだしている。また、ご自身も書き手で、筆名にて近代文学の評論を2冊刊行しており(河出書房新社『宮澤賢治と幻の恋人』ほか)、2012年2月には理論社より子供向けの本を出版する予定だ。

編集者のプロとして、現在の出版業界をどう見ているのだろう? そして、なぜ「選書」をやろうと思ったのだろうか? 都内で横手氏にじっくりと話を聞いてみた。

***

―中公では選書がいままでなかったのですか?

横手氏:中公選書というのはありませんでしたが、中公叢書と自然選書があり、前者は現在でも続いています。なお、類似のシリーズとしては、他社で双書、選書、ライブラリーの名称が付くものがあり、人文系の版元を中心に、教養書シリーズとしていくつか刊行されています。

いま日本の書籍出版の中心ともいえる「新書」は、縦長の小さな、いわゆる新書サイズ。定価も3桁で廉価版です。これに対して、選書、双書(叢書)、ライブラリーと言っているシリーズは、基本的に四六(しろく)判です。昔からある、単行本の標準形です。

―中公選書もこの四六判なのですね?

多少変形して、手に持ちやすく小さくしていますが、四六判です。本の判型は、書籍の場合、シリーズ分けのポイントの一つですが、文庫は小さい「文庫」サイズ、新書は縦長のサイズ。ともに軽装廉価本となります。これに対して、四六判とは、「普通の単行本の大きさ・体裁の本」と思ってくれればいいでしょう。

―読むほうは、サイズに一定のカラーが付いているとして解釈しがちです。たとえば、大きいサイズの本は、「じっくり読む本だろう」とか。

中公選書に関していえば、その通りです。私は文庫編集を6年、新書編集を10年やり、そのうえで選書の刊行を行うわけですが、文庫・新書といった廉価軽装本とは違う方向性で、「じっくり読む本を作ろう」というのが選書編集の前提です。世界中どこでもそうですが、価格を安くしてたくさんの人に売るというのはペーパーバック。日本では、あるいは新書がこれに当たるのでしょう。これに対して、「じっくり読ませる」ものとして四六判の選書があるわけです。

そして、中公選書はすべて一次コンテンツで、書き下ろしが中心。一次コンテンツとは、最初の本、という意味です。文庫やアンソロジー系の書籍は、一度刊行されたものを、形態を変えて再刊するわけで、これらを二次生産物といいますが、その点で違います。中公選書は「じっくり読ませる」ことと、「最初の本」にこだわります。

―今回の創刊にはどのような意図があったのでしょうか?

90年代から00年代にかけて、ネット社会が急速に進展しました。印刷物の制作がメインだった旧来の出版社の人間は、みな脅威を感じています。ネットでは情報の伝わりが早く、しかもコストが低い。また、フェイスブックなどでもわかるように、コンテンツが短く、細切れです。ワンイメージで「伝えること」が成立してしまう。

こうした潮流に対して、選書を創刊することを通じて、長いものの制作活動に、却ってこだわりたいと思っているのです。長いというのは、400字×300枚とか500枚といった分量のコンテンツです。全体の構成力がないと書き上げられません。ネット的なワンショットの文章をいくら積み重ねても、構築できないのです。そうした構成力のあるコンテンツが制作できるのは、紙の時代にコンテンツを作ってきた人間の強みです。短い、早い、ワンイメージ、といったものへのアンチテーゼは、選書だというわけです。

選書を出すのは、電子出版の時代だから「ゆえ」という受け身のものではありません。電子出版の時代だから「こそ」なのです。長くて構成力のあるもの、時代が変わっても古びない普遍的なものを作る。制作過程でも、一人の著者とじっくり付き合いながら、本へと仕上げていく。小林さんの『英国メディア史』もそうでした。短く、早く、イメージ重視のメディアが広がっているから「こそ」、本づくりの原点に立ち返ることが必要だ、と考えたわけです。

―出版業界のいわばコンサバティブな動きとして、原点回帰しようという流れがあって、その答えの一つが、選書というわけですか。

実は選書、双書という形は、いま静かに業界で立ち上がっています。筑摩書房や河出書房新社にて、近年、創刊が相次いでいますし、ほかにも創刊予定をいくつか聞いています。みんな人文系の中堅版元ですが、その位置にある他社で、似たような発想をする人がいるのでしょう。そうした発想が出てくる時期となっているのかもしれません。

―アマゾンが黒船としてやってきて、日本語の電子書籍地図が激変するといわれています。旧来の出版社は変化を強いられるでしょう。選書創刊が原点回帰的な流れとしてあるのなら、ほかにもいろいろな動きがありそうですね。

電子の世界を通じて、桁違いの、たくさんの出版コンテンツが入ってくるでしょう。しかし、いまのところ、そこで登場するコンテンツのほとんどは、旧来の出版社によって最初に送り出されたもの、つまり紙の時代の制作物です。それがデータを電子化されて二次生産しているだけなのです。電子出版は、現時点では、何も創造してはいない。ただ流通させているだけです。

電子の世界のコンテンツクリエーターが、最初から、本当に良質な作品――文学としても、教養としても――を作ったというのはまだ見いだせない。グーグルでもアマゾンでも、紙の時代にわれわれが作った本を、廉価で出しているだけです。

―コンテンツを作るのは、(コストや時間が)かかりますものね。

「最初の本」である一次コンテンツというのは、結局、細かな人間どうしの遣り取りを経ないと、成せないものだと思います。永遠に終わらないかと思えるほどの、実務の繰り返しです。クリエーター+編集者というのは、どうあってもアナログな関係、リアルで具体的な人間関係です。そこでの細かな協同作業を経ることでしか、一次コンテンツが出来ないとしたら、紙の世界で、日々対人交渉で修業してきた編集者は、業態としては生き残るはずです。ただし、個人は選別されるのでしょうが。

―紙のコンテンツを作ってきた人が、デジタルのコンテンツを作り出す、ということはあり得るのですか?

もちろんあり得ます。紙はなくなるとは思いませんが、たとえ紙がなくなっても、電子の世界で一次コンテンツを発表すればいいのですから。出口が紙か電子かというのは、本質的な問題ではありません。一次コンテンツの創生、クオリティーの追求、そのこと自体が問題です。これを本質的に担っている編集者は、デジタル時代でも必要とされると思います。

これに対して、出版社という存在はどうでしょうか。中長期的には合従連衡で整理されるか、性格が激変すると思っています。

―いまや、伝統的な存在だった出版社も、生き残りがテーマのようですね。

いま、会社をあげて電子出版、電子出版とやっているところがあります。それより、いまこそ、一次コンテンツ・メークにマンパワーとカネ、社員の時間を投下したほうがいい、と私は思っています。あと、一次コンテンツのキープにもね。

それから、文庫やアンソロジーに力を入れるのも首をかしげます。遠からず電子出版に移行する時代に、再刊にすぎない二次生産本にこだわるより、旧来の出版社のほうにいまなお一日の長がある、一次生産本にこだわるべきです。出版社が力を入れるのは、やはり「最初の本」ですよ。

―さきほどの「一次コンテンツの創生」ですが、そのときに編集が重要になるという点について、くわしくお願いします。

現実に、いまネット上では、小説や詩、エッセイや論評のたぐい、そして写真、コミックなどヴジュアル作品の一次コンテンツが溢れています。素人が自分の書いた作品、作った作品を、そのままネットで公開している。ただ、それが大きなベストセラーになった例ってありますか? ないと思います。ネットで発表しても、自分自身と、近い人たち、たとえば自分の友人しか見ないわけですよ。もちろん例外はあるでしょうし、例外的事態が今後、起こる可能性は否定しません。でもそれは例外が起きた、というに過ぎない。例外はどこまでも例外です。

小説でもノンフィクションでもコミックでも、広く読者に開かれていくためには、制作過程に、作者以内の他人が介在しなければならないと思います。それは力のある作品を生み出すさいの、本質的なことがらだと思っています。

いまネット社会が広がり、個人が公に何かを発表しようとすると、すぐできますね。誰かを介さなくてもできる。すごく簡単です。ただ、そうしたコンテンツには、必ず何かが足らなくなります。読者という他者へ通じるものを作りだすためには、制作過程で他者感覚を入れて作っていくプロセスが必要なのです。他者と出会って、自分のなかのクリエイティブなものが客観的になっていく作業が、です。私たち編集者は、そのあたりに関わるわけです。

―編集を入れるとなると、コスト問題もありますね。

そうです。ネット時代を迎え、コスティングの問題は重要です。たとえば、今回、小林さんを著者に迎え『英国メディア史』を作りました。ネットで見解をざっくり述べるのと違い、相当な作業をして頂いた。編集した私も、なかりの読み込み作業をしたし、校閲関係者など、たくさんの人の手を経ています。これはすべてコストに跳ね返る。ネットで自分の見解を述べるだけならタダですが、本にする一次コンテンツを作るとなると、生半可なことではない。労力とコスト。それをどうするかです。クオリティーを犠牲にすれば、いくらかは安くやれます。でも、そのぶん、出来上がったものの価値は確実に落ちるのです。

とはいえ、タダメディアのネットが広がるなか、紙の時代と同じコストを掛けているのは……。

―ビジネスとして成り立ちませんよね。

そうだと思います。コストを掛けるところは掛けても、知識、経験、人脈などを広げ、総合的なスキルアップによって個人の能力を高くし、なるべくコストに反映させないようにする努力は、不断にしていかないと、わたしたち編集者も生き残れません。

ブランドにしがみついていると大変な目に遭います。読者や著者が必要なのは、ブランド自体であり、そこにたまたま所属する編集者ではないからです。

―再販制はどうですか。

日本の出版社は再販制度に守られてきたといわれます。ただ、再販制度よりも私が本質的だと思うのは、東販・日販といった大手取次に口座を開ける特権です。それに出版社が守られてきた、というほうが重要だと思っています。

かつて、たとえば小林さんがイラスト集を出版したいと思ったら、イラスト作品を持って出版社に日参したはずです。編集者に会って、何度もダメ出しをされたでしょう。そして狭い門をくぐってゴーサインを得ると、やっと本の形に制作されます。それが大手取次を介して全国の書店に届けられ、読者が見て、いいなと思って買ってくれる。この流れでした。大手取次は、口座を開いている出版社としか取引をしません。これが一種の壁となって、そのなかで出版社が守られてきた。

―出版社が、ですか?

そうです。いきなり「ビジネスしたい」と大手取次に行っても、口座を開くには、条件面ですごく高い壁があります。これに対して、中央公論新社とか文芸春秋といった出版社はすでに口座を持っている。明日にでも、小林さんが作ったイラスト集を納品できます。その違いというのは、すごく大きかった。

アマゾンがこれを崩しつつある、といっていい。大手取次を通さなくても、いまでは、アマゾンなどヴァーチャル書店を通じて、本は自在に販売できる。離島でも海外でも、宅配で届けることができます。(②-2に続く)(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)

次の敵は「国」と宣言~橋下徹氏が大阪市長就任

12月19日は、大阪市の新市長に11月27日の大阪ダブル選挙で圧勝した橋下徹氏が就任し、市役所に初登庁した日でした午前11時からの記者会見を、わたしは職場で民放テレビの中継で見ました。橋下氏は選挙公約だった「大阪都」構想の実現に意欲を見せる一方で、生活保護制度をめぐって「地方から口を出せないなら受給認定業務はしない」「国の政治が変わらないなら最後は政治闘争だ」などと、自らが代表の地域政党「大阪維新の会」からの衆院選候補擁立も口にして、国を厳しく批判しました。やや意外だったのは、一貫していた〝公務員バッシング〟が表向きなかったことです。市職員については「面従腹背でも何でもいい」「民意に向かって一致団結して頑張っていく」と述べましたが、大阪府知事時代の激しい口調に比べれば随分と穏当に聞こえました。総じて市政への抱負と言うよりは、国政マターに関して国を批判する内容が多く、「統治機構を変えることが重要」「このままでは日本は沈没」と強調。「次の敵は『国』だ」と宣言したようにも受け取れる会見でした。

本来ならこのニュースは大阪発行の新聞各紙の夕刊では間違いなく1面トップだったはずです。NHKも正午の全国ニュースのトップで流し始めたその最中に、北朝鮮の金正日総書記死去の大ニュースが飛び込んできて、紙面展開は大きく変わりました。橋下氏の市長就任は、各紙とも最終版1面に残りはしましたが見出しは3段止まり。社会面も、金総書記関連の記事が大きなスペースを占め、橋下氏の記事は脇に押しやられた観があります。大阪をはじめ関西は在日コリアンが多く住む地域であり、それも金総書記死去が大きく報道される要因になるのだと感じています。北朝鮮情勢が今後どうなるのかによって、日本社会にも少なくない影響が出るはずで、マスメディアの重要な取材テーマです。

ここでは、橋下氏の市長就任について、大阪発行の各紙夕刊最終版の扱いと、主な見出しを書き留めておきます。

以前から指摘している通り、政治家の公約は選挙期間中だけのものではありません。検証はマスメディアの責務です。

【朝日】

▽1面:本記、最下段に横組み、見出し幅が1・5段相当「橋下市政スタート」「初登庁『大阪市、一から作る』」

▽第2社会面:3段「橋下劇場 開演」/「面従腹背は大歓迎」/「24区長公募開始」

【毎日】

▽1面:本記3段「橋下新市長が初登庁」「『大阪の統治機構変える』」

▽第1社会面:下6段分「面従腹背 大歓迎」「橋下新市長 橋下初登庁」「巨大タンカーの船長」

▽第2社会面:下7段分「市議会 どう対応」「選挙後は軟化も」「維新少数与党、他会派けん制」

【読売】

▽1面:本記2段「橋下・大阪市長が初登庁」

▽第2社会面:4段「橋下流 いきなり全速」「初日から戦略会議」

【産経】

▽1面:本記3段「橋下市長『統治機構帰る変える』」「大阪市役所初登庁 幹部ら89人異動」

▽第2社会面:3段「『橋下劇場』第2幕」「初日人事『報復?』職員戸惑い」

【日経】

▽1面:本記3段「橋下市政スタート」「国動かなければ『衆院選で大勝負』」

▽第1社会面:4段「『新しい大阪 万全の体制で』」「橋下氏、人事固めに着手」

(ブログ「ニュースワーカー2」)

 

次ページへ »

Get Adobe Flash playerPlugin by wpburn.com wordpress themes